第61話 快適!空の旅!
前回のお話
ユキトは蝉さんと労働契約を結んだ。
「おおっ、思ってたよりも早いな」
巨大な蝉が抱える小型の木製ゴンドラ内でユキトは外の景色を眺めていた。ゴンドラと言っても小さな4つの椅子を木枠と板で囲った程度の粗末なモノだ。だが、空を飛ぶのは思った以上に快適だった。街道は糸のように細く、付近の雲は流れるように後方へと消えていく。
「ヤはり、空ヲ飛ぶノは心地の良いものダ」
飛翔している蝉も、上機嫌の様子である。
ユキト達は百九年蝉に乗って、アルビ砦までの空の旅を楽しんでいた。王都からは、ユキト達がアルビ砦へと、ストレィがサブシアへと向かうことになる。百九年蝉には、急を要するアルビ砦への援軍としてユキト達を先に運搬してもらうことにしたのだ。
なお、この蝉には女性メンバーの話し合いにより『セミルト』と名前が付けられた。安直なネーミングであるが分かりやすい。
「セミルトは、口で喋ってないんだよな?」
ユキトはセミルトの発声方法について尋ねてみる。この巨大な蝉は、喋っている時に口を動かしている様子はない。やはり、蝉が鳴くのと同じ原理で話しているのだろうか。
「ワレがお前タチと会話している音声は、腹部ノ共鳴によるモノだ」
「やっぱりか。それにしてもヒト語が上手いもんだなぁ」
学校では英語を苦手としていたユキトは、100年を生きたとは言え、外国語どころか異種族の言語を操るセミルトに尊敬すら覚えていた。そもそもどこで人間の言葉を聞く機会があったのかも謎だ。
「お前タチを届けタ後は、王都へ戻り、ストレィとイう女ヲ別の場所へ届けレバよいノだな?」
「ああ、よろしく頼む」
ユキトがいない状態でセミルトに運搬を任せて良いのかという懸念はあるが、ユキトはセミルトをある程度信じることにした。嘘発見器の彼女も、セミルトが嘘を言っていないと確認してくれたし、ユキトが常にセミルトに同行しなければならないようでは、運搬の効率が悪すぎる。
念のために、セミルトには居場所が分かるようになる魔法と、契約を破った時に翅の動きを封じる契約魔法を施している。罰則として命を奪うような契約魔法もあるらしいが、王都の契約魔法師が言うには、百九年蝉クラスの魔物を対象にして、命を奪うレベルの契約魔法を行使するのは、極めて困難なのだそうだ。
「この速度なら休憩を入れても2日位でつくかな」
ユキトが体感的な速度から砦に到着するまでの概算を述べた。周囲も頷いているので、大きくは外していないだろう。
「ゴンドラ内で軽食は食べられますから、休憩回数は減らしてもいいかもしれませんね。ところで、セミルトさんは何を召し上がるのでしょうか」
「人はもう食べないって言ってたしね」
「そモそモ、幼虫の時と異なリ、羽化した後は人を喰ラうことは難シイ」
「ああ、昆虫は幼虫と成虫で餌が変わる奴も多いな」
「収納魔法で少量ですが砂糖水も持ってきておりますぞ」
成虫となった百九年蝉は樹木を喰らうようだが、結局はそれを体内で糖分に変えるらしい。ゆえに砂糖水があれば充分だそうだ。
「王都でもたっぷりと砂糖水を飲ませたんだから、セミルトには飛ばしてもらわないとな。砦が壊滅しないうちに着かないと……」
ゴンドラ内から空を見つめながら、ユキトはアルビ砦の武運を願う。折角向かうのだから、到着したけど手遅れでしたという事態は避けたい。
**********************
2日後、一行の視界に白い地表とその中に聳える岩山のような砦が飛び込んできた。アルビ砦である。その砦の上空には1匹の白い竜が舞っている。砦の城壁内からは多くの矢が撃ち出され、その白い竜を牽制していた。
「あれは……」
「白竜ですな」
「ドラゴン種か……近づクノは厄介だナ」
ユキト達としては、このまま砦内にでも着陸したいところであったが、ドラゴンに接近すること対してセミルトが懸念を示した。硬い甲殻を有する百九年蝉は、ドラゴンの攻撃をも凌ぐことができる。だが、ゴンドラまでをも守ることは、難しいようだ。
「少し離れたところに降ろしてくれればそれでいい。降ろした後は、王都へ戻ってくれ」
ユキトは、空中での判断はセミルトに任せるべきだろうと考えている。そのセミルトの懸念を酌み、ユキト達は砦から少しだけ距離を置いて着陸するよう指示を出した。巨大な蝉が地面に近づくと、辺りの雪は吹き散らされ、地面が剥き出しになる。
ゴトリ……
ゴンドラが地面に接し、ユキト達はその中から外へ飛び出した。セミルトは、ユキト達がゴンドラから降りたことを確認すると、再び上昇して、王都のある西方へと飛び去っていく。
「白竜の他にも魔物がいるっぽいな」
城壁の外側から見ると、空を舞う白竜以外にも、白い狼が門に体当たりを繰り返しており、さらに氷の身体を持った巨大なトカゲが城壁に取り付いていた。
「雪狼と氷結蜥蜴ですわね」
フローラの見立てでは、雪狼と氷結蜥蜴というC級下位とC級上位の魔物らしい。冬に姿を見せることが多いとのことだ。
「確かに群れで砦を襲っているみたいだわ」
「まずは白竜の前に雑魚を散らしますかな」
「そうするか。じゃあ、一気に城壁まで進もう」
ユキトの指示で、3人は城壁に向かって駆けだした。慌てて、ユキトもその後を追う。一方の魔物側も既にユキト達を認識している。巨大な蝉は充分に目立つのであるから当然だ。城壁に向かうユキト達を迎え撃つために、3頭の雪狼が走ってくる。白い毛で覆われた狼だが、ユキトの知る狼よりも大型であろうか。
雪狼が向かってくるのに合わせて、ユキト達の先頭にセバスチャンが進み出る。雪上の両者の距離がぐんぐんと縮まっていく。
「セバスさん、任せていいか」
「お任せください」
万能執事のセバスチャンはいつも頼もしい。剣を片手に狼に向かっていく。
「セバス、頑張ってくださいね」
フローラもセバスチャンに声をかける。
「お嬢様! お嬢様からそのようなお言葉を頂戴できて……」
「ちょっと前見て! 前!」
あろうことか、フローラの方を振り返って感涙するセバスチャンに、一同が慌てた。雪狼達は数メートル先に迫っている。
「おっと失礼」
セバスチャンが再び前に向き直るのと、その剣が閃いたのは同時だった。向かってきた先頭の雪狼がドゥと倒れ、その白い毛皮に鮮やかな赤色が広がた。雪の上に散った真っ赤な鮮血が美しさすら感じさせる。
「グルルルルル」
先頭の雪狼があっさりと斬られたのを見て、後続の雪狼はその脚を止めた。飛びかかっても同じ目に遭うと理解しているのだ。
「間合いに近づかない程度の知能はあるようですが……」
セバスチャンが距離のある2頭の雪狼に向かって再度剣を振るった。銀閃がきらめき、雪狼へと襲いかかる。セバスチャンが斬撃を飛ばしたのである。こうして、何が起こったか理解できぬまま、残りの2頭も雪上の紅い花となった。
「お見事、セバスさん」
「いえいえ、付与された加護が良いですからな」
セバスチャンをねぎらいながら、ユキト達はそのまま城壁へと近寄っていく。城壁付近から先ほどの攻防を見ていた魔物達は、雪狼を瞬殺したユキト達に対して警戒を露わにしていた。
ふと、ユキトが城壁の上を見ると、そこには兵士達の姿が認められた。城壁の上から、壁に取りついた氷結蜥蜴を槍で牽制している。
「フローラの変身は無理そうだな」
ユキトがフローラに与えた加護は、魔法少女をモチーフにしているため、第3者に見られていると変身できないのである。兵士は第3者としてカウントされるだろう。
その時、一匹の氷結蜥蜴が城壁から飛び降りると、雪上を滑るようにユキト達に向かってきた。雪狼では相手にならないと判断したのだろうか。
「私がやるわ」
今度はファウナが前に出る。金色の髪の隙間から飛び出た長いエルフ耳が寒そうだが、本人はあまり気にしていない様子だ。
氷結蜥蜴の2メートル程度の身体は氷で構成されている。どういう仕組みでそれが動いているのかは不明であるが、その白く透き通った尻尾が大きく振るわれ、ファウナ向かって叩きつけられた。
尤も、ファウナにとっては、この程度の速度は回避するのは容易い。ファウナはその攻撃を難なく躱すと、交差気味に尻尾に拳を叩き込む。
パァン!
ガラスが割れるような音とともに、氷の尻尾は粉々に砕け散った。尻尾を半ばから失った氷結蜥蜴は、ファウナから距離を取ると、爬虫類特有の縦長の瞳孔を細めて彼女を睨みつけた。
(おっ、尻尾を破壊したか。でも、蜥蜴の尻尾だからな……また生えるんだろうな)
観戦していたユキトは、心の中で尻尾がまた生えてくる方に金貨1枚を賭ける。蜥蜴の尻尾と言えば、再生してなんぼのものだ。実際、尻尾の断面の氷が盛り上がり、パキパキと音を立てて成長しつつある。
だが、ファウナは尻尾の再生を許す時間を与えるつもりはなかった。氷結蜥蜴との距離を詰めないままの状態で、拳をその頭部に向かって突き出した。すると、ファウナの拳から黄色のオーラの塊が飛ぶ。闘気である。
「え? ファウナ、いつの間に闘気を飛ばすような技を!?」
どこぞのストリートファイターのように拳から飛ばされた闘気は、そのまま蜥蜴の頭部に直撃し、その破壊力を伝達した。
パァン!
2回目の破裂音を響かせて、氷結蜥蜴の頭部が砕け散る。頭を失った氷結蜥蜴の身体は、よろよろと1歩だけ後退したが、そのままただの氷となってガラガラと崩れていった。
「闘気を飛ばして攻撃かぁ……実にテンプレだよなぁ」
ファウナもすっかりとユキトの世界の漫画の色に染まってきたようである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや評価など大変に感謝です。励みになります。
誤字・脱字・矛盾点などの御指摘がありましたら、感想欄までお願いします。もちろん通常の感想もお待ちしております。