第60話 労働契約!蝉さんと話そう!
前回のお話
砦が魔物に襲われているらしい。あと蝉がユキトと話したいってさ。
「キ、来たカ……ワレを降シし、ヒト種ヨ」
「おい、ホントに喋ってるぞ」
「魔物の中には人の言葉を操るものもいますけど、まさか百九年蝉が喋るなんて」
生け捕りにした百九年蝉がユキトに会いたがっていると聞き、ユキト一行は王都の外れにある軍の施設へと足を運んだ。施設内にある大きな倉庫のような外観をした石造りの建物の中に、百九年蝉は捕えられていた。魔力的な枷によって、その動きは封じられていたが、相手はA級の魔物である。動きを封じていても危険なことには変わりないと、建物内への通常の兵士の立ち入りは禁じられている。
「で、俺を呼んだ要件ってのは何だ? まさか世間話の相手が欲しいってわけじゃないだろ?」
「ウム、ワレも自身の立場は理解シテいるつもりダ。だが、ワレも100年も土ノ中にいたノでナ。折角、翅を得タノだからもう少シ世界を楽しみタいノダ」
百九年蝉は人間や大型の動物を食料としながら、土の中で100年以上も生きてきたらしい。先日のユキトとの戦いの中で必要に迫られて羽化し、漸く大空を飛んだと思った瞬間に撃墜されたという。
「まぁ、人を喰ってたわけだから、俺としては討伐すべき相手だったんだ。とはいえ、気持ちは分からなくもない」
撃墜した本人であるユキトも、100年の潜伏期間を経ての、漸くの飛翔が僅か数秒で終わってしまったことには些かの同情を隠せない。百九年蝉が人を食うと言っても、それは食性の問題である。
「あノ大空を飛んダ感覚は忘れラレぬ。何処まデモ広がル空。風ノ音……ヒト種に使わレる身となってデも再び飛びたク思ったノだ」
「つまり、お前は人に使役されても構わないから、また空を飛ばせて欲しいと?」
「ソウだ。だが、通常のヒト種にとってはワレの戦闘力は驚異なのダろう? 恐ろシクて使役などできまい。だが、ワレを降したお前達であれば、問題ないダロウ」
確かに王国の兵士からすれば、その言葉を鵜呑みにして、枷を解いた途端に襲いかかられたらと考えただけでも、頷けるような提案ではない。だが、ユキトからすれば、約束を反故にするようなら、倒してしまえば良いということになる。
ユキトとの戦いでなんとかニウム光線を浴びせられて爆発し、翅と脚の一部を失った百九年蝉であったが、この1カ月で脱皮を行い、翅と脚が復活していた。この状態ならば飛翔も可能だろう。
「飛べるってのは、もう1件の依頼をこなすのにもありがたいな」
「アルビ砦の件ね?」
「確かにアルビ砦までは距離がありますわね」
魔物の襲撃を伝えてきたアルビ砦までは、王都から数週間はかかる。ユキト達が到着するまで、アルビ砦が魔物の襲撃を乗り切れるかは難しいところだ。だが、百九年蝉に運んでもらえば、問題は解決する。
「お前の要求は、俺達の指示に従うから、封印を解いて欲しいってことか」
ユキトは百九年蝉の要求を確認する。
「条件か。お前タちノ指示に従おう。さらニ、ヒト種にハ危害を加えヌことトする。脱皮などデ出た殻などノ素材モお前に渡す。代わりに20年で自由ノ身にして欲シイ。もちろんそれ以降もヒト種には危害を加えヌ」
百九年蝉の提供するものは20年間の労働であった。ユキトが失うものはないのだから、実にお得な取引だ。人間に危害を加えないという約束を示すあたり、この蝉の知能はユキトが思っていたよりも高そうだ。
「なるほど……悪くないな。 で、どうだ?」
ユキトは振り返って、パーティに同行してもらった女性に尋ねた。かつて、王との謁見の際に同席していた嘘発見器さんだ。百九年蝉となんらかの会話が交わされるのであれば、彼女の能力が役に立つかもしれないと、アスファール王に願って同行させてもらったのである。ユキトもまさか魔物との交渉が発生するとは思っていなかったが、ここは彼女の出番だ。
「嘘は言っていないようです。私の加護が魔物にも通じるならば……ですが」
「んー、試してみるか。おい、蝉。何か嘘を言ってみてもらっていいか?」
「嘘というノハ事実デなイ発言内容ノことだな?」
「そうだ。何でもいいぞ」
「フム、では……ユキトとヤラは、ヒト種のナカでも稀に見る美形のヨウだ」
「あ、嘘ですね」
嘘発見器さんがあっさり嘘認定する。どうやら嘘を見破る加護は有効のようだ。
「ちょっと待て!!!なぜ、その嘘をチョイスした!!!」
ユキトの抗議の声が倉庫に響き渡った。
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「では、パーティ会議を始める」
寮のユキトの部屋には、ユキトとファウナ、フローラ、セバスチャン、そしてストレィが集合していた。ユキトから加護を付与されたメンツである。
先ほどの百九年蝉については、王の許可も得て、ユキトパーティ専属の使役虫とされることになった。
本虫の話によれば、百九年蝉は平均的なドラゴン種よりも高速な飛翔が可能で、しかも数日間は飛び続けることもできるらしい。尤も、ある程度以上の運動量となるときは、事前に砂糖水を大量に飲ませて欲しいとのことだったので、先ほど100リットルの砂糖水を届けるように手配したところである。なお、支払いは王城に回してもらった。
「というわけで、蝉さんの栄養補給が済んだら、俺達はアルビ砦へと向かう」
「今回はアルビ砦の魔物を倒すのが任務なの?」
ファウナが拳を握りながら、任務の達成条件を確認してくる。冒険者としては、事前に明確にしておくべき事項だ。
「王様の依頼では、原因が分かればそれを排除して欲しいってさ」
「前の山岳竜のときみたいに皇国が魔物を操っているのかしらね」
魔物が砦を襲ったと聞いて、山岳竜のことを思い出したのはユキトも同様である。あの時は、ジコビラ連合国の人間が山岳竜を操っていたのであった。
「今回は1匹ではなく、たくさんの魔物が繰り返し襲ってきているそうですから、その線は薄いですわ」
フローラがユキトやファウナの考えを否定する。一般的に魔物使いが魔物を操作できるのは数匹までとされる。大量の魔物使いが集まれば、魔物の群れをも使役できるだろうが、貴重な人材である魔物使いを一か所に集めてまでやることかと言う問題がある。
「それに……雪が気になりますわね」
フローラが何かを思い出すように言葉を紡ぐ。その目はどこか不安げだ。
「何か気になることがあるのか?」
「いえ、以前にお会いしたある方を思い出したのですが、行ってから判断すれば良いことですわ」
フローラのそう言って笑ったが、その目にはまだ不安の色が残っていた。ユキトもその様子が気にはなるが、これ以上突っ込むべき話題ではなさそうだ。
ユキトは他のメンバーにも目を向けた。
「私もぉ、一緒に行けるのかしら?」
このところ一緒に行動していたストレィが右手を軽く挙げて、ユキトに質問をする。ユキトは、とっくにストレィもパーティメンバーと考えていたのだが、ストレィ本人はユキトのパーティに入れてもらって良いのかを気にしているようだ。ストレィも、こういう点では意外と控えめなのであった。
「ああ、来てもらうのは構わないんだが……」
ユキトの心配は戦闘である。他のメンバーは大なり小なり戦闘の心得がある。フローラが若干心配だが、魔法少女に変身すれば、サポート魔法の使い手として重宝する。だが、ストレィは、完全に戦闘向きではないのだ。もちろん、武器になる魔道具を持っていけば、多少は戦えるのだが。
「ストレィが頷いてくれるなら、俺としては別のことを頼みたい、それは――」
ユキトがストレィに頼んだのは、ユキトの自領の確認と監督であった。本当ならば、ユキトが戻って色々と作物の栽培状況などを確認したいのだが、アルビ砦は急ぎの用件である。そこで、ストレィに電子辞書を預けるので、領主代行としてユキト領を訪れて、作物の栽培や産業の問題点を確認しておいて欲しいということだ。
最近、ストレィも電子辞書に付属している漢字学習ツールなどを利用して、簡単な漢字をマスターしつつある。電子辞書を使えば、ユキト領の技術的な問題をかなり解決できるだろう。
「了解よぉ。頑張るわ」
電子辞書を占有して使えると言う魅力的な条件に、技術オタクであるストレィはあっさり承諾した。朝から晩まで電子辞書を眺めるつもりだろう。勝手にガトリングガンなど自作しそうで怖い。
「いいか、兵器なんかは製造禁止だからな」
「分かってるわよぉ」
こうして、ユキトの次なる行き先が決定したのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマも感謝です。
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