第59話 急変!アルビ砦の怪!
前回のお話
ジャガイモ美味ぇ!
「これは……本当に芋か? 甘すぎないか?」
「すごいねぇ、同じサイズの黄金と交換しても惜しくないよ」
ユキトが出したスイートポテトはおっさん2人にも非常に好評のようだ。そもそも貴族の社会においては、茶会の習慣があるため、甘い菓子の需要が高い。この世界の菓子は、生地に砂糖を混ぜた焼き菓子が中心である。スイートポテトは文字通り異世界の甘味であった。
ファウナとフローラ、ストレィの3人は無言で黙々と食べ続けている。フローラに至っては4つ目に手を伸ばしたところだ。一方のセバスチャンは最初の1つをお茶とともにゆっくりと楽しんでいる。
「今回、試食を用意できたのは芋類だけですが、我が領では野菜などの栽培も試してみるつもりです」
ユキトとしては、他の料理も作りたかったのだが、まだまだ研究も材料も足りない。故郷の料理を存分に作るためには、香辛料も調味料も不足している。
「ねぇ、シジョウ卿。このサツメイモ? っていうの少しだけでいいから、今の段階で都合つかないかな?」
「あ、チャリア! 王領が先だと言ったであろうが! シジョウ卿、王に献上するのが先だからな」
おっさんズは、今度はサツマイモの確保に走りだした。ジャガイモ、サツマイモといずれも好評である。この調子なら、他の野菜類も喜ばれることだろう。
「そうですね、予備の材料を1つずつお渡しすることはできますが、それ以外は自領に送ってしまいましたので……」
ユキトはお土産代りということで、サツマイモを1つずつ王と公爵に手渡すことにした。お芋をもらって大喜びする王というのも物凄い構図だ。
「よし、すぐに王領にて栽培させよう」
「うちも早速取りかかるからね」
「栽培方法は後ほどメモをお送りします」
ユキトとしては、サツマイモなど土に埋めておけば増えるとは思っているが、念のために栽培方法も渡しておくことにした。どうせ、いずれは教えることになるものだ。
一方、アスファール王はサツマイモを手に考える。
(王国がより豊かになる上で、これらの作物は大いに役立ってくれそうだわい。先ほどのジャガイモとやらの生産性が高いという話が事実であれば、この功績は陞爵させるに値するだろうな)
執政者の立場から考えて、生産性の高い作物はその利用範囲も広い。麦の生産に適さない土地でも豊富に収穫できるのであれば、味が悪い作物であっても、飢饉を回避する切り札になる。その味についても、非常に美味であったのは自分の舌で経験した通りだ。
農業の分野においても、シジョウの名が王国の歴史に刻まれることになるだろうなとアスファール王は予想していた。
さて、甘いものを食べ終え……否、女性陣が全て食べ尽くし、皆で食後のお茶を一服という頃合い。だが、そこに慌てた様子の文官貴族が駆け込んできた。
「陛下、探しましたぞ! こちらでしたか!!」
音楽室のバッハの肖像画に良く似たハンドラ伯爵である。
「おぉ、ハンドラ。 よくぞ、ここが分かったの」
「ラング公爵がこちらと聞いたので、もしやと……いや、それより陛下、急ぎのお知らせです。皇国との国境付近に位置しておりますアルビ砦が魔物に襲われているそうです!」
「なんだと!?」
つい先ほどまで明るいおっさんだったアスファール王の目に突如として鋭さが戻る。
「急に砦の周囲に雪が降り始め、それと時を同じくして魔物の襲撃が始まったと」
「雪? そんな季節ではなかろうに……」
突如としてもたらされた報告に、アスファール王は眉を顰める。魔物の襲撃と突然の降雪、この2つは無関係ではないだろう。
「それともう一つございます」
「まだあるのか?」
ハンドラ伯爵は言いにくそうに口を開いた。
「以前に生け捕った百九年蝉ですが……」
「どうした、死んだか?」
「いや、自分を倒したシジョウ卿に会わせろと人の言葉で要求してきまして」
「しゃ、しゃべったあああ!?」
傍で話を聞いていたユキトも、その意外な展開に顔を引きつらせるしかなかった。蝉からの御指名である。
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「今日の襲撃はしのげたな……」
「だが、門が破られるのは時間の問題だぞ」
ここは、アスファール王国とハルシオム皇国の国境付近にある王国の砦=アルビ砦だ。高い城壁にぐるりと囲まれた堅牢な造りであるが、負傷を負った兵士達が固く閉ざされた門の内側に座り込んでいた。空からはゆっくりと雪花が舞い降り、兵士達の兜の上に白く咲き始めている。
「まだ、こんなに寒くなる時期じゃないのに……」
「何かおかしい。ハルシオム皇国の仕業なのか?」
アルビ砦が位置しているのは、大陸の中心付近である。この地域は比較的に標高も高いので、秋になるとそれなりに気温は下がる。それでも雪が降るほどではない。だが、現在の砦の周辺には雪が積もっており、山野は白く覆われつつある。例年には見られない異常気象だ。
だが、異常は雪だけではなかった。雪が積もったと同時に、雪狼や氷鬼といった魔物が出現し、砦に襲いかかってきたのである。もちろん、この付近にも魔物は出没するのだが、これまでに砦に対して明確に攻撃を仕掛けてきた例はなく、せいぜい付近の見回りをする兵士と遭遇し、戦闘になる程度であった。
「毎日、毎日、波のように攻めてきやがる」
「しかも、日増しに強い魔物が混じってきてないか?」
砦の兵士達は、繰り返される魔物の襲撃に疲労困憊していた。当初の襲撃は雪狼の群れ程度だったのだが、最近では氷結蜥蜴まで姿を見せている。やがては白竜の姿を見る羽目になるかもしれない。そう考えると、アルビ砦の守備隊長が王国に援軍を求めたのは当然の判断であった。
「噂の冒険爵が助けに来てくれるんじゃないか?」
「それまで砦がもつか?」
愚痴を言い合っていた兵士の一人が、溜息をついて空を見上げた。その視界に映る空は、全て灰色の雲で覆いつくされている。顔に降り立つ雪の冷たさが、彼の不安を駆り立てた。砦がいつまでもつかは、日増しに強くなっていく魔物次第だ。
「ま、白竜が出てきたらアウトだな」
吐き捨てるように述べた兵士の言葉は、そのまま灰色の空に吸い込まれていった。
そのアルビ砦から数キロ離れた岩山の中腹。絶壁に付きだした岩の上に、一人の女が立っていた。
彼女は、氷を思わせる青く透き通った鉱石で拵えた杖を持ち、その身に纏った薄っすらと青いローブには、白銀の刺繍が施されていた。その姿から高位の魔道師であろうことが容易に想像できる。全てを凍てつかせるかのような冷たい目には、周囲を白く包まれた砦の姿が映っている。
「早ぅ、シジョウとかいう者が来ぬものかのぅ。妾を倒し、七極に名を連ねようと企む痴れ者が……」
そんなことを呟いた女は、右手に持つ杖を掲げると、何やら呪文を唱えた。彼女が呟いた呪文に従って、杖からは白い光が滲み出し、やがて一筋の光の矢となったかと思うと、目前の崖から山の麓へ向かって撃ち出された。
撃ち出された矢は空中で複数に分裂し、山の麓に次々と着弾する。着弾した地点を中心として、地面はたちまち真白く凍りつき、着弾した場所には魔物の姿が現れていた。召喚術の類のようだ。
「今日は特別に2回目の襲撃じゃ。せいぜい楽しむと良いぞ」
そう言うと、砦を見降ろす女はゾッとするほどに冷たい笑みを浮かべたのだった。
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