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第58話 試食!これがジャガイモ!

 前回のお話

  幸いなことに、地球の作物はフローラの尻からではなく手から生成された。


 

 ユキトが貴族学校へと入学してから1ヶ月半が経過した。


 当初、ユキトが想像していた以上に授業は役に立つ内容が多いし、バト・ブレイブリーやケント・バーレイ達とも仲良くやれている。模擬戦の授業では、バトが何度もユキトに挑みたがるのが少々困るくらいだ。


 尤も、近距離の瞬間移動(テレポーテーション)と強い思考を読み取る念話(テレパシー)というチートな能力を備えたユキトは、模擬戦においてもほぼ負けることはない。いつも声が大きいバトであったが、模擬戦中に念話(テレパシー)で伝わってくる思考までもが大音量で聞こえたのには、ユキトも苦笑するしかなかった。


「くそっ! また勝てなかった!」


「模擬戦のルールは2本先取ですからね。バトも極稀に1本までは取れるんですけどね」


「ケント、あれはユキトが油断していただけだ。そもそも2本取れねば、負けは負けだ」


「バト、まだやるか?」


「もちろんだ、ユキト!」


 闘技場は再建中なので、模擬戦の授業は屋外で行われている。そのため、当初は見学者も多かったが、ユキト対バトが何度も繰り返されるので皆も飽きてしまったようだ。その分、ファウナの戦いが見たいという声が高まっている。



 そのファウナを狙ったアントニー・アンバルトは、例の一件以来、ユキトを避けている様子だ。父であるアンバルト侯爵からも、シジョウ冒険爵に無礼な態度を取ることまかりならぬと厳命されているらしい。


 そもそも貴族社会においては、嫡男のみが当主の爵位の一つ下と見做されるのが慣例である。つまり、侯爵家の長男であれば伯爵相当と見做されるわけだが、アントニーは次男であるため、爵位なしと見做されるのだ。


 その点、ユキトは冒険爵の爵位持ちである。この冒険爵という爵位は、その功績次第で階位が上下する変わった爵位だ。現在のユキトについては、子爵相当と見做すというのが、貴族たちの暗黙の了解である。


 さて、貴族であるユキトは領地を持っている。学校に通っているとはいえ、領地(サブシア)のことを忘れているわけではない。サブシアへは、定期的にユキトの故郷の作物が、詳しい育て方を書いた手紙とともに届けられていた。フローラが加護により生成した米やジャガイモ、サツマイモ、トマトなどの作物である。これらの作物については、サブシアの人々も初見であった。受け取っている領民達は、領主様が王都で珍しい作物を買い付けたのだと思っている。


「実は王都どころか、この世界に存在しないと思われる作物なんだよなぁ」


 留守中のサブシアを任せていたタンドーラ町長から、王都での珍しい作物の買い付けに対する御礼状が届き、ユキトは思わず呟いた。まぁ、説明するのは面倒なので、しばらくは勘違いしておいてもらうつもりだ。


 その一方で、王国貴族達は何も気づいていないわけではない。例えば、ラング公爵は「サブシアでは変わった作物を育てているようだねぇ」と直接ユキトに尋ねてきた。ユキト領の調べも欠かしていないようだ。


(そりゃ、当然ながら密偵の一人や二人はいるだろうな)


 ユキトとしても、農作物については隠せるものではないと考えていたので、驚きはない。むしろ、面と向かって聞いてくれるのはラング公爵の好意だろう。他の有力な貴族も黙っているだけで、何かしらの情報は手に入れているはずだ。


「ラング閣下、珍しい作物を入手したので、我が領で育てられるか確認中です。無事に栽培方法が確立したら、お裾分け致します」


 ユキトからラング公爵へは、そのように返答している。農作物については、相手が本気で入手しようと考えた場合、その盗難を防ぐのは困難だ。こちらから提供して恩を売るのが賢いとユキトは考えていた。と言っても、まだ自領で収穫されていない段階の作物を提供するのもおかしな話なので、対外向けには栽培可能性を確認中というふれこみにしている。


「どこで手に入れたのかも気になるけど、それよりもその作物はそんなに価値があるのかい?」


 提供を打診されたラング公爵としては、入手先もそうだが、わざわざユキトが栽培を試そうとしている作物がどんな作物なのか気になるところだ。


「生産性が高い作物です」


「へぇ、それは嬉しいねぇ」


 ユキトは控えめな表現にしたが、ジャガイモの生産性は非常に高い。寒冷地でも栽培可能であるし、年に複数回の栽培ができる。小麦の三倍の生産量という評価もあるほどだ。あまりジャガイモに依存し過ぎるのも良くないが、飢饉を減らす有力な力にはなってくれるだろう。




「で、今日はその作物を食べさせてもらえると聞いてきたわけだけど」


 その日は試食会であった。話だけでは面白くないだろうと、ユキトは作物の試食会を企画し、ラング公爵にも声をかけたのである。場所は学校の調理室を借りて行う。パーティメンバーにも、ユキトの故郷の味を味わわせてやろうという心づもりだ。


 ユキトの思った通り、試食会の誘いを受けたラング公爵は、大貴族とは思えない軽いフットワークで顔を出してくれた。連れてきた御供も数名の護衛のみだ。ユキトが気になったのは、公爵が御供とは思えない中年の男性を1人連れてきたことだ。どこかで見た気がするその男性は、明らかに(かつら)と分かるものをかぶっていた。


「ようこそ、ラング閣下。ところで隣にいらっしゃる(かつら)とつけ髭で変装されている方はもしや……」


「いやぁ、ちょっと口を滑らせちゃってね」


「余だ。チャリアから聞いてな。お忍びというやつだ」


 何とまさかのアスファール王であった。前からお茶目なところがあるおっさんだとユキトも感じていたが、予想以上に軽いおっさんである。ラング公爵から試食会のことを聞いて、無理を言って付いて来たらしい。


「こんな学校の調理室に陛下をお招きするなんて……」


 隣のフローラが引きつった表情をしているが、向こうから来てしまったものは仕方がない。試食は余裕を持って作っているので、人数が増えたことには問題はなかった。


「『まろうど』のそなたが見たこともない作物を持っているということは、そういうことなのであろう?」


 流石にアスファール王は作物の正体に見当がついているようである。尤も、異世界から来た者が見たこともない作物を栽培しようとしていると聞けば、予想はできるというものだ。


「楽しんでいただけたら光栄です」


 ユキトは王の言葉を否定しないことで、遠まわしな肯定を示す。すなわち、これから出てくるものは異世界の作物であると。


「じゃあ、最初はこちらを召し上がってください。芋を蒸かしてバターを乗せたものと芋を潰して油で揚げたものです」


 まずユキトが用意したのは、じゃがバターとフライドポテトだ。どちらもジャガイモの魅力を伝えるには良いチョイスであろう。


 出てきた料理にラング公爵の護衛の一人が毒見の魔法を施す。当然ながら、料理に問題はなかった。毒見の結果を受けて、最初にアスファール王がナイフとフォークでじゃがバターに挑む。ナイフがスッとジャガイモに吸い込まれ、バターを纏った黄色い塊がフォークで王の口へと運ばれていく。


「ほう、ホクホクとして……はふはふ……熱いが、これは……美味いぞ!」


 王の感想を開始の合図として、一同もジャガイモ料理に手を伸ばし始めた。


「本当だねぇ。芋ってもっとパサパサして味がないものだと思っていたよ」


「ユキト様、これは美味しいですわ。バターと相性抜群ですわね」


「あらぁ、このフライドポテトって手が止まらないわぁ。塩味がずるいわよぉ」


 ストレィはフライドポテトの魔力にすっかり魅了されたようだ。黙々とフライドポテトを食べるマシーンと化している。後でカロリーの概念を教えてやった方がいいだろう。


「ユキト、これもうなくなっちゃうよ? おかわりないの?」


 ファウナもフライドポテトがなくなりそうで、泣きそうな顔になっている。どうやら、ジャガイモの評価は上々であるようだ。


「これ栽培中なんでしょ? いつぐらいに収穫できるの?」


「待て、チャリアの所よりも王領に収めるのが先であろう」


 お偉方はさっそくジャガイモの利権について揉めだしている。彼らもジャガイモを気に入ってくれたようだ。ユキトの自領での栽培はまず上手くいくだろうから、収穫の一部を王領とラング領、あとはウィンザーネ領にお裾分けすれば良いだろう。


 それに試食すべき作物は他にもある。塩味の次は甘いものが欲しくなるのが道理だ。ユキトはもったいぶった態度で次の料理を案内する。


「では、次は甘い菓子をお召し上がりください。スイートポテトです」


ここまで読んでいただきありがとうございます。ちょっと体調が良くなかったので更新の間が空いてしまいました。次回あたりから次の冒険にも入っていく予定です。

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