第57話 ただし!加護は尻から出る!?
前回のお話
念願の電子辞書が使えるようになったぞ!
「きゃーー変態ッ!!!」
バシッ!
ユキトは、ファウナから手加減込みとはいえ、強力な平手打ちをくらって吹っ飛んだ。ユキトの首はドラゴンよりは華奢であるので、手加減が無ければ死んでいただろう。
「違う! 誤解だ」
ユキトは慌てて弁明する。近くにいたストレィがファウナに声をかける。
「ファウナさん、どうしたのぉ? ユキトくんが何か失礼なこと言ったのぉ?」
「こ、こいつが……」
途中まで言いかけて顔を真っ赤にするファウナ。どうやら、ユキトはよっぽどな内容を発言したらしい。
「ち、違うんだ。確かに、自分の排泄物を他人に食べられたら嫌か? とは聞いてしまったけど」
「うわぁ……ユキト様、最低です」
ここでフローラまでも会話に参加してきた。ものすごい目でユキトを見下ろしている。フローラもそんな目ができたんだなあとユキトは冷静に感心していた。
「ユキトくんってば、そんなマニアックな趣味があったのねぇ。仕方ないわぁ、ここは私が……」
ストレィは煽りに回ることにしたようだが、この状況ではストレィの明るさが救いである。
「違う。そんな趣味はないから!!」
己の尊厳の危機だと感じたユキトは、疑惑を力強く否定した。
ユキトの弁明によると、どうやらユキトの故郷に伝わる神話に、食べ物を身体から取り出す神様がいたらしい。鼻や口、尻から食物を取り出していたため、それを見たスサノオが「そんな汚いものを食わせて」と怒り、殺してしまったという。その神の名をオオゲツヒメという。
ユキトは、こちらの世界に故郷の食べ物を生成できないかと考えたのだ。そのために、食べ物を生成する神を調べていて、このオオゲツヒメに行きついた。スサノオに殺されたオオゲツヒメの目からは稲、耳から栗、鼻から小豆、と様々な部位から作物が生まれたという説話もユキトの狙いにぴったりだ。
だが、オオゲツヒメを加護のモチーフにすると、説話の通り、排泄物が食物になる可能性があった。それを、ついファウナに口走ってしまったのである。
「ホントにそんな神話があるの? ユキトの故郷って大丈夫なの?」
ジト目で睨むファウナはユキトの弁明を半分信じていない様子だ。尤も、本当だった場合には、そんな神話が伝わっている日本の正気を疑われるかもしれない。
なお、神様の死体から作物が生まれるのは、ハイヌウェレ型神話と呼ばれ、神話の中では比較的ポピュラーな食物の起源である。大便として宝物や食物を排出する話も世界各地に存在する。
「ええと、オオゲツヒメ……確かにユキトくんの説明の通りねぇ」
ストレィが電子辞書のオオゲツヒメの項目を確認してくれた。ストレィもまだ漢字は読めないが、既にカタカナは覚えており、表示された内容もなんとなく把握できたようだ。
「その神様の加護を使えば、作物が得られると思って……」
日本の作物は品種改良を繰り返していて、非常に美味しくなっている。この世界にも野菜や果物は色々あるようだが、日本の野菜や果物が栽培出来れば、ユキト領の発展は間違いないだろう。特にコメは重要である。ユキトが食べたいというだけだが。
「ってことは、その神様の加護を使うと……その……あの……お尻から……」
フローラも途中で言葉を濁してしまう。ユキトも加護のシステムに慣れてきたとはいえ、生成するまでは加護の詳細は不明だ。大凡の性能は予想できるが、作物を生成する力がどのように発動するのかはやってみないと分からない。
「女性には頼みづらいけど、加護のモチーフからして、男だと適性がなさそうなんだよな」
これまでのユキトの経験上、加護のモチーフと付与する対象は、その性質や見た目が近い方が良い。例えば、クトゥルフの加護はタコの魔物を対象にしたからこそ付与できたのだ。つまり、オオゲツヒメの加護は女性に付与した方が効果が高いだろう。
「りょ、領民のためなら……」
「いや、フローラ。顔が引きつってるぞ」
フローラとしても、領民ひいては国民の生活を豊かにするための加護であることを考えると、恥ずかしいから嫌だとは言えない。
******
厳選なるくじ引きの結果、見事にフローラがくじを引き当てた。ファウナはあからさまにホッとした顔をしている。ストレィは少し残念そうに見えるのは気のせいだろうか。フローラは半泣きだ。
そして肝心の加護だが……
「ユキト様! 大丈夫でした! 手から出ます!」
ユキトの個室に入り、鍵までかけてから加護を試していたフローラだったが、満面の笑みとともにドアを開けた。どうやら、尻からは出なかったようだ。
フローラに付与された食物創造の加護は、フローラが見た食物や作物を少量であるが生成することが出来る代物だった。この「見た」は、電子辞書の画像でOKだったのもありがたい。
「魔法少女になった時に食べ物を出す魔法も使えたけど、あれはパンだけだったしな」
そもそも、この加護の価値は食べ物を出すというよりは、作物を生成できる点にあるだろう。実際、種籾や大豆などがフローラの手から生成されている。あとは芋類も出てきた。
「これらも領地へ送って、栽培を試しておいてもらうか」
一緒に送る手紙にはしっかりと各作物の栽培方法も記載しておく。電子辞書に内蔵されている百科事典や園芸・農芸辞典の情報なので間違いはないだろう。
「まぁ、遺伝子汚染とかあるけど、それは勘弁してもらうか」
ユキトは、元の世界では、こういう行動は良くないとされていたように記憶している。在来種と外来種とで遺伝子が混ざるのが良くないらしい。
「外来種ってか異世界種だもんなぁ」
とは言え、そんな概念もないこの世界で、ユキトが気にする必要もないだろう。仮にも領民の生活を預かる責任があるのだ。
「ユキト様、ちょっとよろしいですかな?」
ユキトが貴族らしい責任感に酔っていると、こっそりとセバスチャンが耳打ちしてきた。
「……ん、フローラに聞かせたくない話か?」
フローラは少し離れたところで、まだ作物の生成を頑張っている。
「はい。以前に魔法の加護をフローラ様に付与して頂きましたが、人前でも魔法を使えるような加護を授けて頂くことは難しいでしょうか?」
セバスチャンの目は真剣だ。
「どういうこと?」
「実は……」
セバスチャンの話では、フローラが以前に学校に通っていた時分から、魔法の才能がないとクラスで馬鹿にされていたらしい。侯爵家の娘なので、表立って虐められるわけではないが、ロクに魔法も使えないくせにと陰口を叩かれていたという。
「俺も魔法はまだほとんど使えないけど?」
「剣技など他に技能があれば問題ないのです」
確かにフローラが攻撃に使える手段は火炎球のみだ。
「お嬢様は、今でも魔法の練習を欠かしてはおりません。実際、魔法少女への変身することで様々な魔法を使いこなしておられます」
「確かに色々と助けられたなぁ」
フローラは魔法少女に変身することで、結界魔法や防護魔法などの様々な魔法を使用可能になる。魔法に対する知識があるからこそできる芸当だ。だが、魔法少女には掟がある。他人の前では変身出来ないのだ。
これでは、クラスの皆の前で火炎球以外の魔法を使うことが出来ないままだ。
「確かに何とかしてあげたいな。ちょっと考えておくよ」
ユキトに明確な案があるわけではなかったが、ユキトの目から見てもフローラは立派だ。常に領民のことを考える姿勢があるし、努力も欠かさない。学校を途中でやめて冒険者になったのも、座学だけでは知ることのできない領民の実際の生活を見て回りたくなったからだと聞いている。
「良い娘だから、応援してやりたいのはやまやまなんだけど……」
後に、フローラが殲熱女帝の二つ名で知られるようになるとは、この時のユキトとセバスチャンは想像もしていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。評価、ブクマも感謝です。
読み返すと更新を焦ったところの文書は粗が目立ちますね……反省。おいおい修正していきます。