第55話 目指せ!異世界の知識!
前回のお話
ばいんばいんの方が司祭様だった!
「電池を充電して欲しいんだ。そのために必要な加護を君に付与するから」
ユキトの提案は、そのまま自身が付与師であると宣言するに等しいものだった。だが、それを予想していたストレィにとっては、驚くことではない。問題は「電池」という聞きなれない単語だった。
「私に加護をぉ? それは光栄だけど……電池ってなんなの?」
ユキトに対して、色っぽい上目遣いで尋ねるストレィ。首を軽く傾けているあたり、実に芸が細かい。
「……ええと、電池というのはだな、目に見えない電気というエネルギー、つまり力をためておくアイテムだ」
ユキトはストレィの上目遣いにドキッとさせられつつも、務めて冷静に電池についての説明を行う。化学反応などは省略したイメージ重視の説明である。
(魔石みたいなものかしら?)
ストレィは魔力の固まりである魔石を想像し、似たようなものだろうと考えることにした。確かに電力と魔力の差はあれ、概ね似たようなものである。ただし、魔石からは魔力を取り出すのみであり、魔力を再充填する技術はまだ確立していない。
「その電池が力を使い果たして空っぽなんだ。だから、そこに力を補充したい。ストレィに技術力が向上するような加護を付与するから、その力で電池の充電に挑戦して欲しいんだ」
「なるほどねぇ、空になったアイテムに力を補充する必要があるのね」
そう答えつつ、ストレィは「これはなかなかに大変そうね」と考えていた。ストレィも魔石に魔力を再充填する技術は研究中であったのだが、この数年間は成果らしい成果を得られていない。
(でも、その『電池』を研究することで魔石に魔力を再充填するヒントが得られるかもしれないわねぇ)
何より、未知のアイテムの話を聞かされて、自身の好奇心が疼いていることをストレィは自覚していた。それに加護が得られるという点にも興味がある。
「電池のじゅうでん?というのに失敗したら、加護はなくなっちゃうのぉ?」
「いや、努力した結果として失敗したなら仕方ないよ」
そうは言ったものの、ユキトとしては加護を使うことで成功が見込めると考えている。ユキトの世界では完全にテンプレとなっている「主人公に原理不明の便利すぎる発明品を渡してくれる博士キャラ」をモチーフにすれば、きっと謎の爆発を引き起こしつつも、電池の充電くらいはやってくれるだろう。
「わかったわぁ。私に損はなさそうだしぃ、ユキトくんは素敵だし、協力してあげる」
「素敵のくだりは意味分からないけど、よろしく頼む」
こうしてユキトはストレィと電池復活研究の契約を交わしたのだった。
朝にそのようなイベントこそ発生したものの、その日の授業自体は、概ね問題なく終了した。歴史や魔法、魔物の生態についての授業は、どれもユキトの好奇心を刺激する内容で溢れていた。特に魔法については、程度の差はあってもほとんどの人が使えるものだというので、思わずユキトも魔法の練習をしたくなった。管理者からもらったアンブロシアを定期的に食べているので、今のユキトにも充分な魔力が宿っているはずだ。
だが、今は電池である。
「ふーん……早くも女性を連れ込むってわけね」
放課後、寮の部屋にストレィを連れて行きたいとファウナに伝えたところ、ジト目でユキトを睨んできた。昼はクラスメイトも一緒に昼食をとったので、まだストレィとの約束についてはファウナに説明していない。きっと何かを勘違いしている。
ユキトの横に立ったストレィの胸に目を向けたファウナさんから「ちっ」と舌打ちが聞こえた気がして、ユキトは恐れ戦く。
「いや、ファウナが思っているようなことじゃなくて……」
「勝手にぃ、私が思っていることをぉ、決めつけないでくださいー」
ユキトの弁解に小学生のような口調で反論してくるファウナ。まるで帰りの会で男子を糾弾する女子だ。完全にすねている。胸のせいだろうか。
「説明は寮の部屋でするから。さ、行くぞ」
ここで話しても始まらないと、ユキトは半ば強引にファウナとストレィを連れて寮の部屋へと引き上げることにする。寮は学校に隣接した敷地にあるので、歩いても数分で着く。
「私だって……着痩せしてるだけで……」
ファウナは何やらぶつぶつと文句を言いながら歩いている。時折、ストレィのスイカ並の胸に視線を送っては「けっ!」とやさぐれたような表情をしているので、後でフォローが必要かもしれない。
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「――というわけで、電池を復活させると、この電子辞書が動くはずなんだ」
寮部屋のダイニングのテーブルを囲んで、ユキトは自身が『まろうど』であること、元の世界から持ち込んだ道具があること、それにはユキトの故郷の知識が詰め込まれていることをストレィに説明した。
元々好奇心が強かったストレィは、ユキトの話の内容に目を輝かせて感激していた。話を聞いた後は、異世界の技術や知識が詰まっているという電子辞書をうっとりするような目で見つめている。
「まろうど……異世界の技術……ふふふふ」
異世界のロマンに少々オーバーヒート気味であるストレィ。
「そんなアイテムも持ってたのね」
ストレィを連れてきた理由を知って、ようやく通常モードに戻ったファウナだったが、電子辞書については彼女も初めて聞く話であった。あの小さな黒い板に異世界の膨大な知識が詰まっているというのだから、実に不思議な話だ。
「電池が充電できるアテがなかったから、話す意味がなかったんだ。パーティのメンバーには隠すつもりなかったんだけど」
「私たちにはともかく、他の人にはあまり広めない方がいいわよ。そのでんしちじょ?っていうのが盗まれたら大変でしょ」
「電子辞書な、じしょ。確かに相当の価値があるだろうな。動けばだけど」
ユキトとしても、電子辞書に込められた知識は値千金どころか、この世界を大きく変革しかねないものだという自覚はある。百科事典を読み漁れば、この世界でも充分に役立つ知識が山のように得られるだろう。
そのためにはストレィに電池を充電してもらわねばならない。
「さて、加護の付与タイムといこうか」
ユキトは、いまだ電子辞書に恍惚とした目を向けているストレィに声をかけた。
「え? ここで加護を付与してもらえるかしら?」
ストレィは意外そうな顔でユキトを見返す。
ストレィの知っている加護の付与は、教会の神殿で大々的に執り行われる神聖な儀式であった。まさか、こんな寮の一室でホイと渡されるものだとは予想していなかったのだ。
「ああ、すぐに済むからな」
一方のユキトは、ストレィに軽く返事をすると、不思議な発明をする博士キャラを適当にイメージしていく。不思議な道具という関係で、未来から来たロボットもイメージに混ざってしまったような気がするが、あとは加護のシステムがよろしくやってくれるだろう。
すっかり慣れたもので、ユキトのイメージをモチーフとした加護が無事に生成された。生成された加護は力の奔流となってストレィの身体を駆け巡る。
「ああんっ、なんだか身体が熱いわぁ」
自身を腕で抱きしめ、喘ぎながら身をよじるストレィ。胸の膨らみが大きくその形を歪めている。実にけしからん光景である。それを見つめるユキトの鼻の下が伸びる。
「……」
悶えるストレィの肢体をしばし鑑賞していたユキトであったが、気がつくと隣のファウナがユキトを睨んでいる。このエルフ、読心術でも使えるのだろうか。
「ゴホン……よし加護はついたな?」
ファウナから目を逸らしつつ、ユキトはストレィに付与した加護に意識を向ける。すると、付与した加護の情報がユキトの脳内に流れ込んできた。
+秘密道具の加護:魔道具生産関連のスキルが大幅にアップする。特殊な魔道具を生産可能となる。
「少し某ロボットを思わせる名称になったけど、効果は申し分ないな」
この加護が魔道具の生産には寄与するのは間違いなさそうだ。この力で電池の充電も簡単に実現してもらいたいものである。
「どう? ストレィさん。何か変わった?」
ファウナが少し心配そうな表情でストレィに尋ねた。ファウナが加護を付与された時には、即座に腕力が大幅に上昇して、絡んでいたゴロツキを数十メートル吹き飛ばしてしまったのだ。自身のステータス変化を把握していないと、思わぬトラブルを引き起こし兼ねない。
「そうねぇ……あまり変わりがなさそうな……あら?」
ストレィは自身の身体に触れて、何かしらの変化がないか確かめていたが、急にじっと机の上の電子辞書を見つめ始めた。やがて、電子辞書を見つめるその瞳に淡い青光が宿る。
「透過眼が発動してるわねぇ……うっすらと内部の構造が見えるわよ」
魔道具の生産職の極一部は、透過眼という対象の物質の内部構造を見抜く力を持つと言われている。どうやら、ストレィにもその力が身に着いたようだ。
「この力は重宝しそうよぉ。さっそくアトリエに帰って魔道具をいじってみたいわ」
ストレィは新しく手に入れた能力を、使いたくて溜まらない様子だ。恐らくは器用さなどのステータスもUPしていることだろう。
「ああ、魔道具もいいけど、電池も頼むぞ」
「任せてぇ。じゃあ、電池を1つ借りていっても良いかしらぁ」
「もちろんだ。でも、失くさないでくれよ」
ユキトはそう言って単三の電池をストレィに手渡した。失くすなと言ったものの、電子辞書にも非常に興味を持っていたストレィが復活の鍵となる電池を蔑ろにすることはないだろう。
「じゃあ、お邪魔したわねぇ」
ストレィが辞去の意を見せたので、ユキトは玄関まで見送ることにする。だが、ドアを開けたストレィは、何か悪戯を思いついたような表情を浮かべて、ユキトの方を振り返った。
「ん? どうしたんだ?」
淫靡な笑みを浮かべたストレィは、ユキトの腰を凝視する。
「ふぅん、なかなかご立派なもの持ってるじゃない。じゃあ、またねぇ」
ニヤリと淫靡な笑いと意味不明な言葉を残すと、そのままストレィは帰っていく。だが、その彼女の瞳には青い光が宿っていた。
「やっぱりアイツ、教会の司祭じゃねーだろ!!」
ストレィの発言の意味に気付いて赤面したユキトの声が寮に響くのだった。
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