第52話 決闘?ファウナの拳!
前回のお話
ファウナを景品とした賭闘を申し込まれたよ。戦うのもファウナだけど。
「付き人でも使える闘技場がある。そこでやろうぜ」
アントニーは学校内の闘技場での実施を提案した。学校内でも命を奪わない模擬戦までならば、双方が合意した私闘は認められている。貴族らしいと言えば貴族らしい措置だ。
「ええと、今からでいいか?」
ユキトの発言にアントニーは少なからず驚いた。
「ほう、別れを惜しんで明日にしろと頼むかと思ったがな」
アントニーは自身の勝利を確信しているようだが、ユキトとしては面倒なことはさっさと終わらせておきたいだけだ。貴族のティータイムを想定して、この学校の昼休みはユキトの世界のそれよりも随分と長く設定されている。手早く終わらせれば、食堂にも行けるだろう。
「いいだろう。おい、カーネリア!」
アントニーの声を受けて、ユキト達を取り巻く人垣の中から軽鎧を装着した女性が進み出る。長身スレンダーなお姉さんである。胸は……ファウナといい勝負だ。
「お呼びでしょうか」
アントニーは口角を上げつつ、ユキトとファウナにその女性の紹介を始める。
「こいつはカーネリアと言って俺の付き人だ。かつては魔法使い殺しの二つ名を持っていた凄腕だぜ。エルフは魔力に長けた種族らしいな。もしかしたら貴様は魔法を使えば勝てると踏んだのかもしれんが、それは万に一つもねぇぞ」
「あー、わかったわかった。はやく始めようか」
ユキトは投げやりな答えを返すと、早く進めろと促す。勝利を確信しているとはいえ、戦いの前に二つ名を敵に教えてしまうあたり、アントニーの頭は随分と悪いようだ。いや、先ほどのプッペルールの件を考えると悪知恵だけは働くのだろうか。
「ちっ、後悔するなよ……こっちだ、付いて来い」
アントニーとしては、落ち着き払っているユキトが気に入らない。もっと取り乱すものと思っていたようだ。
アントニーの後を追って、一同は闘技場まで移動を開始した。ユキトとファウナ、カーネリア、それ以外にも野次馬がぞろぞろと付いて来る。ケントやバトも見届けてくれるらしい。後でゴネられると困るので、ユキトとしても見届け人がいるのはありがたい。
「俺はカーネリアに金貨2枚だ」
「俺もだ」
「うーん、大穴でエルフさんに…」
野次馬連中の一部では賭けが始まったようである。どうやらカーネリアが優勢らしい。凄腕として知られているというのは嘘ではないのだろう。
ファウナの力があれば、余程の達人でなければ負けることはないとユキトは思っているが、万が一ということもある。カーネリアの腕前はどの程度なのだろうか。こういうことに詳しいのは、やはり万能執事のセバスチャンだろう。
ユキトは移動中にセバスチャンに目をむける。ユキトの視線に気がついたセバスチャンは、グッと親指を立てて見せる。どうやら問題ないらしい。ユキトは安心して闘技場へと向かう。
到着した闘技場のリングは、直径30メタほどの円形で石造りであった。付随する観客席もさほど大きくないので、ユキトの知るローマのコロセウムに比べるとコンパクトなサイズである。
リング上がったファウナとカーネリアは5メタほと離れて向かい合った。ユキトとアントニーはリングを降りた地面に立っている。セコンドの位置である。心配して付いて来てくれたケントやバトも一緒だ。その他の野次馬連中は観客席から観戦するつもりのようだ。
「あー、アントニー。賭闘で闘技場を破損した場合、負けた方が修理費を持つってことでどうだ?」
闘いが始まる前、ユキトはアントニーにそんな提案を投げてみる。ユキトの予想では、闘技場は半壊する。修理費は莫大な額になるように思われた。
「無謀な野郎だな。冒険爵風情だと破産するんじゃねえか? 撤回は認めねぇぞ」
アントニーは自信の勝利を疑っていなかった。そのため、簡単にユキトの提案を飲んでしまう。賭闘に関して一度吐いた言葉を取消すことは認められないとバトも言っていたので、あとで反故にされることはないだろう。
「じゃあ、始めろ。ここでは場外も負けだ。 カーネリア! まずは魔法を封じろよ!」
アントニーがリング上に立つ2人に声をかけた。
「では、お願いするわね」
「こちらこそ、お願いします」
こうして静かに闘いが始まった。特に開始の合図もなかったが、本人同士が良ければ問題ないだろう。
(降参させるか、戦闘不能にするかだったわね。あとは場外勝ちね。まずは相手の出方を見せてもらおうかしら)
ファウナは、魔法使い殺しと呼ばれていたという相手の様子を伺う。対するカーネリアは、レイピアを抜くと、いきなりリングの床に突き立てた。床の石板が柔らかいのか、技量の問題か、レイピアは石板に穴を穿っていた。
「なんだ?」
ユキトもこれから何が起こるのかに興味がある。確か、アントニーは魔法を封じろと言っていた。そのために必要な行動なのであろう。
ふと、ユキトがレイピアを注視すると、剣身が黄色の淡光を放っていた。そのまま光は床の石板へと広がっていき、ちょうどカーネリアが突き立てた剣を中心に、光の円が出来上がる。光の円はゆっくりと広がり続け、ファウナの足元を通り過ぎ、そのままリング上を覆ってしまった。
「この光の円の中では、魔法が発動できなくなる! とっとと降参しろ、エルフ!」
リングの外のアントニーは勝ち誇ったようにネタばらしをした。確かに魔法使いにとっては、恐ろしい能力だ。だが、カーネリアはレイピアから手を放さずにファウナを注視している。
(カーネリアは油断してないな。ファウナが魔法使いじゃないと見抜いたか?)
実際、カーネリアはファウナが格闘を行うことを見抜いていた。何しろ、ファウナの手を見れば、鍛錬のあとを容易に見つけることができる。それは拳で戦う者の手だった。
それでもカーネリアが最初に魔法を封じたのは、雇い主の命令があったからという理由に加え、エルフは魔法に長けているというイメージがあるからだ。もしかすると、魔法で身体を強化する戦闘スタイルかもしれないとカーネリアは考えた。
だが、ファウナは魔法を使わない。簡単な生活魔法は使えるのだが、戦闘においては徒手空拳のみだ。ただし、カーネリアは知る由もないが、ファウナにはユキトから付与されたチート加護がある。
「じゃあ、私も行かせてもらうわね」
ファウナは闘気を発し、それを身体に纏う。黄色い光が立ち上り、ファウナの身体を包んだ。
「な、なんだあれは? 魔法は使えないはずだぞ!?」
ファウナを包み込む闘気にアントニーが狼狽した声を上げた。確かにその光景は魔法にしか見えない。カーネリアも厳しい表情でファウナを睨みつけている。
「はっ!」
身体に纏った闘気とともに、ファウナが地を蹴る。ファウナの足元の石板はその勢いによって粉々に砕け散り、同時に観客の目からファウナの姿が消えた。
「右か!?」
歴戦のカーネリアの目でもファウナの動きは捉えられなかった。ただ、一瞬のブレにより、ファウナがどちら側に動いたかの見当がついたに過ぎない。
カーネリアが慌てて右を向くと、既にファウナは攻撃の体勢に入っていた。だが、カーネリアからの距離は遠い。ファウナはリングの端に立ち、床に向かって拳を構えていた。
「何をする気だ!?」
「この角度からじゃないと、巻きこんじゃうのよね」
カーネリアは一瞬、ファウナの言葉の意味するところが分からなかったが、すぐに理解した。ファウナがリングに黄光を纏った拳を叩きつけると、ファウナの殴った位置から先のリングは爆発したかのように破壊され、その破片は観客席にまで飛んで行った。当然、リング上のカーネリアも吹き飛ばされ、瓦礫とともに場外へと倒れ込むこととなった。
幸い、リングが吹き飛んだ方向には野次馬もユキト達もいなかったので、リングの破壊に巻き込まれたのはカーネリアだけである。これはファウナが角度を調整したためだ。
「これで勝ちなのよね」
あっさりと終わって、ファウナは少し動き足りなさそうである。
「な、な、ななんだ! 今のは!?」
アントニーは目の前で起こったことが信じられないようだ。ケントも口をポカーンとあけて固まっている。観客達も静かな中で、唯一バトだけが笑いだした。
「はっはっはっはっは!! 流石はシジョウ冒険爵の付き人! まさか、ここまでとはな!!」
バトの笑い声を背に、ユキトはリング……と言っても3分の2ほどが吹き飛んだ残骸に上り、ファウナにねぎらいの声をかける。
「お疲れさん。後で甘いものか何か奢るわ」
「あ、ユキト。カーネリアさん大丈夫かしら」
「身体を打ったかもしれないけど、死んじゃいないだろ」
ユキトが瓦礫の間で倒れているカーネリアに目を向けると、カーネリアがよろよろと立ちあがるところだった。どうやら、命に別条はなさそうだ。
「よし、俺の勝ちだな。じゃあ、俺とファウナは食堂に行って飯にするから。あ、アントニー、後でファウナに一発殴られてやってくれよ」
学校内ではしばらくの間、ユキトのそのセリフを聞いたアントニーの顔は実に傑作だったと噂になったのであった。
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ユキト「リング、わざと壊したろ?」
ファウナ「だって、あいつには随分と馬鹿にされたしね」
ユキト「リングの再建っていくらかかるんだろ……」
ファウナ「カーネリアさんには悪かったけどね」
カーネリア「これも仕事ゆえ」