第51話 定番!横暴貴族!
前回のお話
ユキトは入学した!
授業が始まると、付き人であるファウナは教室の外に出て、迎えに来たセバスチャンと共に何処かへと移動していった。付き人専用の待機場所があるのだろう。フローラの付き人の経験が長いセバスチャンは、学校内にも詳しい。セバスチャンに任せておけば大丈夫だ。
さて、肝心の授業だが、ユキトとしても非常に興味深いものだった。まるでロールプレイングゲームの情報サイトを読んでいるような、そんな気分である。異世界の情報を体系立てて知ることが、これほど面白いとはユキトも意外だった。
この世界の神話については、以前にもフローラから聞いた覚えがあるが、創造の女神クレアールを最高神としている。だが、クレアールは世界を作った後、長い眠りについている。絶賛睡眠中だ。いずれ聖域にてその名が呼ばれた時に目を覚ますと言われている。
尤も、毎年、皇国の大聖堂にて女神様の覚醒を願ってその名を呼ぶ儀式が行われているが、反応が示された記録はないのだとか。
その他にも、運命神フェート、生命の女神ハイム、火の神プロークス、海の神タラッタ……ディオネイアは多神教なので、多くの神が存在する。流石に代表的な神様は覚えておいた方が良いだろうと、ユキトは支給された紙の束に授業で出てきた神々の名をメモしておく。
地理や法律の授業もあったが、こちらもユキトにとっては初めて聞く話がほとんどだ。とはいえ法律に関して言えば、アスファール王国で犯罪とされる行為は、概ねユキトの判断基準と相違はなかった。殺し、盗み、暴力は罪。常識的な内容だ。唯一、身分に関連する犯罪についてだけは、ユキトの常識とは距離があるものだった。平民が貴族の邪魔をすると罪に問われるらしい。
「やっぱり身分制ってのは慣れないな」
ユキトはそんな感想を呟くが、自身も既に貴族なのである。流石に身分について無知というわけにはいかない。もちろん、ユキトの故国もかつては身分制の歴史を持っていたので、知識としては似たようなものを持っている。要は江戸時代と考えておけば、大きく違わない。大名の代わりに貴族がいるのだ。武士に逆らうと切り捨て御免なのである。
大勢の一般的な日本人と同様に、勉強は好きではなかったユキトだが、異世界の知識を吸収するのは予想外に楽しく、初めての授業はあっという間に時間が過ぎ去った。
気がつけば、昼休みの時間になっていた。貴族学校には食堂があるので、ほとんどの生徒はそこで昼食をとる。ユキトが教室の外を見ると、金髪長耳のファウナの姿が見える。エルフの姿は良く目立つので見つけやすい。昼休みとなったので、ファウナもユキトを呼びに来たらしかった。
「ファウナ、食堂に――」
ユキトは席から立ち上がり、ファウナに声をかけようとする。だが、それより先にファウナに話しかけた人物がいた。アンバルト侯爵家の次男、アントニー・アンバルトである。
「よぉ、エルフの付き人とは珍しいな」
アントニーは、ファウナの頭から足の先まで舐めまわすように不躾な視線を送る。
「あなたは?」
「はっ、冒険爵の付き人は礼儀も知らないのか。あなた様、だ!」
「……」
ファウナの言葉使いにアントニーは怒りを示す。確かに貴族に向けては褒められた言葉使いではないが、不躾な態度で話しかけたのはアントニーが先だ。
面倒な貴族だなとファウナは余計な事を言わないことに決めた。殴り飛ばせば静かになるだろうが、ユキトの立場的には良くない結果となるだろう。ファウナはアントニーを無視して、ユキトの方へ向かう。
「おいおい! 無視する気か? 俺がお前を召し抱えてやろうってんだぜ?」
アントニーは、立ち去ろうとするファウナの肩を掴み、理解不能なことを言いだした。周囲の生徒も「あの馬鹿が何か言いだしたぞ?」というような目で事態を見守っている。
「私はユキトの付き人なので」
ファウナは必要最低限の言葉で、拒否の意を示す。アントニーとしては、あっさりと振られたことになる。
「アントニーだっけ? 俺の付き人に勝手なことを言うなよ」
駆け寄ってきたユキトもアントニーに苦情を入れる。目の前で部下の引き抜きなど、喧嘩を売っているとしか思えない。
「なら、正式に賭闘を申し込むまでだ。シジョウ卿、付き人を賭けて、模擬戦といこうじゃないか」
周囲の生徒から「冒険爵相手に本気か?」という呟きが聞こえる。そもそもドラゴンスレイヤー相手に決闘を挑んで、勝てる気でいるのだろうか。
「模擬戦? 戦うのか?」
ユキトとしても、よくある異世界展開だなと思いつつも、話の性急さに驚きを隠せない。
「ああ、降参するか戦闘が継続出来なくなった方が負けでいいな? ちなみにプッペだ」
早口で捲し立てるアントニー。
「ああ、良いけど……そのプッペって――」
降参か戦闘継続不能で負け。そのルールには問題ないと思いつつも、ユキトは聞きなれない言葉=プッペについて確認しようとした。だが、ユキトの言葉を最後まで聞くことなくアントニーが叫ぶ。
「皆、聞いたな!! シジョウ卿はプッペルールで承諾したぞ!!」
勝ち誇ったように大声を出すアントニーに対して、周囲の生徒は焦ったような顔をユキトの方へと向ける。どうやらユキトは何かマズい回答をしてしまったらしい。
「アントニー殿! ユキト殿はプッペルールについて尋ねようとしておられたではないか!」
一番に声を上げたのは、バーレイ伯爵家のケントだった。だが、アントニーはその抗議を一蹴する。
「はっ、シジョウ卿は確かに『良い』と言ったぞ。貴族たるものが賭闘の規則を知らなかったから、今のは無しにしてくれと言うつもりか? シジョウ卿は貴族の流儀も習いに来たのだろう? 俺が貴族の流儀を教えてやっただけだ」
どうやら、アントニーは規則の一部を意図的に説明しなかったようだ。
「えーと、プッペルールって何なんだ?」
ユキトはちょうど隣に立っていたがっしりした男に尋ねてみる。ユキトの記憶が正しければ、ブレイブリー侯爵家のバトと名乗っていたはずだ。
「うむ。確かに貴族としては、賭闘に関して一度吐いた言葉を取消すことは認められない。だが、まんまと嵌められたな、シジョウ卿。プッペルールとは、本人ではなく付き人同士が戦うものだ」
「あー、なるほど……だからあいつは勝ち誇ってるのか」
「うむ。あちらのエルフのお嬢さんと、やつの付き人が戦うことになる」
アントニーは満面のドヤ顔をユキトに向けてくる。ファウナのことを何も知らないのだろう。どうやら、綺麗どころのエルフだと思っているようだ。
(ドヤ顔のところ悪いけど、ファウナって俺より強いかもしれないんだけどなぁ)
ユキトはアントニーの付き人に同情する。純粋な戦闘力で言えばファウナはユキトより上だ。格闘マンガをイメージした加護がファウナにはついているのである。竜玉が出てくる漫画の主人公のようなものだ。なんとか波はまだ撃てないが、いずれ撃てるようになるかもしれない。
「エルフのヤツらは人権だのなんだの言って、王国では召使いにもならねえ。だが、お前が自分の意志で付き人をやってる以上は、お前は貴族の所持品だ。王国の法律に従ってもらうぜ?」
アントニーの言葉を聞いて、ユキトは先ほどの授業で聞いた話を思い出した。
エルフは身分制を廃止しており、ゆえにエルフの奴隷化に対しては非常に敏感である。エルフを奴隷にしようものなら、強力なエルフの魔法使いが徒党を組んで取り返しにくるらしい。場合によっては七極の一人、アウリティアまでもが出てくるとあって、周辺国はエルフを奴隷にすることを禁じていた。
そうなると、エルフを召使いにするには、エルフ側が仕官を望むのを待つしかなかったが、そんなエルフはほぼ皆無であった。それゆえに、エルフを配下に持つことは、非常に誉れ高いこととされている。
ユキトが授業の内容を思い出している間に、周囲の人だかりがどんどんと増えてきた。いつの間にか、フローラとセバスチャンの姿までも周囲の人垣の中に確認できる。食堂に誘いにきたのであろう。既に事情を聞いたのか、セバスチャンが可哀そうなものを見る目で、アントニーを見ているのが印象的だ。
「ファウナ、悪い。なんかファウナに戦わせることになった。代わりに勝った時の要求はファウナの好きにしていいから」
ユキトは両手を合わせつつ、ファウナに失態を詫びる。ほぼ、アントニーが悪いのだが、ユキトも貴族として、もう少し慎重に行動すべきだったかもしれない。
「仕方ないわね。じゃあ、私が勝ったら『あなた様』を一発殴らせてもらっていいかしら?」
ファウナはアントニーに向かって、勝利した場合の要求を宣言する。それを聞いてアントニーは声を出して笑い出す。
「くくくくく! 面白い女だ! よし、万が一にでもお前が勝てたら俺を一発殴らせてやろう」
アントニーがファウナの腕力を知っていたら、決して快諾はしなかっただろう。ユキトとフローラとセバスチャンがアントニーに送る視線には、呆れと哀れみが込められていた。
なお、ファウナが本気で殴った場合、アントニーの頭部は確実に消滅する。
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ユキト「勉強が楽しい……だと?」
ファウナ「まぁ、学校なんて貴族様しか通えないしね」
ユキト「え? 俺の故郷だと子どもは全員が通っていたよ」
フローラ「えっ!? それは凄まじいですわね」
ユキト「それが義務だった。いや、子どもの義務じゃなくて親の義務だけど」
ファウナ「聞けば聞くほどにすごい世界ね」
セバスチャン「フォフォフォ、まるで異世界ですな」
ユキト「異世界だわ」