第50話 初登校!まずは挨拶から!
前回のお話
グラフって初めてみたわ!君、すごいから学校行かない?
「えっ! 私も行くの?」
ラング公爵より貴族学校に誘われたユキトは、自身がこの世界の一般常識に疎いという自覚もあり、1〜2ヶ月ならば……と承諾した。だが、1人で学校に通うというのもどこか心細い。ラング公爵によれば、貴族でない付き人を1人連れて行くことができるらしい。
そこで、ユキトはファウナを誘ってみたのである。
「興味がないわけじゃないけど、私でいいの? 貴族って体裁が大事なんじゃないの?」
ファウナとしては、自分のような貴族の流儀に疎い冒険者を付き人にするのは、ユキトの悪評につながるのではないかと心配であった。貴族の付き人といえば、教養や立ち居振る舞いに至るまで高い水準で要求されるイメージがある。
「いや、ファウナがいいんだ」
思いもよらないユキトの言葉に、ファウナの頬が赤くなる。
「え……そ、それって」
「フローラは冒険者になる前に学校に通ってたから学年が違うらしい。そのフローラの付き人がセバスさんらしいから、残るメンバーで頼めるのはファウナだけなんだよ。護衛としてもこれ以上ない」
「あっ、そう」
ユキトの言葉にあからさまに機嫌を損なった様子をみせるファウナ。ジト目でユキトを睨んでいる。女心は難しいというよりも、ここではユキトのデリカシーが足りないだけだ。
実際のところ、護衛を兼ねた有力な冒険者を付き人とするケースは多い。また、貴族であっても、エルフを配下に持つ者は滅多にいないので、ユキトの評価が上がることはあっても、下がることはないだろう。
さらに、貴族学校に通うために王都に滞在している間は、学校の寮が使えるらしい。むしろ、寮の使用は推奨されているとのことだ。フローラのパパさんとは言え、ウィンザーネ侯爵の屋敷をいつまでも借りておくのも気がひけるので、ユキトとしても寮が使えるのはありがたい。しかも、付き人も一緒に住める広さがあるらしい。
ウィンザーネ卿のお屋敷から通うと少し遠いからねと、ラング公爵も寮を勧めていた。ちなみにウィンザーネ侯爵はラング公爵の派閥である。ラング公爵がユキトに好意的なのも、それが原因の一つである。
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数日後、受け入れ準備が整ったということで、一行は貴族学校を訪れていた。
学校は、明るい色をした煉瓦造で、3階建ての校舎だった。敷地はそれなりに広く、ユキトの通っていた高校と同じ程度だろうか。
「で、なんでフローラ達もいるんだ?」
「ユキト様と学年は違いますけど、学校に通うのは問題ありませんわ」
「貴族学校は3年分のカリキュラムがありますが、家の都合などで途中で休学となるケースも多くございます。フローラ様は3年目のカリキュラムを修めておりませぬので」
セバスチャンがフローラの修学状況を説明してくれる。つまり、まだカリキュラムが残っているので通学できるということらしい。
貴族学校に通っているのは貴族の子弟である。貴族特有の事情があるため、途中で郷里に帰るなどしていても、再び途中の学年から復帰できる仕組みなのである。1年ごとに郷里と学校を往復する者もいる。
「随分と自由度が高いな。まぁ、貴族様だと色々と忙しかったりするんだろうな」
「ユキトもその貴族様なのよ? でも、当然ユキトは1年生からよね」
「こういうの苦手なんだよな……緊張する」
すっかり転校生の気分であるが、幸いにして暦の上では新学期が始まってすぐらしい。そもそもユキトの授爵の時期が、その時期に合わせられていたようだ。
「付き人の私は授業中はどこで待っていればいいのかしら?」
「ファウナ様、後ほど私めがご案内しましょう」
「そうか、セバスさんは経験者なのよね」
「左様でございます。付き人でも使える施設が数多くございますぞ」
学校には武術や魔法の講義もあるため、闘技場や試魔場も設置してある。付き人が有力な魔法使いや冒険者である場合も多いため、教育的な効果も考えて、付き人の使用も条件付きで認められていた。
(ファウナ様の実力では、学校の講師では相手にならないでしょうなぁ)
自身の斬撃を棚に上げて、セバスチャンはファウナの実力に皆が驚くであろうことを予想していた。加護を得てからも日々の鍛錬を欠かしていないファウナの実力は、セバスチャンの目で見たところではA級以上に達している。
「さ、学校デビューしてくるか」
ユキトはファウナを伴って学校の中に踏み込んだ。
「シジョウ卿、ようこそアスファール貴族学校へ」
学校内でユキト達を出迎えたのは、穏やかそうな長髪の男性教師だった。歳は40代後半だろうか。その服装は丁寧な縫製の青いローブである。
「初めまして。シジョウ・ユキトと申します。王国より冒険爵を賜っています。どうぞよろしくお願い致します」
ユキトは丁寧に挨拶をしておく。丁寧に挨拶をして減るものは何もないのだ。
「これはご丁寧に。私はシジョウ卿のクラスの担任もしておりますジョージ・クアランと申します。あ、シジョウ卿の流儀ではクアラン・ジョージとなりますか」
「あ、出身地では家名が先だったもので、失礼しました」
「いえいえ、私は各地の習わしには敬意を払うべきと思うのですが、気にする貴族もいますからね」
クアランと名乗る男性教師は、遠まわしに姓名の順序を指摘した。確かに何かと煩い貴族社会では、こちらの流儀に合わせる方が良いだろう。
「お久しぶりですクアラン先生」
「おや、フローラ君。復学されるみたいですね」
「ええ、ユキト様が通われている間だけですけど」
「え? フローラ、それってありなの?」
ユキトは、せいぜい2ヶ月程度しか通学するつもりはないので、フローラもユキトが通う間だけと聞いて驚く。
「フローラ君らしいですね。そういう例もなくはないですよ、シジョウ卿。また複学する時は、修得済みのカリキュラムは有効になりますからね」
制度的にはありだとクアランは述べる。
「クアラン先生。俺…いや、私のことはユキトでいいです」
「分かりました。ではユキト君とお呼びしましょうか。で、そちらは付き人の方ですか?」
「ファウナと申します」
「エルフの女性が付き人とは……正直、驚きました。品の無い貴族子弟から引き抜きの話があるかと思いますが、あまりしつこいようでしたら言って下さいね」
どうやらエルフ人気はこの世界にもあるようだ。確実に一悶着あるんだろうなと、ユキトはフラグが立つのを感じていた。
「では、ユキト君。クラスに案内しましょう」
挨拶を済ませると、クアランとユキト、ファウナは2階にある教室へと移動する。ユキトの異世界学園デビューである。
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「というわけで、クラスへと編入させてもらうユキト・シジョウです。ユキトと呼んで下さい。どうぞ宜しく」
転校生のように教室の前に立って定番の挨拶をするユキト。教室内には10名程度の人数しかいない。ユキトのこれまでの学校経験では、クラスあたりの人数はもう少し多かったが、異世界ではこういうものなのだろう。全員が高校生か大学生くらいの年齢に見える。恐らくはある程度同じ年齢を揃えてクラスを編成しているのだろう。
「では、ひとりずつ挨拶をしてもらいましょうか。このクラスになってから半月程度しか経っていないのですよ」
教師であるクアランの言葉に、教室で一番右列の先頭の席に座っていた若者が立ちあがった。
「お初にお目にかかりますユキト殿。バーレイ伯爵家の長男、ケント・バーレイと申します。冒険爵としての御活躍は耳にしています。お目にかかれて光栄です」
続いて順々に挨拶が回っていく。
「俺はアントニー。アンバルト侯爵家の次男だ」
「ワタシはストレィよ。よろしくねぇ」
「我輩はバト・ブレイブリーである。シジョウ卿とは一度お目にかかりたかった。同じクラスとは僥倖である」
次々と挨拶が進んでいくが、クラスの誰もがユキトの噂を耳にしているようだ。被害を出すことなくバロンヌを守った英雄であり、ドラゴンスレイヤーであり、百九年蝉を生け捕りにした冒険爵。ユキトについて全く知らない貴族がいるとしたら、情報網に乏しい地方の弱小貴族くらいであろう。中には「冒険爵など貴族とは認めない」と蔑んだ目で見てくる者もいるが、さすがにドラゴンスレイヤーに喧嘩を売る気はないようだ。だが、それは直接喧嘩を売らないというだけである。
「ほう、エルフか……生意気な」
アントニーという生徒が、教室に入ってすぐの場所に立っていたファウナを見て、ボソリと呟いた。
世間知らずのお子様は、冒険爵のお付きのエルフが1人で城を落とせるレベルの剛の者であるとはまだ知らない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ユキト「初登校中に食パンくわえた女の子とはぶつからなかったな」
セバスチャン「ユキト様の能力を使えばいけたのでは?」
ユキト「その手があったか! ぬぬぬ、いでよ加護!」
ラッキースケベの加護:初登校時に食パンをくわえた女の子とぶつかることができる
ユキト「初登校時限定!?」