第48話 教えて!日本の話!
前回のお話
ユキト達は蝉を倒した。
「で、百九年蝉を生け捕ったと?」
王城においてユキトは再びアスファール王、ラング公爵らと対面していた。今回は、功労者ということで、ファウナ達も一緒だ。大きな会議用のテーブルには、いつものハンドラ伯爵や初めて顔を見る女性文官らしき姿もある。
「はい。首尾よく生け捕りが叶いました」
ユキトのなんとかニウム光線を浴びて爆発した百九年蝉であったが、驚くことに死んでいなかった。翅と脚の数本を失い、地上に落ちてきたが、強靭と評される外骨格によりその命を保っていたのだ。流石に死にかけであったが、生け捕りには違いない。
現在は王軍によって王都に運ばれ、見世物用に回復を待っているところらしい。もちろん、攻撃力と機動力は厳重に封じてある。
「しかし、百九年蝉だったとはね。姿が見えないというのは、地中にいるためだったか」
ラング公爵は荒地の見えない魔物の正体に得心が行ったようだ。
公爵領には過去に百九年蝉の被害を受けた記録が残っている。先々代が当主だった時分であり、109年の周期まではまだ間があるために注目されることもないが、ラング公爵も話には聞いていた。
「ふむ、ニューマン公爵との件もあって、もはや実力を試すまでもなかったが、予想以上の成果を挙げてくれたわい」
アルファール王も満足半分、呆れ半分といった複雑な表情だ。襲ってくる百九年蝉を撃退するだけならば容易いのだが、用心深い百九年蝉を討伐するのは非常に困難なのである。
「さて……」
ここで、アルファール王が表情を切り替えた。弛緩した雰囲気が一転し、ピリリとした空気が辺りを包む。
ユキトはこれ以上何が始まるのかと戦々恐々だ。異世界に転移する前は普通の学生だったのだから無理もない。あまり心臓に悪いことは避けて欲しいところである。
「シジョウ卿、お主は『まろうど』に相違ないか?」
アスファール王はユキトの目を見据えながら、そう問いかけた。
「え……!? ま、まろうどなど、そのような御伽噺の存在であるわけが……あります」
ユキトはあっさりと白状した。これは、どう考えても王様はユキトが『まろうど』と確信している状況である。嘘をついても事態が好転するとは思えなかった。
そもそもユキトはセバスチャンとフローラにも口止めをしていない。このどちらかからウィンザーネ侯爵へと伝わり、それが王様に流れる事態は充分に想定できたのだ。
「やはりそうか。だが、誰かからお主が『まろうど』と聞いたわけではないぞ」
ユキトが一瞬フローラとセバスチャンに視線を向けたのをアスファール王は見逃さなかったようだ。仲間から漏れたわけではないとフォローを入れてくれた。
「これでも王をやっていると様々な情報が集まってくる」
「『まろうど』は世間一般では御伽噺という認識だけどね。異なる世界からやってきた者が実在して、漏れなく特殊な能力を持っているというのは、国の極秘事項なのさ」
ラング公爵がニヤリと笑みを浮かべた。柔和な感じのする公爵だが、こういう何かを企んでいそうな悪い表情が実に似合う。
「実際にニューマン公爵はそれを利用して良からぬことを企んでいたようだがな」
アスファール王は眉をひそめつつ、ニューマン公爵の計画について触れる。ユキトも暇から聞いていた話だ。ニューマン公爵の長女は、自身の洗脳能力を利用して、召喚した『まろうど』を集めた私兵団を作っていた。
「ま、そういうわけで現実離れした力を持っているシジョウ卿は十中八九『まろうど』と見做されたわけだ。もちろん、この世界にも特殊な能力を持って生まれてくる者はいる。だが、それならば、もっと早くに名前が知られているはずだからね」
敵船団を被害なく拿捕できるような能力持ちが、急に出現したとあっては、『まろうど』を知っている者ならば、それを疑うのは当然であった。
「この『まろうど』の話は余とラング公爵、ブレイブリー公爵、あとは腹心のハンドラ、その他数人しか知らぬ」
確かに『まろうど』が特殊な力を持っているのであれば、国が秘密裏に身柄を欲するのも分かる。この話が広まれば、他国も『まろうど』を求めるだろう。『まろうど』は、ニューマン公爵の例を持ち出すまでもなく、強力な戦力と成り得るのである。
「さて、本来ならばシジョウ卿の加護の詳細を問うところなのだが、充分に我が王国に報いてくれそうなことが分かったので、それに代えておく」
意外なことに、アスファール王はユキトの能力の詳細については一切尋ねなかった。これは冒険者が己の能力を明らかにすることを嫌がると思っての措置である。もちろんこれは異例の措置であり、アルファール王からユキトへの信用の表明である。
「ハンドラなどは詳細を把握しておけと煩いのだがな」
アルファール王はそう言って笑った。このおっさんは、意外と人心掌握にも長けているのかもしれない。仮にも王であるのだ。
実際、自身の能力を異世界の人間に対して正確に説明するのは、困難を極める。説明の必要がないと知ったユキトとしては、心底ホッとしている。
「代わりと言ってはなんだが、シジョウ卿のいた国について聞かせてくれ」
「王は勉強熱心であらせられる。これまでも『まろうど』に出身国の法律や制度を尋ね、我が国に反映できないかと腐心してこられたのだ」
ハンドラ伯爵が王の質問に補足する。アスファール王は、なかなかに出来た王様のようだ。尤も、アスファール王の期待に満ちた表情からは、純粋に異世界の話を聞いてみたいという好奇心も存在することが分かる。
「でも、これまでに聞いた『まろうど』の国は、このアスファールよりも遅れている国が多くてね。シジョウ卿の国は何という名で、どのくらいの人口だったのかな?」
ラング公爵の発した問いは簡単なものだった。ユキトは、法律や制度などを詳しく尋ねられたらどうしようかと心配していたが、拍子抜けだ。
「えー、俺の……いや、私の出身国は日本という名です」
「ニホンか。簡潔な名だ」
「人口は一億三千万」
「「「い、一億!?」」」
あまりの数字に驚愕する一同。ユキトが『まろうど』と知っていたフローラとセバスチャンも驚いている。事前に聞いていたファウナだけが何故か得意げだ。なお、アスファール王国の人口は500万に届かない。25倍以上である。
ここで、ラング公爵がハンドラ伯爵の隣に座っている女性文官のほうをチラリと見た。女性はラング公爵に向かって軽く頷く。アスファール王とラング公爵はその動作を確認すると、呆れた顔をして再びユキトに目を向けた。
(なんだ? 今のやり取りは?)
ユキトは違和感を感じるが口には出さない。何か確認事項があったのだろうか。
「それほどの民が住むとなるとさぞかし広大なのであろうな」
「凄まじい広さの国土を有しているんだね」
「いや、海まで入れるとそこそこ広いですが、陸地で……しかも、人間が住める平野部は狭いです」
「そ、そんな狭いところにどうやって一億もの人間が住むんだい!?」
ラング公爵の常識では、食料を生産するための畑にせよ、民が住まう住居にせよ、広大な土地が必要になるはずである。
「首都にあたるところでは、非常に高い建物にたくさんの人間が住むんです。えー、数百メートル……いや、数百メタの建物が数多く建ってます」
「数百メタ……それは城ではないのか?」
「集合住宅です」
「民の集合住宅が数百メタの高さなのか……」
どうやら、日本の景観は王と公爵には想像もつかないものらしい。王と公爵は再び、先ほどと同じく女性に視線を送るが、やはり女性は頷きを返すだけだ。
「あの……嘘は言いませんので」
ここまで来るとユキトも、その女性の能力に見当がついた。恐らくは、発言の真偽を見極められる力があるのだろう。本来ならユキトが虚偽の発言をした時点で、それとなく王や公爵に知らせる役目なのだろうが、ユキトの発言が衝撃的すぎて、王も公爵も女性の方を確認しすぎであった。
「あちゃ、もうバレちゃったか」
「いや、虚偽でないということの方が信じられぬ。虚偽であった方が安心できるわ」
アスファール王は女性の能力が露見したことは、さほど気にしていない様子だ。それよりも日本の話に興味津々である。これまでの『まろうど』は多少の違いはあれど、基本的にディオネイアと同じ水準の文明から来た者ばかりであったのだから、驚くのも無理もない。何しろ、人口が王国の25倍以上で、民が城に住んでいるのだ。
「で、では民の暮らしについて聞いてよいか?」
期待に目を輝かせている王の質問はまだまだ終わりそうになかった。
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