第46話 謁見!王様のご依頼
ニューマン公爵邸の事件から、3日が経過し、王都も落ち着きを取り戻しつつあった。
事件については、生き残った侍女の証言により、赤旗兵団に所属していたイトマなる者による犯行であることが明らかになっている。イトマなる賊が、どのような手段を用いて兵団員を皆殺しにしたのかは、現在も調査中であるが、全てを目撃したと思われる公女の精神状態が回復するまでは、詳細は不明とみられている。
ユキトはそれを聞いて、暇もこの世界に転移するにあたって、何か特殊な能力を得たのだと推測する。あれだけのことを為したのである。恐らくは、かなり強力な力であろう。
ユキトが酒場で暇と話した際には、彼は公女に洗脳され、操られている可能性が高いと判断したのだが、どうやら演技だったか、もしくはその後に洗脳が解けたのだと思われた。
「日本から来たにしては、倫理観や良心がまるでなさそうなんだよな……」
ボロウを殺害したのも、暇で間違いないだろう。今になって考えると、酒場でもっと彼の真意を問いただしておくべきだったかもしれないが、そもそも彼がまともに答えるとは思えなかった。
「ユキトー、手紙が届いたわよ」
ウィンザーネ侯の屋敷で、ユキトが暇について考えを巡らせていると、ちょうどそこに王城からの書状が届いた。ハンドラ伯爵からの呼び出し状である。王印まで付いている正式なものだ。
「えー、なになに? 明日の二ノ刻に登城するように……か」
王都への待機を命じられた時点で、再度の呼び出しがあるだろうことは、ユキトも予想している。内容は不明だが、先日の宴席における友好的な雰囲気を考えると、そこまで恐れる必要はなさそうだ。
「何か注意点がないか、フローラとセバスさんに聞いておこう」
ユキトは、今回の王都での服装については、セバスチャンとフローラに一任している。餅は餅屋だ。特に王城へ赴く際の服装には、ボタンの数まで細かい取り決めがあるという。
それ以外にも、言葉使いから一挙手一投足に至るまで、貴族の儀礼については細かな規定が設けられている。
ただし、冒険爵に対しては、有力な冒険者の取り込みのための爵位という性質から、細かい要求をする貴族は少ない。もっとも、それゆえに冒険爵などは貴族と見做さないという態度を取る者も存在するが。
「じゃあ、明日は堅苦しい服を着て、お城に行くとしますかね」
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「なんでこんなことになった?」
翌日の午後、ユキト達は王都の北側に広がる荒野を訪れていた。所々に茂みも認められるが、荒地と呼ばれるだけあって、地肌が剥き出しになっている箇所も多い。
そこを行くユキト達の目的は魔物退治であった。
朝のうちに王城に出向いたユキトだったが、案内された部屋の中には、ラング公爵に加えてアスファール王の姿まであった。それ以外にも、ハンドラ伯爵と名前を知らない貴族が数名着座している。
一方、ユキト側はユキト1人である。採用面接か何かだろうか。
「シジョウ卿、先日はすまなかったね。あんな事件が起こった手前、早々に切り上げざるを得なくてね」
ラング公爵が片手を上げてにこやかに話しかけてくる。どうやら、この場に限っては、儀礼的な口調よりもフランクな会話が求められているようだ。
「いえ、お心遣いに感謝しております」
「ニューマン公爵の部下との手合わせもご苦労であった。卿には手間だったかもしれんが、あれのおかげで卿の力の一端を知らしめることが出来た。実際に目にせぬと信用せぬ貴族連中も多いからな」
アスファール王があご髭を撫でながら、先日の手合わせについて言及した。貴族達も、ユキトの活躍を噂でしか聞いていなかったため、実際には大したことないのではと疑う者も多かったという。
これは、その貴族達が疑い深いというよりも、噂には信用が置けないという一般的な事実に基づくものだ。
「で、本来ならこの依頼をもって、シジョウ卿の実力を示してもらおうと思っていたんだよね」
ラング公爵は羊皮紙を広げながら、依頼という言葉を口にする。羊皮紙には、王都近辺の地形が記載されていた。簡単な地図のようだ。
「依頼と言いますと?」
「王都の近くの荒地に魔物が住み着いたらしいんだ。ところが大人数で討伐に向かうと姿をくらませてしまう。どうやら、少人数で移動している商人らが襲われるらしいんだ」
「なるほど、それを討伐すべしと」
「冒険者ギルドを通しての依頼という形を取るのが、冒険者への礼儀ってことになってるからね。ただし、指名依頼だから、受託可能なのはシジョウ卿のみだ」
依頼という形式ではあるが、命令なのだろうなとユキトは理解した。ユキトの活躍については、ウィンザーネ侯爵から王都への報告が入っているのだと思うが、王都の貴族はユキトの力を実際に見ているわけではない。ユキトの実力を確認する必要があるのは、当然と言えば当然だ。
「3度ばかり軍を向かわせたが、魔物は姿を見せなかったのだ。だが相変わらず、少人数の旅人や商人が襲われているらしい。何組かの冒険者も挑んだが、帰ってきておらぬ」
王は眉間にしわを作りながら、これまでの経緯を話してくれた。どうやら、かなり用心深い魔物であるらしい。これまでに魔物の目撃例がないという事実が、それを裏付けている。
「承知しました。すぐに片付けて参ります」
ユキトはその場で承諾の意を返す。
ユキトがバイトで学んだことの一つに「依頼された仕事には、その場で着手する姿勢を見せること」がある。
仕事を任せた側も、任せた相手がすぐに着手する姿勢を見せると、相手への信用度が増すものらしい。
王都に滞在しているユキトは観光以外には他にやることもない。面倒なことはさっさと片付けるに限る。そのようなわけで、ユキト達は、その日の午後から実際に現地へ向かったのである。
「目撃されてないってどういうことなの?」
ファウナがユキトの方を振り返って声を掛けてきた。ユキトはパーティの最後尾を歩いている。先頭はセバスチャン。続いてファウナとフローラだ。
「襲われた形跡のある死体だけが見つかっているらしい。難を逃れた人もいるけど、魔物の姿は見ていないって言ってるそうだ」
「気がつくと仲間がやられていたってこと?」
「あぁ、そうらしい」
「不可視の魔物でしょうか?」
「その可能性もあるな」
「ユキト様の加護のおかげで、目を閉じていても相手の気配が明確に掴めます。お任せください」
「セバスさんのそれ、俺の世界では『心眼』って呼んでる」
会話を交わしながら、一行は荒地を進んでいく。そんな中、最後尾のユキトはメンバー全員に常に気を配っている。
なにしろ、目を離す度に仲間が消えていくのが、この手のシチュエーションの鉄板なのだ。
(そんなB級パニック映画のような事態は絶対回避だ)
ユキトはそんな決意を持って今回の討伐に臨んでいた。いきなり襲われても良いようにユキト自身も頭部以外は変身済みである。
そんな一行を少し離れた位置から見つめる存在があった。その存在は、一行が人間4人のみであることを確認すると、ゆっくりとユキト達に近づいていく。
4人がチートの塊であることを、この存在はまだ知らない。
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ユキト「貴族の儀礼、マジ細かい」
フローラ「衣服の紋様一つにも気を使うものですわよ」
ファウナ「わ、私はそんな細かいの無理……」
セバスチャン「と言いましても、全てを記憶している貴族はいません。主なところを押さえておけば大丈夫です」
フローラ「さ、80点取るまでテストしますわ」
ユキト「は、博士キャラの加護を……!」