第45話 後日談!王都の怪事件
ニューマン公爵邸が何者かに襲撃されたというニュースは瞬く間に王都中を駆け巡った。自慢の私兵団は全滅し、従者の生き残りもごく僅かだという。留守を預かっていた公女の安否は明らかにされていない。
叙爵の儀の後に開かれた宴席は、凶報とともに解散となり、シジョウ冒険爵らも改めての呼び出しがあるまで、王都内での待機を命じられた。
事件の翌日、アスファール王は国の重鎮を王城に集め、各自の見解を募った。王都内で公爵位にある者の屋敷が襲撃され、私兵団が全滅させられたとなると、かなりの異常事態である。
なお、事件の対応に追われているニューマン公爵は当然ながら不参加である。
「何者の仕業かの。目撃者が出ておらぬところを見ると少数精鋭の犯行であろうが」
宴席では、陽気なおっさんと化していたアスファール王だが、今は雰囲気を一変させ、執政者としての表情を纏っている。数百万の民の生活への責任によって刻まれた顔の深いシワが、王としての威厳を醸し出している。
王の問いを受けて、初めに答えを返したのはラング公爵だった。
「難しいところです。シジョウ卿らは我々と共にいたので、除外できるでしょう。ニューマン公爵の最近の動きが気に入らなかった中堅貴族の仕業かも知れませんな」
「いや、貴族の仕業とするにはニューマンの私兵団はかなり厄介だと思うがな。少数でニューマン邸を制圧できるような手駒を持っているヤツが誰ぞおるか?」
ブレイブリー公爵がラング公爵の考えに疑問を呈する。ニューマン公爵が集めていた赤旗兵団が、加護持ちの集団であることは広く知られていた。国軍で力押しをするならともかく、王都の市民に目撃されない程度の少数で赤旗兵団を全滅させる戦力を持つ貴族など考えつかない。
「赤旗兵団か。ニューマンらが良からぬことを企んでいたのは余も掴んでおった。何かしら手を打たねばと思っていたところではあるが……」
アスファール王はそう述べると、難しい顔をして口を閉ざす。
王直属の諜報機関がニューマン公爵の周辺を探っており、公女を中心として反乱の計画が進められていたことを、アスファール王は既に掴んでいた。今回の事件は、その対応を考えていた矢先の出来事だったのである。
「どこか敵国の仕業という可能性はありませんでしょうか?」
法務貴族の1人が発言する。確かに疑うべき可能性の一つである。仮にそうだとすると、公爵の私兵団を全滅させるだけの戦力が、秘密裏に王都に潜入していたということになる。だが、王を狙わずにニューマン公爵の屋敷を襲った理由が不明だ。
敵国によるものとする説は、否定はできないものの、採用するには根拠に欠ける。
「やはり、ニューマン公爵から報告が上がるのを待つしかないか」
「ニューマン閣下が真実を報告するでしょうか?」
「いや、恐らくは本当のところは語るまい。余が思うところ、この事件はヤツの反乱の計画と関わりがあるだろうからな」
王はため息をつくと、窓の外に広がる王都の街並みに目を向ける。その視線の先には、惨劇のあったニューマン公爵の屋敷が静かに聳え立っていた。
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一方のユキト達は、ウィンザーネ侯爵から借り受けた王都の屋敷へと戻っていた。ハンドラ伯爵からは、王都内にて待機するように言われている。
ユキトとしてもニューマン公爵邸の事件は寝耳に水である。ちょうど、ユキトが爵位を受けている頃合いに襲撃があったのだという。
それに、貴族達はユキトの仕業だと信じているらしいが、ボロウの死という謎もある。ファウナの一撃を無効化してみせた男を殺せる人間がいるのだろうか。
「一体、何がどうなってるんだ?」
「分からないことだらけね」
「ユキト様に不在証明があって良かったですな。なければ、ユキト様が疑われたことでしょう」
「え? 俺が?」
「えぇ、ユキト様はボロウを倒したと思われているのですから、公爵邸の事件もユキト様の仕業と考えるのは普通でしょう」
「セバスの言う通りですわ。幸いにして、私達が儀式に出ていたことは、アスファール王も他の貴族の皆様もご承知のはずですから、心配はいりませんわ」
「不在証明か。こんなことまで俺のせいにされなくて良かったけど、何だか厄介なことに巻き込まれている気はするんだよなー」
ユキトは嫌な予感を抱きつつ、屋敷の窓から外を眺める。灰色の雲が王都の空を覆っており、ユキトの気分を示すかのような空模様だった。
「そういや、暇ってヤツも死んじまったのかな」
雲を眺めつつ、ユキトは奇妙な同郷の男のことを思い出す。まさか、その男こそが事件の元凶だとは知る由もなかった。
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「さて、どこに行こうか」
王都から伸びる街道を黒髪の男が歩いている。空は曇天だが、吹いている風は心地よい。男の足取りは軽く、散歩でもしているかのように歩みを進める。
公爵邸の可哀想な『まろうど』達を処分した後、暇はその足で王都を出た。まだ事件が知れ渡る前ということもあり、城壁の門番の確認も簡易的なものだった。
結局、ニューマン公爵邸においては、メルア公女に死を渇望するほどの苦痛を与えるには至っていない。彼女の目の前に拷問道具を並べているうちに、暇が飽きたためである。
ただし、何やら別の方法で精神を削り取ったようで、発見されたメルアは心を完全に折られ、失禁して、何かに怯えて震えるだけであったらしい。
「この世界の最強の7柱、七極とやらに会いに行こうかな」
暇はいつものように独り言を呟く。誰に聞かせるでもなく、滔々と喋るのが暇のスタイルだ。だが、今回はその独り言に反応があった。何処からともなく、暇に話し掛ける声がする。
「貴様があの公女の娘を生かしておくとは思わなかったな」
「シュレディンガー的には殺しておくべきだったかい?」
暇の足元、曇天であるので淡い影が落ちているのだが、その影が急にくっきりと明瞭になり、その影から浮かび上がるかのように1匹の黒猫が現れた。どうやら、暇に話し掛けた声の主は、この黒猫に似た形態をした生物であるようだ。
「我はシュレディンガーという呼称を持つ個体ではないと何度も言ったはずだが……」
「いやぁ、ボクは黒猫を飼ったらシュレディンガーと名付けようと思ってたんだよねー」
「我は貴様の飼育下に入った覚えはないし、黒猫でもない。恩讐で言えば、恨みの方がはるかに強いぞ」
「えっ!? ボクが何かしたかい?」
「……我らの世界に滅びを与えておいて、よく言うものだ」
「ああ、そんなこともあったね。でも、そんなことを言うなら、シュレディンガーは何でついて来たのさ?」
「我の世界を滅ぼした存在が、他に何を為すのか見届けたいと思っただけだ」
「ふーん。ま、影は貸すから、好きに居候するといいよ」
そのような会話を交わしながら、暇とシュレディンガー、1人と1匹は王都から旅立っていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ここで、暇の出番は一旦終了としまして、再びユキトの冒険やら何やらを中心に進めます。
電子辞書もそろそろ復活させる頃合い……
ユキト「暇の口調って、某マンガの球磨◯さんを彷彿とさせるよな」
暇「書いてるひとによると、狂人をイメージしたら、気がつくと球◯川さんっぽい口調になってしまったらしいよ」
ファウナ「安直だけど、語尾を特徴的にしたら、キャラが変わって見えるんじゃない?」
暇「へぇ、じゃあ語尾を変えてみるでゴンス。これでどうゴンス?」
ユキト「ダメでゴンス」