第44話 惨劇!公爵邸の狂気!
前回のお話
ユキトは冒険爵になって、公爵の部下を退けた。
その日……叙爵の儀へ出席するために、ニューマン公爵が王都の邸宅を出た後、邸宅には第一公女であるメルア・ニューマンが残っていた。
「結局、儀式までにシジョウ ユキトは手に入らなかったわね」
メルアは苦々しげに呟く。ユキトを連れてくるように指示していたボロウが死んだという報告が上がってきたのが、つい先日のことだ。実に愚かな男だったが、その加護は間違いなく有用だった。
その鉄壁と思われていた男をあっさりと殺してみせたユキト。この国を奪るためには、必要な駒である。少なくとも公女はそう信じていた。
コンコン……
ノックの音が公女の執務室に響く。今は邪魔しないように申し付けていたはずだ。どこの無礼者だろうか。
大した用事でなければ処刑してやろうなどと考えながら、メルアは入ってくるように促した。
「やぁ、公女様。お邪魔します」
執務室に入ってきたのは、イトマという男だった。先日までボロウと行動していた男だが、その後は公爵邸に引きこもっている。
尤も、大した能力はないようなので、ボロウと一緒に行動していたら、共にユキトに殺されていただろう。運の良い男だ。
メルアはそんなことを考えながら、イトマに視線を向ける。軽い笑みを浮かべており、相変わらず何を考えているか分からない表情だ。
「ちょっと旅に出ようと思うので、公女様にお別れの挨拶をしに来ました」
メルアは、その言葉の意味を理解できなかった。自身の魅了能力の支配下にあるはずの人間が勝手に離脱を宣言したのである。
「待ちなさい。勝手な真似は許さないわ」
「いやいや、全ての人間には移動の自由と権利が与えられるべきでしょ」
暇は命令に従う気はなさそうだ。
「で、旅に出るのに、雨が降ると嫌だから、てるてる坊主でも作ろうと思って。ちょうど、公女様のドレスが材料に良さそうだから、その服、脱いでボクに頂戴」
「は?」
メルアは耳を疑った。今、この男は、自身のドレスを脱いで渡せと言ったのだ。無礼極まりない。死に値する行為だ。
「……死んで詫びなさい」
メルアはイトマを処分することに決めた。服を脱げと言ってくる人間を部下に置くつもりはない。静かな怒りがメルアを支配していた。
今までは魅了されても、メルアを力ずくで襲おうとする者はいなかったが、例外もいるということだろうか。
「誰か! 今すぐこの者を殺せ!」
メルアは立ち上がり、大きな声を出した。
バァン!!
すぐに隣の控えの間から、護衛の兵が姿をみせた。この男達も『まろうど』である。メルアの記憶が確かであれば、剛力の加護と敏捷の加護を保有していたはずだ。
「貴様か!」
「いつも問題を起こしやがるな!」
ドス!
彼らの槍がイトマの身体に深々と刺さって、それで終わりとなる……はずだった。
*************
「はい、さようなら」
魔道士の男に馬乗りになり、顔面を半ば吹き飛ばされながらも、イトマはその首を絞め続ける。イトマの顔に向かって近距離魔法を連発していた男だったが、やがて、その腕が力を失い、ダラリと床に落ちた。
剣で斬り、槍を刺し、斧を叩きつけ、炎で焼いて灰にまでしても、この男は滅びなかった。
暇の傷口からは、黒い靄のようなものが滲み出てきて、その靄によって元の姿へと復元されていくのだ。
暇は攻撃を受けながらも、そのまま相手に近寄っていき、相手の眼孔に指を突き入れ、喉元を食い破り、首を絞め、メルアの私兵団を1人ずつゆっくり惨殺していく。
「化け物め」
思わずメルアの口から言葉が溢れる。
公女はこの場から逃げ出せないでいた。幾人もの処刑を命じてきたメルアである。この程度で身体が竦んだわけではない。足元の影が、黒い蔦となってメルアの脚に絡みついているのだ。
「逃げられたら嫌だから、魔法で縛らせてもらったよ」
「魔法の仕組みが前の世界とほぼ同じで助かったなぁ」
「ひょっとしたら、兄弟にあたる世界なのかな?」
斬りつけられながらも平然と喋り続ける暇が、壁際に追い詰めた兵の顔に剣を突き刺した。彼は魔法剣の加護を有していた男だったろうか。
メルアの魅了の効果によって、赤旗兵団の構成員は逃げ出すことはない。女王アリを守る兵隊アリのように、メルアを助けるために愚直に暇に向かっていく。
やがて、執務室に入ってくる者はいなくなった。全滅したのだ。執務室、控えの間、廊下には元『まろうど』だった者達の死体が折り重なっている。
「ようやく邪魔がいなくなった。じゃ、もらうね」
バリッ!
暇はメルアのドレスを荒々しく剥ぎ取った。均整の取れた艶めかしい下着姿が露わになる。
(こんな男に好きにされるのか)
メルアは唇を噛む。
だが、暇はメルアの肢体には興味がないようで、ドレスに布を詰めたり、それを紐でくくったりと工作を開始した。
「き、貴様は何を……」
「言ったでしょ? 大きなテルテル坊主を作ってるんだけど?」
「テルテルボワズ?」
「あー、青いドレスだと色が悪いな。まぁ、いいか」
暇は、何やら首吊りを模した不気味な人形のようなものを執務室の真ん中にぶら下げた。何かの魔術の儀式の道具であろうか。
「メルア様! ご無事ですか!」
そこにメルアの従者が執務室に駆け込んできた。メルアが小さい頃から側に仕えているサアラだ。メルアが魅了の力を行使せずとも、忠誠を誓ってくれる数少ない従者の1人である。
「この狼藉者! メルア様を解放せよ!」
サアラは激しい口調で暇に詰め寄った。
暇は相変わらず表情を変えることなく、サアラとメルアを交互に見つめる。そして、何かを思いついたと言わんばかりに手を叩く。
「あ、いいゲームを思いついた。これから、公女様と従者の君に紙を渡すから、考えつく限りの残酷な刑罰を書いて下さい」
「で、より酷い刑罰を書いた方が勝ち。負けた方にその内容を実施します。勝者は生かしてあげるよ」
暇はとんでもない提案をすると、影を使ってサアラをも縛り上げ、彼女の自由を奪う。
「この! 離しなさい!」
「はい、ここからは発言禁止。相談したら2人とも死んでもらうね」
暇は、まるで簡単なゲームを開始するように、足が動かせない2人にエルフの織葉とペンを渡していく。エルフの織葉は、羊皮紙よりも薄く、物を書くために重宝する品だ。
「じゃあ、10分で書いてね。より残虐な方が勝ち。判定はボクがするからね」
メルアは混乱していたが、それでもゲームの趣旨は理解した。サアラは貴族社会で生きてきたとはいえ、従者に過ぎない。一方でメルアは公爵家の長女として多くの者を処刑してきたし、拷問を命じもした。残虐な処刑方法や拷問を考案したことも幾度となくある。
公女たる自分は生き延びる必要がある。メルアは考えつく限りの残酷な処刑方法を織葉に書き連ねていく。サアラの方を見ると、ペンを少し動かしただけで、手を止めていた。
「よし、そろそろ見せてよ。いいねぇ、試験官ってやってみたかったんだよね」
暇が終了を告げる。メルアの織葉には、メルアの考えつく限りに残酷な処刑が記されていた。サアラに負けることはないだろう。
だが、2人の回答を回収した暇は、その内容を確認する前にこう言った。
「あ、やっぱり気が変わった。それぞれの回答は、本人に体験してもらうね」
「なっ!?」
メルアの全身に絶望が走る。
「約束が違うわ!」
メルアは必死に抗議する。冗談ではない。あの内容を自身で体験するなど考えたくもない。死んだ方がマシだ。
メルアの抗議を黙殺しつつ、暇はサアラの回答を確認し始めた。
「えーと、従者の君の回答は……ん? 額を指で弾く。デコピンかな?」
メルアは唖然とした表情でサアラを見た。初めからサアラはメルアを生かすつもりだったのだ。
暇はサアラに近づくと額を指でピシッと弾く。
「はい、君の刑罰は終わり」
暇はサアラに告げた。
そして、メルアの前にやってきて口を開いた。
「さぁ、公女様。始めようか?」
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ユキト「暇……あんまり残虐な描写は……」
暇「ん? 結局は面倒だったから、くすぐるだけにしておいたよ」
ユキト「それはそれでエロいな」