第40話 仲間割れ!?魔道具の力!
「面白いから?」
暇の言葉を信じるなら、彼が情報を漏らしているのは、意図的であるようだ。しかし、仮にこの男が洗脳されているならば、情報を漏らすことを含めての罠かもしれない。全面的に信じるのは難しい。
「そう。それ以外の理由としては人助けかな。やっぱり同郷には優しくしようと思って」
暇は軽く両手を広げながら、明るい口調で言葉を紡ぐ。その芝居がかった挙動からは、本心が全く読めない。
「そりゃ、ありがたいことだ」
「うん、恩に着てくれよ。古着屋に売るほどに着てくれて構わないよ」
「情報を漏らしたら、お前が公女様に叱られるんじゃないか?」
「叱られるのも好きなんだよね。それも悪くない」
そう言うと、暇は上唇を舌でぺロリと舐める。
暇はふざけている。それはユキトにも分かる。だが、この男が何を考えているかは分からない。
だが、ユキトが訝しんだ視線を暇に送っていると、急に彼は立ちあがった。
「さて、今日はもう帰るね。シジョウくんには断られたって言っておくよ」
「……それでいいのか?」
「どうせ断るでしょ?」
確かにこんな怪しい誘いに乗って洗脳なんてされたくはない。仮に公女と会うにしても何らかの洗脳対策を取ってからだ。
「先に王様に挨拶するのが筋だと思うって伝えてくれ」
「おや、無難な対応だね。でも、ウチの公女様は我儘娘だから、ボロウがお迎えに行くことになると思うなぁ。じゃあ、また会おう」
暇は軽い調子で別れの挨拶をすると、にこやかに手を振りながら酒場から出て行った。
「おかしな奴だったわね」
暇の背後のテーブル席に座っていたファウナが立ちあがり、ユキトの前に座りなおした。万が一のための護衛のようなものだ。
尤も、帰り際にファウナに向かっても手を振っていたところを見ると、あの男も気づいていたのだろう。
「あいつの言うことを信じるなら、ボロウっていうヤツが力ずくで来るらしい」
「攻撃が効かないっていう?」
「本当にそんな加護が……あ!」
「どうしたの?」
突然、ユキトは何かに気付いたような素振りを見せ、ファウナも思わず身構える。
「暇のやつ、ここの支払いしてないぞ!」
脱力するファウナの前で、ユキトは心のメモ帳に、暇への銅貨1枚の貸しを刻み付けるのだった。
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「で、断られたと?」
時は未明、王都の西の外れにある倉庫街の一角。人気のない場所で2人の男が向かい合っている。腕組みをした体格の良い男は、王都中にボロウという悪名を轟かせている。
ボロウは怒気混じりの声を出しているが、内心では喜んでいた。目の前の男がシジョウという男を連れてくることに失敗したからだ。メルア公女からは、この男が勧誘に失敗した場合には、好きに処分して良いと言われている。
「やっぱり王様に先に会うのが筋だとか言われちゃった」
暇はへらへらと報告しているが、ボロウに言わせれば、この表情が気に入らない。声も態度も全てが気に入らない男だった。
「貴様が同郷だと言うから行かせてみたが……。やはり、俺が行くしかねぇな。無理矢理に引きずってでも、メルア様の前に連行してやろう」
ボロウが保有している加護は、完全防御の加護だ。敵意を持った相手からのダメージを一切受け付けないというチート加護である。しかも、目眩ましや毒などにも効果がある。
噂によるとシジョウという冒険者は、竜殺しであるらしい。さらには敵船団を無力化させる力を持っているという。だが、ボロウの加護ならば、他の加護からの攻撃もシャットアウトできる。
ボロウの意気込みを聞いて、暇は手をポンと叩く。
「あ、そうだ。ボロウに良いものを貸してあげよう」
そう言うと、暇は腰に刺していた剣をスラリと抜いた。細身のサーベルのようだ。柄にも丁寧な細工が施されている。
「これは、カウンターサーベルって言う魔道具でね。相手からの攻撃を受けた時、その相手の動きを数秒止めることができるんだよ」
「ほう」
思わず身を乗り出すボロウ。なるほど、相手の攻撃に対しては耐性のあるボロウだが、攻撃力は普通の騎士と同等である。だが、敵の動きを止めることができる魔道具があれば、確実に相手を屠ることができるだろう。
しかも、相手からの攻撃を受けた時という発動条件もボロウにピッタリだ。
「よし、俺によこせ!」
ボロウは返事も待たずに暇からサーベルを奪おうとする。
「分かった、貸すから焦らないでよ。でも、この剣でボクを斬ったりしないでよ」
「ああ、約束しよう」
ボロウは心の中で思い切り舌を出しながら、心にもない約束をして、魔道具だというサーベルを受け取った。
「見た目は普通だな?」
「いや、そこに刻まれているのは全て魔道文字だよ」
「論より証拠だ。イトマ、ちょっと俺を殴ってみろ」
ボロウはさっそくカウンターサーベルの効果を試すつもりのようだった。暇に自身を殴るように指示を出す。
「よし。じゃあ、いくよー」
暇は軽薄な返事を返すと、その拳を握りしめ、勢いをつけてボロウの腹を殴りつけた。
ボフ!
非力な暇の拳では、仮に加護がなくともダメージは通らなかっただろう。だが、どちらにせよ攻撃を仕掛けたという事実には変わりがない。
暇の拳がボロウの腹に触れた途端、カウンターサーベルの刀身がギラリと白く光った。それとともに暇の四肢が硬直する。魔道具の効果が発動したのである。
「て……手足が固まった……」
「本当に効果があるんだな。安心したぜ」
ボロウは、目前で殴ったままの姿勢で固まっている暇に向かってニヤリと笑いかける。だが、その目は笑っておらず、そこには残忍な光が宿っていた。
そして次の瞬間――
ザンッ!
ボロウはサーベルを一気に振り降ろし、暇をバッサリと袈裟がけに斬りつけた。魔道具でもある刀身が、暇の肉を斬り、鎖骨を断った。骨を断つ感触がボロウの手に伝わる。
「がっ!!」
暇はそのまま仰向けに倒れた。肩口を中心として真っ赤な染みが地面に広がっていく。
「悪いな。お前はもういらねぇ」
ボロウは倒れた暇に向かって、さらに何度もサーベルを振り降ろした。その度に、ルビーのような鮮やかな深紅が周囲に飛び散っていく。
やがて、ボロウは暇が動かなくなったのを見ると、喉笛に深々とサーベルを突き刺す。ビクンと暇の身体が一瞬だけ痙攣した。
「イトマ。便利な魔道具、感謝するぜ」
間もなく夜明けだ。東の空が徐々にその明るさを取り戻しつつある。
ボロウはサーベルを暇から奪った鞘に納めると、ユキト達が泊まっている宿の方角へ向かって歩いて行った。
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暇「ボク? もちろん死んでないよ?」
フローラ「あるある展開ですわね」