第39話 王都!酒場の2人
王都から届いた手紙は、アルファール12世の名による、ユキトに対する冒険爵任命の儀への出頭指示書であった。
さらに、添えてあった呼出しの担当者と思われるハンドラ伯爵からの手紙には、今回のユキトの戦争への貢献と業績が王都でも話題となっており、是非その武勇伝を語って欲しいとまで記載されていたのである。
「……武勇伝なんてガラじゃないんだが」
王都へ向かう獣車の中、ユキトは皿にピーマンを見た幼児のごとく、露骨に嫌がってみせる。
「王都では娯楽が不足しておりますゆえ」
セバスチャンの説明では、こういった類の話題には王都の貴族が飛び付くものらしい。今回は、竜退治に加え、ほぼ被害なく敵国の船団全てを拿捕するという快挙である。王都の戯曲家達はこぞって詳細を知りたがっており、演劇の演目の最有力候補だそうだ。
「劇か……」
演劇を観るのは嫌いではなかったユキトだが、自身が題材になるのは妙な気分である。
王都への道中は順調だった。蜥蜴人に襲われたり、羊実草に襲われたり、蛇竜に襲われたりした程度だ。
並の冒険者パーティなら全滅の危険もあったようだが、ファウナとセバスチャンが簡単に片付けていた。
なお、蛇竜族はC級中位~B級中位にカテゴライズされる魔物である。ユキトが付与した加護のチート度合いが良く分かる結果と言えよう。
しかも、戦闘をこなすたびに、少しずつ2人の加護は強力になっていた。否、加護自体が強力になっているわけではなく、より加護の力を引き出せるように、付与された者が成長しているようである。いずれはファウナが星を破壊する日がやってくるかもしれない。
王都へ到着したのは、ユキト達がサブシアを発って1週間ほど経過した頃であった。ウィンザーネ侯爵が準備してくれた獣車は、2頭の有角の猪が牽いており、今まで見たどの馬車・獣車よりも速度に優れていた。それでもこれだけ時間を費やしている。距離で言えば、バロンヌから600キロ程度は離れているだろう。
大理石を思わせる化粧石が表面を覆った白く端正な城壁。その美しい城壁が王都の周囲をぐるりと囲んでいる。城壁に設けられた門の警備は厳重そうだ。ユキトがこの世界に降り立った場所が、仮に王都の近くだったとすると、怪しまれて入口で捕まっていたかもしれない。
ユキト達も入都の手続きのために門に並んだ。
「では次の者! ……ん、こちらはウィンザーネ侯爵家の方で?」
門番の兵士は、獣車に示された紋章から、この獣車がウィンザーネ侯爵家のものだと判別したようだ。獅子を思わせる獣を模した紋章である。
「あ、王様の命を受けて参上したシジョウ ユキトです」
ユキトは門番の兵士に、王の署名がなされた羊皮紙の指示書を見せる。
セバスチャンからも、これを見せれば問題ないと言われている。
「シジョウ様!? あの噂の!」
門番にもユキトの噂は届いていたようである。どうぞどうぞと言わんばかりにユキト一行の通行が許可された。
噂にどのような尾鰭がついているのか気になるところだ。
門を潜ると、王都の大通りだ。既に太陽は傾いており、王都内の白壁も橙色に染め上げられつつある。
「さて、もう夕方だし、まずは宿を確保しようか」
ユキトは長旅で痛くなった尻を撫でながら、宿を探し始めるのであった。
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「で、初日から飲んでるわけだが」
「いやぁ、ボクの雇い主でもあるメルア・ニューマン公女が君に会いたいらしいんだ」
場所は王都の酒場である。黒髪黒目の男が2人、向かい合ってテーブルに座っていた。片方はユキト、そしてもう片方の男はユキトに対して虚井 暇と名乗った。ユキトが飲んでいるのはケルシアというエール。暇の手にあるのはミルクだ。
この状況に至った経緯は単純だ。
到着した時刻は夕刻であったので、ユキト達はまずは宿を確保した。その宿にこの暇なる男が訪ねてきたのである。
暇の外見と名前から「日本人だ!」とユキトは確信した。そこで男の誘いに応じて近所の酒場に出向いたというわけだ。
「改めて挨拶しておくよ、シジョウくん。ボクは虚井 暇。君が想像している通り、日本の生まれだ」
「やっぱりか! どうやってこの世界に来たんだ?」
「公女様が召喚魔法で呼びつけてくれてね。気が付いたら、この世界で魔法陣の中央に立っていたよ」
「来て長いのか? どうやって暮らしてるんだ?」
ユキトは色々と問いかける。何しろ、この世界で初めて会った同郷の人間だ。
「この世界に来て2~3週間かな。ニューマン家という公爵家があってね。そこで雇われてるんだ。いやぁ、メルア公女様は、それはそれは美人でね。他にも色んな近隣の異世界から呼ばれたヤツらが公女様に従っているよ」
「近隣の異世界?」
「ほとんどがこの世界と同じような、剣と魔法の世界みたいだけどね」
「で、なんで皆が公女様に従ってるんだ?」
ユキトとしては、そこが気になった。話を聞く限りは、『まろうど』達をこの世界に召喚した元凶は公女様である。その元凶に従う者ばかりとは思えなかった。それなりのメリットを示されたと考えるのが普通だ。
「そんなの決まっているよ、美しいからさ。皆、公女様の寵愛を受けたくてね。そのためには、どんな命令にも従うんだよ。命を捨てる命令にもね」
淡々と、とんでもないことを語る暇。
ユキトの背中に嫌な汗が流れた。
「この世界に呼ばれると最初に公女様から見つめられるんだ。そうすると、ボーっとして、公女様の美しさが心に染みわたるというか……」
暇の説明でユキトはほぼ確信する。メルア公女は洗脳系の能力を持っていると。
そして、目の前の男も洗脳されていると考えるべきだ。
「で、その公女様が、君が王様に会う前に、先に会いたいと言っているんだ」
操られているせいなのか、暇はメルア公女の怪しい点を包み隠さず話してくれる。
「暇、俺が王都に着いたのをどうやって知ったんだ?」
「公女様の情報網があるらしいよ。門で手続きしたんでしょ? そこから連絡がきたみたい」
どうやら、メルア公女はユキトに興味を持っているらしかった。しかも、暇の話を聞く限りは、ユキトをも洗脳しようとしている可能性がある。
王に会う前に、というのも嫌な感じだ。
「明日で良いからボクと一緒にニューマン公爵邸まで来てくれるかな? 任命の儀はまだ先でしょ? ちなみに断ると、ボロウっていうあらゆる攻撃を防ぐ加護を持った『まろうど』が無理矢理にお迎えにあがることになるよ」
「あらゆる攻撃?」
「そう。害意を持った相手からの攻撃で一切ダメージを受けないそうだよ」
ユキトは暇の真意を図りかねていた。
(こいつは何故、俺に情報を伝える?)
暇の行動は矛盾している。同郷を餌に、ユキトを誘い出すのであれば、公女様が洗脳能力を持つと推測されるような発言はするべきではないし、ボロウという男の能力を話すべきでもない。
「あ、なんでこいつはベラベラ喋るんだって顔してるね」
対する暇は、ユキトの顔に浮かんでいた戸惑いの感情を読みとったようだ。そして、口元をニヤリと三日月のように歪めて、こう言った。
「だって、その方が面白いじゃん」
数日、家を空けていたので更新に間が空きました。
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ユキト「酒場でミルクかよ」
暇「ミルクおいしいよ」