第33話 泥酔!美人エルフ!
前回のお話
ファウナさんと飲んだ!
「私にも飲ませんかぁー」
泥酔エルフがユキトに絡んでいる。
彼女はユキトが追加で購入した酒に興味があるようだ。
「ちょっとファウナさん?」
ファウナの豹変に焦るユキト。
見た目だけで言うならば、ファウナは耳まで桃色になっていて、目も潤んでいて色っぽい。だが、その言動が全てを台無しにしている。絡み酒だ。
「あの、ケルシアっていう弱いお酒しか飲んでませんよね?」
「これ飲み終わったけん! そっちも飲みたかと!」
ユキトはなぜか敬語で話しかけ、ファウナは過度のフレンドリーさで応じている。完全なる酔っぱらいだ。
やがて、ファウナは身体を乗り出して、半ば無理矢理にユキトのカップに口をつける。
「うへへへ、おいしかぁ」
なかなか可愛らしいが、残念感もある。そんな残念エルフはメセグリンも気に入ったようだ。だが、あまり飲ませるわけにもいかない。これ以上酔わせるとどうなるか分からないので、ユキトはカップを引き離す。
「ほら、俺のカップを取るな」
「あー、間接キスやったのにぃ」
カップを取り上げられたファウナは、抗議の声を上げた。
誰だこいつに酒を飲ませたのはと叫びたくなったユキトだが、それはユキト自身である。
「ほら、ちょっとこっちで座ろうな?」
「うん、座る。座るけんね、もっと飲むもんが欲しかと」
ユキトはどうにか酔っぱらいを誘導して、運良く空いていた飲食スペースに座らせることに成功する。
(水だ、水をもらって……いや、ここは日本じゃないな。買わないと)
水が無料の世界ではないことを思い出し、ユキトは水を買うべく近くの屋台を回る。幸い、先ほどの酒の屋台では水も売っていた。流石は商売人である。
ユキトは銅貨と引き換えに、自分のカップに水を入れてもらう。
「これで良し」
だが、水を受け取って、ファウナの方を振り返ると次の問題が発生していた。ユキトは頭を抱える。
「姉ちゃん、美人だねぇ」
「俺達と飲まねぇ?」
「誰なん? ユキトはー?」
ナンパである。ユキトは、即座にこれは危険だと判断した。ファウナがではない。ナンパをしている男2人がである。
「ちょっと、そいつ俺のツレだからさ」
ユキトは慌ててファウナと男達の間に割って入る。男達は海の仕事をしていると言わんばかりに日に焼けており、体格もがっしりしている。年齢は20代くらいだろうか。
オルグゥクィーンや山岳竜と相対する前のユキトであれば、怖気づいていたかもしれない。
「ほら、ファウナ。水飲め」
まずはファウナに水を渡すユキト。この行動には、男達に「こいつは酔っぱらいです」と示す効果がある。
だが、男達は誠実さに欠けているタイプだったようだ。美人エルフが酔っぱらっているならチャンスとばかりにテンションを上げる。
「おい、兄ちゃん! あとは俺らが介抱しておくぜ」
「その姉ちゃんを置いて先に行ってな」
男達はユキトに対してファウナを置いて消えるように促した。ユキトの外見から、弱そうな男だと判断したのだろう。加護を抜きにすれば、間違ってはいない。
当然、ユキトとしてはファウナの傍を離れるつもりはない。
加護持ちのファウナに乱暴狼藉を働こうとするのは自殺行為であると思うが、ファウナが寝てしまったりすると流石に危険だろう。
「さ、俺らと一緒に行こうや」
ここで、ユキトが立ち去らないことに焦れた男が、ファウナの腕を掴んで無理に連れて行こうとした。端的に言えば、自殺を始めた。
「は? なんばしよっと?」
俯いていたファウナが不機嫌そうに顔を上げ、男を睨む。だが、男は怯むことなく、ファウナの腕をさらに引っ張った。端的に言えば、自殺を進めた。
「おい、やめろよ!」
ユキトも声を上げる。
だが、ユキトの抗議は実を結ばなかった。
「せからしか!!」
ファウナはそう叫ぶと、腕を引っ張っている男の胸倉を掴み、そのまま投げた。
「ほへ?」
男は、まるで紙くずをゴミ箱へ放り込むかのようなきれいな放物線を描いて、通り沿いの店舗の生垣に突っ込む。
生垣がバキバキと音を立てて、男を受け止めた。壁に叩きつけられていたら、命が危なかったかもしれないが、結果オーライである。ファウナに判断力が残っていたのかも知れない。
ユキトとしても、無関係の人が巻き込まれなかったことに安堵する。
「な、なにしやがる!」
連れを放り投げられて、もう一人の男が激昂した。今の一連の流れを見て、まだ絡もうするのは驚きである。この男、判断力が欠如しているのだろう。
「おや? どうされましたかな?」
だが、男にとっては幸運なことに、ここで邪魔が入った。
「あ、セバスさん」
どうやら近くを通りかかったらしく、セバスチャンが声をかけてきた。もしかすると距離を置いてユキト達を見張っていたのかもしれない。
「セ、セバスの旦那」
男はセバスチャンを見て、態度を急変させる。セバスチャンと言えば、バロンヌでもトップクラスの剣の使い手として、また侯爵家の執事長として有名だ。実力的にも権力的にも逆らう者はほぼ皆無である。
「ドラゴンスレイヤーであるユキト様に何か御用なのですか?」
セバスチャンが男に尋ねる。いや、これは質問の形式を取った脅しである。
「ド、ドラゴンスレイヤー……!?」
男は、戦争の功労者と言われている謎のドラゴンスレイヤーの噂を思い出して青ざめた。
市井の人、曰く「ドラゴンすら軽く倒す実力者だ」
曰く「一人で敵船団を壊滅させた」
曰く「軍船を素手で殴り飛ばす仲間を従えている」
噂を聞く限り、自身が逆立ちしても勝てる要素が微塵もない。
見た目は黒目黒髪の優男で、全く強そうではないが、侯爵家の執事長が嘘をつくはずもないだろう。
「た、大変に失礼を致しましたでございますです!!」
男はキツツキを思わせるように何度も腰を折って頭を下げる動作を繰り返すと、そのまま走って逃げて行った。
「ふぅ、全く……」
これでゆっくりできると溜息をつくユキトであったが、そうは問屋が卸さなかった。周囲の視線がユキトに集中する。
「あの方が、噂の冒険者」
「ドラゴンスレイヤーのユキト様」
「ありがたや」
「ユキト様、一杯おごらせてくれ!」
「俺もだ!!」
「私の屋台からの差し入れです!!」
「抜け駆けするな! あ、ユキト様 うちの屋台の焼魚です」
「握手してください!」
ユキト、大人気である。
尤も、犠牲者を出すことなくバロンヌを勝利に導いたのであるから、それだけの人気が出るのも無理はない。この世界で戦争が起こるということは、多かれ少なかれ、見知った人間の死を意味しているのだ。
それをゼロで抑えたユキトには、皆が感謝している。
「セ、セバスさん、ファウナを頼む」
ユキトはファウナの介抱をセバスチャンに任せると、押し寄せる握手の依頼と差し入れの対応に当たるのだった。
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「はぁはぁ、ようやく落ち着いたぞ」
2時間程度のファン対応をこなしたユキトは、すっかりアイドルになった気分である。放っておくと、差し入れも酒も無限に出てきそうだったので、途中で止めてもらった。それでも相当の量がある。
「こちらは収納しておきますね」
セバスチャンが収納魔法を使って、余った差し入れをカバン内に収めてくれた。せっかくの差し入れを残すわけにもいかなかったので、ユキトとしても大変に助かる。
「ありがと……うっぷ、食べ過ぎた」
さて、助かったことは助かったのだが、その原因を作ったのはセバスチャンでもある。
「ところでセバスさん、わざと俺の話題を出した?」
ユキトはセバスチャンに対して、先ほどのドラゴンスレイヤー発言の意図を尋ねた。おかげでファン対応が始まってしまったのだ。
「はは、失礼を致しました。しかし、ユキト様の功績はバロンヌの全員が知っておくべきことだと存じます」
「いやぁ、目立つのはなぁ」
「そもそも、ドラゴンを倒したことでギルドから昇級の連絡があるでしょうし、今回の戦争の論功行賞も行われますので、嫌でも知れ渡りますよ」
「え、論功行賞?」
「はい、お断りなさらないで頂けると幸甚です。侯爵様の権威にも関わりますので」
どうやら、ユキトは何かご褒美がもらえるらしい。
そして、これがユキトの今後に大きな影響を与えることになるのであった。
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