第32話 乾杯!戦勝祝い!
前回のお話
クトゥルフを見たから、SAN値チェックね。
敵兵を捕虜にしたその日のうちに、ウィンザーネ侯爵はバロンヌの領民に対して、海の向こうに位置するジコビラ連合国が奇襲を仕掛けてきたこと、当領はほぼ被害を出すことのない完勝であったことを公布した。
なにしろ、軽傷5名のみというのがバロンヌ側の被害だ。前代未聞である。
一方、ジコビラ側は犠牲者がゼロというわけにはいかなかった。正気を失い暴れて海に落ちた者を中心に10名程度が命を落とした。それ以外の者は、全員が捕虜となっている。
謎の精神攻撃を受けて、戦闘らしい戦闘をさせてもらえずに敗北したジコビラの指揮官も、ファウナとセバスチャンのデモンストレーションを目の当たりにした後は、正面きっての戦闘にならずに済み、心底ほっとしている様子である。
軍船を素手で殴り飛ばす奴らと戦争したいと思う方がおかしいのだ。
「今回の完勝は、例の冒険者様のおかげらしいぞ」
「なんでもドラゴンスレイヤーだとか」
「大魔道士でもあるという噂だ」
「魔法で敵兵全員をあんな状態にしちまったんだ」
バロンヌの兵士達の間ではユキトの噂で持ちきりだ。
兵士達からすれば、何もしていないうちに勝負がついていたのだが、驚くのも無理はない。
実際、ファウナとセバスチャンの力をもってしても、まともにぶつかっていたとすれば、バロンヌ側の被害はそれなりのものになったはずだ。圧倒的な戦闘力で8隻の敵船を順に潰していったとしても、何隻かは上陸を許してしまったことだろう。そうなると、陸上での白兵戦となる。
だが、今回の戦争において、ユキトは「見る」だけでアウトというチート加護を使い、海上で全敵船を無力化している。ユキトも自身の能力に慣れてきたということだろう。
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「なんだか噂が広まってるぞ」
ユキトとファウナは、侯爵邸の部屋でのんびりしていた。戦後ということで邸内への兵士の出入りも多い。噂も耳に入ってくる。
「いいじゃない。私なんてドラゴンスレイヤーの仲間には謎の怪力男がいるって言われてるのよ!」
流石に顔を隠した格闘家の正体が女性だとは兵士たちも思わなかったのだろう。船を殴り飛ばした怪力男は、ドラゴンスレイヤー本人とされずに、その仲間であるとして噂が広がっていた。性別以外は正しい内容である。
「元々は国同士の揉め事に首を突っ込みたくはなかったんだけどなぁ」
ユキトは軽く嘆息しつつ、愚痴を呟いた。
「……でも、ありがとう」
「ん?」
「私が……戦争で人が死ぬのは見たくないって言ったから」
「ああ、俺の住んでいた国は、人間の命はできるだけ大事にしようって価値観だったからな。この世界にはこの世界の価値観があるだろうけど、可能な範囲では俺の中の価値観も大事にしたかっただけだ」
「戦争で兵士が兵士を殺すのは当然のことだとは思ってるんだけどね……」
「フローラの親父さんの街を見捨てるのも目覚めが悪いしな。手を貸すなら、できるだけ死者が出ない方が俺の気分が良いっていう自己満足だよ」
ユキトはそう言って軽く笑った。もちろん、甘いことを言っているのは自覚している。それでも元の世界の価値観をさっと捨て去る気にはなれない。ゆっくり慣れていくしかないのだろう。
そんなユキトにファウナもにっこりと笑顔を返すのだった。
一方、ウィンザーネ侯爵は課題を抱えていた。ユキトのことである。
侯爵は執務室にセバスチャンを呼びつけ、ユキトの今後の処遇について相談を重ねていた。
「セバスチャン、彼は『まろうど』なのだな」
「はい、当初ご報告差し上げましたように、本人からそのように聞いております」
「あの力は他国に渡すわけにはいかないと思うが、どうか」
「ユキト様が敵国に与した場合を考えると、正直恐ろしいですな。ユキト様が付与する加護は常識外れなものが多いようでございます」
「お前のあの剣技をもってしても恐ろしいか」
「そもそも先ほどの空を走る斬撃は、ユキト様の加護の力です。しかも、マヤの報告では与えた加護を回収することも可能だとか」
セバスチャンはマヤから上がってきた報告を侯爵に伝える。加護を付与するだけでなく、回収もできる。これは重要な情報だ。
「ぬぬぬ……どうにか我が領内に留めておきたい」
「そう言えば、フローラ様はユキト様のことを憎からず思っているようではございます」
「なななななな、ならぬ! 結婚など認めぬ!」
「落ち着いてくださいませ。そもそも、憎からず程度の話でございます」
「だが、だが、しかしだな、しかし、ならぬものはならぬ!!」
名君と呼ばれることもあるウィンザーネ侯爵だが、娘のことになるとポンコツになるようである。
セバスチャンも苦労しているのだ。
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戦争の翌日、バロンヌの街は戦勝祝いの祭りで盛り上がっていた。領民が勝手に開催した祭りではあるが、被害なく敵国を退けたと聞けば、祝いたくもなるというものだ。
大通りには屋台なども出ており、たいそう混雑している様子だ。屋台の屋根は色彩豊かで、海の青と鮮やかなコントラストをなしている。
ユキトとファウナも観光がてら祭りを見て回ることにした。
屋台は、飲食店が自分の店の前に出しているものが多く、味のレベルは高そうだ。
祭りで手ぶらなのも寂しいので、ユキトは目についた串揚げのような料理を2本購入して、1本をファウナに渡す。骨を抜いた白身魚を油で揚げて、串に刺したものだ。衣はついていない。
「うまかぁ!」
久々にファウナから方言を聞いたので、本心からの言葉なのだろう。エルフが博多弁に似た方言を喋っているのは、どうも変な感覚だが、文句をつけるものではない。
ファウナの感動を追体験するべく、ユキトも魚の串揚げを齧ってみる。
「はふはふ……うん、確かにいけるな」
白身はふんわりとほどけ、白身魚の旨味をコクのある塩が充分に引き出している。油がしつこいかと思ったが、白身魚が淡白であるので、相性は悪くない。
2人は魚の串揚げを齧りつつ、次の屋台へと向かう。
今度は飲み物が欲しいところだ。
「お、酒も売ってるのか」
次にユキトが見つけたのは、酒の屋台だ。
酒を入れる木のカップは有料の貸出制で、酒の種類は3種類ほど扱っている。
「ファウナは酒は飲めるのか?」
エルフが酒を飲むイメージがなかったので、ファウナに確認を入れる。ユキトの知識では、酒と言えばドワーフだ。
「少しぐらいなら飲めるわよ」
ファウナの答えに、やはり先入観は良くないなと思いながら、ユキトは2人分のカップと酒を注文する。まずは客の大半が注文している酒だ。品書きには「ケルシア」とある。
「へい、お待ちどう!」
ケルシアという酒は、ユキトの知るビールに近い見た目だった。地球ではエールと呼ばれる種類の上面発酵のビールである。代金を支払い、カップを受け取る。カップを返却すると、お金が戻ってくる仕組みらしい。
さっそく、カップに口をつけるユキト。
「甘味があるな」
ユキトの知るビールとは大きく違うし、ぬるい。だが、そこまで不味くはない。
隣ではファウナが両手でカップをもって、コクコクと味わっている。お気に召したようだ。
「他の酒も味見しておくか」
そもそもエールは水替わりに飲まれる飲料だ。アルコールも弱いので、ごくごくと喉を潤すことができる。そのままカップを空けて、次の酒を注いでもらうことにする。
「これは蜂蜜酒かな」
次に注いでもらった酒は、蜂蜜酒にハーブやスパイスを漬け込んだもののようだ。品書きには「メセグリン」と記載されていた。この酒は薬用酒の側面も持つ。
「まぁ、癖はあるが悪くないな」
飲み慣れない味にユキトが感想を呟く。口の中にハーブ特有の苦みが残るが、不快なものではない。先ほどのエールのようにゴクゴクと飲むものではないが、味わいがあって悪くない。
などとユキトが酒に集中していると――
「私には飲ませんと?」
「ん?」
やけに陽気な声が隣から発せられたと思うと、腕が首に回された。
赤い顔をした美人なエルフさんが肩を組んで、ぐいぐいと密着してくる。
(あれ? ファウナさん?)
騒動の幕開けであった。
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