第31話 チェック!みんなの正気度!
前回のお話
タコがいるなら、この作戦いけるよ
空がうっすらと明るくなり始めた頃、迫りくる船影を肉眼でも確認できるようになった。8隻の影がバロンヌへ向かって、海上を滑るように近づいてくる。
敵船団の陣は左右に広がった鶴翼型。
広範囲に上陸して、一気にバロンヌを制圧するつもりのようだ。
「そろそろ遭遇する頃だな」
「はい。間もなくでしょう」
マヤの指示を受けたオクラは、船団へ向かい、海中を移動していた。
オクラには、ユキトからの危険な加護が付与されている。
やがて、オクラは船団の左翼先端に到達した。
これだけ距離が離れてしまうと、マヤはオクラに具体的な指示は出せない。
そのため、オクラがとれる行動は簡単なものに限られる。
受けている命令は「自身の姿を出来るだけ多くの敵に見せつけろ」である。
命令に従って、オクラはゆっくりと海上に浮上し、その姿を露わにする。
最初に、それを見つけたのは船首近くにいた見張りの兵だった。船の前方に何やら蠢く物が出現したのである。当然、彼は目を凝らして――
「あれは……!? うわああああああああああ」
突然、叫び出して転げまわる兵士。
周囲の兵士も何事だとばかりに駆けつけてくる。
そして、見張りの兵士が見ていた方向に視線を向けてしまった。
「ぎゃあああああああああ」
「ひいいいいいいいい」
おぞましい存在。冒涜的なそれ。名状し難き姿。
バロンヌで最も高い城壁の上から、ウィンザーネ候は迫りくる船団の様子を眺めていた。それとともに、先日ユキトから説明された作戦内容を思い返す。
「……ということで、オザシキクラーケンに対して、姿を見た者の精神を狂わせる能力を与えます」
「そ、そんな能力があるのか?」
「えーと、私の出身地の神にクトゥルフという神がいるんですが、その神から与えられる加護です」
「それが事実ならば、敵兵どもは……」
「ええ、姿を見ただけで狂気に蝕まれて、戦闘不能でしょう」
+畏怖の加護:異世界の旧支配者の持つ畏怖の力を得る。姿を見た者の精神を狂わせる。
オクラに与えられた加護。それはクトゥルフ神話でおなじみの、姿を見た者は正気を失うという特性である。
船までの距離があることと、オクラが小さいということを考慮すれば、一時的な狂気や錯乱、精神汚染で済むだろうというのがユキトの見込みである。
なお、クトゥルフ状態となったオクラの全身像はユキトも見ていない。実験中にちらりと目に入ってしまったオクラの触腕には、吸盤の代わりに無数の人の目が張り付いていた。その影響によって、その日は眠れなかったほどだ。全身像など決して見たくない。
船団はパニックに陥っていた。
異常が発生したと報告を受けた船長は、だいたい原因を知ろうとして「見て」しまう。そうすると命令系統が破綻する。
「ひいいいいいいいい」
「あああああああああ」
船団を左翼側から順番に恐怖に陥れていくオクラ。
一隻、また一隻と狂気が蔓延していく。
右翼側の船団は、左翼で何かが起こっているようだとは感じているが、船から火の手が上がるわけでもなく、確認がとれない。
確認がとれないと、皆でそちらを眺めてしまうわけであり、結果として「見て」しまう。ごく稀に見てはいけないことに気付く者がいたが、全体としては無視できる人数だ。
こうして、数時間後にはジコビラの船団は全隻が動きを停止させた。
作戦は成功である。
マヤはオクラを慎重に海岸まで呼び戻す。
オクラの移動は海中限定だ。海岸近くで海上に出れば、友軍にも被害が出る可能性がある。
万が一、マヤとユキトが「見て」しまったら、誰も対応ができなくなる。
オクラが海岸に戻ったのと入れ違いに、バロンヌ側の船団が錨を上げて、沖へと向かう。
これは、敵船団の拿捕が目的だ。敵船団は完全にパニックの渦中であり、戦闘など不可能な状態である。敵兵も簡単に捕縛できるだろう。
「よし、加護の回収は終わったぞ」
ユキトは戻ってきたオクラの加護を剥奪した。ユキトは自身が付与した加護ならば、回収することも可能である。
オクラに付与した加護は危険極まりない。回収は必須だろう。
加護を失ったオクラは、たちまちに元の姿に戻ったようだ。
用心のため、まだ海中に沈んでもらっているが、そのシルエットは普通のタコのものになっている。
ユキトは深く息を吐き出して、ここまでの成功に安堵した。
多くの人命を左右する作戦であったため、プレッシャーも相当なものだ。ここ数日は実に胃が痛かった。
「さて、最後にダメ押しと行くか。俺の胃の健康のためにも、二度と攻めてくる気が起きないようにしてやる」
胃の恨みとばかりに、ユキトはニヤリと笑う。
なかなかに意地の悪そうな笑みであった。
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拿捕された船団は港湾まで曳航され、ジコビラの兵士達は捕虜となって海岸に集められていた。一部はいまだに奇声を上げているようだが、ほとんどの者は放心状態だ。指揮官クラスの中には、正気に戻った者もいる。
「お前たちは捕虜となった。愚かにもアスファール王国に攻め込んだからだ」
バロンヌ側の将軍が声を上げる。
「特にこのバロンヌの守備は鉄壁だ」
続けて将軍がバロンヌの守備を誇る。特に今回は死者の数がゼロであった。
だが、ジコビラの指揮官と思われる男が言葉を返す。
「ふんっ! よく分からぬ卑怯な手段をとっておいて、鉄壁とは笑わせる」
「ほほう? 山岳竜で我が軍を誘き出そうとしていたのはどちらだ?」
「ぬぬぬ」
全く持って正論である。だが、ジコビラの指揮官は真っ正面からぶつかっていれば負けなかったと考えているようであった。
(やはり、そういう考えは潰しておかないとな)
傍で見ていたユキトは作戦の第2フェイズへと移るべく、バロンヌの将軍へと目配せをする。それに気付いた将軍が小さく頷いた。
「では、正面から戦っていたとしたら、お前らがどうなったかを教えてやろう」
バロンヌの将軍の言葉に、ジコビラの司令官は「何を言い出す気だ」という表情をする。
「あれを見るがいい!」
将軍が指差した先には砂浜が広がっていた。
そこにジコビラの軍船が1隻だけ、波打ち際まで引きあげられている。当然、船底は陸に半ばまで乗り上げており、動ける状態ではない。
そこに顔を布で隠した人間が歩いてきた。
遠目からでは男女の判別もつかないが、中身はファウナだ。
「何をする気だ?」
ジコビラの指揮官は怪訝そうな表情で見つめている。
「はっ!!」
ファウナは闘気を纏った拳で、すっかり露出している船底を殴りつけた。
闘気により接触する面積を広くし、衝撃が船全体に伝わるように工夫した一撃だ。
船底全体でファウナの一撃を受けた結果、軍船は破片を撒き散らしつつ、空を舞った。
「!?」
ジコビラの指揮官は口を開けて固まった。
人間が軍船を殴り飛ばしたのである。
だが、事態はさらに変化を見せた。
大きな弧を描いて沖合に吹き飛んでいく軍船に向かって、銀の光が走ったのだ。
その瞬間、軍船が空中で真っ二つになる。
「!!?」
指揮官が、船は斬られたのだと理解するまでに、たっぷり10秒は費やされた。
いや、銀閃の発生源と思われる場所に、剣を持った執事が立っているのを見なければ、斬ったなど思いもしなかったかもしれない。
「お分かり頂けたかな?」
バロンヌの将軍の言葉に、何度もコクコクと無言で頷くジコビアの指揮官であった。
ここまで閲覧ありがとうございます。クトゥルフ回でした。
楽しんでもらえているといいのですが。感想や現時点までの評価などいただければ、ありがたいです。
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ファウナ「私ってゴリラキャラになってきてない?」
ユキト「そんなことないぞ。もちろんエルフキャラだ」
ファウナ「ホントに?」
ユキト「本当ウホ」
ゴスッ!