第28話 戦争?憂鬱のファウナ!
前回のお話
バロンヌに着いたよ!
宿へ向かう途中の大通りには、多くの飲食店が店を構えていた。
白い建物が広がっていた城壁外と異なり、大通りにはオレンジなどのカラフルな色彩の建物も多い。住宅街と商業区との違いだろう。
飲食店が路上に出している看板には様々な料理名が記載されている。
ユキトは道すがら、それを眺めながら、目的地である宿へと向かっていた。だが、料理名だけではどのような料理かの判断がつかないものも多い。
「ファウナ、この料理はどんな料理なんだ?」
「えーとね、これはオイル煮ね。貝や香草と煮込むのよ。こっちも似たような料理ね」
バロンヌの魚料理は、アクアパッツァのような煮込み料理が多いようだ。
「流石に刺身は無理か……」
ユキトとしては刺身が食べたいのだが、無理に生魚を食べるとポンポンペインが襲ってくる可能性がある。煮込み料理であっても、魚が食べられることで満足するべきであろう。
それに、今から向かう宿にも食堂があるかもしれない。
食堂の料理も確認してからでも、夕食を決めるのは遅くはない。
「ねぇ、ユキト」
ユキトが魚の食べ方で頭を悩ましていると、ファウナが真面目な表情で呼びかけてきた。
「なんだ?」
「戦争……起こるのかな」
ファウナの目は憂いを帯びており、どことなく悲しげだ。とてもオルグゥのクィーンを素手で倒し、ドラゴンと殴り合った猛者とは思えない。
ファウナの表情の原因は、ユキトにも想像がつく。
ファウナは養父に育てられたと言っていたが、その養父は戦争などで親を亡くした孤児を引き取って育てている人格者だと聞いた。ファウナの育った環境を考えても、戦争に対する拒否感のようなものがあるのは当然だろう。
「不安なのか?」
ユキトは異界から来た人間だ。この国と近隣諸国との関係についてはファウナの方がよほど詳しい。それでもファウナはユキトに尋ねた。
これは、戦争になるかどうかをユキトに答えて欲しいわけではないだろう。それくらいはユキトでも分かる。
「力を……貸すの?」
躊躇いがちにファウナがユキトに問う。なるほど、ユキトの力は使い方次第で敵を圧倒できる。ファウナとセバスチャンの戦闘力がいい例だ。
「冒険者は国家間の戦争への参加は強制されないんだろ?」
ユキトが冒険者ギルドで聞いた話では、国家間の争いに関しては、冒険者の参加の自由が認められているということだった。無理矢理に徴兵されることはない。
アスファール王国とジコビラ連合国の争いであるのだから、ユキト達は首を突っ込む必要はないのだ。
「え? じゃあ参加しないの?」
ファウナは驚いたような顔をユキトに向ける。
「うーん、参加はしたくないのが本音なんだけどな」
ユキトの懸念はフローラだ。もはやフローラとセバスチャンはユキトの仲間と言い切って良い。もし仮に、フローラの正体がどこかの貴族の娘だったとしても、パーティメンバーであることには変わりない。
そのフローラは自分の国を守ろうとするだろう。それを見捨てるのかと言われると心苦しい。相手国から攻めてくる場合は特に。
「私は戦争で多くの人が死ぬのは見たくないな……敵の兵士も含めて」
ファウナの中では、盗賊と兵士は明確に差異があった。
盗賊は自分の意志で相手を殺し、金品を奪う。
対する兵士は基本的には国の命令で動いている。普段は良い父であり、良い息子であるのだ。もちろん、戦場で略奪や暴行を働く不届き者も大勢いるのだが。
「誰も死なずに済む方法があればいいのにね」
ファウナは力なく呟いた。
セバスチャンに教えてもらった「大海の小舟亭」は大通りから一本入った場所にあった。大きな宿ではないが、落ち着いた門構えといい、センスのある調度品といい、隠れ家的な高級宿という雰囲気だ。
「いらっしゃいませ、ユキト様ですね」
宿の主人と思しき、日に焼けた色黒のナイスミドルが丁寧に2人を出迎える。
「あれ? 連絡が入ってるんですか?」
「はい、承っております。二階の201号室と202号室をお使いください」
どうやら、既に2人のことは連絡されていたようだ。出来る執事の仕事であろう。
ユキトとファウナは光沢がある銀色の鍵を受け取って、部屋に向かう。
「うへぇ」
部屋は思っていた以上に広かった。ネロルで宿泊していた部屋の4倍はあるだろうか。ベッドもふかふかと柔らかく、掃除も行き届いている。
隣の部屋から「わあ」と歓声が聞こえてきたので、ファウナも感激しているのだろう。
ユキトは部屋に入って、荷物を整理する。着替えなどはネロルで追加したが、この領都でも買い足して良いだろう。盗まれると困る貴重品は、部屋にあった鍵付きの宝物箱に入れておく。主に電子辞書やペットボトルなどの現代チート品だ。
水差しの水を飲み、一息ついていると、ドアがノックされる。
「私だけど」
ファウナの声だ。
鍵を開けて、部屋に入れる。ファウナも広い部屋を持てあましたらしい。
「セバスさんが呼びに来るまで、何か話でもしてよう。俺の国の話でもいいぞ」
ユキトの言葉は、戦争と聞いて動揺していたファウナの気を晴らすためだ。
もちろん、ファウナもそれに気付いている。
「へぇ、じゃ、色々聞かせてよ」
(ありがとね)
心の中で礼を述べつつ、ファウナは日本の話をせがむのだった。
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結論から言うと、気晴らしのつもりで聞いた日本はとんでもない国であった。
まず、人口が1億人以上だ。人間が増えすぎである。
さらに建物は数百メタの高さのものがゴロゴロあるという。城ではないらしい。
魔法はないが、空を飛ぶ乗り物や、凄まじい早さで地を駆ける乗り物があるらしい。
気晴らしという枠を超えて、完全に夢中になっているファウナ。
と、そこに……
「失礼します」
ドアがノックされて、宿の使用人が声をかけてきた。
「ウィンザーネ侯爵様のお使いの方が見えました」
ユキトはてっきりセバスチャンが呼びに来ると思っていたが、使者が派遣されてきたようだ。
「こ、侯爵様のお使い」
流石のファウナも、緊張を隠せない。
ユキトとファウナが1階に降りると、兵士2名を従えた若い文官が、宿のロビーで待ちかまえていた。2人の姿を確認すると、椅子から立ち上がり、恭しく礼をする。
「初めまして、シジョウ様、ファウナ様。私はウィンザーネ家にお仕えしているアロンと申します。主人よりお二人をお招きするように申しつけられております」
一介の冒険者には過ぎた礼遇である。戸惑うユキトとファウナの表情を見て、アロンと名乗る文官は説明を加えた。
「くれぐれも無礼のないようにと念を押されております。シジョウ様はドラゴンスレイヤーであり、ファウナ様もダンジョンマスターを倒すほどの凄腕であるとか」
アロンの言うことは嘘ではない。だが、ドラゴンスレイヤーの件は訂正したいところだ。確かにトドメを刺したのはユキトだが、ほぼセバスチャンとファウナの手柄だ。
「まずは馬車を用意しておりますので、主人の屋敷までご一緒ください」
断る選択肢はないので、ユキトとファウナは言われるままに馬車へと乗り込む。馬車というだけあって、車を引くのは馬のような生き物である。体色が真っ赤なのを除けば。
ユキトは考える。
(さて、何か良い手はないものかな……)
領主たるウィンザーネ候が、ユキトに戦争への協力を要請してくるのは間違いないだろう。
今回は奇襲を事前に察知しているので、相当有利に戦えるだろうが、それも敵の戦力次第だ。
ファウナとセバスチャンの戦闘力は圧倒的だが、2人だけで敵全体を相手にすることはできない。敵に上陸されれば、市街にも多くの被害が出る。沖合で全ての敵船を沈めてしまうべきだろうか。
頭を悩ませるユキトを乗せて、馬車はウィンザーネ侯爵の屋敷と向かって行った。
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