幕間劇 虚井 暇の場合
幕間劇 少し短めです。
「ん? ここは?」
石床の上で青く光っている文様の中央に青年は立っていた。周囲は石レンガ造りの黴臭い地下室。青年はTシャツの上に無地のシャツを羽織り、ジーパンとスニーカーの平々凡々な格好だ。
部屋の中には武装した兵士が10名程度。法衣らしきものを着て、神官だか魔法使いだかの格好をした者が3名。そして、艶のある深藍色の生地に金刺繍が施されたドレスを纏った美女が1名。
「ようこそ、異世界の勇者様」
「ボクのことかな?」
青年が自分を指差す。
「ええ、そうですわ」
ニューマン公爵家の長女メルア・ニューマンは、青年の問いを肯定した。
「では、さっそく済ませてしまいますわね」
メルアはそう告げると、彼に歩み寄って視線を合わせる。
見つめ合う2人。
「え? なに?」
その不自然な視線に、青年が疑問を覚えたその瞬間、メルアの青い瞳が赤く輝く。
やがて、青年の目にも赤い光が宿る。青年の精神に何かが作用しているようだ。
数秒もすると光は瞳に吸い込まれ、消えていった。
「ふふふ、どうかしら?」
「お姉さん、お綺麗ですね」
青年の回答にメルアは満足気な笑みを浮かべた。
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アスファール王国には3つの公爵家がある。
悠久の歴史を持つラング公爵家、武門の家柄でも知られるブレイブリー公爵家、つい先代が公爵へと陞爵したニューマン公爵家である。
そして最近の市井では、ある噂が流れていた。
「ニューマン公爵家は『まろうど』を喚び出している」
もちろん、異世界から来るとされる『まろうど』なる御伽噺を、王都の民が本気で信じているわけではない。
ただ、ニューマン公爵家の私設兵団「赤旗兵団」に所属する加護持ちの割合が異常に高いことから、誰ともなしに囁かれ出した噂であった。
異世界よりこの世界に迷い込んでくるという『まろうど』は、ほぼ例外なく不思議な力を持つと言い伝えられている。
そんな噂が広まりつつある市街を、王都の邸宅から見下ろすメルア。
「赤旗兵団もかなり増えてきたけど、まだ戦力としては不足かしら」
「アスファール軍にも加護持ちはいますからな。王権の奪取にはもう少し準備を」
メルアの後ろに控えている体格の良い大男が、メルアの問いに答えた。
「そう言えば、今日の男は使えそう?」
「あのボーっとした男ですか。それがヤツめは加護を持っていないらしいのです」
「え? あんなのでも『まろうど』でしょ。加護を持っていないことなんてあるの?」
「メルア様の魅了が効いているので、ヤツも嘘は申しますまい」
メルアが生まれながらに所持している加護は、魅了の加護である。
異性には性的に、同性には憧れといった形で相手を強烈に魅了し、精神的に隷属させてしまう。メルアの両親でさえもメルアを溺愛することを強いられており、この加護の支配化にある。
「加護がないなら、役立たずね」
「矢避けにはなりましょう」
「そうね」
メルアも最初は『まろうど』など御伽噺と思っていた。
だが、ある日のこと、隷属させた魔道研究者から、古代に使用されていたという異界人召喚の魔法陣を教えられたのだ。
半信半疑ではあったが、メルアはその魔法陣を試した。そして成功した。
その後は、定期的に召喚した『まろうど』を自身の加護で一人ずつ隷属させてきた。つまり、赤旗兵団はそういう組織だ。
「でも、言葉が通じていたわね」
「確かに」
『まろうど』のほとんどは言葉が通じない。異なる世界から来たのだから当然である。
それゆえ、言葉が通じなかった場合にはイメージを直接交換できる念話魔法を用いてコミュニケーションをとる。
「本人が知らないだけで、言葉が翻訳される加護を持ってるのかしら?」
「もしくは翻訳する魔法が使えるのかもしれませんな」
2人がそんな会話をしている頃、当の青年はあてがわれた個室でベッドに寝転んでいた。何やら独り言を呟いている。
「日本語だったなあ……となるとそういう世界なのか」
「メルミだっけ? メロア? あれ? とにかく公女様は美人だったなぁ」
彼の名前は、虚井 暇。
テンプレを憎み、凡庸を愛するただの狂人である。
この世界の歯車が少しずつ狂い始めていた。
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