第24話 出現!最強種ドラゴン!
竜はユキトたちから100メートル以上離れた位置で寝息を立てている。
こいつから森の魔物が逃げ出しているというのが、群漏の真相だろう。
「あれは山岳竜ですな。この近辺に生息するという話は聞いたこともございませんが……」
亀の甲より年の功。セバスチャンの知識は、目前の竜もカバーしていた。
山岳竜。体長は15メートル程度のドラゴン種だ。
その皮膚は赤と黒の斑模様で、硬い岩のようにゴツゴツしている。背中には一対の大きな翼が備わっており、ドラゴン種らしく空を飛ぶことが可能だ。前脚と後脚は、他のドラゴン種と比較しても長めで、全体的なシルエットは蜥蜴よりも馬に近い。だが、頭部の外見は、やはり爬虫類のそれであり、口内には鋭い牙がぞろりと並んでいる。
「セバスさん、あいつは強いのか?」
ほぼ答えを確信しつつ、ユキトはセバスチャンに尋ねる。あの外見で弱いはずはない。
「はい。山岳竜は中位竜にカテゴライズされ、A級中位以上の実力があると言われています。幸いなことに眠っているようですな。ここは撤退すべきかと」
「言われるまでもないな」
ユキトはすぐに撤退の意志を固めた。目の前のドラゴンと戦闘を行うには、今のパーティでは相性が悪いと判断したためだ。
ダンジョンのクィーンオルグゥは、炎こそ吐いてきたが、基本的にオルグゥ族はその怪力を武器としており、やはり近接戦闘が主体であった。
一方で、ブレス攻撃や飛行能力を持つドラゴンが相手と考えると、今回は遠距離戦を強いられる可能性が高い。遠距離戦においては、ファウナの格闘術やセバスチャンの剣技がどこまで通じるかは怪しい。
「フローラ、山岳竜がいたという情報を持ちかえるだけでも価値があると思う。ここは戻るぞ」
「仕方ありません……」
フローラも仕方なさそうに頷いた。正義感の強いフローラとしては、こんな危険な魔物は討伐したいのだろうが、自身の実力が遠く及ばないことも痛感しているのだろう。
山岳竜が眠っている隙に、ユキト達はそっと場を去ろうとする。
だが、そうは問屋が卸さなかった。今までぐっすりと眠っていた山岳竜だったが、ゆっくりとその眼を開いた。縦長の瞳孔が周囲を伺う。
そのまま10秒ほど、山岳竜は瞬きを繰り返した。緊張がユキト達を支配する。
動きがあったのは、その直後だ。
山岳竜は、急に首を伸ばし、ユキト達のいる側に顔を向けた。
「!!」
ユキト達の動きが止まる。ジワリと嫌な汗が背中に浮き出る。
山岳竜は、ゆっくりと首を動かして、何かを探している様子だ。
そして……ついにその眼がユキト達4人を明瞭に捉えたのだった。
*************************
「ちっ! 変身ッ!!」
ユキト達に向かって走りかかってきた山岳竜に応じて、ユキトは頭部までの武装を整えた。弱点となる頭部の装甲を、解除したままにしておくのは危険である。
その間に、ファウナとセバスチャンが迫りくる山岳竜に向かって走る。両者の距離がぐんぐん縮まっていく。
山岳竜とぶつかる瞬間、セバスチャンは横に、ファウナは正面に跳んだ。
正面に跳んだファウナは、相手の勢いを利用してカウンター気味に喉元へ拳を叩きこんだ。
その威力は、山岳竜の岩のように硬い皮膚をもってしても受け止めきれなかったようで、山岳竜は苦しげな声を上げ、大きくのけぞった。そこにセバスチャンが斬りつける。
流水の動きのセバスチャンと、暴風のようなファウナ。この2人を相手にして、流石の山岳竜も攻めあぐねているようだ。尤もセバスチャンの剣は、皮膚を削る程度であまり大きなダメージになっていない。
一方、ユキトとフローラは少し距離を置いて、山岳竜と2人の戦いを見守っている。
「どうやって俺達に気付いたんだ?」
ユキトは、先ほどの山岳竜の動きに違和感を覚えていた。
山岳竜は上位の魔物である。ゆえに索敵能力も高いという可能性はある。だが、ユキト達の気配を察知して覚醒したというのであれば、目覚めてすぐに向かってきそうなものだ。
山岳竜の一連の動きは、ユキト達の気配を察知して目覚めたという雰囲気ではなかった。位置関係にしても、こちらが風下である。
「あの動きは……」
そう、あれは指示を受けて、潜伏者を探していた動きだ。眠っていたところを起こされ、近くに潜伏者がいると伝えられ、指示を受けた方向を探し、見つけたので襲いかかった……そう考えると山岳竜の一連の動きに説明がつく。
この付近には生息していないと言われている山岳竜。そして、指示を受けたかのような一連の動き。ユキトはある仮説を立てていた。
「確かめる方法があるな。フローラ! 悪いが、変身を試してくれないか。俺の仮説が正しければ、変身ができないはずだ」
「えっ? 了解しましたわ」
ユキトに何か考えがあると知って、フローラはすぐにその言葉に従った。
「フローラ! メイクアップ!!」
フローラは変身ポーズと掛け声により、その身を魔法少女へと変えようとするが、またしても何も起こらなかった。だが、今回は羞恥心とは無縁の状況である。
「フローラ、変身のための魔力は残っているんだよな?」
「はい。魔力はまだありますのに……」
「確定だろう。あの山岳竜に指示を出している者が近くにいる」
ユキトはそう言い切った。
ユキトの読みはこうだ。
その第3者は何らかの手段で山岳竜を支配下におき、この地まで山岳竜を連れてきた。この近辺で山岳竜を見張っていたが、ユキト達に気付き、山岳竜を目覚めさせ、その位置を伝えて襲わせた。そして、今もこの戦闘をどこかから観察している。
フローラが変身できなかったのは、第3者に見られていることで、変身の条件を満たせなかったためだろう。
「いったい誰が?」
「俺にも分からないが……ファウナ!!」
ユキトは山岳竜と戦闘を行っているファウナの名を呼ぶ。
「何かあった!?」
山岳竜と格闘を繰り広げながら、大声で返答するファウナ。
「この近辺にその竜に指示を出している者がいる! 捕まえてくれ!」
「山岳竜は?」
「セバスさんと俺で何とかする!」
「わかったわ!」
ファウナはバックジャンプで山岳竜から距離を取ると、近くの森へと飛びこんだ。
「フローラも森に隠れていてくれ」
ユキトはフローラにそう告げると、青く光る剣を抜き、そのまま山岳竜へと向かっていった。
――硬いな!」
だが、ユキトの剣を持ってしてさえも、山岳竜の皮膚を斬るのは容易ではなかった。
さらに、相手が巨大であるため、皮膚を貫通しても、大きなダメージを与えることができない。
対して、巨大な山岳竜から繰り出される前脚の一撃は、圧倒的な破壊力を誇っていた。
先ほど、その前脚がかすっただけで、ユキトは数十メートルは吹き飛ばされた。直撃した場合、メタルスーツの防御力で即死は免れるとは思うが、骨折は覚悟した方が良さそうだ。
現在は、回避に長けたセバスチャンが攻撃を引きつけてくれている。
(ファウナ、頼んだぞ)
ユキトは心中でファウナの名を呟いた。
その頃、ファウナは3人の男達と対峙していた。全員が頭部に布を巻いて、顔を隠している。マントを羽織った旅人姿だが、ただの旅人がこんな場所にいるはずがない。
「あの山岳竜は貴方達とどういう関係?」
ファウナの問いを受けて、男達は互いに視線を交わした。
「氷槍!」
右側の男が手をかざし、ファウナへの回答代わりとばかりに、氷の攻撃魔法を放つ。それと同時に中央の男がその身を翻して森の中に逃げ込む。左側の男は剣を抜き、ファウナに斬りかかってくる。道中の盗賊達とは異なる訓練された動きだ。
(中央のヤツがキーマンね)
その行動の差から、3人の重要度の違いを感じ取ったファウナは、氷の攻撃魔法をかわし、剣を拳で弾き飛ばした。そのまま逃げる男の背後から手刀を叩きこむ。
男達にとっては一瞬のうちにファウナが消えたように見えただろう。それほどにファウナと男達の速度には差があった。
ドサリ……
ファウナの手刀に意識を刈り取られ、前のめりに倒れる男。そのままの姿勢で動く気配はない。
だが、その光景を見た残りの2人は目を見開く。
「ば、馬鹿な!! 魔物使いが気絶すれば、山岳竜の制御が!」
「ま、巻き添えを喰らう! 早く逃げるぞ!」
仲間が気絶させられたことで男達は慌てている。やはり、最初に逃げ出した男がキーマンだったようだ。魔物使いとは、その名の通りに魔物を使役する力を持つ職業である。使役に適した加護を持っているケースが多い。
中には完全に馴致するのではなく、一時的に支配化に置くような加護もある。しかし、その手の加護は、魔物使いの意識が途切れることで、魔物への支配も消えるのである。
その事実を知っていた2人の男は慌ててこの場から逃げようとする。彼らは見境なく暴れる山岳竜の恐ろしさを知っていたのだ。
だが、遅かった。
ユキト達と戦っていた山岳竜は、突然、狂ったように首を上下に何度も振ったかと思うと、天が震えるかのような雄叫びをあげた。神々しさすら感じる雄大な響きがあたりを支配する。
そして次の瞬間、山岳竜の口から白く燃え盛る炎が吐き出され、ファウナと男達がいる場所を含む一角がその業火に包み込まれたのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
また、評価やブックマークもありがとうございました。感想と違って、どなたから頂いたものかが明示的に分からないので、この場で御礼を申し上げます!