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幕間劇 安藤ゆかりの場合

今回は幕間劇で短めです。

 異世界へ転移した者が全員活躍できるのか。


 それは無理な話である。何らかの加護があるとは言え、現地に不案内である人間が、魔物が跋扈する中で生き延びるのは難しい。


 当たり前の話であるが、成功者によって物語は語られ、失敗したものは語る口を失っているのだ。


 ユキトがこの世界(ディオネイア)に降り立つ遥かに以前――


「なによ……この泥濘(ぬかるみ)……」


 女性の名前は安藤ゆかり。つい10分程前にこの地へと姿を見せたばかりだ。


 彼女は異世界から迷い込んだ『まろうど』であった。


 平和で潤沢で過剰な国から、突如としてこの世界(ディオネイア)へと迷い込んでしまった彼女ではあるが、どこで身に付けたのか、その身には強力な加護が宿っていた。


 目にした相手の命を瞬時に奪うことができる奪命眼の加護。敵を倒すことで、自身の身体能力や魔力を成長させることができる昇階の加護。


 どちらか1つだけでも充分に強力な加護である。それが2つ。しかも、相性が抜群に良い。


「強い魔物がいるって聞いてここに降ろさせたのに……こんな泥だらけなんて……もう!」


 彼女はぶつぶつと文句をいいながら、ヒールを履いた足で泥土の上を歩く。


 歳の頃は23、4。身体のラインに沿って張り付いたブラウスとタイトスカートが示すのは、艶めかしいプロポーションだ。その切れ長の目には冷たさすら感じるような美しさが備わっているが、その苦々しげな表情が全てを台無しにしている。


 この一帯はアルキド湖沼と呼ばれており、大都市ルメキアに近い位置にありながら、極めて危険な場所として知られていた。別名、帰らずの沼。


(ここで何匹か強い魔物を吸ってから、都市にいけば、あとは楽できるでしょ)


 彼女がこの世界(ディオネイア)にどういった経緯で迷い込んだのか、どうやって加護を得たのか、については不明である。ただ、彼女は強力な魔物を殺すことで、自身を成長させようと意気込んでいるのは確かだ。


 彼女の目前を羽の生えたミミズのような蟲が飛んでいく。

 彼女は、その生物に意志を込めた視線を送った。


 ポトリ……


 彼女の眼を通して、蟲の命がかき消された。地に落ちた蟲はもはや動いていない。これにより、彼女の身体能力は極僅かに向上している。


「もっと強力な魔物を殺さないと意味ないわね」


 もし、これが彼女の物語であれば、彼女はここで伝説級の魔物を屠り、圧倒的なレベルアップを果たしただろう。そして、この後の異世界を大きく変革させる活躍を成す。


 だが、彼女は主人公にはなれなかった。


 彼女の近くの茂みの中から、蜥蜴人(リザードマン)が3体、出現した。手には金属製の曲刀を持っており、革と金属からなる軽鎧を身につけている。目は白濁しており、どこを見ているか不明だ。


 彼女は彼らをその眼で見渡す。命を刈り取られ、その場に3体とも崩れ落ちる。これで終わり、となるはずだった。


 だが、彼女の背後から伸びてきた細い蔓が、彼女の足にプスリと刺さる。ビクンと身体を震わせた彼女の意識はそのまま闇の底に沈み、二度と浮かんでこなかった。


 沼棲殺人草(モーア・アルルーン)。獲物に対して、その蔓の先から毒を注入する。その毒は獲物の自我を失わせ、生ける屍にしてしまう。

 この植物の操り人形となった者は、近くを通る生物に襲いかかったり、同種であれば助けを求めるふりをして、相手の注意を逸らす。もちろん、その相手の背後には、この植物の蔓がゆっくりと伸びてくる。


 3体の蜥蜴人(リザードマン)も、まずは最も若年の個体がこの植物にやられた。そして、操られた個体が仲間に助けを求める合図を送り、それに残り2体が引っかかった。


 彼女もしばらくはこの近辺で獲物を狩る手伝いをすることになる。だが、1週間もすれば、その命も尽き、沼棲殺人草(モーア・アルルーン)の養分として吸収されるだろう。


 彼女は主人公になれなかった。彼女の自我はこの世界に降り立って32分で、その命は6日で消えることになった。


 これは特別なことではない。

 ただ、語る者がいなくなっただけのありふれた物語である。


読んでいただき、ありがとうございます。感想をいただけると幸甚です。

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