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第2話 ようこそ!異世界へ!

 前回のお話

 ファウナに変態が蹴られた。

 ファウナとユキトの不幸な出会いの原因を説明するためには、ユキトの身に起きた不思議な出来事を辿る必要がある。


 ユキトこと四条(しじょう) 行人(ゆきと)は、そもそも地球と呼ばれる、ディオネイアとは全く異なる世界の住人であった。


 冬のある日、ユキトは馬鹿げた人口を誇る東京という都市の一角で、居酒屋と呼ばれる飲食店内にいた。


「それじゃ、乾杯!」


 少しだけオシャレな居酒屋、その隅っこのテーブルで3人の男女がグラスを合わせる。ビール2杯とハイボール1杯、計3杯がカツンと音を立てた。


 今日の飲み会を呼び掛けたのはユキトである。


 好きな四字熟語が「不労所得」であるユキトであるが、大学3年の後半となって、渋々ながら就職活動なるものに手を出した。今回は会社説明会とやらのために都内に出てきたのである。


 ユキトが都内まで出てくる機会は年に数回ほど。そんな折角の機会ということで、小規模ではあるが、久々にオフ会を企画したのだ。


 オフ会と言っても、今日のメンバーとは初めて顔を合わせてから5年以上が経っている。何度も集まって遊んでおり、もはやオフ会というよりも友人同士の飲み会という表現が正確だろう。


 そんな飲み会の参加者は「ユキト」「紺スケ」「安藤」の3名。3人ともこの名前をインターネット上の名前として使用しているが、全員本名の一部を取ったものらしい。ユキトと紺スケが男性、安藤が女性だ。最初に顔を合わせてからの習慣で、互いの本名を知った今でもこの名前で呼び合っている。


「ユキトって今回は日帰りじゃないんだな。今夜どこに泊まるんだ?」


「新宿にホテル確保したよ」


「えー、そんなところ高いんじゃないの?」


「早めに探して予約したから、そこまで高くない。安藤はまだ実家なの?」


「私は一人暮らし始めたよ~」


「花屋のバイトはまだやってるのか?」


「いつの話よ」


 そんな気が置けない友人同士、大いに盛り上がって店を出たのは22時を過ぎた頃だった。遠征用の大きめのカバンを肩から掛けているユキト、その前には紺スケと安藤が歩いている。


 人影はまばらである。軽く酔った3人がくだらない会話を交わしつつ駅へ向かう。


 日本全国で見られる普通の光景。何もおかしくない光景。


 だが、その異常に気がついたのはユキトだけだった。


 歩いている道路上、ユキトの目の前の空間になんだか亀裂のようなものが浮かんでいるのだ。亀裂の中からはうっすらと光が漏れているように見える。確実におかしく、異常な事態である。


 日本全国で見られない異常な光景。確実におかしな光景。



「なんだ…これ? 俺、飲みすぎた?」


 時間にして3秒程度、ユキトは浮かぶ亀裂を眺めていたが、特に変化は見られない。


「おーい、ユキト! どうした?」


 先まで歩いていた紺スケと安藤だが、ユキトが遅れていることに気付き、振り向いて声をかけてきた。


 少し離れた彼らから見ると、ユキトは空中を見つめて立ち止まっているように見える。飲み過ぎて吐きそうなのかな、程度に思われているようだ。


 一方のユキトは、空中に浮かぶ亀裂から目を離せないでいる。だが、いつまで経っても亀裂に変化が見られない。


 変化がないことに加えて、酔って気が大きくなっていたせいもあるのだろうか。

 ユキトは恐る恐る手を伸ばし、その謎の亀裂に触れてみた。


 好奇心は猫をも殺す。イギリスのことわざである。


 ユキトがその亀裂に手を触れた瞬間、亀裂が一瞬震えて縦に大きく開いたかと思うと、ユキトの身体を亀裂の中へと吸い込んだ。


 ユキトの視界は真っ白に染まり、そのままユキトは意識を手放した。



***************



 ユキトが目覚めたのは、靄がかかったような白い空間だった。


 呆然と彼方を見つめるユキトの足元には、愛用の遠征用カバンが転がっている。


 ユキトの服装は会社説明会のために着ていたリクルートスーツのまま。1万3千円の品である。



「目が覚めましたか。えー、色々説明が必要かと思いますが、まずは番号札を取ってください」


 ユキトが声の発せられた方を向くと、そこには50代くらいに見える黒ぶち眼鏡の男が、カウンターのような平机に座っていた。


 男は少々くたびれたスーツを着ていて、白髪混じりの頭髪をした、どこにでもいるような平凡な顔である。

 あまりにも平凡すぎて、男の顔から意識を逸らすと、記憶から雲散霧消してもう思い出せない。ユキトは知る由もないが、そういう認識阻害の魔法がこの男にはかかっていた。


「え? ここは……? あれ? 俺は……何が……」


 目覚めたばかりのユキトは、まだぼんやりする頭で、自身に何が起こったのかを思い出そうと記憶の糸を手繰る。


 確か自分は空中に浮かんでいた亀裂に吸い込まれたのではなかったか? そんなことを考えながら、ふらふらと男の前まで10メートルばかり歩く。


「あの……」


 ユキトが男に話しかけると、男は自身のすぐ隣に置いてある発券機らしきものを指さした。機械からは番号札がペロンと1枚だけ出ている。先にそれを取れということだろう。


 ユキトが番号札を取ると「1」という数字が大きく記載されていた。ユキトが数字を確認すると、すぐに男が声をあげた。


「1番の方、どうぞ」


 どこか釈然としないものを感じながらも、ユキトは男の前に移動する。このシステムには意味があるのだろうか。お役所的である。お役所極まりない。


「一応、規則ですんでね」


 ユキトの不満げな表情に対し、男はそんな弁解をした。まるで公務員みたいだなとユキトは思ったが、口には出さない。


「えーと、お名前は四条行人さんでいいですか。では四条さん、まず落ち着いて聞いて欲しいんですけどね、この世界はディオネイアと言って、貴方のいた世界とは異なる世界です」


「……異なる世界?」


 目前の男から事務的な口調でもたらされたのは、衝撃の通知だった。どうやら、ユキトは異世界にいるらしい。


 目の前の公務員的な男と異世界という設定とは全く結びつかなかったが、周囲に広がる白い空間は確かに現実感がない。


 疑わしい気持ちでいっぱいではあるが、一先ず、男の話を聞くべきだろうとユキトは判断した。ドッキリと判断するのはその後でも良い。


「……俺はどうしてこの……異世界に?」


 ユキトは異世界と口に出すことに若干の恥ずかしさを感じつつ、当然の疑問を尋ねる。


「恐らくは、四条さんの世界に開いた時空間の割れ目に落ち込んだのでしょうな。時々、そんな方がいらっしゃるんです。こちらでは、そんな異界からのお客を『まろうど』と呼んどります」


「……マジかよ」


 あまりの展開で自身の置かれた状況をにわかには信じられないユキトであったが、まずは目の前の男が何者なのかを確かめることにする。


「ええと、色々と聞きたいことがあるけど……まずアンタは?」


「あぁ、私は『管理者』の1人です。このディオネイアで神サマの代行として世界の管理を行っていましてね。『まろうど』さんに、この世界の簡単な案内をすることも業務の一つです。

 あ、『まろうど』さんは、こちらの言葉とは違う言葉を使っていたでしょうから、私も初めから概念言語で対応してますんでね。この姿も四条さんの記憶から自動で合成したものなんです。こちらの世界、ディオネイアにはこんな変わった衣服はないですからね」


 男は自身のスーツの襟を引っ張りながら説明する。口調とは裏腹に、それなりにスーツをお気に召している様子である。


「神様の代行……」


 男が述べた通り、管理者とはディオネイアの管理を遂行する存在であった。


 しかし、自らの意志で管理を実行しているわけではない。ディオネイアには神と呼ばれる存在がおり、その意志に従って実働するのが管理者である。上が定めた目標を達成すべく、実際に動くという意味では、公務員のような立場に近いと言えよう。


 だが、神様に近しい存在と言われて、途端にユキトは緊張してしまった。そもそもユキトは学生であって、先日参加した会社説明会でも、人事部の平社員との会話に緊張していたくらいなのだ。


 第一、異世界の神に無礼を働いたら、消されてしまったり、虫に転生させられたりする可能性もあるのではないか。ラノベでは偉そうな態度を取る主人公もいるが、とてもそんな勇気はない。


「管理者……様。俺……私は元の世界に帰れるのでしょうか?」


「あぁ、口調はそのままで結構ですよ。私は代行者に過ぎませんからね。

 ええと……帰ることが可能かというご質問ですが、結論から言いますとね、非常に困難です。絶対に不可能とは言いませんけど、まず諦めた方がいいでしょう」


「そうか……いや、そうですか」


 管理者からは絶対に無理とは断言されなかったものの、どうやら元の世界には帰ることは不可能に近いらしい。これはユキトにとって、かなり絶望的な情報であった。


 そう言えば、紺スケと安藤はどうしただろう。2人とは少し距離があったので、この転移に巻き込まれたとはユキトも思いたくない。確認しておくべきだろう。


「あと、こっちに来たのって俺一人でしたか? 紺スケと安ど……いや、他に男女はいませんでしたか?」


「おひとりでしたね、と言いますか、時空間の割れ目による転移現象では、こちらに出てくるまでの時間もランダムなのです。

 ご一緒に時空間の割れ目に落ちた方がいらっしゃったとしても、例えば100年前にこちらに現れておられるかもしれませんし、もしくは100年後に出現されるかもしれません」


「うへぇ、転移時に時間まで歪んでいるってことか……」


「ただ、記録が残っておりますここ200年程度に限れば、四条さんと同じ世界から転移して来たと思われる記録はありませんねぇ」


 管理者の発言を信じるとすると、仮に2人が200年以上前にディオネイアに来ていたとしても、既に寿命で死んでいて会う機会はないだろう。

 不死の秘薬やコールドスリープなどあるかも知れないが、むしろ、今後こっちにやってくる可能性が残っているのだと覚えておいたほうが良いかもしれない。


 ひとまず、ユキトは2人の無事を祈った。


読んでいただきありがとうございます。お気軽に感想など頂けると嬉しく思います。



8/27 1~2話の文字数が多かったので、分割しました。ストーリーに変更はありません。

8/31 文章の推敲 冗長な表現などの見直し

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