第191話 蹂躙!魔物と王道
前回のお話
暇は各地からユキト達に縁のある者を集めて四天王を結成した。
ベタな展開である。
惨劇から5日ばかり経過した。
ユキト達も多少は落ち着きを取り戻したものの、その後の暇の動向が分からないので、不安な毎日を送っている。
「アイツってまた攻めてくるのかな」
ファウナは大きな瞳を細めながら呟いた。その言葉は場の誰に向けたものでもなかったが、ファウナの言うアイツが誰のことかは、その場にいる全員が理解していた。
「そりゃ、来るだろうな。そのためにこの世界に舞い戻ってきたんだろうし」
ユキトはそう述べると、木匙でカレーを口に掻き込む。スパイシーな香りが鼻に抜けると同時に、舌の上にカッと辛みが広がった。
シリアスな会話に反して、場所は食堂。ユキト達の目の前に並ぶのは汁気の多いカレーだ。
「ゲフッ! これ、辛すぎるんじゃないか?」
「インド風カレーなんだから、少しぐらい辛い方が美味いだろ」
何を言っているんだという表情で答えるアウリティア。彼が今日の料理当番である。
彼の作ったカレーは、実にスパイシーな……と言えば聞こえは良いが、辛み成分がふんだんに投入されたものとなっていた。1万スコヴィルくらいはあるかもしれない。それでも、ギリギリで食べられるラインを守っているあたり、流石は英知を極めし極魔道士と言えよう。
「この香辛料の配分には苦労したんだからな」
アウリティアは自身の言葉とは裏腹に、慎重に少量のルーを匙ですくって口に迎え入れる。
「ふぁんにふぇよ、ふぃふぁーにふぁ……もぐもぐ……何にせよ、暇はティターニアの仇だからな。次にアイツが来たら、渾身の魔術をお見舞いしてやるさ……って辛いな」
アウリティアの発するセリフの内容は深刻なのだが、カレーを食べながらというシチュエーションのせいか、食堂内の空気もシリアスとは程遠い。
もちろん、それは意図的なものだろう。悲しみを振り払うために、わざとらしく道化ていることは、その場の誰もが理解していた。
「いつまでも嘆いているわけにもいかないからな」
悲しみの半減期は人によって異なる。だが、現代日本よりも残酷であるこの異世界では、その半減期も短めだ。かつては日本に生きていたアウリティアも、今ではこの世界に長寿のエルフとして生きていた時間の方がはるかに長い。エルフの冒険者だった頃には辛い別れも何度か経験した。別離から立ち上がれない者は、先に進むことはできないことも承知している。
「ふぁふひひふぁふぁんふぁ、ふぉふふぉひふぇふ」
聞き慣れない音韻の羅列が響く。
「フローラ、何を言ってるのか全く分からないぞ……」
辛さによるものだろう。目に涙すら浮かべているフローラ。その言葉は全く聞き取れないものだった。ユキトが忠告したのも無理はない。その忠告を受けて、フローラの代理とばかりにセバスチャンが口を開く。
「フローラ様は辛い物がお嫌いというわけではないのですけれども、すぐに舌が動かなくなるようでして……ちなみに『アウリティアさんはお強いです』と言っておられます」
「セバスさん、良く聞き取れるな……流石はフローラ嬢の執事を長く勤めているだけはある」
エルフの極魔道士は感心した表情でセバスチャンを眺める。称賛を受けたセバスチャンは、軽く頭を下げた。
「七極のアウリティア様にお褒め頂けるとは光栄でございます」
「七極なんて呼称はもう過去の話だ。この地に創造の女神が降臨している時点で張り合う気にもならない」
「失礼しました」
言外に妻を守れなかった自分にその名は相応しくないという意思を感じ取ったセバスチャンは、今度は深々と頭を下げて謝意を示す。
それに七極という名で呼ばれたこの世界の猛者も随分と数を減らしており、現状ではこのサブシアのメンバーの方が戦力的にも格上というのも事実だ。さらに言えば、アウリティアの言葉通りに創造神様が降臨しているのであるから、格なんてものを議論する余地もない。
「ん? その創造神様はずいぶん静かだな」
この場にいるはずだがと、ユキトが創造神様の方へと視線を向けると、彼女は真剣な表情をしたまま、匙ですくったカレールーをジッと見つめていた。その瞬間、ルーがうっすらと発光し、クレアはそれを見届けると、米と絡めて口へと入れた。租借し、飲み込む様子を見る限り、女神様はご満足のようだ。
「え? なにあれ?」
ユキトは頭上に疑問符を浮かべる。だが、アウリティアには見当がついたようだ。
「おい、クレア! お前、神の力で辛さ調節してるだろ!? どんな奇跡の安売りだよ」
神の力により引き起こされる現世の変化は、奇跡と呼ばれる。ユキト達はカレーの甘化という奇跡を目の当たりにしたようだ。
「だって、インド風って言ってもちょっと辛過ぎるし~」
クレアは抗議の声をあげつつも、奇跡によって自分の皿のルーの辛みを調節していく。皿の中のスープ上のルーが薄く輝きを放った。
「その辛さが重要なんだって!」
「えー、私の神の舌を疑う気?」
「神の舌の意味が違うだろうが。辛くないインドカレーなんて味気ないわ!」
食事当番として、自分の作ったカレーには辛みが重要なのだと強く主張するアウリティア。甘めのカレーの方が好きだと述べるクレアール。言い合う二人をユキトは苦笑いをしながら眺めていた。
アウリティアが自室に戻ったのは、女神様相手に長いことカレーの辛みの重要性に関して論を交わしてからだった。
「……全く、アンドウにも困ったもんだ。辛くないカレーなんてカレーじゃないだろうが」
文句を言いながらも、その表情は明るい。
ふと、アウリティアの視線が机の上へと向けられる。机の上には小箱が置いてあった。もう何日もそこにある箱。もちろん、その中身も分かっている。チョコレートである。
先日、このサブシアでアウリティアがファウナ達と作ったものであり、甘いものが好きだったティターニアに渡す予定だったものだ。その機会はもう永遠に訪れない。
「……なぁ、ティターニア。友人ってのは、ありがたいもんだな」
アウリティアは小箱に向かって寂しげに呟くと同時に、小さく笑みを浮かべた。
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「やぁやぁ、この世界の諸君!!」
その声が聞こえたのは、ティターニアの件から60日も過ぎた頃である。
雲一つない快晴だというのに突如として日が陰ったかと思うと、街の上空からどこかで聞いた声が響いてきたのだ。
「来たか!?」
領主館の執務室にいたユキト達は、慌てて外へと飛び出す。
「ボクの名前は虚井 暇。誕生日は4月1日。誕生日プレゼントの受付期間は前後半年。覚えておいてくれたまえ」
ふざけた自己紹介が聞こえてきた方向へと視線を向ければ、遥か上空に立体映像のように暇の上半身が浮かび上がっている。
「俺たちに宣戦布告でもするつもりか?」
「でも、世界の諸君って言ってたわよ」
ユキトの呟きを受けて、ファウナが不安そうな表情を浮かべた。また暇が良からぬことを企んでいるのは間違いない。
「どうやらサブシアの上空だけじゃなく、世界中の空にこの映像は浮かんでるみたいだな」
アウリティアは魔力の流れを調べたらしい。そして、それが事実だということが、暇の口から語られる。
「ボクの姿は、全世界の国、街、村、集落から見えているはずだ。世界中の全員からベストなアングルで見えるよう、魔法を調節するのが大変だった。この調整に60日くらいかけたからね」
「……」
サブシアのメンバーは、視線を上空に向けつつも周囲への警戒を怠らない。映像を囮として、奇襲をかけるくらいのことはやってくる相手だ。
「さて、ボクはこの世界の敵だ。この世界を滅ぼしちゃおうと思っている。気が向いたら作りかえるかもしれない。全員をつなぐのもいいし、全員が人権意識に目覚めたユートピアにするのも面白いかもしれない。
どちらにせよ、まずは大掃除だ。ボクは王道な展開ってやつが大好きだから」
「本当にコイツって真実味を感じさせない口調だよな」
ユキトの言葉は暇に届いているかは不明だ。声は一方通行の魔法の可能性も高い。
「まずはこの映像を見て欲しい」
暇がそう言うと、パッと映像が切り替わる。どこかの海岸のようだ。遥か彼方の水平線の上に、うっすらと黒い霧がかかっているように見える。
映像が少しずつ霧にズームしていく。霧と思われたものは、何かの集合体のようだった。小さな粒が蠢いている。
「……なんだあれ?」
映像が徐々に拡大されていく。個々の粒ごとにサイズも形状も異なるようだ。
やがて、その正体が明らかになる。
「……ドラゴンの群れ?」
「いや、デーモン系も鳥魔もいる」
それは夥しい数の魔物の群れだった。
霧のように見えたものは、無数の魔物であり、虫の大群のように海上を覆っていた。有翼の魔物、浮遊する魔物、それらの上に騎乗する魔物の姿もある。
「色んな世界から集めてきた魔物、魔獣、怪物達を出血大放出だよ。ボクらはこの億を超える魔物を従えて、この世界の全てを蹂躙するつもりだ」
映像が再び暇の姿へと戻る。
人差し指を立てて、まるで夕飯の献立を説明するかのような口調で、暇は世界へ宣戦を布告した。今頃、王都や皇都は大混乱だろう。
「さて……」
ここで暇の視線が地上へと向けられた。ユキトの視線とぶつかり合う。
「やぁ、こないだぶりだね。シジョウ君」
「こちらは顔を見たくもなかったけどな。で、お前に仲間が増えたのか?」
ユキトは先ほどの映像で暇がボクらと発言したのを聞き逃さなかった。この狂人に協力者が増えたのだとしたら、早めに確認しておきたい。
「まぁ、北の海に来てくれれば分かるんだけどね。ボクらの本拠地に、君たちの関係者から募った四天王を用意している」
暇は何かを期待するような表情を浮かべる。
「……ウヒト」
アウリティアは、暇の言葉とこれまでの経緯からウヒトの存在を感じ取った。十中八九、その四天王とやらにエルフの青年のウヒトが含まれているだろう。
もちろん、ユキトにもそれは予想できる話だ。四天王らしいので、残りの3人が気になるところだが、暇が正直に教えてくれるとも思えない。それよりも気になるのは場所の情報だ。
「北の海? そこにお前がいるんだな?」
「ああ、今までは女神様に捕捉されないように隠蔽していたけどね。大陸の最北端の更に北にあたる海上で、さっきの魔物の大群がいる場所でもあるよ。
どうだい? 物語の終盤にありがちな魔物の大群が世界を襲う展開は気に入ってくれたかな。これから一斉に南下して、全ての大陸を……あれ?」
ここで、暇の表情が苦笑いに変わった。何やら、予想外のことが発生したらしい。
「うはー、展開が早すぎでしょー」
映像が再び海上へと切り替わった。
霧の一部が変色している。光る点が霧の中をサッと真一文字に貫くと、その軌跡から下側に染まるように霧が赤黒く変色していく。
続いて、遥かな南の岸壁の上から巨大な光球が撃ち出され、黒い霧を大きく抉る。光球が通り過ぎた後は霧が綺麗に消失していた。ペイントソフトを使って、太ペンで白線を描いているかのような光景だ。
「え? ファウナとフローラか?」
ユキトが間抜けな声をあげる。振り返ってみると、先ほどまでいたファウナとフローラの姿がない。
「北の海と聞いて、ファウナ様がすぐさま飛んで行かれました。ええ、文字通り飛んで行かれました」
「フローラ嬢も連れてな」
セバスチャンとアウリティアも苦笑いだ。
どうやら映像で見えているのは、異界の魔物を一方的に蹂躙する2人の乙女であるようだった。惑星を消せるレベルの武道家と一兆度を操る魔法少女にとっては、億の数の魔物程度では役が不足しているらしい。
縦横無尽に飛び回るファウナ。その背後には、彼女の移動の衝撃波だけで体を裂かれ、体当たりで胴に大穴を空けた魔物達の血しぶきが舞っている。アダマンタイト並みの高度の魔物も混じっているのだが、特に問題となることはない。
「至高火球陣!」
南の岸壁からは、フローラが一兆度の火球を撃ち出す。中二病的な名前だが、威力はその名に恥じない。
温度が高いので、断熱魔法で包みこんだ球体をかなり巨大にしても殺傷力は十分である。巨大にし過ぎると断熱魔法の強度が弱まるので、ある程度の制限はあるが、100メタほどの直径はある。この範囲内に入った魔物は即座に消失することになる。
「うーん、やっぱり広範囲の殲滅にはフローラの魔法が便利ね」
仮に断熱をせずに一兆度を解放すれば、億の魔物といえども、一瞬でプラズマと化すだろうが、同時に世界も終焉を迎える。少なくとも、億の魔物よりもファウナとフローラの方が世界への脅威度は高いのだ。
「だいぶ減ってきたわ」
「もう一息ですね」
霧の中心付近はフローラが光球を操作して、ガリガリと削り取り、そこから逃れようとする魔物はファウナが文字通りの「目にも止まらぬ」速さで狩っていく。時折、ファウナの掌から闘気が撃ち出され、直線状に霧を消去する。
「場所が分かったら、即出撃って……え、ウチの子たちってそんな戦闘民族な思考回路だったっけ? 思考も元ネタの影響を受けてないか?」
「億を超える魔物ですからな。広範囲に拡散される前に叩くのは間違っておりません」
「暇が隠蔽を止めてくれたおかげで、ウチの女神さまも場所を特定できて、正確な誘導が可能だからな。兵は拙速を尊ぶってヤツだ」
サブシアの居残り組は気楽に会話を交わしつつ、映像に映る一方的な蹂躙劇を眺めている。
異界の竜も有翼悪魔も、多くの冒険者が力を合わせて討ち取るような強さなのだろうが、世界観が違うのでどうしようもない。
「これ、世界中に放送されているのか? サブシアには軍事的な脅威があるとか言われない?」
「最高神がメイドしてるんだから、もはやそんな次元じゃないだろ」
サブシア組が、そんな話をしているうちに、既に魔物の群れは4分の1ほどまで数を減らしていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
活動報告にも書きましたが、やはり年度が空けるまではあまり時間が取れそうにないです。
更新間隔が空いてしまいますが、ご容赦ください。