第190話 採用!暇の四天王
年度末のこの時期、お仕事が多忙の極みでして、すっかり更新の期間が空いてしまいました。
時間を見つけて、少しずつ進めるつもりです。
前回までのお話
暇によりティターニアが殺され、彼女の顔の記憶も奪われた。
その後、暇はエルフの青年ウヒトを連れて、姿を消したのだった。
「紺スケ……いや、アウリティアはまだ部屋?」
「ああ、一人になりたいらしい」
あの惨劇から3日。暇の凶行により、エルフの女王ティターニアの顔と命は奪われ、暇はウヒトを連れて姿を消してしまった。その後、ユキト達は誰一人としてティターニアの顔を思い出せないままだ。
「クレアの神様パワーを使っても、ティターニアの顔の記憶を復活させるのは難しいか?」
「ガッツリと世界の記憶から削られてるからねー。私が時間をかければ可能性はあるけど、いつ彼が動くとも分からないから、そっちに掛かり切りになるわけにもいかないし」
「クレアには世界中を見張っておいてもらわないといけないからな。アウリティアには悪いが……」
あの後、やるせない気持ちとともにサブシアへと引き上げてきたユキト達だったが、アウリティアはそれからずっと領主館の客室に籠ってしまっている。本人としては自分の里で引き籠りたいのかもしれないが、暇の動向が分からない以上はユキト達から離れるのは危険だろう。
もちろん、エルフ達も女王が亡くなったことで新たな指導者を欲している。だが、王配であったアウリティアが最有力候補であるとはいえ、今の彼の状態を考えるとしばらくは静養が必要だろう。
「独り身の俺には正確には分からないけど……相当ショックだろうな。俺もアルマがいなくなった時は、しばらくは心に穴が空いていたし」
窓の外に浮かぶ月を眺めながら、ユキトが呟いた。その言葉を受けて、クレアは悲しげに視線を床に落とす。
「配偶者の価値ってものは一緒にいた時間で決まるわけじゃないけど、アウリティアとティターニアは長いこと一緒に冒険をしていた間柄らしいからね。長寿のエルフって点を差し引いても、普通の夫婦よりも結びつきは強かったと思う。
……そう、ちょうど異世界ラノベの主人公とヒロインが世界を冒険した後に結婚したって感じかな」
クレアの例えは俗っぽかったが、異世界モノの王道を良く知るユキトにとっては分かりやすい表現だ。
「そうか……ハッピーエンドの後にこんな結末ってのは辛いな……」
ユキトとクレアは旧友の心中を斟酌する。夜空を照らす月とは対照的に2人の表情は暗い。
強い風が吹いて窓の外の木が揺れ、枯葉が舞う。
「やっぱり、暇のヤツは俺を狙っているんだろうな」
「その可能性が高いかな。随分とユキトに拘っているみたいだし」
クレアに肯定されたことで、ユキトが顔を顰める。暇の目的がユキトならば、ティターニアは巻き込まれて命を落としたことになる。ユキトに落ち度はないが、それでも責任の一端を感じざるを得ない。
「あーあ、嫌な奴にモテちまったもんだ。よりによって、最低最悪の狂人か。
やっぱり、俺の能力がアイツにとって目障りってことかな」
「あの者が放つ深淵の気配。それは生きとし生けるものが避けられない死として予感しているもの。人はその避けられない絶望に立ち向かう力を得るために、物語……すなわちエンターテイメントを求める。対立は必然と言えよう」
いつの間に神様モードになったのか、クレアがわざとらしく物々しい口調で語る。ユキトがティターニアの件を自分の責任と考えていることを察して、空気を変えようとしてくれたのかもしれない。ユキトもそれに気づいたのか、大きく肩を竦めて応える。
「絶望に立ち向かうためじゃなくて、絶望から目を逸らすためだろうってアイツは言いそうだけどな。
ま、クレアが言うように俺の能力がエンタメ由来ってのが、暇が俺に拘泥する理由なんだろう。アイツは俺を相手に、エンタメ 対 深淵の代理戦争をやりたいってところか」
ユキトが暇と言葉を交わした機会は少ない。だが、彼の言葉の端々から感じられる意図は、ユキトの予想と大きく外れていないだろう。物語というものは深淵に立ち向かう力として機能する。暇はそのように考えているらしかった。
「はぁ……だとしても、結局は何がやりたいんだか」
ユキトは再び大きく息を吐く。相手の狙うところは分かっても、その動機までは不明である。だが、その問いに思うところがあるのか、クレアが口を開いた。
「人間ってさ」
ユキトは、そこでいったん言葉を切ったクレアの口元を見つめる。
「人間って、人生が一度きりであり、やがては自分が死ぬってことに……いずれ自分が消えてなくなるってことに気づいたときに、2つのタイプに分かれると思うの」
「2つの?」
「そう。どうせ1度きりの人生ならばと、やりたいことをやってやろうと努力するタイプと……」
「どうせ全て自分の死とともに消えてなくなるなら何をしても無駄と諦めるタイプか」
ユキトがクレアの言葉を引き継いだ。
「そう。その中でも虚井 暇はとびっきりの後者だと思う。彼は全てに対して完全に諦めている。自身にも、人生にも、世界にも。そんな圧倒的な諦観が彼を動かしている気がするの」
クレアは暇の心根をそう喝破する。
「全てに対して諦めてるってるんなら、大人しく1人で死んで欲しいところだがなぁ」
ユキトはそう返したが、全てに意味を見出せないからこそ、全てを破壊したいのかもしれないとも思う。
そう言った感情については、ユキトにも思い当たることがある。ユキトも前の世界で常に充実した毎日を送っていたわけではない。いや、むしろその逆が多かった。空虚な日常。満たされない毎日。無彩色の日々。つまり、ユキトも『リア充爆発しろ』系の感情と無縁ではなかったのだ。世界の終焉を願う気持ちが分からなくもない。
だが、今のユキトには守るべき存在 兼 頼るべき仲間がいる。表現は悪いが、今のユキトはリア充側なのだ。世界に価値を見出せない凶人に、自身が価値を見出した世界を壊されてはたまらない。
「次はファウナやフローラ達が狙われるかもしれないな。俺の力で皆が守れるか……?」
アウリティアの悲しみを癒すことはユキトには出来ない。出来ることは友として静かに見守ることくらいである。だが、次に悲しみに暮れるのは自分かもしれないのだ。油断はできない。
ユキトの耳に、外の風の音がいつもよりも冷たく聞こえた。
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「うん、揃ったね」
大理石の大広間に立った暇は、眼前の4つの影を見据えると、満足そうに頷いた。
「君たちは、この世界の全存在からという天文学的な倍率を勝ち抜き、晴れて我がウツロイカンパニーに採用されたわけだ」
暇のそんな言葉を受けて、人影の1つが否定の声を上げる。
「私は貴殿の下についたつもりはない。ただ、自分が納得するためにこの場に来ただけだ」
「ああ、コンスタンツェ君はそれでいいよ。ボクとしては君たち四天王という形が揃えば、あとは勝手にしてもらって構わない」
暇に対して声を上げたのは、コンスタンツェ。フローラとともに貴族学校にいたはずの才女だ。
「君はフローラ嬢と戦いたいんだっけ?」
「……ああ」
かつては自身が庇い、励ましていた存在であるフローラ。魔法の才がなく、他の女生徒から馬鹿にされる存在。そんな彼女が英雄となった。コンスタンツェが夢見ていた英雄という存在にあっさりとなってしまったのだ。
シジョウ卿から加護を付与されるという幸運を得た。それだけの違いで、フローラとコンスタンツェの立ち位置は逆転した。少なくともコンスタンツェはそう信じている。
「貴殿から得た力をもって私は彼女を……フローラを降す。そうしないと私は私でいられないのだ……」
コンスタンツェはそう述べるとゆっくりと目を閉じる。コンスタンツェも、妬みや嫉みがどんなに卑しい感情であるかは知っているつもりだ。だが、その感情が執拗に彼女の身を焦がし、どうしようもない程にコンスタンツェを追い詰めた。
(この感情は嫉妬か? それとも焦燥か? どちらにせよ、フローラの成功を喜べぬ私はその程度の人間なのだろうな。だが、力さえ得ることができれば、この私とてフローラに劣らぬと証明してみせよう)
元々、コンスタンツェの心中にあったものは、決してフローラへの憎しみや妬みだけではなかった。自身の不甲斐無さに対する怒りや嘆き、フローラに対する称賛や親愛の情。彼女の心は様々な感情で乱れに乱れていた。
だが、心が乱れている人間ほど誘導も容易いもの。暇はその感情の乱れを利用した。
とはいえ、コンスタンツェに対して魔術的な洗脳を施したわけではない。そうすることも可能だっただろうし、その方がはるかに簡単であったろうが、暇は敢えて人心操作だけでコンスタンツェを自身の陣営に引き込むことに拘った。そういう遊びである。
コンスタンツェの婚約者の興味をフローラに向かわせ、コンスタンツェと比較する言葉を吐かせることで、彼女の自尊心を大いに傷つけた。周囲の者が吐くフローラに対する賛美の言葉をそれとなく伝え、同時にコンスタンツェを憐れむ言葉を耳にさせた。コンスタンツェの周囲の人間を使い、誘導し、時には買収、脅迫し、徹底的にコンスタンツェの心を揺さぶらせた。
「まぁ、コンスタンツェ君がフローラ嬢と力比べをしたいって希望はボクの利害と一致するからね。思う存分、フローラ嬢と同じ土俵で戦ってもらおう」
コンスタンツェの心を限界まで揺さぶった暇は彼女に1つの提案をした。フローラにも匹敵する加護を与えることと引き換えに、この場への参集を持ち掛けたのである。
コンスタンツェがその提案にどう答えたかは、この場に彼女がいたことで分かるはずだ。
「イトマよ。俺にもシジョウ卿を超える力をもらえるんだろうな」
コンスタンツェの方を見ながら、声を上げたのはエルフの若者だった。エルフの里の集会所から消えたウヒトである。
「ああ、もちろん。ウヒト君はちゃんと決断したんだから、こちらもちゃんと力をあげるよ。ボクは約束を守る男なんだ。シジョウ君に、エルフの偉大さを思う存分叩き込んでくれたまえ」
全く約束を守りそうにない表情で、暇はウヒトを煽る。
「ティターニア様を殺めた男から力をもらう、か……もう引き返せないな」
もはや迷いはないようだが、ウヒトの表情は暗い。
「まぁ、そんなに深刻に考えなくてもいいじゃん。君に渡す力でシジョウ君を殺した後は好きにすればいいよ。エルフを支配して、エルフ王として君臨するのも悪くないんじゃない?きれいなエルフ娘を侍らせて暮らしなよ」
暇は軽い口調でウヒトに提案する。その表情を見れば、全く本気で述べていないことは明確だが、ウヒトの心にはそれに気づくほどの余裕はないようだ。
「マスター、ワタシハ ナニヲ シマショウカ」
3体目の人影。そのシルエットは女性のそれであるが、彼女の発する言葉は片言であった。動きもどこかぎこちない。
「元メイドロボ君は、しばらくは部屋の掃除でもしておいてよ。出番が来たら声をかけるからさ。
王道的な展開として、シジョウ君達のパーティがこちらに攻め込んでくるはずなんだ。それを君たち四天王で迎え撃つ。いやぁ、燃える展開だよねぇ。うーん、君には誰を担当してもらおうかなぁ」
楽しみで仕方ないという表情で、暇が両手を広げる。そして、その隣の存在へとゆっくり視線を動かした。
「……シジョウ ユキト……クレアール……決して許さぬ」
暇は四天王で迎え撃つと述べた。四天王というからには4人必要である。3人では四天王は名乗れない。だが、その最後の四天王はヒトの姿をしていなかった。空中に浮かぶ青白い炎の中に、白い仮面が浮かんでいる。
「あ、インウィデア君にもちゃんと活躍してもらうからね。復活怪人のフラグに負けずにしっかりと復讐を遂げてね」
暇はそう言って、にっこりと笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次の更新は今回ほど間を空けずに進めたいところですが……。