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第188話 勧誘!ウヒトとイトマ

前回のお話

 集会所で人間種へのヘイトを高める集会を開く謎のエルフ。

 そこに噂を聞きつけたエルフの女王が踏み込んだが……


 愛用の杖を片手にアウリティアが集会所に駆け込んだ時、内部は惨状と呼ぶに相応しい状態となっていた。


 天井にかけられた照明魔法が室内の様子をくっきりと照らし出している。そこには武装したエルフ達が幾人も地に伏せており、2〜3名を除けば、呻き声も上げていない。一方で普段着のエルフ達が部屋の隅で怯えたように身を寄せ合っている。


 その中にはアウリティアの部下でもあるウヒトの姿もあったが、アウリティアの心を乱れさせているのは、彼の姿ではない。


 部屋の中央付近では、1人の男が片腕で女エルフの顔を掴んだまま、宙に持ち上げていた。女エルフはだらりと手足を重力にまかせているが、意識は手放していないようだ。持ち上げている男の握力、膂力ともにかなりのものと言える。


「ティターニア!」


 アウリティアが吊るされた女性の名を呼ぶ。緊迫感を持ってその名を口にしたのは、かなり昔に共に冒険をした時以来だ。




 アウリティアがタイミングよく集会所に駆け付けることができたのは、サブシアから自身の治めるリティアの里に戻った際に、不穏な集会の開催の話とそこに女王が踏み込むらしいという話を聞きつけたためだ。

 サブシアで作ってきたチョコを愛する妻へ渡す目的が半分、何か引っかかるものを感じたのが残りの半分といった動機で、彼はその集会所へと足を向けたわけである。そして、その目に飛び込んできたのが、この光景だ。


「おい、お前たち!! 何があった!」


 アウリティアは激しい口調で、部屋の隅で固まっているエルフ達に尋ねた。


 状況から考えて、このエルフ達が怪しい集会の本来の参加者だろう。彼らが集まっていたところに武装したエルフを連れたティターニアが踏み込んだわけだ。


「あ、あの男が女王陛下を……」


 怯えるエルフの一人が中央の男に指を向けながら答えるが、その言葉から新たに得られた情報は皆無だ。この光景を見れば、目の前の男が武装したエルフ達を壊滅に追い込み、女王ティターニアを傷つけた犯人であることは分かる。


 アウリティアはゆっくりとその男へと向き直ると、確信を持ってその男の名を呼んだ。


「お前が……(いとま)だな」


 エルフの女王ティターニアは、七極(セプテム)に名を連ねてこそないとは言え、この世界でも相当に上位の実力者だ。魔法と槍術を組み合わせ、単騎で上位竜を屠る程度の力はある。


 そのティターニアがただの人間を相手に、一方に敗北するとは考えにくい。ユキトの関係者ならば有り得なくもないが、アウリティアが知る限りでは、目の前の男はユキトと交流があった人間の中にはいなかったはずだ。


 となれば、答えは1つ。


「初めまして……というべきかな。紺野君……いや、この世界ではアウリティアだっけ?

 君のご指摘の通り、ボクの名前は(いとま)で合ってるよ」


「……俺のことまで調べているとは、意外と研究熱心なんだな」


 努めて冷静な口調でアウリティアが言葉を返す。もちろん、その内心には愛する者を蹂躙された怒りが渦巻いている。


「シジョウ君向けに色々と演出をしたいからね。そのためにも下調べが大事なのさ」


「下調べか……お前が何をする気かは知らないが、まずはティターニアから手を放せ」


 アウリティアが杖を構え、強い口調で迫る。ユキトから聞いた情報から考えると、アウリティアだけでは深淵の力を得た(いとま)を倒すのは難しいだろう。だが、このような姿を晒しているティターニアを前にして、黙って見ているわけにはいかない。


「おっと、君が下手に動くとこの女性の命は消えることになるよ」


 刺し違えることも辞さないアウリティアの覚悟を見抜いたのか、(いとま)はそう言って、腕の先のティターニアへと視線を向ける。


「ちっ、脅迫するつもりか?」


 アウリティアが(いとま)を睨みつけた。

 (いとま)の表情には何の感情も宿っておらず、悪役にありがちな愉悦に浸るような雰囲気もなければ、何ら気負う様子もない。淡々と作業をこなすようなその表情が、逆に何とも言えない不気味さを感じさせる。


(こんなに薄気味悪い気持ちになったのは、冒険者の頃に討伐した古王国の集合呪霊以来……いや、最近もグリ・グラトってのがいたっけか)


 目の前の男には、アウリティアの記憶の中にある邪悪な存在と比べても引けを取らない禍々しさがある。この男は、人質となっているティターニアを殺すことに何の躊躇いも感じないだろう。


「おい……アウリティア……我々の誓い……分かっているな……」


 (いとま)に掴まれたままの体勢で、ティターニアが苦しげに言葉を吐く。


「……ああ」


 アウリティアとティターニアが2人で世界を回っていたときにした約束。それは、どちらかが敵の手に落ちて人質となったとしても、敵の要求には決して従わないこと。


 人質を取って、相手に武器を捨てさせてから、嬲り殺しにする。その後で人質も殺すか、奴隷として売り払う。これがこの世界の盗賊の基本的な行動である。だから、人質を取られても交渉してはいけない。要求に従っても、相手が約束を守ることはないのだ。


 アウリティアもティターニアも、自分のせいで相方が死ぬくらいならば、大人しく殺される方を選ぶという約束を取り交わしていた。その意思を尊重するという約束もだ。


「ふむ……」


 ティターニアとアウリティアの様子から、そのことを感じ取ったのだろう。杖を構えたままのアウリティアを見て、(いとま)は小さく息を吐いた。


「なるほど、君が大人しくしたからと言って、ボクが彼女を殺さない保証はないからね。その通りだ。認めよるよ。君が何もしなくても、ボクは彼女を殺すかもしれないし、殺さないかもしれない」


 (いとま)はあっさりとそう認める。そして、こう続けた。


「でも、君が何かしたら、彼女を殺す」


 それは交渉とは呼べないものだった。何しろ、要求に従っても気分次第で人質を殺すかもしれないと犯人が言っているのだ。だが……だからこそ、この要求に従わなかった場合、人質は確実に命を失うだろうことが伝わってくる。


(こいつは……俺が攻撃を仕掛けたら、確実にティターニアを殺すつもりだ……)


 長年連れ添ってきた最も頼りになる相棒であり、この世界で最も親しい友人であり、最も愛する女性。

 久々のユキトとの再会ということで、ここしばらくはサブシアに入り浸っていたアウリティアであるが、この世界に転生してからの長い年月、冒険を共にしたのはティターニアだ。その最愛の人を失うかもしれないと考えて、アウリティアの心臓がドクンと締め付けられる。


「……おい、アウリティア……恥をかかせるな」


 (いとま)に顔を掴まれたまま、ティターニアがアウリティアに言葉をかける。ティターニアが人質となっているせいで、一方的にアウリティアが殺されるような事態ともなれば、ティターニアとしては命が長らえたとしても意味がない。文字通り、死んだ方がマシである。


「君は運が良かったんだ。異世界に転生して、楽しい主人公生活を過ごしたんだろう? こんな美人とも結婚した。絵にかいたような異世界モノだ」


 アウリティアが動かないのを見て、(いとま)が楽しそうに会話を続ける。


「だから、最後にちょっと運が悪くなっても仕方がないよね」


「……やめろ」


「君もたくさん人を殺してきたのだろう? 異世界では仕方がない。そういう世界だからね。相手を殺さないと自分が殺される世界だ。

 もちろん、君が殺めたのは悪人ばかりだろう。その悪人は運が悪かったってことだ。チートな転生エルフに出会ってしまったわけだからね。それだけだ。

 ……でも、次は君の運が悪くなる番かもしれない」


「……やめろと言っている」


 アウリティアは小動物程度なら殺せそうな魔力を込めた視線で、(いとま)を睨みつけている。その手には尋常でないほどの力が込められ、ギリギリと音を立てて杖を握りしめていた。


(すまない……ティターニア……俺は、君の覚悟を踏みにじってでも……君にまだ生きて欲しいみたいだ……折角、チョコも作って持ってきたんだ……せめて、それくらい食べてもらいたいじゃないか)


「さて……」


 そんなアウリティアを気にも留めずに、(いとま)はホールの隅に集まっているエルフ達の方へぐるりと向き直った。もちろん片手にティターニアをぶら下げたままだ。ティターニアの身体が振り子のように大きく揺れる。アウリティアには完全に脇を見せている形だ。


「ボクが用があるのは、ウヒト君だ」


「……!?」


 突然、名指しされたことでウヒトはビクリと身を強張らせる。本来であれば、体を張って女王と上司を助けなければならない立場であるが、この場に参加していたという後ろめたさが、彼の行動を縛っていた。


「いいかい。一度しか誘わないから良く考えて返事をするんだよ。君、シジョウ君みたいな強大な力が欲しくないかい?」


「え?」


 (いとま)の口から出たのは、ウヒトの予想外の言葉だった。


「ボクの元にくれば、君に強大な力を与えよう。その力でシジョウ君らを倒した後は、自由にしていいよ。人間の国を征服してもいいし、エルフの英雄になるのもいいんじゃないかな」


「ウヒト! 耳を貸すな! こいつは――」


 (いとま)の勧誘にアウリティアが口を挟んできた。だが、(いとま)は視線をちらりとティターニアに向けることで、アウリティアを黙らせる。


「こういうチャンスは人生において……いや、エルフ生においてもそうそうあるもんじゃないよ。君は運が良い。でも、決断をしないと力は得られないものさ。シジョウ君も元居た世界を捨てる決断をして、今の力を手に入れたはずだ」


 実際のユキトは、自分の意志とは無関係にこの世界に引き込まれ、示されたカードを1枚選んで、得られた能力に少し注文をつけただけなのだが、(いとま)としては正確な情報を伝える気はない。ウヒトの恋敵であるユキトの名を出すことで、煽っているのだ。ユキトは決断をして力を得たが、お前はどうすると。


「ウヒト君には女王様をこんなにしてしまった責任の一端があるよね。未来を閉ざされたエルフってわけだ。周囲から蔑まれるエルフとして里に残るかい? それとも、ボクとともに来て、英雄の力を得るかい?」


「……そ、それは」


 ウヒトも虚井(うつろい) (いとま)の名くらいは知っている。サブシアを襲った要注意人物としてエルフの里でも噂になったのだ。


 その(いとま)がエルフに化けて集会を主催していたわけだ。女王が踏み込んできたあたりで彼の変身は解除されており、今は人間の姿に戻っていた。つまり、ウヒトは謀られていたことになる。


 だが、(いとま)に圧倒的な力があることは明らかだ。しかも、このまま彼の誘いを蹴っても、自分の里での未来が明るくないであろうことは、(いとま)が指摘した通りのように思える。


「さあ、答えを聞こう」


 (いとま)の視線がウヒトの視線と交わる。


 ウヒトは乾いた唇を舌で湿らせ、喉をゴクリと鳴らす。続いて、その口をゆっくりと開き――


(いとま)ッ!!!!」


 集会所へとシジョウ ユキトが飛び込んできたのはその瞬間だった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブクマも評価も大変感謝です。


相変わらず更新間隔が空いてしまっております。

色々と忙しい時期でして申し訳ないですが、コツコツやっていきますので、どうぞ見捨てずにやって下さいませ。

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