第187話 摘発!怪しき集会と拗らせウヒト
前回のお話
ユキトからバレンタインデーについて聞いたファウナ達はチョコづくりに励む。
「異世界でバレンタインデーが流行るとはなぁ」
領主館の一室。その窓からサブシアの街を見下ろしつつ、ユキトが呟く。相変わらず街は活気に溢れており、行きかう人々の数も多い。
バレンタインデーなるイベントは、ファウナやフローラ達に積極的に受け入れられた。サブシアの超有名人が盛り上がっているイベントとなると、住民達も取り入れたくなるものだ。そのような流れでサブシアの街にはバレンタインデーブームがやってきている。いや、ここしばらく続いているので、バレンタインウィークと呼ぶ方が適切かもしれない。異性に好意を伝えるきっかけとなるイベントとして、広く受け入れられているようだ。
「いいでしょ。トマト投げ合う祭りとかに比べたら平和だし」
元の世界のバレンタインデーを知るクレアはニコニコしている。かつて木安藤華だった頃には、デパートのチョコ戦線に立ったこともそれなりにあるらしい。
「まぁ、この世界の最高責任者がいいっていうならいいけどさ。
でも、カカオの栽培を始めたばかりで原材料が不足してるせいか、街のバレンタインでは、相手に贈るのはチョコじゃなくても黒いお菓子ならなんでも良いってなってるらしいぞ」
ついでに言えば、サブシアの街のバレンタインデーは女性から男性にお菓子を贈るだけではなく、男性から女性に贈っても良いことになっている。これは日本型のバレンタインデーというよりは、海外のものに近いだろう。
「黒いお菓子ならなんでも?
まぁ、そういう改変はこの世界のお祭りには良くある話かなー。お祭りって基本は神事発祥なんだけど、主催は神殿とつながりのある貴族ってパターンが多くてね。でも、平民だと貴族が用意する供物とかを準備できないから、平民バージョンの簡易版、安価版に改変してお祭りをするってわけ」
流石に最高神であるだけあって、クレアはこの世界の事情に通じている。そもそも神事で祀られる側であるのだから、当然かもしれない。
「神事から祭りが生まれるってのは普通だよな。元の世界でもそうだったし……っていうより、この世界って俺たちの世界のイメージを元にしてるんだっけ? 共通言語が日本語だしなぁ」
ユキトの確認にクレアが頷く。
「世界の大まかなところについては、私の中にあったファンタジー世界のイメージが反映されてるんだけどね~。でも、言語とかは新しいものを作るのも面倒……いや、必要性を感じなかったから、世界が生成される際に共通言語として私の母語である日本語が採用されたってわけ」
どうやら日本語が共通言語に採用された経緯は随分と残念な理由だったようだ。だが、仮に独自言語が採用されていたとすれば、ユキトがこの世界に降り立った後に大変困ったことになっただろう。その場合には、異世界名物の言語パックがサービスされたのかもしれないが。
「そんなことより、せっかくバレンタインデーが受け入れられたんだから、ユキトの能力でラブコメの加護とか付けてみたら?」
クレアはニヤニヤしながら、恐ろしい提案をする。バレンタインの時期にラブコメに関する加護など付けたら、ラッキースケベというイベントが乱発することは目に見えている。
「今の主人公のヤツで十分だよ。これでも持て余してるのに、ラブコメの加護なんて酷いことになるだろ」
「えー? 男子の夢じゃないの?」
不満そうに最高神が頬を膨らませているが、異世界モノの主人公という加護を体験した経験を踏まえると、ユキトとしてはラブコメの加護などというものを安易に自分に付与したいとは思わない。
「ユキトがそんな消極的じゃ、ファウナちゃんやフローラちゃんも苦労するねー。
そう言えば、ファウナちゃんはチョコレート完成させたのかな? 随分、頑張ってたみたいだけど」
「いや、まだファウナもフローラも納得がいくものは出来てないみたいだな。っていうか、紺スケ……いや、アウリティアが上手過ぎるだろ」
カカオからのチョコレート作りは、非常に難易度が高い。破壊力で言えば、この世界でもトップと言って良いファウナだが、お菓子作りに必要な技術は全く別のステータスである。その点、この世界に豚骨ラーメンを再現したアウリティアの腕前は見事だった。魔法による微調整もお手の物で、見事にチョコレートを再現して見せたのである。
「作り方と材料が揃えば余裕だ」
そのように述べる様は、流石はこの世界トップクラスの魔導士であると言えよう。だが、その動機が配偶者たるエルフの女王ティターニアのご機嫌取りであることは若干情けない。このところティターニアに構う機会が少なく、サブシアにばかり足を運んでいるので、そのフォローが必要らしい。
「紺スケって前から器用だったもんね~。奥さんへのフォローもちゃんと考えているみたいだし」
クレアが言う「前」とは数百年以上前の話だ。確かにお菓子を作ったという話をチャット内で紺スケから聞いたことがある気がする。あの時はプリンを作っていたんだったか。
「そもそも安藤だってお菓子は……ん、あれファウナだよな」
ユキトの視界には、館に戻ってくるファウナの姿があった。だが、何か雰囲気が暗い。口を一文字に結び、眉を顰めた表情は、怒りや悲しみの感情を伴っている。
「ファウナちゃん、今日は街でチョコに混ぜる乳を買ってくるって言ってたけど……誰かにお菓子でも渡されたとか? でも、それだけであんな表情にはならないか~」
クレアも答えを持っていないようだ。その気になれば、最高神の能力で把握することは可能であるが、プライバシーの問題もあるということで、その力を日常で行使することはしていない。
ユキトは窓をギィと開け、大声でファウナに呼びかける。
「おーい、ファウナー! なんか様子が変だけどどうしたー?」
「え。 あ、ユキト……いや、なんでもないよ」
ユキトを見上げたファウナは、困ったような笑顔を浮かべると、そのまま領主館に駆け込んでしまう。どう見ても、なんでもないはずがない態度である。
「うーん、こういう時は無理に聞き出さない方がいいのか? それとも無理して聞き出すべきなのか? 女心的にはどっちが正解なんだ?」
一瞬、ラブコメの加護があれば上手くいくのではないかと考えたユキトだったが、すれ違う未来しか見えなかったので、それは断念する。
それにしても、ファウナが誰かに愛を告白されただけであのような表情になるとは思えない。美人エルフであるファウナは『お断り』するのにも慣れているはずだ。
(ファウナにご執心のヤツと言えば、ウヒトってエルフがいたけど……)
ユキトの脳裏にアウリティアの付き人であったエルフの顔が浮かんだ。
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「不穏な集会だって?」
「はい……ウヒト様も度々参加されているようです」
エルフの女王はその美しくも凛々しい顔を曇らせた。その肌は、窓の外に昇る蒼い月と同じく、透き通るような白さだ。
自身の王配であるアウリティア。その付き人であるウヒトは優秀な青年であったと記憶しているが、それゆえに彼は自尊心が普通のエルフよりも高い。だが、これまではその自尊心が悪い方向に作用したことはなかったはずだった。
「アウリティアには伝えたのかい?」
「いえ、アウリティア様はサブシアにお出かけなので。里にお戻りになってからお伝えするつもりですが」
「まーたサブシアに遊びに行ったか……」
ティターニアの夫でもあるアウリティアは、最近はサブシアに通い詰めている。これが浮気ならば、しこたま殴りつけてやるところだが、旧友と楽しく過ごしているのであれば、多少は許してやってよいだろう。
そもそも、アウリティアのエルフ族に対する貢献は、彼がサブシアで数十年遊んでもお釣りがくるほどのものがある。更に言えば、アウリティアの旧友であるシジョウ卿の力があったからこそ、エルフの里は七極グリ・グラトの襲撃から守られたのだ。その後も、サブシアとの交流によってエルフの里に入ってくる作物や技術は、里でも評判になっている。
「だが、それが気に入らぬ者もいるってことか。確かにアウリティアのおかげもあって、これまでのエルフの技術力は人間種よりも優れていたからね」
エルフの技術力が人間種の技術力に逆転された。そのことを認めたくないエルフもいるということなのだろう。もちろん、女王であるティターニアはサブシアの技術が人間種の中でも異端であることを知っている。だが、多くのエルフから見れば、そんなサブシアも人間の街の一つに過ぎない。最高神がメイドをしている街なんて、特別どころではないのだが。
「まずはその集会所に乗り込むか。場所はパリニッジの里だったか?」
女王ティターニアは玉座の隣に立てかけてあった槍を手に取ると、すっくと立ちあがった。まさか反人間を掲げる団体が勝手に人間に戦争を吹っ掛けることはないだろうが、自身の預かり知らぬところで、そのような集会を繰り返し開催しているとなると問題だ。
それに加えて、アウリティアに知られる前に解決しておいてやりたいという意図もある。信じていた部下を自身の手で取り押さえるのは、気が滅入るものだ。ティターニアも何度も経験があるが、こればかりは慣れることはない。苦みばかりが残る。
「取り押さえる必要があるほどの悪さを働いていないことを祈るばかりだな」
そう述べると、エルフの女王は数人の従者とともに、風のように夜の闇の中へと消えていった。
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「我々よりも猿に近い外見の人間種は、見目麗しいエルフ族を奴隷にするのが夢なのです。こちらをご覧ください。この記録は、やつらに奴隷にされていたエルフ族が助け出された時の状態を記したものです」
「これは酷い……まだ子供ではないか……」
「下等な種族のくせに……」
「非道なやつらだ。根絶やしにしてやりたい」
日が沈み、森の闇が深まりつつある頃合い。エルフの里の1つであるパリニッジの外れに位置する集会場の中は、怒りや蔑みといった負の感情で満ちていた。
「……やはりヒト族は信用に値しないやつらだったか」
そう呟いたのは、サントリア森のエルフであるグラナンドだ。彼がこの集まりに参加するのは、今日が初めて。先日、彼は管理していた里の宝物を、安易に信用したヒト族に持ち逃げされたことで、里内での立場を失った。その愚痴を行商のエルフにこぼしたところ、この集会に誘われたのだ。
「今でこそ、エルフと人間種とは友好関係にありますが、我々は人間種よりも高い魔力を持っています。種としてのレベルはエルフの方が高いわけです。もちろん、人間種にも利点はありますよ。数が増えるのが早いという点です。小鬼ほどではありませんがね。くっくっく」
聴衆の前で話をしているのは、グラナンドを誘った行商エルフの男だ。確かイマートと名乗り、南方の森の出身だと述べていたはずだ。
イマートの話は、最初の方こそ人間種に騙されないための方法や彼らとの取引で気を付けるべきことといった軽い内容であった。だが、だんだんと人間種への憎しみを煽るような内容へとシフトしていく。話に引き込むために盛り込んでいた冗談の頻度も、話が重くなっていくとともに減っていた。だが、グラナンドも他のエルフも、そのことに気付いている様子はない。
本来なら、過激になっていく内容に煽られる者が出る反面、逆に冷静になってしまう脱落者も出るものだ。だが、イマートは場の空気を慎重にコントロールしていた。過激な発言に引いて、場の空気から脱落する者が出ないように、まずは人間達の行ってきた非道な行いの記録を見せることで、エルフ達の怒りを煽った。自身の発言はその後に、控えめに行っている。
エルフ達はイマートの意見を受け入れているのではなく、イマートの提示する情報を基に自分たちで考え、しっかりと自分の意見を持っている……そう思うように誘導されていた。
「やはり、人間などダメだ。エルフに釣り合うのはエルフ。人間など下等な種を選ぶべきではない……ファウナさんには目を覚ましてもらわねば」
グラナンドの隣の若いエルフも、なにやら恨み言のようなものを呟いている。その眼に宿っている負の感情はグラナンドよりもはるかに大きそうだ。
「この古文書によると、神は最初にエルフを世界の統治者に定めようとしたとあります。しかし、エルフ種は増えるのが遅い。そこで、神はエルフ種が増えるまでの仮初の支配者として人間種を作ったと……」
イマートは、様々な角度からエルフの優位性を語っているが、常に論拠を用意することを忘れない。それは、多くのエルフが知る有名な書物から、存在の怪しい魔導書まで多岐にわたる。いや、その中には完全な創作も混ざっているのだが、それに気づくエルフはいない。
イマートは心の中で肩を竦める。
(ま、人生経験に差があるからねー。長寿のエルフっても、たかだか数百年程度。しかも、ここにいるのは若い奴らが多いし)
イマートがこの場に招いたエルフは、全員が人間種に対して何らかの恨みを持っていた。近親者を人間に攫われたり殺されたりしたような強い恨みのある者もいる。だが、流石にそのような者は極々少数だ。それ以外の者はちょっとしたトラブル程度。だが、イマートが声をかける際に重視したのは「恥」の感覚だ。人間種に何らかの恥をかかされた者を優先的にこの場に招待しているのである。
「恥ずかしさって、怒りに直結するんだよね。まずは自身の恥を隠すために怒る。次に怒りを正当化するために相手を貶す。人間でもエルフでも同じさ」
エルフ達の姿を眺めながら、イマートは呟く。エルフ達はガヤガヤと騒ぎながら、イマートが偽造した写本を回し読みしており、その呟きがエルフに届くことはない。偽造した写本の内容はエルフの文化を貶す内容であり、イマートはその写本を王国内で手に入れたという設定である。
「うんうん、いい感じに仕上がりつつあるな」
イマートがニヤリと笑った時、集会所の扉が大きく音を立てて開いた。
バアン!!!!
「皆の者、動くな! お前たちが何をしているか改めさせてもらおう!!」
女王の声が集会所に響いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
いろいろと忙しく更新が遅くなっておりますが、決してエタるつもりはありませんので、どうぞご容赦ください。よろしくお願い致します。