第185話 ヘイト!?エルフ達の変化
活動報告にも書きましたが、PCを買い替えたことで移行に時間を取られておりました。
前回のお話
すごくモテるようになったフローラにより、婚約者の心を奪われたコンスタンツェは妬みを隠せないでいた。
アウリティアがエルフとして転生したのはおよそ600年前。彼がこの世界に飛ばされたときに出会った『管理者』の言葉通り、『紺スケ』だった時の記憶はそのままアウリティアへと引き継がれていた。
とは言え、生まれてからしばらくはエルフの赤ん坊である。長老から突出した魔法の才があると認められたアウリティアではあったが、この異世界を冒険するには数十年ほど待たねばならなかった。
成長するまでの間、アウリティアがエルフという種族を観察して気付いたことと言えば、この世界のエルフの文化は、地球で抱いていたエルフのイメージとは、かなり異なっているということだ。
エルフという種族は森の恵みのみを使ってその命を紡ぎ、自尊心が高く、転じて人間種を見下す……地球のエンタメ作品に描かれるエルフのイメージは、このようなものだろう。だが、異世界のエルフ族は肉も魚も食らうし、人間種を蔑む様子もあまりない。
里の古老によれば、昔のエルフには確かに人間種を見下す傾向があったようだが、今のエルフにはあまり見られないということだった。
「人間たちと交流すれば、彼らの中にも善人と悪人が、品位ある者となき者おることが分かるでな」
この古老の言葉をアウリティアが肌で感じられるようになったのは、アウリティアが世界を旅するようになってからだ。
美しいエルフ族の奴隷は、人間世界では珍重されていた。もちろん、人間種に比べて強大な魔力を持つエルフ族が簡単に捕らえられるわけもなく、貴重な奴隷として非常に高い値がつけられる。契約魔法により行動が縛られたエルフの奴隷は、高い魔力で優秀な護衛にもなるし、その美貌で夜伽の相手にもされていた。
そんな貴重なエルフの奴隷を調達する手段は、エルフの里を襲ってなされるものではない。魔法に長けたエルフ族を相手に戦争を行うのは、大国であってもかなりのリスクを伴う。
「なるほど、里を襲って奴隷にするのは難しいから、個人間で騙したり、陥れたりして奴隷にするんだな……」
アウリティアが旅をしていると、自然にそのような話が耳に入ってきた。アウリティアを騙して奴隷にしようという人間が近づいてきたことも何度もある。さらに言えば、エルフの中にも同族を売る者が皆無だったわけではない。極々一部の話であるが、人間と通じて、私腹を肥やすエルフも存在していた。
「奴隷制度は、ラノベでは良く見かけていたけど、実際に目にするとキツイもんがあるな。これが合法ってんだからなぁ」
日本人の記憶と人格を引き継いだアウリティアからすると、奴隷制度はなかなかに厳しい現実だ。そんな世界を、アウリティアは不当に捕らわれたエルフを見かけると、時には金銭で、時には実力を持って奴隷から解放しながら、旅を続けていた。
「不当な契約かどうかってのは判断が難しいけど……」
エルフが奴隷となっている原因の多くは、人間側に問題があるのだが、中にはエルフ側に非があって奴隷となっているケースもあった。例えば、家族の病気を癒すために購入した高価な回復薬の代金を支払えなかった場合や、賭け事にのめり込んだ結果として借金が返せなくなった場合等だ。
アウリティアは各地のエルフ奴隷を助けつつ、時には人間を襲う魔物を屠りつつ、冒険者としての名を上げながら旅をして、エルフの英雄となっていくのだが、それはまた別の話である。
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「今思えば、この世界の責任者が眠っていたから、奴隷制度なんて出来ていたのかもな」
アウリティアがそう言って、唐揚げを口に放り込む。朝食を抜いたのか、よい食べっぷりだ。
「別にサボって寝ていたわけじゃないから」
メイド姿の最高神はそう述べつつも、少しばかりばつが悪そうな表情だ。最高責任者ならぬ、最高責任神であるので、責任を追及される立場と言えないこともない。
「まぁ、この世界の愚行の全てに『安藤』が責任を持つべきとは思ってないけどな」
ヒョイと唐揚げがもう1つ消える。
「でも確かに眠りにつく前には、社会に奴隷制度なんて生まれないように調整してたけどね。もう、目を離すとすぐにこういうことになるから……全く人間ってのは」
クレアはそう言って、残る最後の唐揚げをつまみ上げた。
「あっ、待て! まだ俺は1個も食べてないぞ!」
クレアの動きに対してユキトが抗議の声を上げた。だが、ユキトに仕えるはずのメイドは、ユキトを見ることなく、唐揚げを口に収めてしまう。
「ほぐ……ふぁやい者勝ちでふ……はふ……むぐむぐ」
「おいおい、メイドがご主人様の食べ物を横取りとか聞いたことないぞ……」
呆れ顔を見せるサブシア領主。ユキトとしては、最高神が食べながら喋るのもマナーとしてどうなのかと思ったが、そのような指摘をすれば、最高神が行った行動だからとそちらのほうが正しいマナーとされそうだったので、流すことにした。最高神はそのくらい偉いのだ。
「で、アウリティアは自分の里の様子を見に帰ったはずだろ。いくらそっちの里とサブシアを転移ゲートで繋げてるとは言っても、こんなにすぐにこっちに戻ってきたらサジンさんが怒るんじゃないか?」
ユキトたちが南大陸を回っている間、留守役を担ってくれたアウリティアであるが、彼もまた自分の里『リティス』を持つ領主である。彼がサブシアの留守役を引き受けてくれたのは、発展途上で目まぐるしく変化するサブシアと異なり、成立から長い年月を経ているリティスは落ち着いており、アウリティアが多少留守にしたところで、問題はないからという判断だったはずだ。
それでも、責任者が長く留守にしていれば、色々と仕事が滞るだろう。
「そもそもアウリティア様は滅多に仕事をなさいませんからな」
アウリティアの付きエルフであるサジンがそう言って笑っていたが、その眼は本気だったのをユキトも覚えている。
「いや、それがな……リティアが……いや、他のエルフの里も含めて少しおかしなことになっていてな――」
アウリティアが言うことには、エルフ族の中に人間を蔑む者が少しずつ増えているのだという。人間など取るに足らない種族だと口にする者もいるらしい。
「ほう、確かに妙な話じゃの」
シャクシャク……
横で聞いていた、イーラが話に割り込んできた。彼女が食べているのは、かき氷だ。流石に氷結の魔女だけあって、一度実物を提供して以降は自分で作るようになった。使うのはシロップだけである。
「そもそも、アウリティアの力もあって、近年のエルフ族は人間種に対して良好な感情を持っておるはずじゃ。しかも、人間種であるシジョウ卿の偉業はエルフ族にも届いておる。サブシアとの交流によって、この都市の技術や食料の優秀さも理解しておるはずじゃ…… あ、痛たたたた」
「俺のせいで人間が急に発展したから、それが気に入らないってことか? その感情が、人間を蔑むような気持ちを……」
ユキトが困った顔を覗かせるが、かき氷の痛みで顔を顰めたままのイーラは首を横に振る。
「いや、それはお互いに交流がなく、相手のことを良く知らぬような場合に起こる現象じゃ。この街とリティアの里はそれなりに交流がある。リティアから来たエルフもサブシアで食べ歩きをしておるであろう?」
「じゃあ、なんで……?」
「だからおかしな話だと言っておるのじゃ。確かにサブシアの発展とシジョウ卿の活躍を面白く思わぬ者もあるかもしれん。だが、シジョウ卿とアウリティアは盟友として知られている。普通ならば、そのような英雄とその領都との友誼を誇らしく思うところじゃろう」
イーラの言葉を受けて、アウリティアも大きく頷いた。
「今はエルフの俺だが、異世界人とは言っても元は人間だ。妻であり女王でもあるティターニアにも俺の出自は伝えてある。そういうこともあって、エルフの里では人間種と友好を保とうとすることはあっても、敵視する政策なんかは取ってない」
「だとすると、何か原因があるってことだな。 うーん……じゃあ、この世界に一番詳しいウチのメイドに意見を聞いてみようか」
ユキトがクレアに視線を送る。
「いやいや、私も常に世界中を監視しているわけじゃないから」
ユキトのフリに対して、困った顔でメイドが応じる。
実際は、イトマがこの世界に戻ってきた時に分かるよう、検知結界を世界の境界へと張り巡らせており、そちらに力を割り振っている。また世界のどこかで数十人単位で命が消えたりすれば、すぐに気が付くようにも調整していた。
(でも、あのイトマってヤツが虚無の力を使いこなせるようになっていたら、検知を潜り抜けてくることも可能かなぁ……この世界の中でなら、アイツが何か大きなことをしでかしたら気付けると思うけど……)
クレアがそんなことを考えている横で、アウリティア達は追加の唐揚げを奪い合いながら、話し合いを続けていた。
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「ファ……ファウナさん!!」
「はい?」
ユキト達が領主館で深刻な会話を交わしてた時、街に出ていたファウナは、急に名を呼ばれて立ち止まった。声をかけてきたのは一人の美青年である。
「えーと、ウヒトさん……だっけ?」
ファウナに声をかけてきたのは、アウリティアの付きエルフの一人であった。リティアに戻ったと思っていたが、今日はサブシアへの観光だろうか。
「こ、こんなところでお会いできて……う、運命を感じますね!」
「え、えーと?」
ウヒトは、久々に訪れたサブシアで偶然に想い人……否、想いエルフに出会って、すっかり舞い上がっているようだ。だが、ファウナからすれば、普通に街に出たら声をかけられただけである。両者の気持ちには、埋めがたいギャップが生じていた。
「ファウナさん! 今晩のご予定は空いていますか? 良ければ……」
「いや、夜はユキトと約束があるから、ちょっと……」
「では、明日は!」
「あ、明日もユキトと……あの、ごめんね」
ファウナはウヒトの誘いをばっさりと切って捨てると、ぎこちない笑顔を残して、そのまま歩き去った。前のめり過ぎるウヒトに対して、若干引いているのだ。そのウヒトは去っていくファウナの背中に向けて、手を伸ばしたまま固まっている。
「あのエルフ……ファウナ様に振られたみたいね……」
「カッコいいけど、ファウナ様にはシジョウ様がいらっしゃるし……」
ギャラリーもひそひそと言葉を交わしている。
やがて、ファウナの姿がすっかり見えなくなったとき、ウヒトがようやく言葉を絞り出した。
「……くそっ……シジョウ卿のヤツ……下等なヒト族の分際でッ」
だが、その呟きは誰にも届くことなく、風に乗ってサブシアの喧騒に消えていった。
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