第181話 滅びへの序曲 暇(いとま)の勧誘活動!?
今回のお話は少し残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
前回のお話
ユキトは剣王の称号こそ逃したものの、パーティーの名を世界に知らしめる活動は充分に成果をあげた。目的を果たし、サブシアへ戻ることにした一行だった。
「むぐっ!! むぐぅ~!!」
暗い地下室の中にくぐもった声が響く。
ペンテクル大教会の礼拝堂直下に造られたこの地下室は、邪教徒らを一掃するための呪具の製作を行うための場所であるとともに、決して一般信徒に知られてはならない教会暗部の最たるものでもある。この場所の存在を知るのは、教会の中でも極めて限られた一部のみだ。
「むぐうぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「ふん、邪教の女めが。いっぱしに悲鳴などあげおるわい」
「最後の仕上げに聴覚は残してあります。お声は控えめにお願いします」
くぐもった声の発生源から少し離れた位置に立つ2つの人影は、高位の聖職者であろうことを示すローブを身に纏っていた。
「今回の加工で呪具は完成するか?」
そう尋ねたのは、短めに切りそろえられた顎髭を持つ50代くらいの男だ。
「わかりません。ただ、これまでは3体から4体に1体が呪具として機能しております。今回は4体目ですから、恐らくは……」
回答したのは、頭髪を全てそり落としたスキンヘッドの40歳前後の男である。恭しく頭を下げる様子からしても、50代の男の方が階位が上であることが分かる。
「聖地付近のパナルティに住み着いている邪教徒どもは早々に一掃せねばならぬ。そのためにもこの呪具は必須だ」
「承知しております……続けろ」
スキンヘッドが離れた位置の男達に指示を出す。男達の前には蠢く塊が置いてあった。男達はそれに熱く焼けた金属を押し付ける。
ジジジジジジ
血肉の焦げる臭いが周囲に漂う。
「むぐぅぅぅぅ!!!!」
焼けた金属を押し付けられた塊、いや人間がその身をよじる。だが、しっかりと固定されており、逃げることは叶わない。
「これもアールホプ様のご意志だ」
邪神と信じている異教の神に「様」を付けて呼ぶことへの嫌悪感からか、そう発言する男の顔がゆがむ。
「邪教の徒に限りない苦痛を与え、信仰を捨てさせ、この世に深い恨みを持たせたままその命を奪う。その屍は、都市を一つ滅ぼす天災級の呪具となる……か」
離れた位置の男が静かに呟いた。
捕えてきた邪教の女は、既に四肢は落とされており、その抉られた両目には、眼の代わりに木の杭が打ち込まれている。鼻は引き裂かれ、全ての皮膚は焼けただれ、秘所にも何か金属製の責め具が突き立っていた。それでも女性は回復魔法によって無理矢理に命と正気を保たれているのだ。
「ふん、邪教を信ずる者の当然の末路だ」
「はっ、仰るとおりで」
男達は声を潜めて会話を続ける。
目の前の「素材」には、この行為をペンテルク教によるものと気付かせてはならないのだ。それではペンテルク教への恨みから、自身の信仰をより強固に抱くことになる。この苦痛を与えている者は、己が信じる信仰の徒であると信じ込ませる必要があった。
「邪教徒を使って、邪教徒を滅ぼす……手間はかかるが、無駄のない手だ」
鼻をかすめる臭気に顔を歪めながら、男らは冷ややかな目でその光景を見ている。地獄のような光景だが、この呪具の作成方法が判明してから、彼らは何度もこの加工を実施し、異教徒の都市を滅ぼしてきた。
「そろそろ最後の仕上げに入ります」
スキンヘッドの男は小声でそう述べると、片手を上げて、合図を出した。その合図を見て、哀れな犠牲者の周囲にいた男達の1人が場を離れる。
「む、それは……?」
すぐに戻ってきた男の手には、何やら臓物のようなものが入った皿が握られていた。それを見て、顎髭の男が尋ねる。
「この女の最も大切なものの臓腑です」
スキンヘッドの男が無表情に答えを返す。女には息子がいたと聞いていた顎髭は、その臓腑の正体を察する。
「なるほど」
呪具の生成を一任しているスキンヘッドによれば、呪具化する成功例は3体から4体に1体。最後の仕上げで、絶望を与えながら命を奪うことが重要だという。
「むぐ……やぇえて……ぐぶぐぶ」
男達の手で、その臓物が女の口に詰め込まれていく。何も知らない女はただ口の中に臓物を押し込まれるだけだ。
「縫え」
充分に臓物が女の口に含まれたのを確認して、スキンヘッドの男が命じると、男達は太い糸が通った鋭い針を使って、女の唇を縫い合わせ始めた。
「では、そろそろ封呪布の用意を」
同時に、呪いの力を遮断する布の準備に入るようだ。屍を呪具と化すためには、この布で包んでおく必要がある。中に閉じ込められた世に対する呪詛が、カルマとして凝縮し、自己崩壊を起こすことで、呪具は完成するのだ。
「よし、包め」
白く輝く布が用意されたのを確認し、スキンヘッドが最後の工程を命じる。呪いを断つ布には、聖水が振りかけられて濡れており、当然ながらこれで包みこめば、窒息死は免れないだろう。
男達の手で、呻く女性の身体を覆うように布が巻かれていく。まるでミイラの製造である。やがて、頭部を包み込む段階までくると、スキンヘッドの男が女性の耳であろう穴に口を近づけた。
「お前の口の中のそれは…………」
ボソボソと女性に聞こえるように何かを呟く。そして……
「んんんんん~~!!!!!!!」
口を縫われた女性の身体が大きく跳ねた。大きく首を振り、最後の抵抗を示す。口の中のものを吐き出そうともがき、しっかりと縫い合わされた唇の隙間から、僅かに血が漏れ出る。
「巻け」
その光景を見て、スキンヘッドは満足そうに指示を出した。男達が力任せに暴れる女性を取り押さえ、最後の布が女性の顔だった箇所を覆って行く。
ガタンガタン……ガタ……
呼吸を遮断され、苦しさと憎しみとで暴れていた女性だったが、やがてその動きを止めた。
「おお、これが……」
女性がその命を失ったと同時に、じわりと女性を包む布が黒く変色していった。この世の全てを憎む呪詛が、呪いを遮断する布の中で高まり変質していく。
「成功のようです。早速、運び屋に運ばせましょう。強い呪いの力で、この布も10日程度で破れてしまいます」
スキンヘッドの男は、男達に指示を出して、地下室から布で包まれた呪具を運び出させる。すぐに異教徒どもの暮らす都市へと呪具を運ばせねばならない。なにより、危険な呪具を我が身の近くに置いておきたくない。この呪具が解放されれば、近くにいる人間の命など簡単に奪われてしまう。
「運び屋の男は既に待機させています。すぐに持ち出させます」
「うむ、これで異教徒の都市がまた1つ消えるのだな」
教会の礼拝堂は既に人払いを済ませてあった。スキンヘッドの男は、呪具が収められた箱を前にして、そこに運び屋の男を呼び入れる。地下室は非常に限られた人間にしか見せるわけにはいかない。どうせ、運び屋の男も呪具を運んで死ぬのであるが。
「運び屋でございます。御依頼の御荷物はこれでしょうか」
「うむ、依頼の通りだ。この荷物をサールントパデルへと運んで欲しい。8日以内だぞ」
顔を知られぬように顎髭の男は、陰に隠れている。運び屋の男と相対しているのは、スキンヘッドの男のみだ。いくら死ぬ運命の運び屋とは言っても、余計な情報を与えないに越したことはない。
だが、ここでスキンヘッドの男が怪訝な表情を浮かべた。
(ん? 運び屋はこんな人相であったか?)
スキンヘッドの記憶では、依頼した運び屋は茶色の髪をして、もっとゴツい男だったはずだ。
「おい、お前は……」
だが、彼が咎める前に、運び屋を自称する男はとんでもない行動に出た。
「これが御荷物ですか。間違いがあるといけないので、中身を改めさせてもらいますね」
「!? やめろ!!! その箱を開けるな!!!」
バギンッ!!!
スキンヘッドの制止も聞かずに、運び屋の男は箱の蓋をこじ開けた。なかなかの膂力だ。
「やめろ!!! 貴様! くそ、剛力のスキル持ちか!?」
運び屋をやっている者が剛力のスキルを持っているのは珍しいことではない。だが、目の前の黒髪黒目の男が運び屋かどうかは怪しいものだ。
「ふむ、黒い布で包まれていますか……これも剥ぎ取っちゃいますね」
スキンヘッドが慌てて、運び屋を自称する男を取り押さえようとするが、その男は気にした様子もなく、呪具を包む布に手をかけた。この布が外されれば、この場の全員の命はないだろう。
陰に隠れていた顎髭や、呪具の作成に携わっていた男達も、慌てて飛び出してくる。
「この反教者め!!!」
顎髭はそう叫ぶと、運び屋の背中に短剣を突き立てた。
だが……
バリッ!!!!
背中の短剣を気にすることもなく、男は力任せに封呪布を引き裂いた。その隙間からは真っ黒に変色した何かが見える。既に人間の皮膚のそれではない。
「あー、これは4人分の呪詛が詰まっているね。なるほど、この人だけじゃなくて、その前に殺された人々の呪詛も凝縮しているのか」
男は全く焦りがない様子で語る。図らずも、呪具の成功が確率によるものではなく、地下室に何人分かの呪詛を貯めておくことが重要と判明したのだが、状況はそれどころではない。
封呪布が破られたことで、呪具の効果はこの場所で発動するのだ。すぐに禍々しい瘴気が箱から溢れ出し、吹き上がった。
「こ、これは!!」
「ひぃぃぃ、逃げろ!!!」
男達が慌てて、この場から離れようと走り出す。
バタン!! バタンバタン!!
だが、遅かった。教会の扉が、窓が、誰も触れていないのに、次々と閉じていく。更に、天井から血液のようなものが滴り落ちてきた。床の隙間からもブクブクと血が泡立っている。
「ひ……」
皆、呪具の恐ろしさは熟知していた。都市を滅ぼすような強力なものなのだ。だが、その力を目の当たりにして、恐怖がその身を包んでいた。
やがて、薄暗い礼拝堂に黒い霧が立ち込め始めた。禍々しい瘴気だ。
「か、神よ!! 我を救い給え!」
顎髭が慌てて神に祈る。だが、祈りを捧げる彼の頭をガシッと何かが掴んだ。長い爪がギリギリと頭皮に食い込み、血が滲む。黒い霧の中で、それが何かははっきりとは見えない。
「な、何……」
それが彼の最期の言葉となった。顎髭の頭を掴んだ何かが、そのまま彼の頭をねじ切ったのだ。
「……シネ……」
そこに立っていたのは、長い髪で顔を隠した幽霊……死霊…いや、もっと悪質な存在だった。
むしろ実体がある点では、動死体にも近い。だが、その皮膚の色は黒く、不自然に長い腕、顔を隠す長い髪、その髪の隙間に光る紅い瞳の存在が、単なる動死体ではないことを示している。
「ひぃぃぃ」
男達は逃げようとするが、呪いを体現した存在は、まるで空間を渡るかのように男達の前にその身を現し、その首をもいでいく。
あちらこちらで鮮血が飛び、悲鳴が上がる。
あっという間に、生きている教会関係者は、礼拝堂の出口の扉を必死で開けようとしているスキンヘッドだけとなった。
「ぬぬぅ、こんなところで死ぬわけには…… あぐ!?」
そして、彼の背後にも何らかの気配が生じたかと思うと、彼の首がぐるりと一回転し、彼は血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
だが、教会関係者以外でならば、まだこの場に生きている者はいる。
「気が済んだかい?」
黒髪黒目の運び屋を自称していた男。この世界に異世界から渡ってきた男だ。
「シネ……ミんナ……」
にこやかに笑う彼の目の前に、呪いが姿を現す。
ガッ!!!
呪いは男の首にその手を伸ばし、グイグイと締めつける。常人であれば、そのまま首が千切れるほどの力だ。
だが……
「君は運が悪かったんだよ。君は装置として消費された哀れなモブだ」
男の首にかかった手に、さらにギリギリと力が込められる。
「君の役目はもう終わりだ。世界はこのまま流れていく。君の怒りや憎しみは、誰からも歓迎されず、何の意味も持たされない」
「シネ……シね……」
「世界ってのは、深淵に沈むことから逃れようと、その内に生きる存在を競わせる。人間と魔物。神族と魔族。あるいは国家間、宗教間と言った具合に。その競争こそが、戦いこそが、大きな力を産むことを世界は知っている。運が悪い者が、その犠牲になるだけさ」
「すベテ……ほロベ……」
「そう。世界がある限り、君のように運の悪い存在は生まれ続けるんだ。でも、その絶望に何の意味もなく終わるのも悲しいだろう。ボクが君の絶望に意味を与えてやろう。
世界を終わらせる手伝いをするというのはどうだい? この世界だけじゃなく、全ての世界を」
相変わらず、男の首は強い力で締めあげられている。だが、男は一切気にする素振りもない。一つの都市を滅ぼすほどの呪い。だが、男の身の内には、全ての世界を飲み込む深淵が宿っているのだ。
「深淵調べのデータも教えて上げよう。
世界が生まれてから滅ぶまでの期間で、世界中の幸せと悲しみを積分するとね、悲しみの方が多くなるんだよ。幸せには限りがあるけど、不幸には限りがない。幸せは簡単に崩れる。1人の幸せは、多くの人々の悲しみの上に成り立っている。だから、悲しみ――不幸の総量の方が多くなる」
「……シね……シネ」
「それでも世界は、二極化を尊ぶんだ。何も起こらない平穏は深淵への近道だからね。幸せと悲しみに世界を二分した方が、世界は良く回るんだ。
その犠牲者の1人だよ、君は。運が悪かったね」
「があああああああああ!!!!」
平然と語る男の言葉を受け、呪いは大きく叫びながら、その力を男にぶつける。怒り、憎しみ、悲しみ、それらが混然一体となった力を平然と受け止めつつ、男は言葉を紡ぐ。
「さぁ、一緒にそんな世界を終わりにしようじゃないか。ボクについてくるといい」
そう言うと、暇はニッコリと笑った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。更新遅めな時がございますが、御容赦下さい。
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