第180話 伝説の流布。ユキトのパーティーは世界一ぃ!
前回のお話
剣王の称号をかけて、セバスチャンと戦うことになったユキト。
剣の実力で勝るセバスチャンに対して、忍術と超能力も使って挑むユキトは、セバスチャンの剣を弾き飛ばそうと、渾身の一撃を振るったが……?
「さて……このヘイプスバーグの大会に参加して、俺達の名前は売れに売れたわけだ。
街をちょっと歩けば、顔も知らないヤツから、酒の入った杯を渡され乾杯させられるくらいには……げふっ、飲みすぎた」
ヘイプスバーグでの競技大会が終了して2日が過ぎた。街には大会の熱がいまだに残っており、祭りのような賑わいが続いている。今夜も酒場はどこも大いに賑わっていた。その賑わいを大いに堪能した後、宿の一室でユキト達はミーティングを行っていた。
「大会の主要な称号を独占した英雄パーティーって街中で話題になってるわ。私も道を歩いてたら、子供達にサインねだられちゃった!」
子供に人気があることが余程嬉しかったのか、長い耳をピコピコと揺らし、ファウナはご機嫌である。
尤も、その時の焦ったファウナの口から出たのは、「サササ、サイン!? よ、よかよ。か、書いちゃるけんね」という武神としては随分と情けない言葉だったわけだが。
「それにしても、ユキトだけ称号なしかぁ。ファウナさんが武神、フローラさんが魔皇、ストレィさんが万智、そしてセバスさんが剣王だというのに」
「ぬぬぬ、そんなこと言うクレアも称号ないだろうが」
「ありますぅー! 私は創造の女神っていう称号がありますぅ!」
「それ称号じゃないだろ! それは立場だ、立場」
子供じみた英雄と最高神の掛け合いを、パーティーメンバーは苦笑いで見つめている。
「でも、巷ではユキト様の評判も高いですわ。剣王、武神、魔皇、万智という驚異のパーティー。その全員に加護を与えたのはユキト様だと知られています。
私も火球を応用した究極魔法はユキト様に習ったものだと説明しておりますし。全てはユキト様のおかげです」
ユキトとクレアの掛け合いの隙をついて、魔皇フローラが話題を変えつつ、ユキトを持ちあげる。できる娘だ。
「いや、確かに俺は加護と知識を与えたけど、それを磨いて力を引き出しているのは皆の努力だからな。俺のおかげってわけじゃないだろ」
この点については、ユキトは本気でそう考えていた。確かにユキトからの加護がなければ、ファウナ達が超人的な力を得ることはできなかっただろうが、加護の力を十全に引き出すためには日々の鍛錬が必須である。
ファウナもフローラもセバスチャンも、日々、加護を使いこなすための努力を続けており、それが現在の彼女達の実力につながっているはずだった。ストレィだけは純粋に実験や開発を楽しんでいるだけのような気もするが。
「それでも、私はユキト様のおかげだと思っていますわ……でも、そのお話はまたに致しましょう」
納得していない表情で、フローラが話を続ける。
「その噂の続きですけれども、ユキト様本人も凄まじく強いという話が広まっています。剣の腕だけ見ても剣王に迫る実力がある……きっと格闘や魔法も武神や魔皇に次ぐ力があるのだろうと」
「あー、化け物揃いのパーティーのリーダーだから、あらゆる分野で強いって思われているのか」
「こぉんなパーティーを束ねる存在のユキトくんだものねぇ。仕方ないんじゃないかしらぁ」
セバスチャンに近い剣の腕を持ち、ファウナに次いで格闘に長け、フローラに匹敵するほどに魔法に通じている。どうやら、世間の人々がイメージするユキトは、相当な化物であるようだった。おまけに魔道具についての知見もあることになっている。
「なにしろ、ユキト様とセバスの試合は素晴らしい戦いでしたもの。ユキト様が剣王の称号を逃されたと言っても、紙一重の差でしたわ」
そう。ユキトは剣王の称号を逃していた。
セバスチャンの剣を弾くことを狙ったユキトの一撃。それは、相手の虚をついた渾身の一撃だった。
だが、何故かユキトは途中でその剣筋を変え、剣を弾き飛ばすのに最も有効と思われる剣の根元ではなく、その剣身へと攻撃を叩きつけたのである。
その結果、セバスチャンは辛うじて剣を失わずに済んだ。それでも、あと僅かに手の力を緩めていたら、剣を弾かれていたはずだ。
だが、最後の攻撃が不発に終わったことは間違いない。ゆえに、次の瞬間にはセバスチャンの剣がユキトの喉元に突き付けられ、ユキトは素直に降参を宣言したのだった。
「ユキト、惜しかったわよね。
というよりも、最後何か戸惑ったみたいに見えたけど?」
「ええ、ユキト様があのまま剣の根元を攻撃していれば、私めも剣を弾き飛ばされていたと思います。なぜ、急に剣筋を変えられたのでしょうか?」
試合の時から気になっていたであろうセバスチャンが、ユキトに向かって怪訝そうに尋ねる。それを受けて、ファウナ達もユキトに視線を向けた。
「うーん、あれかぁ。
まず前提として、俺って戦闘中はテレパシーの超能力を使って、相手の攻撃を読んでるのは皆知っているだろ? でも、剣の達人って攻撃時にも心が平穏なままで乱れないし、セバスさんの攻撃を察知するのってすごく難しくてさ。だから、あの試合でセバスさんの攻撃を回避できてたのは、別の超能力のおかげなんだ」
「ふむ、別の超能力? テレパシーという能力以外の……ですか」
「あぁ、それが『予知能力』ってヤツ。僅かな時間だけど、これは相手の動作の先読みが出来る」
「予知……それはとてつもない力ですな。僅かな時間であっても、戦いの中で先が見えるということは相当に有利でしょう。不意打ちなどは回避できますし、攻撃時も役立ちますな」
感心したようにセバスチャンが頷く。同時に先日の試合で、ユキトが的確に攻撃を捌いていた理由にも納得がいったようだ。
「まぁ、常時発動してるわけじゃないけど、この力にはかなり助けられた。
この予知能力を使って、どうにかセバスさんとやりあえたって状態だったから、これがなかったら早々に負けていたはずだ。
……でだ。この予知によると、俺の最後の攻撃によって、狙い通りにセバスさんの剣を弾き飛ばせたはずなんだけど、その弾かれた剣は観客席に飛び込んでしまうらしくてな……」
「なるほど……観客席には危険回避のために防護魔法も張ってありましたが、私めの刀気を纏った剣であれば、軽々と貫いたでしょう。そうなれば、観客が怪我……運が悪ければ、命を落としていた可能性もありますな」
ユキトは予知の力によって、観客席に被害が出そうな未来が見えてしまったようだ。それを回避するべく、あわてて剣の軌道を変更したということらしい。
「視えたのは、弾かれた剣が観客席に向かうまでだから、実際に被害が出たかは分からないけどな。
ま、そういう攻撃のコントロールも含めて、セバスさんには届かなかったってことだから、結果に悔いはないけどさ」
ユキトとしても、剣の実力という意味では、剣王の称号はセバスチャンにこそ相応しいと思っていた。予知や瞬間移動を使えば、それなりにいい勝負になることは分かったが、ルール上ではOKであっても、やはり純粋な剣技とは少々異なるものだ。
「そう言うことだったのね。でも、ユキト。私もあの場で応援してたの忘れてない?」
少し不満気にファウナが言葉を挟んでくる。
「え?」
「いや、もし弾かれた剣が観客席に飛び込んだとしても、私が止めれたと思うよ?」
なるほど、確かにファウナの実力があれば、瞬時に剣をキャッチして、被害を喰い止めることは容易い。というか、仮に試合舞台から観客席に向かってサブマシンガンを乱射しても、ファウナならば全ての銃弾をキャッチ可能だろう。
「あー、そうか。 ……でも、あの一瞬では思いつかないだろ。仮に思いついたとしても、ファウナが止めてくれるのを前提にするわけにもいかないし……」
「ま、それくらいが優しいユキトらしくていいけどね」
ファウナがニッと笑う。
その純粋な笑顔の不意打ちを受け、内心で(しまった……剣王の称号逃したか……)などと考えていたユキトは、思わず目を逸らしたのだった。
―――さて……これで、この世界に暮らす人々にユキトを英雄と認識してもらうっていう目的は果たせたかな。てなわけで、そろそろサブシアに戻ろうか」
各自の報告から、雑談へと話題が移ってきた頃、クレアが真面目な表情で話を切り替えた。その言葉を受けて、ユキト達の表情が引き締まる。
クレアールの提案した、暇対策。ユキト達はそのために、わざわざ南大陸までやってきて、そのチートな力を見せつけて回っていたのである。
暇はその絶大な深淵の力を使い、ユキトの加護の参照先、すなわち日本のエンタメ作品に対してジャミングをかける。それにより、参照先を失ったユキトの加護は無効化されるのだ。
だが、クレアールによれば、ユキトがこの世界の英雄となることで、加護無効化への対抗策になるのだという。ここではメカニズムの詳細は省くが、充分にユキトの伝説を流布したことで、その準備が完了したことになる。
「これで、あの頭のおかしな男が戻ってきても、どうにかなるってことね。できれば戻って来ない方がいいんだけど……」
「そう願いたいもんだな。でも、シュレディンガーだっけ? あの猫そっくりなヤツが言うには、アイツはきっと戻ってくるはずだとさ」
「しかし、シュレディンガーさんの仰ることは信用できるのでしょうか? いえ、シュレディンガーさんに私達を騙そうという意図があるとは思っていませんわ。
でも、あの暇さんはとても気紛れな方に見えました。シュレディンガーさんの予想が外れることもあるのではないでしょうか?」
フローラが言うように、暇は非常に気紛れな人物に見えた。その行動を読むのは難しいだろう。
「うーん、シュレディンガーは随分と長いこと暇と一緒にいたらしいからな。俺達よりは当たる確率は高いんじゃないか?
ま、暇がディオネイアに戻って来ないならそれに越したことはない。だけど、対策は立てておかなきゃな」
「そうねぇ。最悪を想定するのが大事よねぇ。私もぉ戦闘用の魔道具とか少しは準備しておこうかしらぁ。
……といっても非力な私はぁ、英雄のユキトくんに頼りたいところだけどぉ」
そう言いながら、ストレィが軽くユキトの腕に触れる。それを見たファウナの耳がピクッと動いた。何かが気に入らなかったようだ。
「俺は英雄なんてガラじゃないんだけどな。とはいえ、やれることはやっておかないと」
本来、ユキトは功名心などとは無縁な人間だ。英雄と呼ばれて称賛されるよりは、目立たずに平穏に生きていたいクチである。そんなユキトが、クレアの立案した作戦とは言え、世界中に自身の名を広めている。
(やっぱりアルマのことがあるのよね……)
ファウナはユキトの顔を見つめる。恐らく、ユキトは今、アルマのことを頭に浮かべているはずだ。
ファウナにとってもアルマを失ったことは大きい。インウィデアを倒して、世界に自分達を脅かす存在はいないだろうと油断していたのかもしれない。
ユキトもあまり口に出さないが、仲間を犠牲にしたという後悔が、心の奥に燻っているのは間違いない。あの時は他に手段がなかったとはいえ、いや、だからこそユキトは手段を選ばずに対策を講じているのだろう。
「あと、暇のあの力も気になるな。
深淵だっけ? 単なる攻撃や防御に使うだけじゃなくて、世界の法則にも影響を及ぼすことができるみたいだったけど」
「深淵の力はその性質上、防御や法則操作には向いていない力だと思うけど、莫大なエネルギーを持つからね。変換効率を少しばかり犠牲にすれば、そういうこともできる。尤も、この世界に限れば、私の管理権限の方が上だったけどね」
「よっ流石、最高神」
少し固い話になっているのを緩和するためか、ユキトが間の手を入れる。クレアも少し得意気な表情だ。
「まぁ、ユキトを元の世界に帰してあげられない程度の力だけどね。力を送るだけならともかく、魂を持った者を異世界に送還するのは難しいの。特に私たちがいた世界は、エネルギー的に高い位置にあって……」
「まぁ、それは納得しているからいいんだ。こっちはこっちで楽しいからな。だから、俺としてはこっちの暮らしを守りたいんだ。あんなヤツに邪魔されたくない。
で、アイツの持っている深淵の力ってそもそも何なんだ? シュレディンガーは、暇が深淵そのものを呼び出し、その身に宿したって言ってたよな」
強い意志と覚悟を宿した眼をして、ユキトが尋ねる。先程、剣王のタイトルを逃したと後悔していた人間とは別人のようだ。その真剣な横顔を見て、ファウナは「はぅ」と小さく息を吐いた。長い耳の先が少し赤い。
「私も正確に知っているわけじゃないんだけど、深淵っていうのは全ての世界がいずれ還る先のこと……かな」
「いずれ還る……うーん、滅びとか破壊、死と似たような概念か?」
「滅びとかとは、ちょっとだけ違うかなー。滅びとか破壊、死ってのは、深淵に向かう動きの1つに過ぎないの。深淵っていうのは、ある意味で全ての根源であり、全ての終着点かな」
クレアールは世界の創造を司る。そのクレアールであるからこそ、完全な永遠というものが存在しないことを知っている。無限と名がつくものは、せいぜいが手続き上の無限であり、可能無限の話だ。
仮に無限や永遠という理を持った存在があったとしても、その理ごと、理を持つ世界ごと、ゆっくりと深淵に沈んでいく。そういうものだ。
「一方で、全ての世界、生物、意識は本質的に深淵から逃れようとしているとも言えるかな。いずれは深淵に消えると分かっていても」
だからこそ、人間はその逃れ得ない深淵から目を逸らすために、エンターテイメントを発達させてきた――クレアールはそう続けた。
「うーん、なんだか中二病的なものだということは分かった」
「確かにね。でも、私達の世界だけでなく、様々な世界の人類、いや知的生命体が、意識的にも無意識的にも対抗しようとしてきたもの……そういう力だと言うことは覚えておいて」
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