第18話 戦え!ダンジョンボス!
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「いや、ファウナ……」
「ん? どうかした?」
扉を蹴り飛ばして涼しい顔をしているファウナを、唖然とした表情で見つめるユキトとフローラ。その中でセバスチャンだけは鋭い眼光で扉の奥を注視していた。これは年季の違いであろう。
「皆さま、当たりのようですよ」
セバスチャンの言葉にユキトも我に返り、改めて内部に目を向ける。
扉の向こうはかなり広い円形の空間になっている。直径は100メートル程あるだろうか。壁には無数の灯鉱石が埋め込まれ、内部の明るさは充分だ。
だが、その光を背に受けて、大きな影が部屋の奥の左右に1体ずつ、ユキト達の入ってくるのを待ちかまえていた。
逆光ではっきり見えないが、シルエット的にはオルグゥとほぼ変わらないように見える。ただし、角は左右に1本ずつ伸びている。通常のオルグゥは額から1本のみだったことを考えると上位種であるのは間違いなさそうだ。
「ハイネスオルグゥのようですわ」
フローラが小さい声でその名を告げる。今のフローラはその目に魔力の光を宿している。魔物の名称を知ることのできる分析魔法だ。
ハイネスオルグゥはオルグゥの上位種であり、その戦闘力はオルグゥの数倍と言われる魔物だ。オルグゥが大量発生した時に、その群れを率いる統率個体として出現することが知られている。
カルムオルグゥのように身体の一部が鉱石化しているようなことはないが、筋肉の密度が圧倒的に高く、普通の冒険者が斬りつけた程度では皮膚に浅い傷を負わせるのが精一杯であるという。
「こいつらがダンジョンのボスか?」
ユキトは、ボスが1体だけでないことに対して「想像と違うな」などと考えている。巨大な魔物が1体のみで出現すると思っていたのである。
4人は警戒しながら部屋に侵入する。左右のハイネスオルグゥは、ユキト達を鋭い眼光で凝視している。
「俺とファウナは左のやつを、セバスさんとフローラは右を頼む」
ユキトは2手に別れる提案をする。ファウナの剛腕を持って片方を早めに倒し、すぐにセバス組に加勢するというプランだ。魔法少女となっているフローラならば、防御魔法も使えるはずである。
だが、その時――
「ユキト!!! 上よ!!」
ファウナの叫びに一同が上を見上げる。
そこには巨大な鬼が天井に張り付いていた。
身の丈はおよそ5メートル程度。その顔は般若そっくりであり、頭には1対の鹿の角。ざんばら髪が胸元まで達しており、修験者のような白い装束を纏っている。
口に至っては耳元まで裂け、長い牙が上下に伸びていた。牙は長すぎて、物を食べる時にも使えそうにないと心配になるほどだ。威嚇の効果は充分であるが。
ユキトと般若の目が合う。
(怖ええええええええぇ!!!!)
爛々とした眼光は、こちらを皆殺しにするつもりであることをビシビシと伝えてくる。
ユキト達に存在を知られた般若は、その両手両足を天井の岩から離し、ユキト達の前方に着地した。
ズズン……
その巨体にしては静かな着地であったが、それでも足元が小さく揺れる。
着地した般若を見ると、その尻の部分からは蜂を思わせる黄色と黒の縞模様の腹が伸びており、背中に向かって反り返っていた。背中を覆うほどに太く禍々しい腹部は、蜂のそれと同じく脈動している。
「クィーンオルグゥ・ウラ……」
冷や汗を流しながら、フローラが呟いた。どうやら名前持ちらしい。ヤバそうなことはユキトでも分かる。
「これほどの魔物がいようとは……」
セバスチャンですら焦っているようだ。ファウナも油断なくウラと呼ばれたオルグゥを見つめている。
「……ダンジョンコアが額にありますわね」
フローラがウラの額にある宝石のようなダンジョンコアに気がついた。分析魔法の効果だろうか。
コアと同化しているということは、このウラはダンジョンマスターということだ。こいつを倒せば、ダンジョンはその魔力を失い、ただの洞窟となる。
そのあまりの異形に動けなくなっていた一同であったが、最初に動いたのはファウナだった。
「私がアレを抑えるから、ユキト達は先にハイネスを倒して」
ファウナが決意を込めた声で呟く。
「お、おい」
ユキトが止めようとしたが、既にファウナはクィーンオルグゥ・ウラに向かって走り出していた。
「ちっ! 早めに倒してファウナの援護に回るぞ! セバスさんは左のを頼む! フローラ、防御の魔法いけるか!?」
慌ててユキトは指示を出す。
セバスチャンは左のハイネスオルグゥへ、ユキトとフローラは右のハイネスオルグゥへと向かった。
ハイネスオルグゥに走り寄りながら、フローラは防護魔法を展開する。バリヤのような光の壁がフローラとユキトの前方に出現する。
対するハイネスオルグゥも、その巨体に似合わぬ俊敏さで2人との距離を詰めると、光の壁に向かって、思い切りその右拳を打ち込んできた。
パァーーーーン!!!
光の粒子が飛び散り、光の壁に亀裂が入る。だが、ハイネスオルグゥも拳を弾き返されて、体勢を崩した。
その隙をついて、光の壁の内側からユキトの剣が突き出される。ハイネスオルグゥの首元を狙った一撃だ。
対するハイネスオルグゥはとっさに左手で首をかばった。ユキトの剣は深々と左の掌を貫いたが、狙いをずらされ、首に対しては皮を裂いた程度の傷しかつけられていない。
「ちっ、浅いか」
左の掌を貫いた剣を握られる前に、ユキトは素早く剣を切り払う。掌を斬り裂かれて、慌てて距離を取るハイネスオルグゥ。
「グルルルル」
低いうなり声を上げ、ハイネスオルグゥはユキトを睨みつける。
今の攻防で分かったが、ハイネスオルグゥは相当な敏捷性を持っているようだ。
その時、背後から突然激しい光と熱気が発せられた。振り返ると、ウラがファウナに向かって、口から火炎を吐いている。流石にクィーンともなると、ブレスを吐けるらしい。
「ファウナ!!」
思わず大声を出すユキト。
ウラの口から吐き出された炎は紅蓮と呼ぶに相応しい色合いで、広範囲に広がってファウナを襲う。
「ハッ!」
だが、ファウナは気合一閃。光のオーラのようなものを身体から放ち、その勢いで火炎を払ってしまった。あれは気だ。闘気だ。コスモだ。そういった何かだ。
「あいつ、いつの間にあんな芸当を……」
すっかりバトル漫画の定番を身につけているファウナに驚きを隠せないユキト。
「ユキト様! 前を!」
ファウナに目を向けっぱなしのユキトに対して、フローラが慌てて声をかける。こちらはこちらでハイネスオルグゥとの戦闘中である。
幸い、手を斬り裂かれたことによって、敵も迂闊にユキトたちに近づく気はなさそうであった。
「ならば、火炎球!!」
距離があるのであれば、遠距離攻撃を行えばよい。火炎球はフローラが魔法少女に変身する前から、唯一使用可能であった魔法だ。フローラのロッドの先から、メロンくらいのサイズの火球が出現し、相手に向かって一直線の弾道を描く。
だが、ハイネスオルグゥは回避する様子も見せず、飛んできた火球を右手で受け止めた。
バシュ!!
炸裂して周囲に火炎を撒き散らす火の玉。だが、ハイネスオルグゥはそのまま火の玉を握り潰してしまう。指の隙間から炎が上がるが、そのままかき消される。
「素手で……」
フローラは唯一の攻撃魔法が通じなかったことで、軽くショックを受けた。だが、ユキトはそこに勝機を見出していた。避けようとしないのであれば、目くらましとして使えるはずだ。
「フローラ。今のヤツを二連発で行けるか?」
「え? 変身前は難しいですが、この姿なら」
「頼む」
ユキトに考えがあると察したフローラは再びロッドを構える。
バシュ! バシュ!!
少しの間をあけて2つ連続で飛び出した火球に対して、やはり避けようとしないハイネスオルグゥ。
同じように受け止めようと手を前に伸ばす。どうやら知恵はオルグゥと大差ないらしい。
先ほどと同様に1発目の火球が着弾し、火炎が飛び散った瞬間、ユキトは一気に相手に走り寄る。もちろん2発目の火球の軌道と同じコースをとる。
飛び散る火炎は走り寄るユキトの姿を隠し、さらに2発目を受け止めようとしているオルグゥはユキトに気付かない。
2発目の火球が着弾し、再び火炎がまき散らされる。
ここでハイネスオルグゥは火の玉を握りつぶそうとして、ようやく目前にユキトが迫っていることに気がついた。
ハイネスオルグゥは慌てて首元をガードしようと試みるが、ユキトとしてもそう動くであろうことは想定済みだった。しっかりと喉元を狙って剣を突き出す。青く光るその剣は、かばった右腕を貫き、今度こそハイネスオルグゥの喉を貫いたのだった。
――痛ててて、ようやく倒れたか。」
流石はハイネスの名を頂く魔物というべきか。ハイネスオルグゥは喉を貫いたにも関わらず、すぐには死ななかった。喉を貫いたユキトを殴り飛ばし、そのままフローラの防護魔法に攻撃を仕掛け、防壁に弾き返されて、ようやく力尽きたようだ。
ユキトは倒れたハイネスオルグゥに近づいて、念のため剣でとどめを刺す。戦いの中で感覚が麻痺しているのであろうが、たくましくなったものだ。
なお、先ほど殴り飛ばされたダメージは流石にゼロではないが、軽い打撲といったところだろう。普通の冒険者なら重傷もしくは死んでいる。メタルヒーロー万歳である。
「さて、戦局は?」
ユキトは部屋を見渡すとセバスチャンの方も決着がついたようだ。
セバスチャンの足元には、左腕を斬り落とされ、背中と脇腹に大きな裂傷を負ったハイネスオルグゥが倒れ伏している。
セバスチャンは素早い動きで、ハイネスオルグゥの攻撃を回避しつつ、鬼殺しの加護が宿ったオルグキラーで何度も斬りつけ、ダメージを積み重ねたのであった。
振り回される拳を避けると同時に、すれ違いざまの一閃。これを繰り返す。言うは簡単だが、ハイネスオルグゥは巨体の割には俊敏である。並の冒険者では、不可能な芸当だ。
「よし!ファウナを援護するぞ!」
ユキトがファウナの姿を確認すると、服はところどころ破れ、ファウナ自身も打撲や切り傷を負っている。彼女の動きをもってしても、ウラの攻撃を避け続けるのは難しかったようだ。
ユキトはファウナの元に駆けつける。
「ファウナ! 俺達にも援護を……あれ?」
ファウナの対面には、壁にめり込んだ般若野郎ウラの姿があった。左腕は変な方向にねじ曲がっており、その般若面に似た顔はところどころヒビが入って欠けている。牙も1本を残して折れ、口からも赤黒い液体を流している。惨事である。
なにより、肝心のウラの額にあったダンジョンコアと思しき宝石が砕けており、その目からは既に光が失われていた。大惨事である。
「いや、結構危なかったなって……てへ」
異世界でもテヘペロがあるのだろうか。ユキトに向かって舌を出すファウナ。
それなりに傷を負っているとはいえ、ダンジョンマスター相手にとんでもない戦果である。
「……今のファウナってS級くらいあるんじゃないか?」
今後、絶対にファウナには逆らわないようにしようとユキトは心に誓った。
こうして、ダンジョンマスターでもあったネームドモンスター「クィーンオルグゥ・ウラ」はエルフの格闘家の手で仕留められたのであった。星をぶっ壊すようなヤツらをモチーフにした加護持ちが来たのだから仕方がない。
ウラは犠牲となったのだ。
ここまでのお話、皆さまに楽しんで頂けていると良いのですが。
感想やブクマ、評価を頂けると幸甚です。宜しくお願いします。
8/27 文字数調整のため、いくつかの話を分割したため話数がずれました。(ストーリーには影響ありません)