第174話 お留守番?領主代行は耳が長い
先週、急用のため少し更新に間が空いてしまいました。申し訳なし。
前回のお話
順調に南大陸で名前を売っていくチート一行。
ファウナ、フローラあたりは完全にオーバースペックであった。
異世界では、科学の発達が地球のそれよりも遅くなる傾向がある。その最たる要因は魔法の存在だ。技術の向上に力を入れずとも、魔法で代替が可能なことも多い。また、魔法は必ずしも再現性を保証しないため、因果に基礎を置く科学の発達を阻害するのである。
「――と言う点を考えても、この街だけ数百年くらいは進んでるんじゃないかな? 今見えてるこの風景は某ドラゴン征伐のRPGよりは、最後の幻想系RPGの世界観に近い気がする」
サブシアの領主館の窓から外の様子を眺めつつ、アウリティアはそう呟いた。現在、彼は南大陸を旅するユキト達の留守を預かる形で、サブシアの地で領主の代行を務めているのだ。
アウリティアが述べた通り、サブシアの技術レベルは他を圧倒していた。もちろん、この状況は、ユキトがこの世界に持ち込んだ電子辞書由来の知識に起因している。そこから異世界の知識を吸い上げたストレィが、この世界向けに修正した技術を、職人達を通してサブシアに広げた形だ。サブシアの街にはコンクリート製の建物が並び、一部では蒸気機関が実用化されていた。
「最後の幻想? エルフの、お主の言葉はよう分からぬ。
だが、技術はともかく、料理が美味いことが良いことなのは確かじゃのぅ。ほれ、このはんばぐかれぇなど脆弱な人間種が考えたとは思えぬ至高の品じゃ」
同じく留守番役であるイーラは、サブシアの料理に舌鼓を打つ毎日だ。カレー、ハンバーグ、オムライス、チャーハン等々の地球産レシピはサブシア内に広く公開されている。アウリティアにより再現されたラーメンについても、サブシア産の食材によって、よりオリジナルに近いものが専門店で供されるようになっていた。
「そもそも地球産の食材を生成できるってのが、ズルいんだよなぁ。俺がラーメンを再現するためにどれだけこの世界で似た食材を探しまわったことか……」
そう言って、アウリティアが苦笑いを見せた。その横では、イーラがカレーの上に鎮座ましましているハンバーグに木匙を突き立てている。ただし、彼女はその姿を小学校低学年程度に調整しているため、見た目は非常に愛らしい構図となっていた。
「はむ……ふぐ……美味いのぅ」
「お、今日のハンバーグはチーズ入りか。確かに美味そうだな。
って、そう言えば、チーズに関する知識の販売依頼が他領から来てたっけか。契約書類を揃えないと……ったく、代理とは言え、他国……しかも人間の国で領主をする羽目になるとは思わなかったなぁ。俺は面倒な事は避ける主義だったのだけど」
アウリティアがほぅと溜息をつく。
「むぐ……むぐ。確かにエルフのは面倒臭がり屋であったの。されど、クレアール様からの頼みじゃから、仕方あるまい。むしろ光栄に思うべきじゃ」
イーラが述べたように、アウリティアがサブシアで領主代行などに就いているのは、旧友かつ神であるクレアールに頼まれたからだ。これが本当の神頼みである。
「こっちも渋ったんだけど、神威を発するぞ!と脅されたからな。この世界に生まれた者としては、神威を発せられるとどうしようもない」
神威とは神が発するオーラのようなものであるが、この世界の者を問答無用で畏まらせる効果を持つ。どうやら、クレアールは強引にアウリティアに領主代行を押し付けたようであった。
もちろん、アウリティアがその名を轟かせる七極の一角とは言え、普通は領主をその国に属さない者に任せることなどあり得ない。しかも、その者が人間ではなくエルフの王配ともなればなおさらである。更に言えば、ユキトが領主の立場であるにも関わらず、有給休暇を取得して、南大陸を旅する時点でありえないのだ。
だが、国の権威など最高神の権威の前には霞んでしまう。クレアールが「こういうことになったから、ヨロ!」とアスファール王に告げることで、万事解決である。神からそう言われれば、アスファール王としても「ははぁ!」と平伏して受け入れるしかない。アスファール王国においても、王権とは神より与えられたものということになっているのだ。クレアは名義貸しみたいなものだと言っていた。
尤も、クレアールが降臨していることは王国の上層部、それも極めて一部の者のみにしか知らされていない。そのため、一部の貴族はユキトの勝手な行動に少しばかり眉を顰めたようだった。それでも、王国一の軍事力、経済力、技術力を持つサブシア領に正面切って文句を言うような貴族がいようはずもない。せいぜいが「シジョウ卿は冒険爵であらせられるのだから、その爵位の名の通り、堅苦しい貴族生活よりも冒険の方をお好みなのでしょうな」と皮肉を述べる程度であった。
そのようなわけで、現在のサブシア領の運営は領主代行のアウリティアが担っている。執政者としての経験もあるので、悪くない人選であろう。
「まぁ、面倒臭いけど、この世界のためでもあるから仕方ないか」
そう述べたアウリティアは、再びその青い瞳を窓の外へと向けた。そこに広がる街の景色には、かつて暇によって破壊がもたらされた形跡は一切残っていない。だが2年前のあの日、駆けつけたアウリティアの目に映った破壊の光景は、そう簡単に忘れられるものではなかった。
ここで、アウリティアの呟きに呼応するように、部屋の隅で丸くなっていた黒猫らしき存在が言葉を発する。
「して……シジョウが南大陸とやらを回ると、暇に対抗できるのか?」
この黒猫のように見える生物の名前はシュレディンガー。こことは異なる世界の出身で、長らく暇と行動を供にしてきた存在らしいが、彼の仲間というわけではないようだ。どちらかと言えば、彼の観察者のような立場だったらしい。
そんなシュレディンガーが、なぜサブシアの領主館で丸くなっているのかと言えば、暇がアルマによって異世界へと飛ばされた直後に、彼の方からユキト達に接触してきたのである。あの日、シュレディンガーという黒猫のような生物も、暇に同行して、サブシアにやってきていたらしい。
「我は暇からシュレディンガーと呼ばれていた存在だ。深淵を喚びし男の行く末を見届けたいと考えていたが、時空の狭間へと放り出されたとなれば、もはやこちらから追うこともできないな。
だが、貴様達とともにここで待てば、いずれ暇はここに戻ってくるだろう」
そのようなことを述べるシュレディンガーに対し、当初こそ警戒していたユキト達であったが、彼に敵意がないことを確認すると、猫代わりとして領主館に住まわせることにしたのである。
一見したところでは黒猫そのものであるシュレディンガーだが、空間を操る能力に長けており、その戦闘能力は普通の魔物を大きく凌ぐ。とはいえ、ユキトのパーティーはそれを超える化物揃いであるし、シュレディンガー自身も戦闘を好まない種族らしく、危険性はほぼないと判断されたのだ。
そんなわけで、シュレディンガーはサブシアの領主館で飼われているのである。
「そもそも、先の戦いではシジョウの加護は、暇に打ち消されたのだろう? 南大陸を回ることで、暇に対抗する術が見つかるというのか?」
窓からの明るい日の光を受け、シュレディンガーの瞳孔は針のように細められている。そんな瞳と視線を交わしつつ、アウリティアが言葉を返す。
「クレアールの案が当たれば、ユキトの能力も一方的に封じられることはなくなるはずだ。それよりも、暇ってヤツがこの世界に戻って来られない可能性の方が大きいんじゃないか? アルマが相当な高出力で時空間の狭間に吹き飛ばしたわけだしな」
「確かに……普通であればこの世界に戻ってくることは難しいだろう。如何に暇が異界漂流の能力を持っているとしても、数多もの世界を渡り歩くことになる。試行を繰り返しても、この世界に戻るまでに数千、いや数万年はかかるかもしれん」
「じゃあ、ほぼ無理ってことだろ?」
「そうだな。だが、それはあの男が普通であればの話だ。だが、アレはきっとそう遠くないうちに戻ってくる気がする。あれはそういう男だ」
黒猫はそう述べると、静かに毛づくろいを始めるのだった。
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「さて、次の世界へ行ってみるか」
シュレディンガーとアウリティアがそんな会話を繰り広げていた頃。いや、正確には時空が異なるため、時間軸を共有しておらず、ディオネイアの時間とは単純に比較できないのであるが、暇はひとつの世界を終わらせて、次の世界へと飛ぼうとしているところであった。
「おのれ……おのれ……許さぬぞ」
怨嗟の声が世界中から溢れていた。世界に呻き声が満ちている。だが、世界からの恨みと憎しみを一身に受けつつも、暇はいつも通りの平然とした様子で微笑んでいた。
「いやぁ、これほど長いムカデはボクも初めて作ったよ」
暇は、この世界に暮らす数億の人間を「つないで」しまったのだ。しかも、その中には力や能力を奪い取られ、人間と同程度まで弱体化されたこの世界の神々や魔族も含まれていた。それ以外の動植物や魔物は完全に滅ぼされており、荒れ果てた荒野の地平の果てまで伸びたムカデが、ひたすらに行進するだけの世界と化してしまっている。
「でも、もう飽きたから次に行くね……バイバ~イ」
そう述べると暇は、異界漂流の能力を発動させた。
ブン……
輪郭を震わせて、暇の姿が掻き消える。
この能力は、近隣の異世界へとランダムで移動する能力だ。どんな世界に、どのような形で辿り着くかは一切不明である。別の世界に魔法陣で召喚された形で出現することもあれば、異界と繋がる門から吐き出されることもある。その際に、何らかのチート能力が得られることが多いのは、ラノベの通りだ。
逆に、それまで与えられていたチート能力は、新しい世界へ移動する際には失われることがほとんどである。これは、「能力」というものが、異世界ごとのシステムによって再現されているため、その世界から離れてしまうと能力の発動圏外となってしまうことに起因する。
「さっきの世界では『絶対魔法遮断』能力だったけど、次の世界ではどんな能力が得られるかなー? 楽しい異世界だといいなぁ」
次の異世界に漂着するまで、ゆらゆらと時空を漂いつつ、暇はそんなことを呟く。彼が流れ着く世界にとっては、まさに降って湧いた災難であった。
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