第172話 破壊と再生!世界樹の顛末!
前回のお話
異世界モノのお約束展開を圧倒的なチート能力で解決するユキト達だった。
狙い通りに南大陸にもユキトの名が知られていく。
「よし! これで世界樹編、終了っと」
そう宣言したユキトの目の前には、生き生きと葉を繁らせた世界樹が、天をも突き破らんとばかりに聳え立っている。その大きく広がる枝は雲を突き抜け、梢の先は蒼く霞んでいた。
「世界樹に到着してから問題解決までの時間、わずか53分ってところね。しかも、私の助力なしで。神でもある私が言うのもなんだけど……ホント常識外れ」
事の顛末を眺めていたクレアがそんなことを呟いた。彼女の手には、ストレィの製作した懐中時計が握られているが、こんなものがなくとも神であるクレアは正確に時間を計測することが可能である。まぁ、気分の問題だろう。
一方、先行して世界樹の問題解決に取り組んでいたと思われる他の冒険者達は、目の前で起こった事態について行けず、あんぐりと口を開けた呆けた面で世界樹を眺めているだけだ。何故かこんな場所にいるメイドさんの存在に気を向ける余裕はないようである。
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時間を少し戻す。
ユキト達が世界樹の元に辿り着いたのは、懐中時計が朝の9時前を示す頃合いである。その時の世界樹の様子は、どんよりと濁った瘴気を纏っており、その枝葉からは黒紫色の粘液を滴らせているという酷い有様であった。瘴気も粘液も確実に有害であろう。更には粘菌のような生物が幹表面に大量に取りついており、近づく生物を取り込もうと脈動していた。
「うわぁ……これは……もう手遅れなんじゃ」
その惨状を見て、ユキトも思わず絶句したほどだ。
世界樹というものは、地球では例がないほど巨大に育つ樹木である。地球上で最も高い樹高を持つ樹としてはセコイアの木が挙げられるが、知られている記録は115メートル程度だ。
それに比べると、世界樹はキロの単位の樹高を誇っている。内部に亜人種が集落を構えているほどと言えば、その巨大さが分かるだろう。その巨大さに見合った凄まじい生命力を持っている植物であり、その葉や枝には神聖な成分を含み、万病に効くと言われている。また、その巨大さゆえに周囲の自然環境の構築に多大な影響を与え、地域の気候を安定させる役目も果たす。まさに地域の守り神的な、神聖視される存在なのであった。
その世界樹に異常が起きている。冒険者ギルドでそのように耳にしたユキト一行は、その問題を解決すべく、世界樹の元へ駆けつけたというわけだ。
「最寄りの集落の冒険者ギルドによると、世界樹を腐らせる存在に取りつかれたっていってましたわ」
フローラが心配気に大樹を見上げる。確かに見上げた範囲でも、葉の8割程度が何かに侵されて変色しているのが分かる。
「うーん……セバスさん、瘴気が出てる葉を一枚斬ってもらえる?」
「承知しました」
ユキトが頼むが早いか、セバスチャンが高々とジャンプして、剣を一閃する。やがて、セバスチャンが着地するのに遅れて、巨大な葉が地上へと落ちてきた。直撃すれば、家くらいは潰してしまうサイズだ。
ズズン……
落ちてきた葉を見れば、表面の一部は泡だった粘液に覆われており、その泡からは紫色をした霧状の瘴気が発せられていた。このような禍々しい状態が正常であったなら、世界樹が神聖視されるはずもない。確実に病気の類であろう。
「ストレィ、顕微眼鏡って作ってたよな。フローラの防毒魔法でガードしながら、葉の状態を確認してくれるか?」
「えぇ……気が進まないけどぉ、仕方ないわねぇ」
ファウナやフローラが戦闘部隊なら、ストレィは科学部隊だ。勉強熱心なストレィは、地球の学問の基本的な部分はほぼ習得している。その知識とこの世界の魔法を組み合わせることで、彼女の魔道具は、現代日本の各種家電・機器の機能をほぼ再現するに至っていた。
しかも魔法がある分、地球の製品よりも便利な点も多いのだ。この旅でも、収納魔法で冷蔵庫や電子レンジをも持ち運んでいるのだが、魔力で動くのでコンセントにつながなくても良いのである。
今回は、世界樹の葉を診察するために、顕微眼鏡なる魔道具を使うらしい。これは光学の知識を魔法に応用して製作されたもので、その名の通り対象を相当の倍率で拡大視することができる。
「うーん、どうやら菌類系の魔物に侵されているみたいねぇ。魔菌ってところかしら」
世界樹の葉を念入りにチェックしたストレィの診断によると、世界樹の葉は菌類の魔物に侵食されているようだった。となると、幹の表面にいた粘菌も同じようなものだろう。
「やっぱりそうか。まぁ、見たからに腐海っぽいっていうか、そんな感じだしな。
ん~でも、世界樹って万病に効くんだろ? その世界樹をこんな状態にしているってことは、普通の魔物じゃないってことだよな……あ、ひょっとして神位体ってヤツか」
同一種族の中でも突出して強力な個体である神位体。菌系の魔物の神位体であれば、世界樹を侵しても不思議はないだろう。
「しかし、そうなると退治は難しいな。相手が菌ともなると、内部に菌糸を伸ばしたりして、広がっているんだろうし」
ユキトは世界樹を見上げながら、眉をひそめた。
「世界樹の中に入って、病巣の中核を探すのが良いだろうってギルドで言ってたわね。先行している冒険者パーティーも中に入っているみたいだし……」
ファウナが最寄りの冒険者ギルドで聞いたところによると、病巣の中核を叩くために、高位の冒険者が先行しているらしかった。彼らは病巣の中核を探し、世界樹の中を探索しているはずだ。
「でも、病巣の中核を倒しても、末端の菌まで全滅させるには至りませんわ。病気の勢いを弱めることはできるでしょうけれど」
フローラも困った表情で上を見上げた。ユキトは腕を組んだまま、指をトントンと打ちつつ、何かを考えている。クレアに尋ねれば、対処法を一から十まで教えてくれるのだろうが、何もかも聞いては面白くないということだろう。
「ん~……よし、この手で行こう。
セバスさん。ちょっと、まだ元気そうに見えるあの枝を斬ってくれる? ストレィは、落ちてきた枝が菌に侵されていないことをチェックしてもらえるか?
ファウナと俺は世界樹の中にいる冒険者パーティーを外に避難させる。んで、フローラは冒険者達が避難してくる前に変身しておいてくれ」
ユキトが指示を出したことで、一同は即座に行動に移す。
「枝、切り落としました。ストレィ様、よろしくお願いします」
「お疲れ様ぁ、セバスさん。確かにこの枝はまだぁ元気そうねぇ。どれどれぇ……ふぅん、確かにこの枝にはぁ、まだ菌が及んでいないみたいだわぁ」
ストレィが診断を終える頃には、早くも世界樹の中から数組の冒険者パーティが運び出されてくる。ファウナは元ネタの効果もあって、闘気で相手の位置を探ることができる。一方のユキトはテレパシーと瞬間移動の能力を使って、冒険者を探知して運んできたようだ。
「お、お前ら、一体……ここは?」
驚いているのは、世界樹から運び出された冒険者達だ。多くの魔物を退けつつ、世界樹の深部まで進んでいたところを、急に地上に戻されたのだから、当然抗議の声を上げるのかと思いきや、まずは混乱が先に来ているようである。ユキトの瞬間移動やら、空を自在に飛ぶファウナに運ばれたのだから無理もない。
「ユキト、冒険者は全員連れ出したわよ」
「亜人も住んでるって聞いてたけど、全滅したか逃げ出したみたいだな。ん~、もう世界樹内にいるのは、魔物だけっぽい……よし、フローラ。いつものヤツ頼む!」
「了解です、ユキト様。 では……至高火球陣!」
ユキトの命を受けて、フローラは世界樹に火球を叩き込んだ。一兆度の前には、巨大な世界樹であっても、炭すら残ることはない。菌の魔物も同様である。
カッ!!!
白い光が輝き、全てを消滅させる。
「殺菌終了~っと」
「樹ごとだけどね!」
ファウナのツッコミを受けて、ユキトは苦笑いを返す。流石にちょっと強引な手段を使ったという自覚はあるらしい。
「で、どうするのよ?」
「ここで、さっきの枝の出番ってわけだ。ってデカイな……ファウナ頼む。 ああ、その辺にしてくれ」
菌もろとも完全に消滅した跡地に、先程切り取っておいた世界樹の枝を突き立てるファウナ。枝とは言っても既に巨木と呼べるサイズである。
「凄い生命力があるっていうからな。このまま数千年とか待てば、元の大きさまで育つとは思うんだが……ストレィ、時間は加速できるか?」
「うぅん、時間をコントロールする魔道具はぁ、まだ調整中だしぃ、いきなり数千年も加速させるのは無理よぉ」
「流石に未来の秘密道具の域にはまだ達してないか。じゃあ、引き続き、魔法少女の出番だな」
花を咲かせたり、植物を育てるような魔法は、魔法少女の得意とするところである。近年、火球で全てを滅する存在となりつつあるフローラであるが、本来はそういった生活に密着した魔法の方が魔法少女と相性が良いはずなのだ。
――という過程を経て、世界樹は元のサイズまで成長し、魔菌は消滅したのであった。イベントクリアである。
「これ、本来なら世界樹の中に入って行って、他の冒険者と協力しつつ、病気の中核を叩き、勢いが弱ったところを、別イベントで手に入れたワクチンとかを使って解決する系のイベントだったんだと思うけど……」
「それは面倒だろ」
クレアがそんな解説をしてくれるが、ユキトとしてはそんな面倒な手順を踏みたくはない。チートパーティーにはチートパーティーなりのやり方があるのだ。
と、そこに何者かのしわがれた声が響く。
「人間……人間よ……」
「ん? 何だ?」
ユキトは声の出所を求めて周囲を見渡した。ユキトのテレパシーでも感知できないとなると、声の主は人間ではなさそうだ。
「人間よ……世界樹に活力を取り戻してくれたこと……礼を言う……我はこの地の精霊だ」
どうやら、世界樹の生えていた地だけあって、精霊という存在もこの地に住んでいたらしい。その精霊がユキト達に感謝を伝えているようだ。一度、全てを灰にしたことはお咎めはないのだろうか。
「世界樹を失えば、この地は荒涼としたものとなったであろう。礼として、そなた達に我らの祝福を授けよう……この大陸を進むのに必ずや役に……たおえ!?」
ユキト達に祝福を与えようとした精霊が、ここで突然奇声を上げた。どうやら何かに気づいたようだ。
「ああああ、あの、受肉されているようですが、アナタ様はひょっとして……」
ユキト達には精霊の姿は見えないが、クレアがある一点を見ているので、その位置に精霊がいるのだろう。彼女はその位置を見つめたまま返答する。
「ん? あ、そうよ。クレアールよ」
「はあああああああああ!!?」
精霊も世界を管理する側の存在ではあるのだが、精霊を村の役人とすれば、クレアールは皇帝のようなものだ。そんな存在がいきなり現れれば、驚くのも無理はない。さらに言えば、そんな皇帝の同行者に対して「村での便宜を図ってやろう」と言っても、意味があるとは思えない。
「こ、この地上でクレアール様にお目にかかれるとは……」
ひたすらに畏まる精霊にユキトも苦笑いするしかない。そんなこんなで、あっさりと世界樹編は終了したのであった。
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