第166話 改竄?失われた設定
前回のお話
暇は拗ねているらしい。自身が主人公にはなりたくないが、主人公たちが上手くやっていることは気に入らないのだ。
主人公が気に入らないから。
ユキト達にはそんなことを言った暇だったが、それが動機の一つではあるにしても、全てではない。そもそも動機などというものが、一つに定まると思われているのが、国語教育の弊害であり、物語の享受から来た悪しき幻想だと暇は思っている。人間が何か行動を起こす際には、自身でも意識できないような数限りない感情や思考がマーブル模様に混ざり合って、さらにそれをルーレットのように回転させ、そこに決定のダーツが投げられる……彼に言わせれば、意志の決定とはそんなものだ。
(天気が良いから人を殺したくなることもあるだろうし、親友を惨殺された思い出から急にプリンを食べたくこともあるかもしれない。動機ってのは、本人ですら理解できないかもしれない。人間の行動などそういうものさ)
暇は内心でそんなことを考える。
だが、そんな多種多様な動機とは異なり、求められる物語の形は常に似たようなものである。「全ての幸せな家庭は似ている。不幸な家庭は、それぞれ異なる理由で不幸である」とは、地球の文豪であるトルストイの作品に出てくる言葉だ。
暇は自分自身が、物語では異質な役割を担うことを自覚している。間違っても、主人公ではないことを知っている。彼は、主人公になる方法を知っていても、主人公になるつもりはない。彼は、物語を破綻させることを楽しんでいる。ただ、それだけだ。
(それはさておき……どうしたものかな)
暇は思考の矛先を現実へと戻すと、目の前の主人公たちへ目を向けた。
暇から見ても立派に主人公をしているシジョウ ユキト。彼はこの世界の基準で言ってもかなり強い。更には、銀色の巨人に変身するなどの奥の手も隠し持っている。
だが、問題はシジョウ ユキトではない。チートレベルで言えば、エルフの娘と魔法使いの娘がはるかに問題だ。こちらはこの世界の基準で強いというレベルではなく、厄災級、世界崩壊級と言えよう。
ファウナと呼ばれるエルフの娘は、暇も良く知っている地球の某格闘漫画の主人公を思わせる身体能力の高さを誇る。その動きは音よりも速く、闘気をまとった拳は大地を叩き割る。空を舞ったかと思えば、闘気を放つことで山をも消し飛ばす。
一方のフローラという名の魔法使いの娘は、身体能力だけで言えば脆弱な人間だ。暇が貫手で胸を貫けば、即死するだろう。だが、その魔法攻撃力は圧倒的。彼女の撃ち出す火球には、一兆度という非現実的な温度が設定されている。
「まぁ、ボクが死なない体質だから良いようなものの、一般市民が君たちの攻撃を受けたらひとたまりもないね。怖い怖い」
暇はファウナとその背後に立つフローラに視線を送りながら、そんな言葉を口にした。
「いやいやいや、ファウナとフローラの攻撃が一般市民に向かうってどんなシチュエーションだよ」
「さようですな。仮に野盗相手としても、些かやり過ぎの感がぬぐえません」
暇の戯言に対し、ユキトとセバスチャンが至極真っ当なツッコミを入れる。
まだ十分に加護の力を使いこなせていない時点の話ならともかく、今のファウナとフローラの攻撃は野盗を撃退するにも過剰戦力である。それ以前に、サブシア組を襲おうなどという自殺願望ある野盗がいるとは思えなかったが。
「えー? 生理中にイライラして、気晴らしに一般市民を虐殺とかしないの?
あ、そう。あれは気分転換になるのになぁ……」
暇が極めて物騒なことを述べ始めたため、ファウナとフローラは思わず顔の前で手を横に振る。甘いものを食べるくらいの感覚で一般市民を虐殺されては困る。
「まぁ、いいか。今のボクが考えるべき問題は、君たちの生理中のストレス解消法ではなくって、シジョウくんが君たちに付与した加護の対策なんだよねぇ。ホント、君らの加護はチートっていう表現が適切だよ。
ここは……えーと、あの……名前忘れたけど、あの元管理者だったアイツのやり方を見習ってみようかな」
暇はそう述べると、何やら自分だけが納得した様子で頷き、地を蹴って走り出した。その目指す先にいるのはファウナだ。
「ちょっと! いい加減に服を着て欲しいんだけど!」
素っ裸のままで向かってくる暇に対して、ファウナは苦情を申し立てつつ、迎撃の構えを取る。確かに暇は身体能力が相当に強化されているようで、常人よりもかなり素早さが上がっているようだ。だが、この程度ではファウナの相手にはならないだろう。
「ファウナ、思いっきりやってやれ」
ユキトもファウナに向かって信頼を込めて声をかける。今のファウナであれば、暇に遅れを取ることもないだろうという判断だ。
だが、そう上手くはいかないようだった。走る暇の身体の表面から、ひたすらに黒く、どこまでも暗く、絶望を具現化したような色合いを持つ力が放出されたのである。漆黒の糸のようなものが暇の身体から湧き出し、天へと昇りながら、虚空に消えていく。
「いったい何を……?」
その様子を見たユキトは、警戒を最大レベルに引き上げて、周囲を警戒する。暇が禄でもないことをしたのは間違いない。その証拠に暇は口角を上げ、ニイィッと笑った。
「ファウナ、気をつけろ!!」
ユキトは、自分から少し離れた位置に立つファウナに声をかけて、ハタと気がつく。
(アレ? 俺はファウナを守らずに何を言っているんだ……? 冒険者と言っても見習いの彼女が暇と戦えるわけもないのに……)
それと同時に、拳を握って迎撃の姿勢をとっていたファウナも、急に不安な顔つきになり、後ずさりを始めた。走り寄る暇に対して、どうすれば良いか混乱している様子だ。
「いやいや。逃げないでよ」
ユキトがファウナのカバーに入るために駆け寄ろうとしているが、それよりも早く、笑顔の暇がファウナの眼前へと迫った。
(あれ? わ、私は……譬シ髣伜ョカ の加護を……え? あれ?)
恐怖と混乱により、ファウナは逃げることもできないようだ。暇は、その右手の指をぴったりと揃えて、槍のように彼女の喉へと突き立て――
ズダダダダッ!!!
既の所で、真横から飛来した無数の氷の礫が暇を吹き飛ばした。そのまま、彼は数メタ程、転がっていく。碧く煌めく氷塊は、ヒトの握り拳程度の大きさであったが、その速度を見るに、全身の骨を砕くには十分な威力であっただろう。
「イーラ、助かった!!」
ユキトは何かに違和感を覚えつつも、氷の礫を生じさせた彼女へと礼を述べた。そして、吹き飛んだ暇とファウナとの間に走り込む。
「油断するでない。全く、エルフ娘を一人にするとは…… ふむ……?」
イーラもまた何らかの違和感を覚えているようで、首を傾げている。何かがおかしい。
「イーラ、助かったわ……ユキトもありがとう」
そう述べるファウナは、どこか不安そうな顔で、何かを必死に思い出そうとしている様子だ。
「ねぇ、ユキト……私がユキトにもらった加護って……」
「何言ってるんだ? 譬シ髣伜ョカ だろ……ってあれ? 俺はなんでファウナに譬シ髣伜ョカの加護を……」
ユキトがファウナに付与した加護。それを思い出そうとするとユキトの中の違和感が急激に膨れ上がった。
(ユキト、気をつけて。これは世界への干渉!アイツが世界を改竄してる)
混乱するユキトの脳内に、クレアールからの通信が入る。
「干渉? この違和感は暇のヤツにこの世界の何かが改竄されたせいなのか?」
ユキトは世界の管理者である旧友に尋ねる。暇によるこの世界の改竄は、クレアールにより封じられたのではなかっただろうか。
だが、ここでクレアールから返ってきた答えは、ユキトの予想外のものだった。
(アイツ……地球に干渉してる……地球の歴史を改竄して、マンガとかアニメの設定を塗り潰してる!)
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