第165話 逆恨み?暇の動機
今回は会話回で進捗がないので、次回を早めに更新したいところ…
前回のお話
サブシアの街を破壊した暇さん。ファウナ達の攻撃にも滅びることなく、その不死身っぷりを見せつける。
暇が深淵の力を持っているというクレアールの指摘を、彼はあっさりと肯定する。
「まぁ、深淵の力を得たって言うか、ボクは深淵と一緒に遊んでるって話なんだけどね。まぁ、そちらから見たら、どっちも似たようなものかも知れないね」
暇の言っていることは、ユキトにしても正確には理解できるものではなかった。一緒に遊ぶという表現も何かの比喩だろうと考えている。だが、少なくとも暇が何らかの強大な力を得たことだけは分かった。
深淵の力。
深淵やら虚無という類のものは、地球において現物が観測されたことはないはずだ。しかし深淵や虚無と呼ばれる概念は、様々な物語において、滅びをもたらす強大な力や抗うことのできない運命として扱われていた。暇の述べる力が、それらと同等の力を意味するならば、この世界の管理権を持つクレアールですらも、大いに警戒を要する力ということになるだろう。
もちろんユキトは知らないが、この深淵の力は暇がユキトの能力を模倣して得られた力である。地球の物語の中で、あるいは哲学の中で、さらには思想の中で語られてきた虚無や深淵のイメージをそのまま具現化したものであった。
ある意味で、あらゆるエンターテイメントは、この深淵から目を背けるために存在しているとも言えよう。生きることは、この深淵への抗いであり、深淵からの逃避であり、深淵に対する諦めの過程である。
そのような絶大なる力を身に纏わせている暇。そんな彼に対して、クレアールが慎重に言葉を投げかける。
(アナタはその力を使って、自身の情報を隠蔽したってわけね?)
クレアールがジコビラでアート活動に勤しんでいたはずの暇の情報を得ようとした際、神の力を以てしても彼の情報は得られなかった。これも、深淵の力を用いて情報を遮断していたとすれば説明がつく話だ。世界そのものに敵対する深淵の力は、神に対抗し得るのである。
「ああ、隠蔽した、隠蔽した。
ボクのアート作品を神様の一柱に目撃されたようだったからね。女神様に報告される前に、あの街を時空的に遮断したのさ。その上で、この世界のボクに関連する情報や記憶の一部を塗り潰しておいた。この力のことはサプライズにしたかったからねー」
暇が軽い口調で発した言葉に、クレアールは深憂を覚える。
どうやら暇はその力を使い、ジコビラでアート活動に励む自身の様子を見られなくしたのみならず、この世界の記憶から自身に関する情報の一部を消してしまったようだ。
だが、その世界を管理する神以外の存在が好き勝手に世界の記憶をいじれば、予想外の影響を与えることがある。世界の記憶とは、過ぎ去った過去そのものでもあるためだ。
もちろん世界の記憶が改竄されても、世界が持つ「修復力」によって、ある程度はつじつまが合うように調整されるのだが、あまりに齟齬が大きくなるような記憶の改竄には、世界が耐えられなくなるケースもある。
(この男は危険ね。この世界の安定のことなんて気にする男ではなさそうだし……)
クレアールはそんなことを考えながら、世界に対して時間的な防護を展開し、世界の記憶を固着させた。この世界の記憶を簡単に改竄されないようにするためだ。暇という存在が、深淵の力をどの程度まで自由に操れるのかは分からないが、いったん対策を取ってしまえば、クレアールに気づかれないままで、自由に世界を改竄することは難しい。
「ふーん、やっぱりこの世界の中の操作については、管理者権限がある方が一枚上手っぽいな。これじゃ、こっそりと世界を改竄することは難しそうだ」
恐らくは、クレアールが何らかの対策を取ったことを感知したのだろう。空に視線を向けた暇は、片手をひらひらと動かしつつ、そのように述べた。
「そもそも、お前はこの世界を好きにしたいってわけじゃないんだろ?」
クレアールと暇の会話を黙って聞いていたユキトだが、ここで会話に割り込むよう彼に問いかけた。ユキトの理解では、暇は世界に対する野心がある男というわけではない。しかし、彼が何をしたいのかは一切不明だ。それを踏まえて、ユキトは更に言葉を続ける。
「ともかく、お前の目的はさっぱり分からない。だが、俺達に……俺の領民に危害を加えるのであれば、排除するだけだ」
ユキトのテレパシー能力では、暇の思考は読むことができない。暇から思考が伝わってこないのではない。その逆だ。暇の脳内では、意味不明の思考が並列的に走っているようで、ゴチャゴチャとしたノイズになってしまうのだ。
「うーん、目的か。そうだねぇ、端的に言えば……」
ユキトの問いに対して、暇は顎に手を当てると、言葉を探すような素振りを見せながら、ゆっくりとその答えを口にする。
「きっとボクは拗ねているんだよね」
「す、拗ねている?」
思わず暇の言葉を繰り返すユキト。すり鉢状の穴の中心に、全裸で立つ男は確かにそう言った。
この世界でも多くの人間を虐殺してきた男が、その理由を問われて答えた台詞としては、軽すぎる内容。拗ねている。
「何ていうのかなぁ。ボクは主人公じゃない。主人公になれない。主人公になりたくない。それに対して拗ねているんだよ」
「お前の言う主人公ってのが、何を指しているのか分からないが……」
ユキトはそこでいったん言葉を区切る。
「お前が主人公ってヤツになりたくないのなら、主人公になれないことを拗ねる必要はないだろ」
その言葉に、ユキトの近くにいるファウナとフローラも頷いた。なりたいのになれなくて拗ねるのは分かる。だが、なりたくないものになれないのに拗ねるという意味が分からない。
「いやいや、ボクらの国でもあるじゃん。ガサツで人の気持ちを踏みにじっても気にしないヤツの方が、リア充として人生楽しんでいるような風潮がさ」
突如として出てきたリア充という単語に、ファウナとフローラは頭上に「?」マークを浮かべている。ユキト以外では、電子辞書を読み込んでいるストレィは暇の言葉の意味を理解したようだ。
そんなファウナ達の様子を気に留めることなく、暇は演説を続ける。
「でも、多くの人はそんなヤツにはなりたくないでしょ? ガサツで図々しくて自分勝手な自分は理想じゃない。でも、人生は充実させたい。成功したい。今のままで。自分好みの自分のままで」
全裸のままの暇が両手を広げる。
「ガサツで図々しくて自分勝手なヤツは、その性質がたまたま社会で成功して、人生を謳歌するのに向いていただけ。そんなヤツが、自分らしさを保ったままで成功し、充実し、好き勝手に振舞うんだ。
ボクらのような隠キャラは、他人を不快にさせないように、自分の欲も抑えて、搾取されながら生きざるを得ない。不公平だと思わないかい?」
「お前は他人を不快させないように気をつかうキャラじゃないだろってツッコミは置いておくとして……
つまり、お前は主人公なんてキャラは柄でもないから、一切やりたくないが、主人公向きの性格の奴が上手いことやってるのが気に入らない……そう言いたいのか?」
「そう。ボクみたいに、気紛れで民草を虐殺し、思いつきで魔王を殺し、気の迷いで国を興し、ある時は『口先だけで民主社会を崩壊させようの会』を組織し、またある時は世界を滅ぼしちゃったり……
そんな感じで王道テンプレとは無関係の異世界生活を送ってきたボクなわけだけど、そんなボクはエルフの美女が想いを寄せてもらったり、領民たちから尊敬されたりって王道テンプレな展開はあんまりなかったわけだよ」
「そりゃ、そうだろうな」
ユキトもファフナもフローラも、その場の全員が心からの同意を示した。
「それが許せない。だから拗ねてるんだ」
「つまり、お前も尊敬されたり、愛されたいってことか?」
「いや、そういう面倒なのはいらないよ。ボクは尊敬されなくていいし、愛されなくてもいい。でも、テンプレ王道野郎がテンプレ王道って理由だけでいい思いをしているのは気に入らないよね」
何ら悪びれることなく、暇は言ってのける。ユキトたちの耳には、その言葉は清々しいまでの世界に対する逆恨みに聞こえた。
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