第164話 VS暇!戦いの始まり!
前回のお話
会議中に突如として姿を現した暇。彼はサブシアの街に向かって破壊光線を放った!
アスファール王国の英雄として知られるシジョウ卿。その彼の庇護下となって以降のサブシアの街は、天災及び人災による被害がほとんど記録されておらず、高度な建築技術と強大な加護で守られた街として知られている。
ただし一度だけ、街の4分の1が壊滅するほどの大きな被害が生じたという記録がある。一説によると、異界より現れた魔神が、神に愛されているサブシアの街を羨み、焼き払おうとしたのだという。
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暇の掌から放たれた黒い光は、領主館の壁を貫き、サブシアの街をピシュッと横切った。
その軌跡を追うように、地表に黒いエネルギー球が次々と発生し、建物を飲み込み、破壊していく。石造り、木造、コンクリート製などの建材に関係なく、全ての建造物が粉々に砕かれ、球体が消えた後には、えぐれた焦土が残るのみだ。
「きゃーーー!!」
「なんだ!! なにがあった!!」
まだ午後の早い時間だ。街の人々の悲鳴が響く。
「くそがっ!!」
バンッ!!
街の状況をその目で確認するために、ユキトは慌てて会議室の窓から外へと飛び出した。その目の前に広がるサブシアの街は、黒光の通ったラインを中心とした両側50メタほどが完全に消滅してしまっている。
「暇ああッ!!!!!」
無惨としか言いようがない街の状態を目にして、ユキトは激昂する。壊滅した区域は、サブシアの旧市街と言える区域であったが、今でも多くの住民が生活していた。
はにかみながらもユキトに向かってぺこりとお辞儀をしていた女の子。ユキトに向かって森で捕まえたノコギリギュワガタを自慢してきた男の子。男性客相手に春を売っている際どい衣装のお姉さん。毎朝、野良猫に餌を与えていることが生きがいだった老婦人。ユキトの記憶にあるだけでも、様々な人々が旧市街に住んでいたはずだ。
ユキトの握り締めた拳がギリギリと音を立てる。
「いやぁ、ゴメンゴメン。何か出ないかなぁと思って手をかざしてみたんだけど、出るもんだね。思っていた以上にちゃんとした攻撃が出たから、ボク自身が驚いちゃったよ」
自身が開けた壁の穴から、暇も館の外へと這い出てきたようだ。彼は罪悪感の欠片も含まれていない言葉を吐くと、おどけた様子で肩をすくめた。
「言いたい事はそれだけか」
ユキトは静かに呟くと、そんな暇へ向かってゆっくりと歩き出す。
「変身……」
ユキトの冷たい言葉に反応し、眩い光がユキトの身体を包み込む。
そして、次の瞬間には白銀の鎧に身を包んだユキトが、暇に向かって地を蹴っていた。芝生の一部が弾け飛び、空を舞う。
だが、それは陽動。暇に跳びかかったように見えたユキトの姿は瞬時に掻き消えた。ユキトがテレポーテーションの能力を使って、暇の背後へと瞬間移動したのだ。
「おお?」
自分に向かっていたユキトが瞬時に消えたことで、一瞬の戸惑いを見せる暇。その背中をユキトの剣が一閃する。
ザンッ!!!
斬撃を放ったユキトは、すぐさま後ろへと跳び、距離を取る。だが、暇の反撃を恐れたからではない。彼女の攻撃の邪魔になると判断したからだ。
ボッ!!!!
暇の眼前に出現したファウナが、その拳を暇に叩き込んだ。肉眼で捉える限りでは、その移動速度は瞬間移動とほぼ変わらない。音速を超えた彼女の拳は衝撃波を発生させ、周囲の空気が大きく震える。
シュルルルルル……ドガッ!!
暇は、猛烈な速さで弾き飛ばされ、カルマン渦の効果で両腕両足をはためかせながら、自身が作り出した焦土の上へと叩きつけられた。
ガガガガガガッ……
土煙を巻き上げつつ激しく転がった暇の身体は、地表に長い跡を残して、ようやく停止する。
傍目から見ても、普通の人間ならば……いや、強靭な魔物ですら生きてはいない程度のダメージが与えられたように思われた。
「……これで死んでくれたら楽なんだけどな」
高い攻撃力を得た代償として、不死の力を失っている可能性もなくはないが、恐らくそれは期待できないだろう……そんなユキトの考えを肯定するかのように、土煙の中の暇が、ゆっくりと起き上がった。
「げふっげふっ……可愛い外見とは裏腹に、これは凄まじいパワーだね」
上半身を起こし、殴られた箇所に手を当て、咳きこんでいるところを見ると、ダメージは通っているようだ。だが、そんな暇の様子にファウナが眉をひそめる。
「……ユキト」
「ああ、どうやら防御力も上がっているみたいだな」
ファウナの言いたいことを察し、ユキトがその懸念を口にした。
ファウナのパンチは、その威力が高すぎるため、拳の形で対象をくり抜いてしまうのが普通である。闘気を広い面積で敵にぶち当てれば、相手を吹き飛ばすこともできるが、先程は拳に闘気を集中していたはずだ。
だが、それでも暇の身体は吹っ飛んだ。これは暇の防御力が、以前にユキトと相対した時に比べて、格段に向上していることを示している。
「アイツも何かの力を手に入れた……ってことか?」
少なくとも、今の暇の身体の頑丈さは、ドラゴン以上と考えていた方が良いだろう。となると、その膂力も恐らく人間と同じではない可能性が高い。そう考えておいた方が無難である。
だが、ユキト組も人間離れという点に関しては負けてはいない。
「ユキト様、次は私が! 至高火球陣!」
ファウナの背後から、気合の入った声が響き、その声とともに白く輝く火球が撃ち出された。サブシアにいる2名の世界破壊乙女の1人であるフローラの必殺魔法だ。
「ふむ、フローラも気合が入っておるのぅ」
いつの間にかユキトの隣に立っていたイーラが、白光を撒き散らす火球に眼を細めた。この火球は、かつて彼女を倒した実績がある。
「ひぇぇぇ、これはマズイ」
起き上がったとは言え、暇はまだ体勢を崩したままだ。彼は情けない声を上げつつ、両手を顔の前で交差し、防御の構えを取った。
だが、そんな防御が意味を成すレベルの火球ではない。断熱の球状結界に封じられた火球は、真っ直ぐに暇に向かい、そして彼に直撃する。
キュンッ!
威力が強い攻撃だからと言って、轟音が鳴り響くとは限らない。周囲を照らす輝きと同時に、空気を切るような甲高い音がユキト達の耳に届いた。断熱の結界の内部で具現化した1兆度という温度が、空間を焼き尽くした音だ。
光にかき消されて、暇の姿を見ることはできないが、この世の存在である限りは無事では済まないだろう。
時間にして十を数える程だろうか。フローラは、注意深く魔力を操作し、そのエネルギーを虚空へと返還する。僅かに漏れたエネルギーが、一瞬だけ周囲に炎を出現させたが、すぐに立ち消えた。
シュウシュウシュウ……
超高熱によって半球状に消滅した大地。空気は陽炎に揺れ、断熱の結界の境界に位置していた箇所は、土砂がガラス状に固まっている。そして、半球の中心には黒い物体が横たわっていた。
「…………フローラでもダメか」
まるで海苔を人型につなぎ合わせたような黒い物体。その物体がモゾリと動き出したのを見て、ユキトは忌々しげに吐き捨てた。
「ケホケホ……ひどいなぁ」
ユキト達が見ている前で、まるで魔法のように暇の身体が再生されていく。いや、それは魔法よりももっと禍々しい力なのだろう。腕、脚、腹、顔……黒いモヤのようなものが凝集し、元の肉体を取り戻していく。
「ユキト様……もう1度、撃ちますか?」
「いや、結果は同じだろう。フローラは魔力を温存しておいてくれ……アイツがまた街を破壊しそうになったら止めるんだ」
「……はい」
フローラは改めて破壊されたサブシアに目を向けると、唇を噛みつつ、小さく頷いた。
だが、その時――
(サブシアの住民の命は大丈夫だから安心して。アイツにつながっていた3人は救えなかったけど)
突然、クレアールの声がユキトの頭に響いた。その内容にユキトの心臓がドクンと反応する。信じられない内容だが、相手は旧友かつ世界の創造神だ。
「アンドウ……いや、クレアール!! 街の住民たちが大丈夫って本当か!?」
思いがけないメッセージに、ユキトは彼女の言葉を繰り返した。
(建物は見ての通りだけどね。住民は攻撃の瞬間に全員移動させたから)
その言葉を聞いたユキトは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。持つべきものは異世界の創造神の旧友だ。
「……そうか」
ユキトは目を開くと、地面に視線を落とし、心を落ち着けた。
「助かった。ありがとう、クレアール」
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ユキトは、かつてクレアールに「この世界には某RPGのザオリクやレイズのような復活の魔法はないのか?」と尋ねたことがある。その時の彼女の答えは「そういう現象は許可していない」であった。
この世界では、完全に死んでしまった者を生き返らせることはできない。クレアールが最初にそう決めたからだ。
もちろん、複数の命を持つ存在もいるし、一度だけ致命傷を回避できる加護などは有効である。だが、これらが有効であるのは、対象者が完全な死を迎える前に、それを回避する能力として働くためだ。完全な死を迎えてしまうと、例え神であってもその死をなかったことにはできないのが、この世界のルールなのだ。
「この世界の設定がクレアールの思いのままなら、生き返らせてもOKにすれば良かったのに」
復活の魔法がないと聞いたユキトはクレアールにそう述べた。
「うーん、でも生き返らせても良いってことにすると、私は自分に関わった人間を全員生き返らせちゃいそうだからなぁ……やっぱり、失われた命は取り戻せないからこそ、尊いってところはあると思うから」
そう言って、クレアールは寂しそうに笑った。恐らく、取り消したかった死を何度も経験したのだろう。ユキトには、彼女のその表情が強く印象に残った。
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「なるほど、創造の女神様か。周囲の時間と空間に干渉があったから何かと思ったよ」
すっかり元の姿に戻った暇は、何か納得したように頷いていた。死をなかったことにできない世界の中で、彼には死そのものが与えられないようだ。
(あまりにも急な動きだったから、こちらも時間を遅らせて対処したの)
暇の攻撃の瞬間、クレアールは時間経過を極度に遅くし、その隙に空間を歪めて、サブシアの住民達を安全な場所へと移動させていた。本来ならば、暇に接続されていた3名も助けたかったのだが、そちらは間に合わなかったようだ。
「住民を助けてくれたついでに、アイツの不死身の力もクレアールの力で何とかならないのか?」
ユキトは神界からこの戦いを眺めているはずの旧友に問いかけた。ファウナやフローラの力であれば、不死身の力さえなければ暇を倒すことも可能だろう。
(それは難しいと思う。問題は今の彼に宿っている力。
アナタのその力……それって深淵の力で合ってる?)
クレアールが暇に問いかける。
「ピンポーン、正解! 流石はこの世界を創っただけのことはあるね」
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