第160話 デザイン?ムカデの節はいくつある?
前回のお話
サブシアでは鉄道と蒸気機関車が実用化されようとしていた。
一方、暇は国作り飽きた様子だ。惨劇が始まる。
***今回のお話、人によっては少し嫌悪する内容を含むかもしれません。ご注意下さい***
「分かりました、お父様……この国の民のためにも」
オーフィストの長女であるアリスタは、父に向かってそう答えた。類稀な美貌を備えた齢18となる彼女の表情には、悲壮な決意のようなものが宿っている。
「国のためだけではないぞ。お前の安全のためにもこれが最善の手だ。こっそり国外へ逃げることも考えたが、恐らくアイツから逃げるのは無理だろう」
かつてコビル国を支配し、ジコビラ連合国の中心的人物でもあったオーフィスト。彼は、国を乗っ取った暇に対して、己の娘を差し出すという決断を下していた。
オーフィストが独自に潜りこませていた密偵からの情報により、ジコビラ連合国の他の国々から、このコビルを制圧するための軍が差し向けられたことは把握していた。決して少なくない侵攻軍に対し、軍を解体してしまっていたコビル。その侵略劇は、コビル側があっという間に蹂躙されて終わるはずだった。だが、暇が何をしたのかは分からないが、いつまで経っても軍勢の影も形も見えない。
(確かにアイツはコビルの精鋭達を簡単に殺して見せたが……やはり、軍すらも相手にならなかったということか)
少なくとも暇は普通の軍隊では歯が立たない実力を持っている。
オーフィストはそう判断すると、自分の娘を暇に嫁がせる決心をしたのだ。幸い、暇の政治は、今のところは非常に優れていると言って良い。軍を解体したときは正気を疑ったものだが、暇自身で国防を完璧こなせるのであれば納得だ。軍事費というものは、どの国家においても大きな比率を占めるものである。それが全て他の用途に回せるのであれば、国は栄える。
しかも、暇の政策は、教育や福祉といった「人」への投資に注力していた。間違いなく人々の生活レベルは向上しているし、その評判も悪くない。
だが、オーフィストは暇の小間使いのような立場から詳細に彼を観察し、その異常さも充分に感じとっていた。
(この男がこのまま大人しく名君を演じるとは思えない……何らかのきっかけで、周囲の人間を皆殺しにするような危うさがこの男にはある)
だが、暇は若い男性である。美しい異性には心を惹かれることもあるはずだ。
そう考えたオーフィストは、美しいアリスタを暇のもとへ送り込み、娘を彼の庇護下に置くとともに、正常な国政を継続させるべく、それとなく暇を誘導するように言いつけたのだ。
だが、それは大きな間違いであった。
「キミの娘をボクにくれる?」
「はい。美しい自慢の娘です。お気に召せば」
「えーと、つまり好きにして良いってこと?」
「…………はい。ですが、初めてでございますので、できれば丁寧に扱って頂けると……」
オーフィストは暇の発言に怒りを覚えつつも、口調だけは丁寧に、話を進めていた。これで暇が娘を気に入れば、彼女の純潔は汚されるが、強大な力を持つ彼の庇護を得ることができるはずだ。さらに、アリスタが上手くやってくれれば、コビル国もしばらくは安泰だろう。
オーフィストはそのように考えていた。だが、彼は虚井 暇のことを知らなすぎたのだ。
数多の異世界を旅する中で、暇は多くの女性と身体を重ねている。いや、興味本位で同性とも、動物とも、魔物とも経験がある。更には脚フェチ、胸フェチといった一般的な嗜好からネクロサディズム、ドラゴンカーセックスに至るまで、一通りは経験済みだ。
そんな彼が今更、単なる美女に心を動かされることはない。いや、気まぐれで興味を示すことはあるかもしれないが、それは確率論に過ぎないのだ。
そして……やはりアリスタに待っていたのも悲惨な運命であった。
「こ、これはどういうことだぁあああああ!!!!!」
数日後、オーフィストの目の前には、娘アリスタの変わり果てた姿があった。あまりの怒りにオーフィストの握り締めた拳から血が滴る。
「あ、これ? ムカデ人間だよ、知らないかな? まぁ、マイナー映画だもんなぁ」
オーフィストの目の前には、3人の全裸の男達が四つん這いになっていた。恐らくは、ジコビラ連合国の侵攻軍を率いていた将軍達だろう。鍛え抜かれた身体の者、醜く太った者、痩せた長身の者。彼らは衣服を纏うことなく、膝と手を床につき、その身体を支えていた。
もちろん、それだけでも異様な光景ではある。だが圧倒的に異常な点として、彼らは連結されていた。あまりにも非人間的な光景であるので、詳細は省くが、1人目の臀部に2人目の顔の下半分が癒着している。恐らくは魔法もしくはそれに類する超自然的な力により、強制的に融合させたようだ。2人目の男と3人目の男も同様に連結されている。
そして……3人目の男の後ろには、さらに女性が1人、連結されていた。アリスタである。彼女の口は前の男の尻肉と融合し、言葉を発する事はできない。だが、その目からは既に正気が失われ、とめどなく涙がこぼれていた。
「貴様ぁあああ!!! 許さんぞおおおおっ!!!!」
激昂したオーフィストは、剣を抜くと暇に向かって走り出す。娘をこのような目に遭わされたのだから当然と言えよう。最悪は娘の死も覚悟していたつもりだったが、これはあまりにも人間の尊厳を無視した光景だった。
「いや、大丈夫大丈夫。先頭の人からずーっと消化器官をつなげておいたから、先頭の男のギャグボールを外して餌を与えれば、全員餓死する事もないよ」
対する暇はオーフィストの怒りを全く意に介する様子もない。その態度がオーフィストの怒りをさらに増幅させる。
2人の距離が急速に縮まっていき、オーフィストはムカデ人間達を飛び越えつつ、剣を振る。
だが、オーフィストの振るう剣は暇ではなく、その手前にいたアリスタへと振り降ろされた。
暇を斬りつけても、どうせ殺すことはできない。それならば、せめて娘を楽にしてやりたいという判断だろう。
しかし――
パシュ!!
オーフィストの握る剣がアリスタに届く直前、暇の視線を受け、その刀身が雲散霧消した。怒りと絶望でオーフィストの顔が大きく歪む。対して、全く表情を変えることなく暇はオーフィストに静かに告げる。
「おっと、ボクのアート……いや、デザインを勝手に改変しないで欲しいなぁ」
――そして、ムカデの節が1つ増えた。
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「全く、悪趣味だ。芸術作品を気どるつもりか?」
ムカデの節が5つになった後、部屋の隅からシュレディンガーが姿を見せた。黒い猫の形態をした存在は、心底軽蔑するかのような瞳で暇を睨みつけている。尤も、暇がそれを気にするような男ではないことは承知の上だ。彼はシュレディンガーの方を向くと、微笑みを浮かべて、口を開く。
「え? このムカデは芸術じゃないよ。これはデザインだ」
「意味が分からぬな。尤も、知りたいとも思わぬが」
「いやいや、そう言わずにさ。 こいつには役割があるんだよ。 これをジコビラの指導者達に見せてやれば、ボクの国にちょっかい出そうって気がなくなるでしょ」
暇の言う通り、侵略のための軍を率いていた将軍達や元コビルの支配者、その娘の成り果てた姿を見せれば、警告としては充分過ぎるというものだ。次は自分達がこうなるぞと脅されているに等しい。
「芸術ではなく、役割を持った形態……それがデザインか?」
「そう、ある特定の役割や機能を実現するための形態や方法がデザイン。だから、衝動を形にする芸術とは別物なんだよね、コレ」
デザインだのアートだのを語るには醜悪過ぎる形態のソレを前に、暇はバターとマーガリンの違いを説明するかのような気楽さで説明する。
「我にとってはどちらでも良いことだ。アートだろうが、デザインだろうが……」
興味がないと言わんばかりの態度でシュレディンガーがきびすを返し、そのまま壁に向かって歩いていく。
「でも、ボクも国の運営に飽きたし、そろそろアートに走ろうと思うんだよねぇ」
「アート?」
壁の影に溶け込む寸前、シュレディンガーは暇の言葉に反応した。この男はまた碌でもないことを考えているのだろうと考えつつ、アートに走ると発言した男の方を振り返る。
「そう。この国の人間を全部連結してみたくてね。しかも、ぐぅるりと輪にしてみようと思って。城の周囲をぐるりと一周させよう」
「……それを城から眺めでもするつもりか……醜悪な」
国内の人間達が全員連結された光景を想像して、流石のシュレディンガーも顔を顰めた。だが、続いて発された言葉を受けて、シュレディンガーは改めて暇の異常性を再認識する。
「え? せっかくだからボクも節の一つとして参加するよ」
「……更に醜悪だな」
ここまで読んで頂きありがとうございます。ブクマも感謝です。
本稿、最初はもう少しエグい内容だったのですが、あまり不快感を煽っても仕方ないと調節しました。
このあたりのバランスは難しいところですね……