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第159話 ガタンゴトン 鉄道を引こう!

年初の帰省などがあって遅くなってしまいましたが、ようやく更新を再開できます。

以降は通常のペースでの更新を目指します。

 

「――というわけで、ここに鉄道を引こうと思う」


 木製の机の上に広げられた領内の地図を前にして、ユキトはそう告げた。サブシア領内は、森や湖が多い。それを反映して、地図にも多くの湖沼や森林が書き込まれている。そのせいもあって、村や街はそれらの隙間に点在して存在いる格好だ。


 地方名でもあるサブシアの名を冠する領都は、ユキトによるチートのおかげで大いに発展しているが、遠く離れた寒村ともなると、あまりその恩恵を受けていない。だが、それらの村や街を鉄道で連結させれば、状況は一変するだろう。


「ほう、鉄道……馬車鉄道ってやつか」


 ユキトの発した鉄道という単語を受けて、アウリティアが呟いた。同じように机を取り囲むファウナやフローラは「テツドウ」という聞き慣れない言葉を受けて、頭に?マークを浮かべている。


 馬車鉄道。これは、19世紀の初頭にイギリスで誕生したと言われている。意外に遅いようにも思えるが、真っ直ぐなレールを規格に則って大量に生産するためには高い技術が必要だ。実際、原始的な木製の軌道を用いるような馬車軌道であれば、馬車鉄道よりもはるか以前から存在していたようである。


 もちろん、この異世界(ディオネイア)の平均的な技術レベルでは、規格レールを量産するなど不可能だ。鍛冶の技術は、個人の技量によるところが大きく、工房ごとに質の違いが出るのだ。


 だが、このサブシアの技術レベルは、この世界では群を抜いて高くなっている。それは電子辞書からもたらされた地球の知識、それに加えてユキトが付与した加護の力によるところが大きい。

 鍛冶ギルドの頭領であるゴードンや建築ギルドの棟梁であるマスティンに対しては、鍛冶の神や工匠の守護神の加護を与えているのであるから、無理もないだろう。


 この高い技術があれば、鉄道馬車も実現できてしまうはずだ。本来の歴史であれば、先にレールの側にフランジ――脱輪防止用のでっぱり――が付けられるのだが、現代人であるユキトやアウリティアは、フランジは車輪側につけるべきことを知っている。このサブシアでなら、馬車鉄道の実現へのハードルは高くないだろう。


 だが、そんなアウリティアの言葉に、ユキトは軽く首を振った。


「いや、動力には蒸気機関を使う」


「マジか」


 蒸気機関と聞いて、アウリティアも驚きを隠せない。確実にチート技術である。


「やっと私の蒸気機関が日の目を見るのねぇ。 (たかぶ)っちゃう。 でも、そんな技術を公にしちゃっていいのかしらぁ?」


 かつて電子辞書からの知識を基にして蒸気機関を作成したストレィ。その蒸気機関はユキトの指示で封印されていたわけであるが、それがようやく解放されるようだ。彼女は興奮で顔を上気させつつも、公開への懸念を示す。


「私が言うのも何だけどぉ~、この技術って各方面に相当な影響があるはずよぉ」


 蒸気機関と言えば、産業革命を引き起こした主要なファクターの1つである。もちろん、産業革命によって人類が大きく発展したことは間違いない。産業革命以後、世界の人口は大きく増加し、生活レベルも向上した。圧倒的な生産力の向上が人類に与えた恩恵は計り知れない。

 その一方で、技術の発達が多くの問題を引き起こしたことも事実だ。戦争の大規模化、自然破壊、公害……

 異界からやってきた存在(ユキト)としては、その引き金になり得る蒸気機関をこの世界に導入するにあたっては慎重にならざるを得ない。


 ストレィの言うことも尤もだと、ユキトはストレィの言葉に頷いてみせる。


「確かにこの世界に対して、大きな影響を与える事項なので慎重になるべきだ。そう。慎重になるべきなんだが……」


 そこまで言うと、ユキトはちらりと自身の隣に立つメイド姿の創造神に目を向けた。メイドの方もユキトに視線を向けられたことを感じ取り、軽く頷く。


 わずかな沈黙の時間があり……


「オッケー!」


 メイド姿のクレアは、両腕で頭上に大きなマルを作って宣言した。傍から見るとかわいそうな人にも見える。実際、その会議の参加者は、笑顔でマルを作っているクレアに複雑な表情を向けている。


「……というわけなので、慎重になるのも馬鹿らしくなった」


 場の雰囲気を収拾するべく、ユキトは言葉を続けた。他の参加者も視線をユキトに戻す。皆の反応が悪かったせいか、クレアだけが少し不満気だ。


「まぁ、この世界の神様(オーナー)のお墨付きってのもあるが、やっぱり技術が人々の暮らしを向上させるのは間違いないからな。サブシアの住民を見ていてもはっきり分かる」


 ユキトも、この世界を訪れてから様々な村、街、都を巡ったわけだが、サブシアの街はそれらのどの街よりも活気に溢れているように見えた。

 この街が経済的に潤っているという要素が非常に大きいとは思われるが、様々な技術の恩恵により人々の生活レベルがしていることも影響しているはずである。


 現代人は、どうしても旧時代の自給自足的な生活に夢を見てしまい、技術が与える悪い影響を警戒しがちであるが、技術の恩恵は人々を十分に幸せにしてきたのだ。


 ユキトとしても、技術の発展による様々なリスクを覚悟の上で、領主として住民の生活レベルを向上させてやりたいと考えたのである。


 ユキトは地図上に指を走らせ、都市の開発計画を口にしていく。


「サブシアに流入する人口が増え続けているからな。街を広げる必要がある。この岩山をなくして、更地にすれば随分と西に広げられるだろ。

 その上で鉄道を伸ばして領内の小さな村や街を結んでいけば、一大都市圏になるって寸法だ」


 岩山をなくす。王国内の他領ではとても出てこない言葉である。岩山に街道を通すだけでも、多くの工夫(こうふ)と資材が必要になる。だが、そんな無茶もファウナがいれば可能だ。ドッカーンと吹っ飛ばしてもらえばよい。


「この岩山ね、任せて」


 ファウナも至極簡単に返事をした。実際、彼女の力を持ってすれば、岩山の1つや2つは軽いものだ。明日には岩山は消滅することだろう。本来、岩山を切り開くのに必要だったであろう資金や資材は、蒸気機関とレールにつぎ込むことができることになる。


 このように、サブシア領内の開発は至るところが常識外れなのであった。


 ****************************************


「本当に良かったのか?」


 その夜、ユキトは食堂に1人でいたクレアを見つけると、そう話しかけた。もちろん蒸気機関についてだ。やはり、産業革命を引き起こした程の技術を実用化するとなると、ユキトも色々と気になるのだろう。


「ええ。技術の発達が不幸を産むことがあるのは確かだけど、それ以上に生活を豊かにすることも確かだからね。

 もちろん、生活が豊かになることが必ずしも幸せにつながるとは限らないけど、その心配をするには、この世界にはまだまだ足りないところが多すぎるから」


 クレアは何処か遠くを見つめるように目を細めるとそう答えた。


 この世界では、まだまだ乳飲み子の死亡率も高く、平均寿命も短い。貴族階級はともかく、貧困層になるとその生活は悲惨である。もちろん地球においても、まだまだそのような国は多くある。そのような状況では心の豊かさなどを論じる以前に、まずは命をつなげていくことが最重要課題なのである。


 クレアは、その目に優しい光を湛えながら言葉を続ける。


「私がこの世界を創った時、人間の文明の水準は控えめにしたの。それに、魔法があるこの世界では、技術の発達速度は少し遅いみたい。やっぱり、魔法で引き起こした現象には、再現性がないからかな。魔法で代替できちゃう技術も多いし……


 とにかく、技術が発展しなければ、戦争の悲惨さも軽減されると思っていた……。


 だけど、今回目を覚ましてみて、もう少し人間を信頼しても良いかもって思った。私が眠っていた間、そして神界と人間界が遮断されていた間。神々の助けがなくても、この世界の人間は立派にやっていたみたいだからね」


 クレアは、先程のふざけた態度とは裏腹に、やはり創造神として人類のことを、この世界のことをしっかり考えているようだった。


(そりゃ、単にこの世界に迷い込んだだけの俺と、世界を創るはめになったコイツとでは、負っている責任や考えるレベルも違うよな)


 ユキトはかつての友人に大きな尊敬と僅かな同情を感じつつ、口を開く。


「まぁ、この創造神様がそう言うなら、領民のためにもしっかり街を発展させるとするか。積極的に技術を広めるつもりはないけど、あんな目立つものを隠し通すことはできないからな。いずれは世界中に広がって、人々の暮らしを豊かにしてくれるだろ」


 蒸気機関車で穀物などが大量に輸送できるようになれば、食糧の価格も安定するだろう。その反面、行商人は困ることになるが、すぐにという話でもない。


「ま、私は人間の他にもエルフ族とかドワーフ族とかの幸せも考えないといけないんだけどね」


 クレアはそう述べるとニッと笑った。エルフ、ドワーフなどの亜人種もこの世界には生存している。彼ら彼女らも創造神の慈愛の対象なのだ。本当に大変な重責である。


 ここまで話したクレアは、ふと真面目な顔に戻り、ユキトに向かって演技めいた様子で頭を下げた。


「さて……領主様、夜も更けて参りましたが、温かい紅茶などお淹れましょうか? それとも、お酒の方がよろしいでしょうか?」


「……明日も仕事だけど、まぁ一杯だけ飲むか。クレア……いや、アンドウも飲もうぜ」


 その夜の領主館の食堂は、いつもより少しだけ明かりが消えるのが遅かったという。



 ***********************


 サブシアの領民が異世界産の技術の恩恵を受けようとしていたのとは対照的に、かつてジコビラ連合の中核を成していた国の住民の辿った運命は悲惨なものだった。


 彼ら彼女らの運命を説明するためには数ヵ月ほど時間を戻さねばならない。


 その国の支配権を奪った虚井 暇(うつろい いとま)は、軍を廃止し、その人員を街の治安維持へと振り替えた。これにより、国内の犯罪率は大幅に改善。更には膨大な軍事費を、教育や福祉などの予算へと配分することで、国民の生活水準の向上を図った。


「イトマ様は名君だ」


 目に見える程の生活レベルの向上を受けて、そう述べる者もいた。


 もちろん、軍を解体するということはこの世界の国家にとっては考えられないことだ。当然、ジコビラ連合国の他の国家は、何度も制圧のための軍を派遣している。


 だが、深淵の力を得た(いとま)の前には何の意味も持たない。彼の力は、神を殺すことすら可能となっているのだから。他の国家が幾度派兵しても、全ての兵士達が消息を絶つのみだった。


 そのようなわけで、この国の状況は非常に好調であった。街は発展していき、外敵は排除される。


 だが、その状況も簡単に覆される。それは支配者である(いとま)のこんな一言から始まった。


「ちょっと飽きた」


ここまで読んで頂きありがとうございました。

本年もよろしくお願い申し上げます。

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