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第156話 憂鬱!王様はつらいよ!

年末が近くて忙しかったのに加えて、体調も崩してしまい、少し更新の間隔が空いてしまいました。

寒くなってきましたので、皆さまもお身体にはお気を付け下さい。

 

「ファッ!?」


 執務室で奇声を発したのは、このアスファールの国王であった。その声を受けて、部屋の前を警備していた兵士が「何かございましたでしょうか!」と室外から声をかけてくる。警備役としては、当然の行動だ。


「……い、いや、何でもない」


「し、しかし……いえ、失礼しました」


 室中から聞こえてきた王の声は、とても平静とは言い難いものであったが、国王にそう言われてしまえば、無理に中へと踏み込むわけにもいかない。兵士は首を傾げながら、部屋の前で警備の姿勢へと戻る。


「こ……これは、(まこと)か……?」


 執務室の中。1人で机に向かっているアスファール王の手には、1通の手紙があった。先程の奇声の原因がこれだ。この手紙は、ただの手紙ではなく『秘奏文』という種類のものである。

 近年では滅多に見かけることはなくなったが、『秘奏文』とは臣下が君主に対し、他者に秘するべき事柄を伝えるためのものである。かつては、他の貴族の謀反の企てや他国との内通などを密告するために使われたという。


 この『秘奏文』が普通の手紙と異なる点は、契約魔法の一種が用いられており、誰かがその内容を把握した時点で、記載されている文字が消滅してしまうことにある。つまりは1度しか読むことができないものであり、アスファール王がこの手紙を読めたということは、王以外には書き手しかその内容を知らないことになる。

 もちろん、この『秘奏文』が王の手に渡る前に、毒物の塗布や呪いの類がかけられていないかについては、文盲の者が確認する仕組みになっている。


「シジョウ卿が虚偽を述べる意味も利益もないだろうが……まさか、クレアール様とは……信じられん」


 この『秘奏文』は何を隠そう、シジョウ卿が持参したものである。

 見事、インウィデアを討ち果たしたということで、シジョウ冒険爵が王都まで報告に来たのだ。インウィデアは七極(セプテム)であると同時に、ハルシオム皇国を操って、アスファール王国へと攻め込ませた王敵である。よって、シジョウ冒険爵の行為は王国としても大いに賞賛すべきものだった。


 そのようなわけで、つい先程、謁見の間において、アスファール王はシジョウ卿の報告を聞き、彼に褒賞を与えたわけであるが、最後にシジョウ卿が恭しく差しだしてきたものが、この『秘奏文』だったというわけだ。


 もちろん、ユキトに『秘奏文』の知識などなかったわけで、これはストレィの入れ知恵だ。クレアールの件を、確実に王様にだけに伝える手段について相談したところ、「ちょっと古い方法だけど、まだ生きている制度だったはず」と教えてもらったものである。


 執務室の王は、天井を見上げると大きく息を吐いた。


「ふむ、クレアール様が御降臨されたとなると、他の神々も現世に降りてこられる可能性があるのか?

 ……いや確か、教会で神託を受けた者が出たという話が報告にあったな……教会の権威付けのためにでっち上げられた、いつもの眉唾物の話だとばかり思っていたが……」


 千年前の戦争以来、神界と人間界は隔たれていたわけで、神がこの世界に関与することはなくなっていた。かつては珍しくなかった神託の類も、神界への門が閉ざされてからは、人間界で確認されることはなかったはずだ(もちろん教会によるでっち上げの神託は続いていたが)。

 だが、ユキト達の行動により、神界への門が久方ぶりに開いたことで、この世界に神が関与できるようになったわけだ。


 実際に、祈りの最中に神の声を聞いた者や、熱心な祈祷により不治の病が治癒した者も出てきていた。今はまだ教会も半信半疑であるが、再び神が戻ってきたことを知るのは時間の問題であろう。

逆の例では、古い神殿を根城にして略奪を働いていた盗賊団が、世にも恐ろしい神罰を受けて、人の姿を失ったという報告もある。


「どちらにせよ、クレアール様がサブシアに御降臨なされているとなれば、こちらから挨拶に伺うしかあるまい」


 一先ず、アスファール王はユキトの奏上を信じることにしたようだ。これが嘘であってくれれば、面倒なことにならず、王としては非常に楽ではあるのだが、英雄でもあるシジョウ冒険爵の言葉を疑う理由もない。ここは、神様に挨拶に行く必要がある。


 そもそも王権というものは、神から預かったものと見做されている。それは、このアスファール王国のみならず、他の王国や皇国においても、国を治める権限は神から与えられたものと考えられているところがほとんどだ。古来には、神が王に相応しくない愚王から王権の象徴たる王笏を取り上げた例も伝えられている。


 つまり、神は王権の根源であるわけだ。その神様の中でも、総元締めというべき存在が、自国内にいると知ってしまったのだから、挨拶に行かねば神罰が降るかも知れない。神罰とまではいかなくとも、失礼にあたることは間違いないだろう。


「しかし、クレアール様が、あまり騒がれたくないということであれば、公にするわけにはいかんな……」


 ユキトの手紙によると、クレアール様はしばし人間として過ごしたいと希望され、その身を人に変えていらっしゃるということだ。にも関わらず、大勢で崇め奉ろうとすれば、それは神の意に反する恐れがある。


「まずは詳しい話をシジョウ卿から聞かねばなるまいな」


 ようやく考えがまとまってきたアスファール王は手元のベルを鳴らし、小姓を呼びつける。


「お呼びでしょうか?」


「すぐにシジョウ冒険爵を城に呼び戻せ! 色々と話があると伝えよ!」


 王の言葉を受けて、小姓はその眉を困ったように「ヘの字」に曲げた。


「シジョウ卿ならば、既に例の大きな蝉の魔物に乗って治領へお帰りになられましたが……」


「なっ!? ……しまった。あやつ、面倒な判断を押し付けおったな」


 ユキトとしては、王様に手紙を渡した後、いつまでも残っていたら、王様に再度呼び出されることは想像に難くない。せっかく、王様に丸投げするために、手の込んだ『秘奏文』まで(したた)めたのであるから、さっさと引き上げるのが正解であろう。王国として創造の女神クレアールにどのような対処をするかについては、アスファール王にまるっと一任したいところだ。

 もちろん、他の事例であれば、王様相手にそのような態度が取れるほどユキトの心臓は強くない。だが、今回は王様よりも偉いバックがついている。


「王様に後から何か言われても、女神様のお世話があったので急いで帰らないといけなかった……とでも言えばいいだろ」


 雲の上、百九年蝉のセミルトに運ばれながら、ユキトはそのように呟いた。王様よりも偉い存在を領地に待たせているのだから、王都でのんびりできなかったのだという言い訳である。そして、階級社会においては、この言い訳が非常に有効であることは予想できた。何にせよ、偉い人優先なのだ。この場合、人ではないが。


「クレアーる様ガ、サブしアに住ムのか……畏レ多いコトだ」


 ユキトを運ぶセミルトが、腹部を器用に震わせて、人語を紡ぎ出す。

 百九年蝉のセミルトからしても、クレアールという存在は崇拝の対象となるようだ。セミルトは魔物であるはずだが、この世界に生きる存在にとっては、やはり造物主サマということなのだろう。


「セミルトにまで崇め奉られているんだな……肩凝りそうだ。たまには人間で過ごしたくなる気持ちも分かる気がする。やっぱり気晴らしは大事だからな」


 世界のあらゆる存在から崇められるというのも大変だろうなと、ユキトは旧友に同情する。神ともなれば、一挙手一投足が注目されるだろう。下手なことを喋ろうものなら、そのまま聖典に書かれてしまいそうだ。「創造の女神は仰られた『かれぇなる食物、食べたし』と」など書かれたらどうすれば良いのか。その解釈をめぐって、教会が二派に分かれたりしたら、目も当てられない。


 そう考えると、人間として過ごしたいという希望も分かる気がする。神に比べれば、人間生活は圧倒的に気楽であろう。


「でも、気晴らしと言えば、この移動もそうか。クレアにテレポートしてもらったら、一瞬だったんだろうけど、やっぱり一人旅もいいな。ここのところ、ずっと集団行動だったからな」


 実は、今回の王様への報告に関しては、同行者はいない。ユキト単身での移動である。

 ファウナは護衛が必要だと主張したが、インウィデアも倒したし、加護の力はクレアールに回復してもらっているので、大丈夫だろうとユキトが無理を言ったのである。


 ユキトは、その事実を噛みしめるように大きく肩を回し、腕を伸ばした。上方には碧い空が、眼下には緑の大地とそれを覆う白い雲が広がっている。


「さて、サブシアに戻ったら今後の都市計画を練るかなぁ……。

 創造神様の力を借りるのは流石にチートだから避けるとしても、インウィデアがいなくなったことだし、これでじっくり街作りに取り組めるってもんだ。

 ……いや、王様が挨拶に来る可能性が高いから、その準備をするのが先か?」


 ユキトは久々に未来に対する期待を胸に抱きつつ、空の旅を楽しむのだった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。

ブクマや評価なども感謝です。励みとなります。

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