第155話 頑張れ!創造神様!
私事で少し更新が遅くなりました。この時期、少し忙しいもので……
前回のお話
偉い人達はそれぞれに悩みがあった。
そんな中、暇がジコビラ連合国を急襲。国を強奪しようとする。
サブシア領主館付のメイドであるクレアの朝は早い。領主様が起床する前に、掃除をこなさねばならないからだ。
「ふぁあああ、人間の身体って何時間寝ても眠い……」
住み込んでいる領主館の一室から出てきたクレアは、そんなことを呟きながら掃除のために階下へと向かう。神は睡眠を必要としないのだが、受肉している場合は基本的に人間と同じである。人間の身体は疲れもするし、眠気も空腹も感じるのだ。
だがこのクレア、素直に早起きしているわけではない。実は既に二度寝を達成しているのだ。外はまだ暗いのに、二度寝済みとは不可解であるが、なんとクレアは時を圧縮することでこれを可能にしていた。
これは自分の周囲の時の流れを操り、時密度を何倍にも高める超高等魔法である。自身が3時間ほど二度寝しても、周囲の時間は10分程度しか進まないという夢のような魔法だ。
実は、超魔導士であるアウリティアも同系統の魔法を修めてはいる。だが、こちらは3秒を2秒に圧縮する程度であり、戦闘中に素早い動きや判断を行うための補助魔法である。創造神の魔法技術と魔力があってこその二度寝魔法なのだ。
「でも、自分の周囲の時間だけ圧縮したら、他の人より早く老化する……? うわぁ、使うの控えるべきかな」
そんな心配をしながら、クレアは屋敷の掃除を開始する。既に自室でメイド服には着替えているので、廊下の奥にある掃除道具入れからモップを取り出して床をゴシゴシと磨いていく。
「おはようございます。クレア」
「おはようなのです。クレアさん」
同じく領主館付のメイドであるアルマも姿を見せた。アルマはロボであるので、エネルギーが枯渇していない状態であれば眠る必要はない。だが周囲との兼ね合いもあり、人間に合わせた生活周期で行動している。
そのアルマの隣に立つのは、同じくメイドであるキャロル。背の低い、クリッとした瞳が可愛らしい少女である。
彼女はサブシアに住んでいる『普通の住民』だ。決して巨大ロボに変形することはないし、世界を創造した神というような経歴も持っていない。普通の人間であり、普通にメイドとして雇われた女性だ。
もちろん他にも勤めているメイドはいるのだが、本日の掃除のシフトはこの3名のようだった。
「さっさと終わらせて朝食の準備をしましょう」
「今日も頑張るのです!」
「キャロルちゃんは朝からテンション高いねー」
拳を掲げて意欲を示すキャロルを見て、クレアはそんな感想を漏らす。
「『ちゃん』じゃないのです!キャロルの方がクレアさんより先輩なのですから、せめてキャロルさんと呼んで欲しいのです!」
「それもそうかー。では、キャロルさんに訂正しますー」
クレアは微笑みながら、彼女の呼び方を訂正した。その視線は自愛に満ちている。
(私の作ったこの世界で、彼女たちは幸せそうに生きている。良かったー)
創造の女神クレアールと言えば聞こえは良いが、それは世界の全てに責任を負う立場であることを意味していた。もちろん、彼女が人類を滅ぼしたとしても、数柱の神が苦言を呈する程度であろう。基本的には世界をどのように扱おうとクレアールの自由だ。
だが、元々は善良なる日本人であった彼女は、責任感を持ってこの世界を構築した。そこに住む全ての人間、亜人が幸せに暮らせる世界を目指したのだ。
もちろん創造の女神とは言え、世界の細かな設定まで完全に思い通りになるわけではない。それでも、魔物の発生数はできる限り減らし、自然災害の発生頻度も抑え、戦争は慎むように神託を与えた。
それでも、人類は時に事故で、時に互いに争い、時に魔物に襲われ、時に災害で、傷を負い、命を失っていく。その責任と重圧は、まさに文字通り世界を背負っており、地球でいう大企業の社長などの比ではない。
ディオネイアへ引き込まれたあの日以来、クレアールとなった彼女が心から安らげる日はなかった。神となったことで、精神が病むこともなかったが、それが幸せだったのかは分からない。
(でも、私が長いこと眠っていても人間はたくましく生きていた。私の手がなくても世界はちゃんと動いていた)
自分の意識が異世界のコアと混ざることを避けるために、長い眠りについたクレアールだったが、その際に心配だったのは自分が創ってきた世界についてであった。
だが、目の前のキャロルの笑顔を見ていると、それは杞憂であったことが分かる。
「親はなくとも子は育つ……か」
「え? クレアさん、何か言いました?」
「いいやー、何も言ってないよー」
呟きをキャロルに拾われて、慌てて否定するクレア。彼女は、思っていた以上に自身が創った世界が頑健であったことに、僅かな寂しさと大きな満足を覚えていた。
創造神が不在で、さらに神界への門が閉ざされても、人間社会が崩壊せずに存続しているのは、元となる世界が緻密に、丁寧に作られていたからだろう。それは彼女が誇るべき偉業だ。
(ユキトには悪いけれど、しばらくの間は人間として、この世界を眺めたいな)
窓の外はゆっくりと明るくなりつつある。遠くに広がる森のシルエットの背景が鴇色に染まり、木々の輪郭をクッキリと際立たせていた。
「クレアさん、窓からの景色を観て、手が止まってます! ちゃんとお掃除して下さい!」
「あ、キャロルちゃん、ごめんごめん」
「『ちゃん』じゃなーい!!」
かくして、今日もゆっくりと日が昇る。この日の速度も、かつてクレアールの設定したものだった。
なお、創造神に磨かれた領主館の床は、強力な聖属性を帯び、中級アンデッド程度が踏み込めば、即座に消滅する代物になっているのだが、それはまた別の話である。
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「うーん……税率が少し高すぎるな。軍事関連の予算は削ろう。ボクがいれば必要ないし。でも、教育関連は増額すべきだなぁ」
ジコビラ連合国の実質的な首都であったコビュート。その中心に聳え立つ城の奥で、虚井 暇が頭を悩ませていた。連合国の盟主であるオーフィストに対して、虚無に由来すると思われる圧倒的な力を見せつけることで国の運営権を強奪した暇であったが、驚いたことに、彼はまともに国家運営に取り組んでいたのである。少なくとも今は。
「貴様がまともな運営を行うとはな……」
傍にいる黒猫が呆れたような声で暇に話しかける。彼としても、暇のことであるから、どうせまともでない狂った政策を乱発して、国を崩壊させるものだと思っていたのだ。
「シュレディンガー、遊びを分類するとどうなるか知ってる?」
暇は手元の資料の山から目を話すと、シュレディンガーに向きなおり、手の平を上に向けながら、そんな話題を振った。
「遊びを分類? ふむ、考えたことはなかったな」
「ボクの世界にいたカイヨワさんって学者のひとは、遊びを競争、運、模擬、眩暈の4つに分類したんだよね」
暇の言葉にあるように、フランスの学者であったロジェ・カイヨワは著書「遊びと人間」の中で、遊びをその4つに分類した。互いに競い合う競争、ルーレットなど自身の運を試す運、ままごと遊びのように何かを模倣する模擬、ぶらんこのような感覚を楽しむ眩暈の4つである。
「ほう、それは初耳だ。だが、遊びというものの性質上、その4つに綺麗に分かれるものではなさそうだな。4つの要素と言ったところか」
暇の蘊蓄にシュレディンガーが応える。
「慧眼だねぇ。実際、これらの要素が絡み合って遊びが成立する……ってカイヨワさんは言ってた。ボードゲームとかは運と競争の複合だねぇ」
「その遊びの分類と、貴様がまともに国家運営を行っているのと何か関係があるのか?」
遊びの分類には興味を示したシュレディンガーであったが、暇の行動とどう繋がるのかについては、訝しんでいるようだ。
「これは模擬だからねぇ。ちゃんとプレイしないと面白くないだろ」
暇はシュレディンガーに向かって、そのように説明した。どうやら、今やっている「国家運営」は暇の中ではごっこ遊び、すなわち模擬に分類されるようだ。
「シジョウ君のサブシアという前例があるから少しは競争もあるのかな。まぁ、運営について彼と競うつもりはないんだけどね」
暇はそう言うと、再び手元の資料に目を落とした。
一方、前盟主のオーフィストは、暇とシュレディンガーの会話を少し離れた位置で聞いていた。彼は、暇の要求を飲んで国の運営権を譲ることで、命を奪われずに済んだのである。
と言っても、ジコビラ連合国は小さな国家の集合体でもある。連合国の代表権を持つ盟主であっても、勝手に他国の支配権までを譲るわけにはいかない。そのため、暇が支配権を譲り受けたのは、オーフィストが直接支配していたジコビラ連合国の一部に限られている。コビル国と呼ばれるジコビラの中核国だ。
(くそ……こんなヤツにコビルの国を渡すことになるとは。だが、他の構成国から援軍が来てもイトマには勝てんだろうな)
オーフィストはため息をつきながら、暇に見せるため、人口についての資料を用意するのだった。
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