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第154話 お悩み?三者三様の状況

前回のお話

 女神クレアール様は、サブシアでメイドとして働いて暮らすんですって!

 

 王国の最高権力者であるアスファール王は悩んでいた。悩みのテーマは周辺国に対する今後の政策である。


 先の戦争でハルシオム皇国に圧勝した王国側は、非常に有利な形での講和を達成した。属国化とまでは言わないまでも、アスファール王国はハルシオム皇国に対して非常に優位な立場を得たのである。


 また、ウィンザーネ領のバロンヌへと奇襲をしかけてきたジコビラ連合国軍についても、こちらの被害はほぼゼロで、敵の大多数を捕虜とすることに成功している。


「国のトップとしては、勝ち過ぎと嘆くのは贅沢に過ぎるというものだが……」


 この状況を受けて、王国の貴族の中には「一気にハルシオム皇国を王国に併合すべし」と主張する強硬派が生じていた。彼らはジコビラ連合国に対しても攻勢をかけるように言い張っている。

 弱肉強食は日常茶飯事の貴族社会である。この状況で、そのような主張をする者達が出てくるのは自然なことではあったが、王として素直に頷く訳にはいかない。


「ジコビラ連合はともかく、皇国とは上手く付き合っていくのが最も良い方策だろうな」


 アスファール王がそう呟いた理由の1つは、他国を併合するためには、相応のコストがかかるということだ。特にハルシオム皇国を併合するともなれば、抵抗する皇国貴族も多いだろう。仮にそういった勢力を武力で制圧したとしても、その後の統治・運営のためにかなりの労力を要するのは間違いない。制圧すれば、即座に利益が生まれるわけではないのだ。

 もちろん、下手に遺恨を残したままで隣国を存続させることにより、後年の大きな憂いとなるようであれば、併合を考える余地はある。だが、皇国のトップであるハルシオム4世とも友好的な関係を築けている現状では、そのリスクを取るべきかは甚だ疑問だ。


「幸いにして、ハルシオム4世は名君であるようだし、皇国の統治は彼に任せておきたいものだ」


 アスファール王が他国の制圧に乗り気でない理由のもう1つは、併合のためにはシジョウ冒険爵の力が必要であるという点だ。そもそも、王国側がジコビラ連合国やハルシオム皇国に圧勝できたのは、シジョウ冒険爵とそのパーティーメンバーの働きによるものである。

 貴族連中の多くは、シジョウ冒険爵が王命には従うと決めつけているが、アスファール王はそこまで楽観視していない。

 いや、シジョウ冒険爵が反旗を翻すことを心配しているわけではない。アスファール王も冒険爵とは何度か相対しているが、彼は野心家とは程遠く、基本的には善良な性質だと見ている。間違っても、自分の力で王権を強奪しようという考えは持たないだろう。ただし、『まろうど』という出自のせいなのか、彼は戦争やそれに伴う犠牲を非常に重く考えている節がある。もちろん、アスファール王も戦争や犠牲は少ない方が良いと考えている一人だが、それでも執政者として、王国の繁栄との天秤にかけることに躊躇はない。


「シジョウ卿に無理に命じれば、冒険爵を辞すくらいのことはやりかねん。そうなれば、大きな損失だ」


 王が呟いた通り、シジョウ冒険爵は王国の安全のためであれば、その力を振るってくれるであろうが、侵略に手を貸せと命じれば、王国から去ってしまう可能性も多いにある。アウリティアとも関係が深いのであるから、その気になればエルフの里に移り住むことも可能なはずだ。


 王は机の上に広がっている大陸の地図に目を向ける。アスファール王国の北に広がるエルム山地にはエルフの里が点在していると言われている。また、王国の西側にはハルシオム皇国の領土が広がっていた。


「シジョウ卿を皇国への供として連れて行ったのは、アヤツが王国にちゃんと従っていることを内外に示す狙いがあったのは確かだ。だが、それを鵜呑みにして調子に乗るうちの2流貴族どもにも困ったものだな」


 ついこの間までは、新入り貴族のシジョウ冒険爵を警戒し、排斥すら考えていた一部の貴族達だが、そのシジョウ卿の力を使えば周辺の国を屈服させることも可能と知るや否や、見事なまでの手の平返しを見せた。強硬派の主流は、ニューマン公爵の派閥だった貴族達である。ニューマン公爵の虎の子であった赤旗兵団が壊滅し、すっかり権勢を失った公爵に代わり、シジョウ卿を利用することで、領地の拡大を狙っているのだろう。

 尤も、そのような2流の振る舞いをしているのは、男爵や子爵クラスが主流である。流石に公爵や侯爵といったクラスともなると、安易に併合論を唱える者はいない。


「まったく、王というのも疲れるな」


 誰もいない執務室でひとしきり愚痴を吐いたアスファール王は、手元のベルを鳴らして、小姓に紅茶を持って来させるのだった。


 ***************************


 サブシアの統治者であるシジョウ冒険爵は悩んでいた。悩みのテーマは上司への報告内容である。


 見事にインウィデアを倒すことに成功したユキトであるが、ハルシオム皇国を王国に攻め込ませたというインウィデアの悪行を考えると、憎むべき王敵を倒したことをアスファール王に報告する義務がある。その際に、どこまで経緯を説明するべきかが悩みの種……いや、すでに育って悩みの大木となっていた。


七極(セプテム)のイーラとアウリティアの助力があって……っていうのは別に問題ないと思うんだが、問題はその後のことだよなぁ」


 既に日も暮れており、魔道具の明かりで照らされているだけの執務室はかなり暗い。そんな室内で、ユキトは椅子に深々と座り、天井を見上げながら「ふぅ」と息をつく。


 ユキトが気にしているのは、もちろんクレアールのことだ。正直に報告するならば「危ないところでしたが、創造の女神であるクレアールが力を貸してくれたので勝てました。え、クレアール? 今はウチでメイドやってます」ということになる。これでは、正気を疑われる可能性がある。


「かと言って、クレアールの存在を黙っておくべきか? 公になると物凄く面倒なことになるだろうし、アイツが人間として暮らすのも難しくなるだろうしなぁ。

 ……でも、公にするかどうかは別にして、面倒な判断は取り敢えず上に投げておくってのはアリだよな」


 ユキトの処世術というわけではないが、偉い人の役割は判断することなのだから、思い悩むのは上の仕事と割り切るのも一つの方法だ。面倒なことは隠蔽などせずに全て上司に知らせてしまい、どうするべきかという判断は上に一任するのである。


 それにインウィデアを討伐したことで、王国内でのユキトの注目度合いもさらに上昇すると思われる。実際、サブシアに戻ってきたユキトがテレパシーで察知した範囲でも、既に相当数の密偵が領内に入りこんでいるようだった。そんな中、クレアールの存在をユキトの一存で隠しておくと、いざバレた際に御咎めを受けるかもしれない。


「でも、伝えるとしても王様だけだよな。他の貴族に知られるとややこしくなるのは間違いない。神様を利用しようとする貴族が出てこないとも限らないし……。

 あと、教会関係者も面倒なことになるだろうなぁ。仮に伝える必要があるとしても、王様から伝えてもらって、面倒事は王様の責任で進めてもらおう」


 そう言葉に出したことで、ユキトの気持ちは固まっていく。面倒は王様に丸投げしようという気持ちだ。アスファール王の胃壁が心配である。


 もちろん、ユキトとしては、クレアールが御自ら「しばらくは人間の暮らしをしたい」と言っていることも、王様にも伝えるつもりだ。それを聞いてしまえば、王国としても神の意向を無視して「クレアール様が我が国に降臨なされた! 我が国は神に認められた国である!」と大々的に宣伝することはできないはずである。


「うん。王様はクレアールのことを知っても、利用はできないだろうし。色々と露見しないように協力してくれるだろう……ただ、ウチでメイドしているってことは明言しないようにしよう」


 ユキトはそう呟くと、力強く頷いたのだった。


 ********************************


 ジコビラ連合国の盟主であるオーフィストは悩んでいた。悩みのテーマは目の前の男についてである。



 その男が城の門前に現れたのは、昼過ぎのことだった。太陽は中天を過ぎたが、いまだ影は短い。男の足元にも黒い影ができていた。男はその影を引き連れて、スタスタと城門を通過しようとする。


「おい、貴様! 止まれ! お前はぁうひぇ……プツン」


 門を素通りしようとした男。もちろん職務に忠実な兵士がそれを見逃すはずはない。だが、その男に槍を突きつけた兵士は、不思議な力で頭部を消されて、その場で絶命した。


 まるで空間がある一点に収縮したかのように、ヒュッと彼の頭部が中心点に吸い込まれ、プチンと音を立てて消えたのである。首は引き伸ばした水飴のように、キュッと細くなって途中で途切れていた。


 その後、闖入者を止めようとジコビラ軍の精鋭達が挑んだのだが、結果は全員同じだった。先日配属されたばかり兵士も、数十年の経歴を持つ歴戦の将軍も、防衛の要である希少な加護持ちも、平等に同じ末路を辿って、頭を消されて地面に転がっている。


 その闖入者は、まるで護衛など最初からいなかったかのごとく、ズカズカと王座の前まで足を止めることなく歩いてきた。


「貴様、まさかシジョウ卿か!?」


 オーフィストにとって、アスファール王国へ攻め込ませた軍が、奇怪な力を持つシジョウという男に無力化されたという事実は、忘れたくとも忘れられない話だ。本来であれば、王都からの援軍を引き出し、王都の戦力が手薄になった隙をついてニューマン公爵が王権を奪取するはずだったのである。


 目の前の男の人知を超えた力を目の当たりにして、オーフィストは『シジョウ』という名前を思い出さずにはいられなかった。だが、男はあっさりとそれを否定した。


「シジョウ? いや、人違いさ。ボクの名は虚井 暇(うつろい いとま)だよ。深淵の力を得て、パワーアップしたから、(しん)虚井 暇(うつろい いとま)と呼んでもいい。いや、零式の方がカッコいいか?」


 目の前の男はニコニコと笑いながら、自分の名前を述べる。後半は意味不明であるが、その男が名乗った名前にオーフィストは聞き覚えがあった。


「ウツロイ……イトマ? どこかで聞いた名だが……

 !?……ニューマン公爵の私設軍を1人で壊滅させたという男か!! 貴様のせいで、アスファール王国を転覆させる計画は台無しだったのだぞ!」


 王国に潜んでいる密偵からの情報にあった名だ。ニューマン公爵の屋敷を襲い、赤旗兵団を壊滅させた男。なるほど、このような得体の知れない技を持っているのであれば、そのような行為も可能だろう。


「あれは、兵団員が操られていて、正常な判断ができなくなっていたのも大きいんだよ。御令嬢の指令も殺せっていうアバウトなものだったしね。一気に全員でかかってくるんじゃなくて、数人単位で襲ってきたのも好都合だった」


 (いとま)は話をしながらも、ゆっくりとオーフィストとの距離を詰めていく。


「で、イトマとやら。俺の首を取りに来たのか?」


 オーフィストがそう尋ねる。軍の精鋭があっさりと殺されるのだから、自分が抵抗しても無駄であろう。だが、(いとま)から返ってきた答えは意外なものだった。


「いや、首なんていらないよ。

 実はボクも国家経営ゲームをやってみたくなってね。だから、ちょっとこの国を頂戴?」


ここまで読んで頂きありがとうございます。

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