第153話 永住!?創造の女神様!
前回のお話
暇は『深淵』を呼び出して、遊びに誘った。
その暇の行動を面白がった『深淵』は、彼にその深く暗い力を与えるのだった。
今のサブシアはもの凄い状態になっているのではないか。領主室のユキトは眉間に皺を寄せながら、そんな疑問を反芻していた。
その最大の要因は、クレアールである。てっきり、ユキト達をサブシアへと送ってくれた後は、神界へ戻るものだと思っていたのだが、なんと彼女は、サブシアで暮らしたいと言い始めたのだ。
「日本での生活には程遠いけど、久しぶりに人間としての生活がしたいから」
そう述べたクレアールは、何とメイドの1人として領主館に住み込みたいと希望した。どうやら、世界創りには飽きたので、普通の労働がしたいらしい。
「ユキトが領主様なんだし、私一人くらいは雇えるでしょ?」
ここで「そのようなことはまかりならぬ」と言える者がいれば良かったのだが、残念ながら、その場にクレアールを止められる者はいなかった。なにしろ、創造神というだけあって、この世界で一番偉いのだ。所詮は人間である王様や皇帝といったレベルの権威とは、比ぶべくもない。ファウナもフローラも引き攣った笑いを浮かべるだけだ。
強いて言えば、ユキトが強く拒否すれば、クレアールも引き下がったかもしれないが、ユキトにとっても安藤ことクレアールは異世界で久々に出会った友人であり、しかも先の戦闘では命を助けてもらった恩もある。彼女の希望を無下にするわけにもいかない。
「……ダメとは言わないが、お手柔らかに頼むぞ」
なお、クレアールの人間としての偽名はクレアだそうで、自身のメイド服は神の力で虚空より生成している。無駄なフリルなどついていない本格的な服だ。どうやら、創造神様はノリノリであらせられるらしい。
「お屋敷でメイドって、一度やってみたかったんだ。じゃあ、早速明日から……ん? ってことは、アルマさんが先輩になるのかー。よろしくお願いします」
メイドロボでもあるアルマの存在に気付いたクレアールは、アルマに向かってぺこりと頭を下げた。
「承知しました。クレアール様」
「違う違う。そこはクレアって呼び捨てじゃないと」
「分かりました、クレア。以後はクレアと呼びます」
畏れることなく呼び捨てにできるあたりは、流石にロボである。アルマがすんなりと呼び捨てにしたのを聞いて、フローラもストレィも頬を引き攣らせている。
――創造の女神のメイド業。
クレアの正体を知らない者は良いとして、クレアが創造の女神と知っている者にとっては、実に困った話だ。創造の女神に身の周りの世話や応対をしてもらうなど、恐れ多いにも程がある。
クリスマスを祝い、大晦日に除夜の鐘を聞き、正月に初詣に行く日本人と違い、この世界の人々は、本当の意味で神様を信じている。いや、実際に神様がいる世界なのだから、存在を信じるのは当然なのだが、非常に敬意を持っているのだ。
「ユ、ユキト様。女神様が、こちらにお勤めになるって……わ、私、女神様に何か失礼をしでかさないか不安で……」
「いや、メイドだから世話を焼いてもらってくれ」
「ひぃぃぃぃ、そんなの無理ですぅ!!!」
フローラが泣きそうな顔になったのも無理もない。そもそも、創造の女神に紅茶など淹れてもらおうものなら、カップがそのまま高位の聖遺物になる恐れすらある。掃除した場所は聖地として認定されるだろう。
「フローラさん、そんな畏まらなくても大丈夫だって。私、そんなに怖くないよー」
「いやいやいや、七極で好き勝手やってきた俺が言うのもなんだけど、お前はもう少し自分が創造神という自覚を持った方がいい」
崇め奉られているのをどうにかしたいと頑張る女神様に対して、アウリティアが神様の自覚を促した。痛いところをつかれたのか、皆と仲良くなりたい女神様はしょぼんと肩を落とす。
「とはいえ、クレアールの外見は人間そのものだし、皆もそのうち慣れると思うけどな。神様っぽくないから」
「でしょ?でしょ?」
アウリティアのフォローを受けて、女神様はあっさり立ち直った。神様っぽくないと言われたことは不敬には当たらないらしい。
「ただ、みだりに神威を解放しないようにしてもらわないと。あれをやられると、ユキト以外は水戸黄門の印籠の前にいるみたいになっちまうからなぁ」
アウリティアが苦笑いしながら、クレアールに神威を解放しないように釘を刺す。
「いやいや、そうそう簡単に神威は解放しないから」
「簡単にはしないって……昼前に大通りでやったばかりじゃねぇか」
受肉することで人間体になっている女神様だが、その気になれば神の気配とでも言うべき『神威』を発することができる。この世界で生まれた存在であれば、創造の女神の『神威』を浴びることで、彼女に対して強烈な畏敬の念を覚えることになるのだ。
エルフに転生して、この世界に生を受けたアウリティアも例外ではない。相手の中身が『安藤』と分かっていても、思わず頭を下げる羽目になる。
「まぁ、崇められても嬉しくないからいいけどね。
ところで紺スケ……いや、アウリティアと呼ぶべき? ま、どっちでもいいんだけど、アウリティアって豚骨ラーメンが作れるってホント?」
「お、耳が早いな。ふふふ、この世界で苦労してようやく再現した味。俺の自信作だぞ」
「すごい! それ、神に献上すると良いことあるかもよ? いや、むしろ献上しないと仏罰が下るね」
「それは恐ろしい……ってお前、仏じゃないだろうが! あと、仏は豚骨を食べないからな!」
アウリティアと女神様がコントのような会話を繰り広げている様子を、ファウナ達は複雑な表情で見守っている。この状況に早く慣れてもらいたいものだ。ユキトはそっと肩をすくめた。
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ズズズズッ
「さて、真面目な話の続きをしようか」
目の前で豚骨ラーメンをすすっている女神様を前に、ユキトはできるだけシリアスな顔でそう述べた。
サブシアに戻ってきてすぐ、クレアールは、神様も全てが信用できるわけではないという趣旨の発言をしている。カレーだの、メイド就業だので話題がブレたが、この話はしっかりと聞いておかねばならない。
「ふぇえ、ひひほほおふ ふぉへへふぁ」
「待て待て待て」
ラーメンをすすりながら話を続けようとするクレアをユキトは慌てて制止する。残念な女神もいたものだ。
「仮にも女神なんだから、マナーってものがあるだろう」
だが、そんなユキトの指摘に対して、横からイーラが割り込んできた。
「いや、仮にもクレアール様のなさる事じゃぞ? この場合は、マナーの方を変えるべきに決まっておろう。そもそも、人間の考えたマナーなどが女神様の行動を縛るなどあり得ぬ」
創造の女神、恐ろしいまでの権力者である。しかし、確かに世界を創った存在が、マナー程度で行動が制限されるというのも滑稽な話だ。マナー VS 創造神なら、創造神に分がある気もする。
「ぐぬぬ……とにかく、食べながらだと聞こえないので、飲み込んでからにしてくれ」
マナーの話は脇に置いておき、ユキトは物理的な理由を元に頼み込んだ。クレアもその言葉に軽く頷く。どうやら、流石に食べながらの会話を強行するつもりはないようだ。
「………むぐむぐ…………ふぅ。このラーメン、美味しい!
で、ええと、他の神が信用できない話だったっけ? じゃあ、その理由はあいつに説明させるか」
クレアールはそう言うと、少しばかり顔を上方に向けて、何もない空中を見つめた。まるで、誰もいない方向を見つめる猫のように、空中に向かって話しかける。
「ちょっと、ユキト達に説明してくれる?」
すると驚いたことに、そのクレアールの呼び声に対する返答が、直接ユキト達の脳内に響いてきた。
「なんやなんや、久々に声掛けてきたと思うたら、いきなり仕事の押し付けかいな? まぁ、しゃあない。了解や」
なんとも人懐っこそうな角の無い声であったが、相手の姿もなく、直接脳内に話しかけられるという体験に、流石にファウナ達も驚いている。
「え? 何!?」
「誰です?」
「ああ、驚かせてしもたか。まずは自己紹介しよか。 わてはこの世界の『コア』や。よろしゅう」
その正体にユキトは思わずのけぞった。まさか、ワールドコアが関西弁で話しかけてくるとは流石に予想しなかった展開だ。
そもそも『コア』が創造神と融合しそうになったから、それを回避するためにクレアールは眠ったとユキトは聞いている。その後の『コア』と創造神の関係はどうなっているのだろうか。
ズルズルズルズズッ
「ほな、説明しよか。
この世界が出来てすぐのことや。まだ小さな世界の真ん中で、世界の『コア』であるわては、ダンジョンマスターならぬ『わーるどますたぁ』になってくれる知的生命体を呼びこむために、色々な世界にゲートを開いとった。ちゅうても、初期のわてにはほぼ知性がなくてな。本能の行動ってやつや。
で、初めてこの世界にやって来たのがクレアールやってんな。そいで、クレアールが『わーるどますたぁ』ちゅうのに就任した」
ここまでは、ユキトやアウリティアの予想した内容やクレアールの説明とも一致していた。
「で、俺達はその後が知りたいんだが」
姿の無いコアに向かって話すには、どこを見れば良いのだろう。とりあえず、クレアールを見習って、ユキトも斜め上方に顔を向けて、話の続きを促してみる。
「まぁ、順番やから待ってえな。
んで、クレアールが『わーるどますたぁ』になってくれたおかげで、わても知性を得ることができたんや。知識も言葉もなクレアール由来や。
で、しばらくは二人三脚で世界を創っていったわけやな。クレアールがイメージした内容を、わいの力を使って創造していく。大地、海、動物、人間……
ところが、クレアールの目指していた世界は平和すぎるんやな。人間を襲う魔物はできるだけ少なくして、さらに戦争もほとんどない社会を目指しとった」
「素敵なことじゃない」
ファウナも、コアに向かって話すときは、天井を見つめながら発言することにしたようだ。戦争の孤児でもあるファウナは実感を込めた口調でそう述べる。
「まぁ、わてもクレアールから知性を得とるわけやから、その理想も分からんでもない。せやけど、争いがあった方が世界の進化するスピードが早いんよ。せやから、わてら『コア』には世界に争いが起こるようにしむける本能があるんや」
なるほど、ダンジョンも侵入者を招き入れつつも、魔物に襲わせて殺すことで、その生命力をダンジョンへと還元する仕組みになっていると聞く。その上位種であるワールドコアにも当然似たような仕組みがあるのだろう。
ズルズル……ズズッ
「だとすると、ワールドコアの本能が、クレアールの目指す方向とは違った『何か』を産み出すことがあり得るということか?」
ユキトは自身の考えを口に出してみる。クレアールとコアの本能の間の方向性のズレ。会社で言えば、社長と専務の意志にズレがあるようなものだろう。バンドだったら解散するところだ。
「せや。わいもわざとやないんやけど、何かを産み出すときに、わての本能が目指しとる方向性が、ちょーっとばかし混ざることがあるんや。世界をちょっと不安定にしたろって感じの要素がな。つうても、極稀にやで?」
つまりコアの言うことを信じるならば、コアの力を使って産み出された神様達が、全員「世界は平和であれば良い」と考えている保証はないことになる。
ズルズルズズッ
「もちろん、表立ってクレアールに反抗するような神さんはおらんで? 一応、どの神さんにも『わーるどますたぁ』であるクレアールへの敬意はあるんや。でも、世界の方向性についてはちょっと文句があったり、不満があったりするかもしれへんってことや」
ズルズル……プハッ!
「って、わけ。私の言った他の神を全員は信用できないって理由が分かった?」
コアに説明を任せて、黙って豚骨ラーメンをすすっていたクレアールが急に話に入ってきた。どうやら豚骨ラーメンを食べ終わったようである。満足気な表情だ。
「つまり、神様の中には、少しくらい世界に争いがあった方がいいと考える神様も混ざっているかもしれない。そんな神様にとっては、『コア』とクレアールが融合して、精神が混ざってくれた方が、有難かったってことか」
ユキトが状況を整理する。
ある特定の時期の『コア』は『マスター』と融合しようとする。その際に、コアとマスターの精神が混ざったり、コアに精神を乗っ取られたりする可能性もあるらしい。クレアールはそれを回避するために、眠りについていたわけだが、コア本能派の神様にとっては、目覚めさせてコアと融合してもらった方が良いことになる。
「そう。『コア』の本能が私に混ざることで、私の考えが変わって『争いの多い世界もありやで~』ってなるかもしれないからね。だから、『コア』がマスターと融合するという時期が終わるまでは、他の神に目覚めさせられるわけにはいかなかった」
それゆえに、クレアールは確実にその時期が終わった後にこの世界に降り立つであろうユキトや紺スケしか知らない自身の本名を鍵として、眠りについたわけだ。
「わてら『コア』が『わーるどますたぁ』と融合するんは本能のひとつや。せやから、止めることはできへんのやけど、その時期が過ぎたらどうでも良くなる」
(まるで発情期だな)
ユキトはそんなことを頭の中で考える。
だが、ユキトは『コア』が直接ユキト達の頭の中に話しかけていたことを忘れていた。脳内に直接話しかけることができるのであれば、脳内の考えを聞くこともできるはずなのだ。
「こら! 発情期ってなんやねん!」
果たして、即座に『コア』からツッコミが入った。
「しかも、そう考えたやつ、4人もおるからな! 」
どうやら、発情期みたいだと考えたのはユキトだけではなかったらしい。残り3人は誰だろうか。フローラがペロッと舌を出しているので、1人は確定であるが。
「ま、でもそういう生存のための本能という意味では大きく外れてないかもしれへんな。『コア』と『わーるどますたぁ』の両方が意志を持っていたら、2人の方針が違ったときに世界が混乱する。意志を統一した方が、世界の運営にとって効率がええのは事実や」
『コア』も生物である以上は、競争力は重要なのだろう。マスターと融合する方が、『コア』にとっては色々と有利なのかもしれない。
「世界の運営の効率のためとは言っても、精神が誰かと混ざるってのは、受け入れられないわー。
まぁ、無事に融合されずに乗り切れたわけだから、私としては一安心ね。
しばらく管理できてなかった世界も、思ってたほどは荒れてないみたいだし、しばらくは世界を楽しまないと」
創造の女神はそこまで述べると、アウリティアの方へと向き直り、こう続けた。
「というわけで、替え玉! 固めで!」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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