第150話 おもてなし?我が家に神がやってきた!
前回のお話
創造の女神クレアールを目覚めさせたユキト達。
クレアールの助力で加護の力を取り戻したユキト達は、ついにインウィデアを撃破した。
「へぇ、ここがユキトの街? なかなか発展してるじゃない」
「だろう? なかなか苦労したんだぞ」
「と言っても、ユキト本人の苦労よりも加護の力と電子辞書の功績が大きいわけだが」
「ってそれを言うなよ、紺スケ」
クレアールの感想を受けて、ユキトを胸を張るが、そこにアウリティアが余計な一言を付け加える。異世界では立場の変わった3人…正確には2人と1柱であるが、この瞬間だけは以前の友人そのものだ。
激闘の末にインウィデアを倒したユキト達は、インウィデアを逃がさないための結界を張っていたアウリティアやイーラと合流し、ユキトの治める領都サブシアへと帰還していた。先程のクレアールの言葉は、そのサブシアの発展具合に感心してのものらしい。
ちなみに、サブシアへの帰還については、クレアールが「ホイッ」と転移してくれたので、一瞬であった。この世界で最高位の魔導士であるアウリティアであっても、瞬間移動は大変に魔力を消費するということを考えると、流石は創造神だけのことはある。やはり持つべきものは、異世界の創造神をやっている友人とのコネだ。異世界の創造神になりそうな友人とは仲良くしておいた方が良い。
「それにしても、あの安藤がクレアール様とはなぁ」
「えー、なにか文句でも?」
ユキトの言葉に、クレアールが頬を膨らませる。そこにアウリティアが更に口を挟んだ。
「『創造神』ってよりも、『騒々しい』って方が似合ってたような気がするけどな」
「ちょっと、そこ! 上手いこと言わない!
全く……創造の女神様への敬意が不足してるんじゃない?
じゃあ、これでどう? とやっ!」
アウリティアの余計な一言に抗議したクレアールは、敬意の不足を嘆くと、軽く息を吐きつつ、何やら気合いを入れた。すると、クレアールの身体から神々しい光が発せられ、彼女の輪郭を淡く滲ませる。光量はさほどでもないのだが、日中の明るい中でも光っていることが分かる不思議な光だ。
クレアールによれば、これは神威を解放している状態らしく、この世界で生まれた者であれば、この状態のクレアールに対して絶対的な神性を感じるらしい。
その証拠にエルフとしてこの世界に転生した紺スケが、クレアールに向かって片膝をついて、頭を下げていた。
「くぅ、頭では安藤とは分かっているが……とてつもなく神聖な感じがする」
「おお、長生きはするものですな……ありがたい」
「おおっ、人ならぬ妾にもずーんと来るものがあるのぅ」
尤も、近くにいるセバスチャンやイーラ達も全員がその効果に巻き込まれており、クレアールに向かって祈りを捧げたり、目を見開いてクレアールを見つめたりしている。その中でもストレィに至っては、やはり五体投地のような姿勢で祈りを捧げていた。
「ちょっと、待って! 街の真ん中で何やってくれてんだ!?」
慌てたのはユキトだ。大通りの真ん中でクレアールが神威を解放したせいで、通行人も一斉にクレアールを拝み始めている。唯一、この世界の生まれではないユキトだけがクレアールの「ありがたさ」を感じていない状態だ。
「あ、そうか。『まろうど』だからユキトには効かないのか。つまらなーい」
全くありがたみのないセリフを吐く創造神。だが、このまま放置していては領都に余計な混乱を招きかねない。ユキトは引きずるようにクレアールをその場から退場させる。事情を知っているパーティメンバーはともかく、サブシアの一般人にまでクレアールのことを知らせる必要はない。
「ちょ、分かった。止めるから引っ張らないで」
「できれば、クレアールさんには人間として振舞ってくれると助かる」
ただでさえ、何かと注目されているユキトの領内だ。今度は創造神様が出現したと知れ渡ると、大変な騒動になることは間違いないだろう。特に教会関連が非常に面倒なことになる予感がする。ユキトとしては極力そのような事態は避けたい。
「人間として振舞う、ねぇ……。一応は『受肉』してるんだけどね」
「受肉?」
クレアールから発せられた聞き慣れない言葉を受けて、思わずユキトは問い返した。
「神様って物理的な存在を超越してるからさ。その気になれば、全世界に遍在することもできちゃうんだけど、それじゃ、色々と面白くないじゃん? せっかくユキト達とも久しぶりに会うわけだから、人間と同じような肉体にしてみたってわけ」
「人間と同じような肉体? それって怪我とかするんじゃないのか? そもそも、神様の身体に戻れるのか?」
どうやら、今のクレアールの身体は、本来の神様用の身体ではなく、人間のそれらしい。怪我や病気などは大丈夫なのだろうか。
「ああ、大丈夫大丈夫。もし肉体が死んでも、神体に戻るだけだし、その気になれば元の姿に戻れるからね。でも、人間の姿じゃないと、観光とか料理とかを人間の感覚で楽しめないからさ」
「なるほど。それなら、心配ないか。 あ、サブシアにも料理は色々あるぞ。ハンバーグやオムライス、アウリティアはカレーにハマって……」
「え? カレー!? カレーがあるの!? 人間よ、我にカレーなる供物を捧げよ!!」
カレーの名を聞いて、テンションが上がったせいか、言葉遣いが神様モードになるクレアール。その言葉を聞いてユキトは苦笑いを返す。やはり、元日本人にカレーの効き目は抜群らしい。
だがその一方で、2人のやり取りを見ているファウナとフローラの様子が少しおかしい。後ろからついて来ているのだが、ユキトとクレアールにちらちらと目を向けては、視線を落とす仕草を繰り返している。
「ねぇ、フローラ……ユキトとクレアール様って、前の世界じゃどんな関係だったの……かな?」
「ユキト様となんだか……とても仲が良さそうですわ……」
どうやらこの2人は、ユキトとクレアールの関係を心配しているようだった。久々に会った2人なので、会話が弾んでいるわけなのだが、傍から見ているとその仲の良さが気になるのだろう。
だが、創造神様に向かって「貴女、ユキトとどういう関係なんですか?」と尋ねるなど、不敬も不敬。この世界の住人である敬虔なファウナとフローラには、とても不可能な行動だ。
(あー、ユキトと安藤って付き合ってたっけか? 確か、付き合ってはいなかったはずだよな)
ファウナとフローラのやり取りが耳に入ったアウリティアは、日本人であった頃の記憶を引っ張り出してみる。
一時期のユキトと安藤は、お互いのことを意識し合っていて、かなり良いところまでいったとアウリティアは記憶していた。だが、住んでいる場所の距離などもあって、結局は付き合うところまではいかなかったはずだ。いや、紺スケが知らないところで付き合っていたという可能性もあるが、少なくとも紺スケには報告されていない。
「はてさて、この異世界でどうなるか……ライバルが創造神様ってのは、嬢ちゃんたちもやりにくいよなぁ」
アウリティアは、ファウナにもフローラにも聞こえないように、ボソリと呟いた。
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「うひょー! カレーだー」
「仮にもこの世界の創造神が、うひょー はねぇだろ……」
「うるさい、そこのエルフ! 私への信仰が足りない!」
自分がカレーにハマっていることは棚に上げて、アウリティアはクレアールのテンションの高さに呆れていた。とてもこの世界の創造神には見えない。
この「うひょー」に至った流れを簡単に説明しよう。
領主館に戻った一行は、ひとまず食事を取ることにした。旅の最中であっても、収納魔法のおかげで、普通の冒険者の食事に比べれば、ユキト達の取っていた食事は圧倒的に美味いものだ。とはいえ、やはり安全な場所でゆっくり食べる食事は格別だ。
この食事において、クレアール様はカレーをご所望になられた。ユキトとしても自分を助けてもらった礼もあるし、何よりも旧友をもてなしたいという気持ちがあったわけだ。
そのような経緯で、創造神様への供物として、カレーを提供したのだが、その結果として創造の女神様のテンションが上がり、「うひょー」が出たわけだ。
「流石は創造神様よぉ……素直に感情を表に出すことの大切さを私達に教えて下さっているわぁ」
そんなテンションの高いクレアールの一挙手一投足にも、ストレィは目を潤ませて感激を示していた。果たして、これは単純に信仰の度合いの問題なのだろうか。違う気もするが、今は放置しておいた方がいいだろう。ユキトはそう判断して、クレアールに視線を移す。
「カレーを食べながらでいいんだが、安藤……いや、クレアール様って呼ぶべきか?」
ユキトは自分用の炊き込みご飯を片手に、クレアールに話しかけた。彼女が長いこと眠っていた理由など、色々と確認しておくべきことがある。クレアールは視線をカレーに向けたまま、右手の匙を動かしながら返事をした。
「ん? クレアールでいいよー……むぐむぐ……美味しい!!」
「んじゃ、クレアールって呼ぶけどクレアールは……って、ちょっとストレィ。お前、何て目で俺を見てるんだよ」
ストレィは、クレアールと呼び捨てにしたユキトを信じられないという様子で見つめている。他のメンバーからも「コイツ、マジか」的な様子が伝わってくるので、やはり敬虔なこの世界の標準的な人間にとっては、創造神様への敬意は相当なものなのだろう。呼び捨てにするなど、考えられない行為なのかもしれない。
とは言え、ユキトとしてはクレアールが呼び捨てで良いと言っているのであれば、それに従うのみだ。
「創造神様がユキトくんにお許しを与えていらっしゃることだしぃ……良いのかしらぁ」
クレアール自身がそう呼んで良いと言っているのだから仕方ないと、ストレィも納得したようなしていないような表情を浮かべている。
「やりにくいな。まぁ、呼ぶけど……で、クレアールは何で長いこと眠るはめになったんだ?」
「あー、それそれ聞いてー。そもそもコアのヤツが原因でさー」
まるで会社の愚痴をこぼすかのように、クレアールはカレーの匙を片手に持ったまま語り出した。
「ダンジョンコアって、最初にダンジョンに入って来た生物と同化して、ダンジョンマスターになるんだけどさー、異世界を発生させるコアも同じような習性を持っててね」
「ああ、それは俺達もそうじゃないかと考えたんだ。それで創造神ってのは、ダンジョンマスターならぬワールドマスターじゃないかって仮説を立てた」
「じゃあ、その仮説は当たってたね。でも、問題はその後。コアと同化してある時期になると、コアの意識がこっちの意識と混ざり合っちゃうのよ」
「意識が? というかコアにも意識があるんだな」
「ダンジョンも同じようなものよ。コアと意識が混ざっちゃうケース、コアに意識を乗っ取られちゃうケース、マスターの方の意識だけが残るケースと色々パターンはあるみたいだけど」
「でも、今のクレアールの意識は安藤のものなんだろ?」
話の途中であるが、ユキトがクレアールに確認を入れる。これまでのやり取りからしてもクレアールの意識は安藤のものと同一だとは思うのだが、重要なことだ。確認しておいても損はない。
「そうよ。意識が混ざるのが嫌で、そのために眠ったんだから」
「そのため?」
「例の眠りは、私の意識をコアから切り離すためのものってこと。コアとマスターの意識が混ざるのは、コアが成長していく中でも、ある特定の時期だけなのね。だから、意識を切り離したまま、その時期を過ぎれば、もうその後は心配ないってこと」
「え?じゃあ、その時期が過ぎた時点で他の神様に起こしてもらうようにしておけば良かったんじゃないか?」
ユキトの疑問も尤もだ。クレアールが眠りについて、非常に長い時間が過ぎているはずだ。わざわざ、ユキトか紺スケしか知らぬであろう自分の本名を『目覚めの鍵』として、ユキトもしくは紺スケを待たなくても、他の神様に頼んでおけば良かったはずだ。
「んー、大きな理由は2つ。まずは、私がそれを知ったのが、コアの精神融合期が来る直前で、あまり準備ができなかった。
もう1つの理由として、何よりも他の神に信用できないのが混ざっている可能性があった。もし、コアの精神融合期が終わる前に起こされたら、その時点で私の意識がコアと混ざっちゃうから」
「信用できないって、どういうことだ? っていうか、それ俺たちが聞いてもいい話なのか? 何か、ものすごく面倒なことに巻き込まれたりしないだろうな!?」
「はははー、手遅れー」
クレアールはにっこりと笑い、一方のユキトがとても複雑な表情を見せる。どうやら、神と言っても、全てが良い神様ではないようである。
そして、まさにその頃、迷宮群落の最奥で、とてつもないことが起こっていたのだが、この時のユキトには知る由もなかった。
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