第149話 頼もしきコネ!インウィデア撃破!!
前回のお話
創造の女神の正体は、ユキトのオフ会仲間である安藤だった。
ユキトの呼び掛けにより、創造の女神こと安藤が遂に目を覚ました。
インウィデアが管理者としてこの世界に生じたのは、およそ1500年前。
その時代には既に創造の女神クレアールは眠りについており、残された神々が協力してディオネイアを管理、運営していた。
元々、女神クレアールにより創造された世界は平和志向のそれであった。部族同士の多少のいざこざこそあれ、魔物の数も非常に少なく、人々は平和に過ごしていたのだ。
だが、女神クレアールが眠って以降、少しずつではあるが、凶暴な魔物が増加していった。更に人々の文明や技術が発達するにつれて、戦争も大規模なものになっていく。
そのような世界の変化に伴って、世界を管理するための業務量も増えていった。
そこで、多忙あるいは怠惰な神々は、世界の管理・運営を代行する存在として『管理者』を生み出した。管理者は神々の手足となり、忠実に神の意志に従って世界を管理する。その中でもインウィデアは、通常の管理者よりも更に神に近い存在――神位体として、この世界に生じていた。
神位体と言っても、インウィデアの能力は他の管理者よりも多少高い程度だ。だが、他の管理者との最大の差異として、インウィデアには神の意志に縛られない自由な意志と思考を持っていた。
その自由な意志と思考が全ての原因となった。インウィデアは管理者として、人々に与える様々な加護を管理する仕事を担当していたのだが、神々から人間の愚かさを伝え聞くうちにある疑問が湧いてきたのである。
「なぜ、神に近い存在であるはずの我々が人間ごときのために働かねばならないのか?」
その思いは長い年月を経て、歪に変形し、強い憎悪となっていく。ひとつは自身にそのような任務を与えている神々に対して。そして、もうひとつは加護を与える対象となる人間に対して。
もちろん、管理者として人間の情報を得ることはいくらでもできる。だが、一旦人間を愚かな存在と見做したインウィデアは、人間の悪しき点、欠点といった情報にばかり注目していた。その情報がインウィデアの人間軽視を加速させる。フィルターバブルと呼ばれる効果だ。
さらに、女神が眠った後に世界に生じた神々には、人間嫌いな神も混じっており、インウィデアはそう言った神々と交流することで、更に人間への蔑みと憎しみを募らせていった。こちらはエコーチェンバー効果と呼ばれるものだ。
やがて、インウィデアは人間嫌いの神々を巻き込んで、反乱を起こすことになる。それが、神界と人間界の両方を戦場とする1000年前の戦争であった。
「門の権限も得て、神界を切り離し……全ては順調のはずだった! 神々の手が届かなくなった世界を、神に代わって我が支配する。それを……人間ごときが我の計画を!!」
ユキトの目前で倒れ伏したインウィデアが、声を絞り出すかのように叫んだ。もはやインウィデアの頭部に残っている仮面は1つのみ。
ユキト達が力を取り戻してからの戦いは圧倒的だった。ユキト達の傷は完全に回復し、加護の力も今まで以上の効果を発揮している。本当にクレアール様々だ。
ファウナの身体能力はさらに向上しているし、フローラに付与された魔法少女の加護に至っては、彼女に肉弾戦の力まで与えていた。
確かにユキトの世界で放映されていた某魔法少女的なアニメのシリーズには、魔法ではなく徒手空拳で戦う初代キャラがいた気がする。安藤が某キャラのファンだったのかもしれない。
ファウナが瞬間移動のような速度でインウィデアの懐に移動して、正拳を撃ち込むと、もはや身体が吹っ飛ぶこともなく、そのまま腹部に穴が開く。ユキトの剣が、念動力によって空中を舞い、インウィデアに襲いかかる。更にフローラが、インウィデアの片腕を掴むと、合気道の要領で地面に叩きつけた。
そのようなわけで、インウィデアが地に伏すまでさほど時間はかからなかった。
「おのれ……クレアール……愚かな女神よ。人間ごときに助力しおっても正しき世界など創ることはできぬ」
「私ってば酷い言われよう」
追いつめられたインウィデアは、創造神であるクレアールに対してまでも悪態を吐いた。神々に弓を引いたことは、彼の中では今でも正当な行いなのだろう。
だが、この悪態を聞いて、もしもインウィデアが謝罪して命乞いを述べた場合には、どのように対応するべきかと考えていたユキトは、内心で安堵した。
ユキトも一度は殺されかけているので、すんなり許せるのかと問われれば、難しいところだ。それでも謝罪して命乞いをする相手をすんなり殺せるほどは、異世界に慣れていない。それに――
「セバスさん、トドメを」
ユキトはセバスチャンに最後の一撃を促した。命を狙われていた本人であるユキト自身がトドメを刺しても良いのだろうが、ここはインウィデアに最愛の人と仲間を奪われた過去を持つセバスチャンに譲るべきと判断したようだ。
「……よろしいのですか?」
セバスチャンがユキトに向かって、静かな声で問う。事情を知らないフローラは不思議そうな顔でユキトとセバスチャンを見ていた。
「ああ、コイツの最後の仮面を割ってくれ」
「ありがとうございます」
ユキトの言葉を受けて、セバスチャンがゆっくりとインウィデアに近づいていく。強い意志を感じる固い表情だ。セバスチャンはその手を腰に帯びた剣の柄にかけると、スラリと抜き放った。クローリアに良く似ているというフローラの魔法によって、その剣身は黄色く輝いていた。
「人間どもめ、これで勝ったと思うな! 呪われるがいい、世界よ! 我が意志を告ぐ神がまだ――」
インウィデアの呪詛の言葉はそこで途切れた。
パキン!
インウィデアの最後の仮面が2つに割れ、床へと落下する。仮面の眼孔の奥に灯っていた赤い光が、大きく弾けて、周囲に飛び散った。
それと同時に、核となる力を失い、インウィデアという存在を構成していた法則が解けていく。青い皮膚の腕、車輪状の頭部、装着していたローブ、それらインウィデアだったものが、端から黒い紐のようなものに変わりつつ、次々と解けたかと思うと、そのまま空中に消えていった。
「これで……終わったのか?」
消えていくインウィデアの姿を見つめながら、思わずユキトが呟いた。先程、全回復したはずの身体に、ずっしりと疲労が戻ってきたかのような錯覚を覚える。安心したことで、気が抜けたのだろう。
「ええ、そいつは消えたみたい。お疲れ様、ユキト」
インウィデアとの戦闘を見守っていた安藤ことクレアールが、ユキトに向かって声をかけてくる。今回は、クレアールの助力がなければユキト達は敗北していただろう。やはり持つべきものは、異世界で創造神をしている友人とのコネである。
「いや、安藤のおかげでどうにかなった。流石に今回は死ぬところだったわ。本当に助かった、ありがとう」
「どういたしまして。ま、私は創造の女神だからね」
自慢げに胸を張る女神様。
ユキトはそんな女神様を見て、「何で眠っていたのかとか、こいつには色々と話を聞かないとなぁ」などと考えながら、大の字になって床の上に寝転がり、肺の中の空気を大きく吐き出したのだった。
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「神界への門よ。女神クレアールの名において、神の姿をとり、その姿を現せ!」
一息ついたユキト達がこの場から撤収しようとした際、安藤はやっておくことがあると言って、そんな呪文を唱えた。
何でも、神界の門を操作する権限について、今のように誰かが所持できるような形式にしておくと、また何者かが権限を得て勝手に門を封鎖するかもしれないということで、門そのものを神とするつもりらしい。
「一応、門についての最上位の管理権限は私が持ってるんだ。でも、門を神にしておけば、もし私がいないときでも、門自身が開閉を判断できるからさ。
え、門を神にする方法? それは『擬神化』という創造神固有のスキル。これで門に神格を与えておけば、私の命令は聞くし、他の誰かに勝手に開け閉めされることもなくなるから」
聞いたところによると、この『擬神化』というスキルは、モノや概念に神格を与えることで、神としての意識を持たせて、モノや概念との意志疎通を可能にするスキルとのことだ。流石は創造の女神の固有スキルといったところだ。
「創造の女神クレアール様……私めは神界門でございます。女神のお力によってここに顕現致しました」
その『擬神化』スキルによって神格化した門なのだろうか。今、クレアールの前に跪いているのは、白い絹の貫頭衣のようなものを纏ったイケメンの青年だ。体表が薄っすらと発光しているところを見ると、やはり神様なのだろう。
「それでは、今後はお前に神界への門の管理を任せる。基本的には開け放っておき、私以外で門を閉じようとする者の指示は聞く必要はない。久々に門が開いたので、多くの神々がこちらにやってくるかもしれぬが、余程問題のある神以外は通過させてしまって良い。よろしく頼むぞ」
「はっ、お任せ下さい」
安藤ことクレアールは、ユキトに対する軽めの口調とは打って変わって、威厳のある口調を持って神となった門に指示を与えた。指示を受けた門の神は、クレアールに対して恭しく頭を下げている。
なるほど、簡単な指示を与えておけば、あとは門が判断するというシステムは、非常に便利そうだ。例えば、冷蔵庫に意志を持たせることができれば、消費期限切れの食品を教えてくれたりするだろう。自動車なら目的地までの自動運転が可能だ。
ユキトがそんなことを考えていると、安藤がくるりと振り返った。そしてニッコリ笑顔を見せる。久々に目にした安藤の笑顔に対し、思わずドキッとするユキト。不敬である。
「じゃ、ユキト。そろそろ行こうか。私も久しぶりにディオネイアを見たいし」
そう言うと、長いこと眠っていた創造の女神様は、もう一度ニッコリと笑った。
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