第147話 ピンチ!消された加護の力
前回のお話
インウィデアを圧倒するユキト達。だが、神界への門を開いたインウィデアによって、ユキト達の加護の力が消されてしまった!
インウィデアの身体から全方位に向かって発せられた黒い粒子。インウィデアの言葉を信じるならば、これによりユキト達の加護が失われたことになる。
(マジかよ……やられた。これはマズいな)
ユキトは、自身が付与した加護については、そこに意識を向けることで、加護の情報を得ることができる。その能力を使ってメンバー達に付与した加護を確認してみたのだが、ほとんどの加護がその効果を失っていた。
(効果が失われていない加護は……フローラの魔法に付与した加護とセバスさんの剣に付与した加護? どうやら、人間以外に付与した加護は効果が残っているみたいだが……)
ユキトの視線の動きで、ユキトが加護の効果を確認していることを把握したのだろう。インウィデアがユキトに向かって語り掛けてくる。
「……己の与えた加護が力を失っていることを確認できたか?
かつて神々の意志を実現せんと管理者として働いていた時分には、我はヒトやエルフに与えた加護の管理を任されていたものだ。
異世界に由来する加護の扱いが面倒なのは確かだが、貴様らの加護との相性を狂わせることで、与えられている全ての加護に対して不適合となる状態にしてやったわ。
神界への門の隙間を広げ、神界とのつながりを一時的に強くすれば、今の我でもこの程度の操作は可能なのだ」
元管理者は残された左手を大きく広げ、得意げに語る。
異世界に由来する加護は消すのが難しいと、以前にインウィデア自身が述べていたので、まさか全員が一瞬で加護を失う事態に陥るとは、ユキトも想定していなかった。
「ククク、これで貴様らの力は失われた。物や魔法そのものに対して付与した加護は残っているようだが、それを使いこなすことはできまい」
インウィデアの言う通り、フローラの1兆度火球の使用は、魔法少女の加護でフローラの能力が底上げされていることが前提となっている。急にその加護を失い、魔力が低下した状況下で使用すれば、コントロールを失って暴発する可能性が非常に高い。1兆度の火球が暴走すれば、世界を焼き尽くしかねない。
一方で、セバスチャンの持つ剣には、かつてオルグゥの巣食う洞窟内で付与した桃太郎をモチーフにした鬼退治用の加護がついている。だが、この加護には今の状況を打破する力はないだろう。
「フローラ……火球での攻撃は避けてくれ」
加護の効果が失われたという事実を受け、ユキトはフローラに注意を促した。そんな彼女も魔法少女の加護を失って、その恰好も普段の冒険者ファッションへと戻っている。
一方で、ユキトからも宇宙警察のメタルスーツや、その身に宿していた超能力などが失われている。恐らくは、身体能力の底上げ効果も切れており、先ほどのまでのような機敏な動きは不可能になっているはずだ。
「うりゃあ!!」
そんな中、ファウナが果敢にもインウィデアに攻撃を仕掛けた。彼女も加護の力を失い、その能力が大きく低下していることを実感しているはずだが、その気迫は流石としか言いようがない。
だが、インウィデアは背後から繰り出されたファウナのパンチを軽々と回避した。ユキトの目には、インウィデアの動きが先ほどまでの何倍もの速度に映る。
「……くっ」
攻撃を回避されたファウナは悔しそうにインウィデアを睨んだ。今のファウナも決して弱い冒険者ではないのだが、七極の一柱は流石に加護なしでは勝てる相手ではない。
「ククク……神をも殺さんとする力も、加護を失ってしまえば可愛いものだな」
セバスチャンに切り飛ばされた右腕こそ再生していないが、インウィデアの頭部に走っていた亀裂はいつの間にか修復されており、先ほどまでのダメージがほぼ回復しているようだ。これも神界とのつながりとやらを強くした効果なのだろうか。完全に形成が逆転してしまったことになる。
「先ほどくれた蹴りの御礼をしてやろう!」
インウィデアは残った左腕をギリッと力強く握りしめると、大振りでファウナの腹部を殴りつけた。ドフッと鈍い音が響き、くの字になったままの姿勢でファウナが吹き飛ばされ、そのまま瓦礫だらけの床の上を転がっていく。
「ファウナ!!!」
巻き上がる土煙を見て、ユキトは大声でファウナの名を叫んだ。
幸いにも、ファウナは意識を失うこともなく、即座に立ち上がった。苦しげに右手で腹部を押さえ、口からは一筋の血が流れている。ユキトの顔が苦々しく歪む。
だが、ユキトの視線がファウナへと向いたことで、そこに隙が生まれる。
「人の心配よりも自身の身を案じた方が良いのではないか?」
インウィデアの声はユキトの真後ろから聞こえた。ユキトがファウナに気を取られた隙に、ユキトの背後へと移動したのだろう。
加護を失う前であったら、その程度は察知して、対応できたはずだ。やはり、認識速度を含めたユキトの身体能力は大幅に低下しているようであった。
慌てて距離を取ろうと前に跳んだユキトの背中を、インウィデアの鋭い爪が襲う。
ザシュッ!!!
メタルスーツを失ったユキトが身に纏っているのは頼りない布製の服だけだ。当然、インウィデアの斬撃に対しては、空気と同程度の防御性能しか持っておらず、ユキトは背中をばっさりと切り裂かれてしまう。
「ぐああッ!!」
ユキトの背中から、焼けるような熱さが伝わってくる。それが熱さではなく、痛みであると知覚するまでに、若干の時間を要した。
ドクンドクン……心臓の鼓動に合わせて、背中の傷から熱い血液が溢れているのが分かる。
「ユキト様!!!」
「マスター!!」
フローラが大声でユキトの名を呼び、同時にアルマがユキトに向かって走り出した。インウィデアはその様子を見て、満足そうに笑う。
「クックックックッ! さぁ、アウリティアとイーラが助けに来る前に終わらせてやろう。あの2人が相手でも、今の我が負けることはなかろうがな」
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その後は、一方的であった。少し前までユキト側が圧倒していたとは信じられない状況だ。
インウィデアは今までの恨みを晴らすように、その爪でフローラの肌を切り裂き、漆黒の槍でユキトの四肢を貫き、倒れたファウナの身体を足で踏みにじった。アルマの腕を折り、セバスチャンを吹き飛ばす。
「人間風情が我に逆らうことの愚かさ、身に染みたであろう」
インウィデアはユキト達にトドメを刺さずに弄んでいる。元管理者である存在が人間に圧倒されたという事実が、彼のプライドを随分と傷つけたらしい。
「この銃ならどうかしらぁ?!」
今もストレィが手持ちの魔道具で攻撃しているが、インウィデアには全く通じていない。インウィデアは馬鹿にしたような笑いを漏らしながら、ストレィの攻撃を平然とその身で受け止めている。
(くそっ……新しく加護を付与することも無理みたいだな……)
床に倒れ伏したユキトは、新しい加護を生成できないか試してみたが、どうやら、ユキトを含めたメンバーはあらゆる加護に対する相性を遮断されているらしく、どんな加護も適合しなくなっていた。ユキトの身体から大量の血液が流れ出て、床の上をゆっくりと広がっていく。
(……人間以外になら、加護を付与できるか? だが、俺の能力を使おうとすればインウィデアも気づくだろうし、それで事態を改善できる加護なんて思いつかないな……)
メンバー全員が加護を得られなくなっているならば、メンバーを直接対象としない加護であれば付与することはできるはずだ。
だが、そのような加護で、インウィデアをどうにかできそうな加護があるだろうか。更に言えば、そんな加護を生成しようとしたら、インウィデアが途中で気づき、ユキトにトドメを刺しに来るだろう。
(全く俺の命運もここまでか…………ん、あれ? まだ何か加護があるな)
そんな中、残っている加護に意識を向けていたユキトは、ふと自身が付与した加護の中に、自身が把握していなかったものがあることに気が付いた。改めて、その加護へと意識を向けてみる。
「ははっ、そうか。俺は知らず知らずのうちにこんなものに加護を与えて、そして助けられていたのか」
『その事実』に気づいたユキトは思わず笑い声を上げる。
ユキトが意識を向けた先、それは自身の運命であった。まさか運命というものが実在しているとは思ってもみなかったユキトは、これまで自身の運命などに意識を向けたことはなく、ひいては自身の運命に加護が付与されていることに気づくこともなかった。
だが、思えばインウィデアも運命という言葉を使っていたし、運命神という存在の名も聞いたことがある。この世界には「運命」というものが実際に存在しているのだ。
ユキトがこの世界に来てから、幾度となく異世界あるある展開を頭に思い浮かべ、事あるごとにフラグが立ったかのような感覚を覚えていたが、それがユキトの能力と干渉して、いつの間にかユキト自身の運命に対して『異世界転移の加護』を付与していたのである。
異世界の良くある展開をモチーフにした加護。それこそがユキトの知らないうちに自身の運命を導いていたのだ。
「なるほど、道理でいろいろと上手く行っていたわけだ……」
ユキトは、改めて異世界でトントン拍子に様々な事柄が上手く回っていたことを思い返した。ファウナと出会い、フローラやセバスチャンと出会い、戦争で手柄を立て、治領と爵位を得て、チート知識で内政を進め、いつの間にかこの世界でも有数の成功者となっている。ラノベで良くある展開だ。
それも全て、ユキトの運命に付与されていた『異世界転移の加護』こそが、ユキトを「異世界転移の主人公」とすべく導いていたのだ。これまでの幸運は偶然ではなかったということになる。
「この加護、いつの間に生成されたんだろう……運命なんてものに意識を向けたことはなかったから気づかなかったな」
この加護が生成されたのは、美人なエルフと知り合いになったときだろうか。初めて訪れた冒険者ギルドで絡まれた時だろうか。ダンジョンに迷い込んだときだろうか。何にせよ、ユキトが自身の置かれた状況に対し、「異世界あるある展開」を意識したことで、この加護が生成されたのは間違いない。
「……ユキト?」
近くに立っていたファウナがユキトの様子がおかしいことに気づき、声をかけてきた。彼女も満身創痍という状況だが、倒れていたユキトが笑っていたので気になったのだろう。
とは言え、ユキトはおかしくなったわけではない。主人公であれば、ここで負けることはないはずだと気持ちに余裕が出ていた。
そして、気分が落ち着いたことで、ユキトは自身が最後の切り札となるものを持っていたことを思い出した。そう、今こそ永い眠りについているという創造の女神を復活させるのだ。
「……落ち着いて見ると、この場所がきっとそうだよな」
女神の復活。その方法はまだ仮説の段階であり、決して確実なものではない。だが、自身がラノベの主人公であるならば、絶対に成功するはずだ。その方法は「聖域にて女神の名を呼ぶ」ことだ。
ユキトは力を振り絞って体を起こすと、改めて広間の中を見渡した。奥には岩の扉が僅かに隙間を開けた状態で聳え立っている。
この広間と同じような構造にユキトは覚えがあった。皇国の大聖堂だ。聖堂の奥には、扉を模した大きな彫刻があり、その奥に女神像が据えられていたはずだ。
その皇国の大聖堂こそが『聖域』と呼ばれていたが、果たして本当に大聖堂こそが聖域だったのだろうか。本当の聖域は別にあり、大聖堂はそれを模した建物だったのではなかったか。それが長い年月を経て、聖域という名称が大聖堂に移ったのではないか。
「だとすると、本当の『聖域』はここだ」
大聖堂に据えられた扉を模した彫刻。その扉の奥に据えられた女神像。扉は神界への門を表現したものだろう。だとすれば、その門はこの広間に存在している。すなわち、本来聖域と呼ばれる場所はこの広間だったはずだ。1000年前にインウィデアにより扉が閉ざされたことで、その名称も廃れたのだろう。
「そして、『聖域』で創造の女神の名を呼ぶことで、女神が目覚める……」
ユキトは語り継がれている女神の伝説を呟く。
大聖堂では、毎年クレアール祭が執り行われており、今も眠ったままでいるという女神の名を呼ぶことで、女神の覚醒を願う儀式があるという。これまで、女神が目を覚ましたという記録はないらしいが、それは大聖堂が真の聖域ではなかったからだろう。
「真の聖域であるこの場所なら、きっと……そして何より扉が開いている今なら!」
ユキトはゆっくりと扉の方を向くと、大きく息を吸い込んだ。扉の隙間から奥を窺うと、遥か彼方に光が見える。その光に向かい、ユキトは大声で呼びかけた。
「目覚めよ! 女神クレアール!!!」
だが……その呼びかけには何の反応も帰ってこなかったのである。
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