第145話 連戦!世界を狙う者を倒せ!
前回のお話
ユキトは暇に何かの加護を付与して、暇を斬り伏せることに成功した。
「ユキト……いったい何をしたのよ? あれだけ死ななかったヤツがこんなにもあっさり倒れるなんて信じられないわね」
あっけなく暇を倒したユキトに向かって、ファウナが近づいて来る。少し遅れて他のメンバーも駆け寄ってくるが、皆の表情は一様に驚きに満ちていた。なにしろ今まで死にそうな様子を微塵も見せていなかった暇が、至極あっさりと簡単に倒されたのだから無理もない。
「それはこいつにある加護を付与してや……?」
ズズズズズ……
ユキトは仲間に説明しながら、ふと倒れた暇へと視線を向けて、言葉を失った。地に伏した彼の身体がズブズブと床に溶け込むように沈んでいるからだ。その様子はRPGのボスキャラが倒されたときに、フラッシュとともに薄くなりながら下方へと消えていく様にも似ている。
「は? 暇、お前、消え……え?」
ユキトも予想外の展開に戸惑っている。ほどなく、暇の身体は床に吸い込まれるように消えてしまう。その後には何も残っておらず、暇は完全に消滅してしまったように見える。
「あらぁ、消えちゃったわねぇ」
「そのようですな……」
ストレィとセバスチャンが困惑した表情で呟く。ユキトにとっても予想外の展開であり、まさか倒した途端に暇の身体が消失しようとは思っていなかった。
「いや、俺は『滅びを望む者』……の加護を暇に与えてみたんだけど……」
ユキトが述べたように、ユキトは暇に対して付与した加護は、アニメや漫画で永遠の命を持つキャラが、最終的には「自身の滅び」を願うようになるという展開を基にして生成したものだ。
例えば、永き時を生きた吸血鬼は己の意志で太陽の下へと姿を現し、自ら滅ぶことがあるという。それ以外にも、無限の命を持つ存在が、全てに飽きて、最後には安楽の死を望むという流れは、創作物の中では比較的に目にすることが多い展開だ。
正直なところ、よくある話ではあるが、メジャーとまでは言えない展開であり、ユキトも加護として正常に働くのか自信がなかった。だが、結果を見れば、暇を倒すことができたようなので、本人がその心の内で滅びを望んでいる場合に限って終焉を迎えることを可能とする加護として機能したようであった。
「いや、効果がでるかどうかも分からなかったけど、上手く言って良かった。アイツの言動からは永遠の命を持て余しているような節は全くなかったからなぁ」
上手く加護が働いたことにホッとする一方で、倒れた暇から「ふふ。感謝する。この永遠の命……誰かが終わらせてくれるのを願っていた……」のような台詞が吐かれるのではないかと思っていたユキトは、少々肩透かしを食らった感もある。
アニメの見過ぎと言われればそれまでだが、そもそもユキトの能力はそういうものなので仕方がない。それがまさか、暇から何の言葉もなく、あっさりと消えるとは思っていなかった。最後の斬撃も致命傷ではあっただろうが、即死ではなかったはずだ。
(……それに、あいつの身体が消えたのは何故だ? 今までの無効化されていたダメージが一気に発現して消滅したのか? ……単に逃げた可能性もあるが)
ユキトにも暇を本当に殺せたのかは不明である。
まぁ、違和感は感じるが、取り敢えずは暇を排除することに成功したと思って良いだろう。暇の消滅に困惑していたパーティメンバーにも、ゆっくりと安堵の表情が広がっていく。
「とにかく、お疲れ様! ちょっと心配してたんだから!」
「おい、ちょっと!」
テンションを上げたファウナが、ユキトの右腕に抱き着いてくる。ストレィほどではないが、それなりに柔らかいものが腕にあたり、ユキトは思わず声を上げた。だが、その様子を見たフローラが、今度は左側にくっついてくる。
「流石はユキト様ですわ」
「おいおい、まだインウィデアが残ってるだろ」
両手に花の状態となったユキトがたしなめるが、2人はなかなか離れようとしない。
「加わらなくてよろしいので?」
その様子を苦笑しながら眺めていたセバスチャンは、横に立つストレィに尋ねた。
「私は夜に改めて夢の中でお願いすることにするわぁ」
彼の問いにストレィは余裕の表情で答えた。これは夢魔の加護を持つ余裕だろう。
「ちょっと! それ禁止やって言ったろうもん!!」
耳聡くストレィの言葉を聞きつけたファウナが振り返って抗議したが、まだユキトの腕を開放するつもりはなさそうだった。
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「さっきは少し浮かれ過ぎたわね……」
「私もですわ……恥ずかしい」
少しばかり時間が経過して、ファウナもフローラも落ち着きを取り戻したようだ。あのテンションの高さは、ユキトが暇と1対1で対峙していた緊張から解放されたことによるものだったのだろう。
一行は暇の待ち構えていたホールを抜け、その先へと進んでいた。周囲の様子は青みがかった岩肌の洞窟のそれであり、奇妙な形態のダンジョンが多かった迷宮群落としては珍しく、一周回ってオーソドックスなダンジョンとなっている。
その洞窟には分岐らしい分岐もなく、幅広い道がまっすぐに伸びている。ユキト達6人が横に並んでも問題ない程度の広さで、天井も3~4メタと高い。
「マスター、トラップなどは仕掛けられていないようです」
アルマの計測によると、トラップなどはなく、100メタほど先に開けた空間があるとのことだ。恐らくはそこにインウィデアが待ち構えているはずであった。
「全員、油断するなよ」
「もちろん。ここまできて油断するはずないでしょ」
「ええ、いよいよこの先ですわね」
ユキトはパーティに声をかけるが、そんな言葉がなくとも皆に油断はなさそうだ。ファウナやフローラ、セバスチャンは冒険者の経験があり、ストレィにしてもこの魔物の生息する世界で生き抜いてきた者だ。アルマに至ってはエネルギー切れでない限りは、常に複数のセンサーが稼働しており、油断の欠片もない。つまり、ユキトが一番気を引き締めなければならない存在である。
(ストレィを除くと、俺が一番戦闘力が低いんじゃないか? 足を引っ張らないようにしないとなぁ)
やがて、道の左右の壁が一気に開け、ユキト達の前に広い空間が広がった。そこはまるで王族と謁見するための広間にも似て、奥に向かって数メタごとに段が設けられ、少しずつ高くなっている。最奥の広間を見下ろせる位置には、岩を磨いて作ったと思われる玉座が設置されていた。
床には1つ目の段を上がったところからは石畳が敷かれており、左右に焚かれたかがり火も含め、洞窟内神殿のような雰囲気を醸し出している。
「……忌々しい人間風情が、我を追ってきたか。やはり、暇めは役に立たなかったようだな」
そこに聞き覚えのある声がユキト達を出迎える。見ると、いつの間にか誰も座っていなかった玉座に異形の姿があった。横倒しした車輪のような頭部の側面には複数の白い仮面。間違いない、インウィデアである。その首から下はローブに覆われており、伺い知ることができないが、岩の玉座の肘掛には真っ青な皮膚の手が置かれていた。
「俺の命を欲しているようなやつを放置しておけるほど、怖いもの知らずじゃないもんで」
ユキトは皮肉を込めて言い返す。言外に自身の命を狙わないのであれば、話し合いの余地はあると含ませている。だが、国1つを陽動に使い潰してでもユキトを殺そうとしたことを考えれば、話し合いに応じる存在ではないだろう。
「どうにか神々は扉の向こうに閉め出せたというに、我が予知は貴様が最後の障害であることを告げている……。その命は確実に頂く。人間ごときが加護の力を借りて増長しおって」
インウィデアはある意味でユキトの予想通りの言葉を吐くと、ゆっくりと玉座から立ち上がった。それと共にインウィデアの車輪状の頭部がカシャンと音を立てて回転する。正面を向いた仮面には怒りの表情が浮かべられていた。
「ストレィとアルマは入り口で待機。 残り4名は散開しつつ接近だ」
ユキトの言葉を受け、ストレィとアルマを除いたメンバーは、ゆっくりと左右に広がりながら広間を奥へと進み、玉座へ向かって段を1段、また1段と登って近づいていく。左側からセバスチャン、フローラ、ファウナ、ユキトの並びだ。戦闘力に劣るストレィはアルマが護衛する形で入り口付近に位置取る。
(そういえば、セバスさんにとってはベズガウドは……)
ユキトがちらりとセバスチャンへと視線を向けると、彼の目は今までに見たことがない程に鋭いものへと変じていた。想い人であったクローリアと仲間だったランカールを奪った仇へ向けるその視線は、紙程度であれば貫いてしまいそうだ。
「小賢しい……ハッ!」
先に動きを見せたのはインウィデアだ。小さな発声とともに、その手を横薙ぎに払うと、その動きに従うかのように、横一列に広間の床から爆発が巻き起こる。ちょうどユキト達が立っていたラインだ。
ドォォォン!!!
もちろん、全員が後方へ跳ぶことで、爆発の直撃を回避している。だが、この爆発により土煙りが撒き上がり、ユキト達の視界を覆ってしまった。ユキト達もこれが目くらましであることは簡単に予想がつく。
「気をつけて! 来るわ!」
「遅いっ!」
ファウナが声を上げた時には、玉座の前にいたはずのインウィデアが既にフローラの眼前へと迫っていた。恐らく、最も戦闘力が低いのがフローラと判断したのだろう。
「っ!!!」
「まずは1人!」
インウィデアの爪が鋭く伸び、その手がフローラに向かって突き出される。
が――
ドゴォッッッ!!!
その爪がフローラの喉元を切り裂く前に、フローラとインウィデアの間に移動したファウナが、渾身の正拳をインウィデアに放っていた。インウィデアは残像を残して吹き飛び、セバスチャンの前方を横切って、洞窟の壁に叩きつけられる。岩壁が大きく崩れ、ユキトの足元にまで破片が転がってきた。
「……我の身にここまでの打撃を……ぐぐぐ……貴様、何をした」
壁の破片に半身を埋もれさせたまま、インウィデアが苦しげな声を出す。ファウナの一撃が自身にここまでのダメージを負わせたことが信じられない様子だ。法則生命体に近い存在であるインウィデアには、普通の物理攻撃は大きく作用を減じるのである。
「ちょっと借りモノで殴っただけよ」
実は、ファウナの拳には法則生命体に近い存在であるというインウィデアにも十分にダメージが通るように、アウリティアお手製のナックルがはめられていた。
法則生命体に近いと言っても、インウィデアは実体を持っているため、物理攻撃に完全耐性があるわけではないらしいが、この装備があるのとないのとでは与えられるダメージが大違いだろう。
物理的なエネルギーの一部を空間や法則を乱す力に変換しているらしいが、ユキトにも詳しいことは分からない。
「ちっ……なるほど、あのエルフめの小細工か」
インウィデアはファウナの拳に光るナックルを認めると、事情を察したようだ。舌打ちとともに、忌々しげに言葉を吐く。
だが、その隙をセバスチャンが見逃すはずはない。
「お覚悟」
セバスチャンは一瞬にして崩れた岩壁に半身を埋めたままのインウィデアへと走り寄り、その剣を一閃させる。狙いはインウィデアの仮面だ。
カシンッ!!!
だが、乾いた音を立て、セバスチャンの剣は白い仮面の表面を滑った。その跡には薄く傷が残っているが、ダメージとしてはほぼゼロだろう。ユキトの加護を受けたセバスチャンの剣技は十分なはずなので、やはり純粋な物理攻撃は効果が薄いようだ。
「くっ」
自身の攻撃が通じなかったことを悟ったセバスチャンは、すぐさまインウィデアから距離を取る。
それとほぼ同時に、漆黒の槍状の物体が2~3本ほど虚空から出現し、つい先ほどまでセバスチャンが存在していた空間を貫いた。その場を離れるのが僅かに遅ければ、串刺しは免れなかったところだ。
「ククク、避けたか。だが、貴様のような老いぼれの剣では、我の仮面に傷をつけるが精一杯よ」
ガラガラと岩の破片を散らしつつ、インウィデアがその身を起こす。それと同時に、漆黒の槍がフワリと移動し、インウィデアの背後に浮かんだ。
更にインウィデアの頭部が回転し、今度は薄ら笑いを浮かべた仮面が正面を向く。その双眸の奥には赤い光が宿っている。
「この剣のままでは、難しそうですな」
セバスチャンはそう口にしたが、剣を鞘へと仕舞うことなく、インウィデアに向けて構え直した。その彼の背後から力強い言葉が放たれる。
「彼の者の剣に……魔を切り裂く力を与えん。魔斬付与!」
フローラの呪文に応えて、セバスチャンの剣が白いオーラを纏った。斬撃武器を対象に、魔を斬る力を与える魔法である。イーラの見立てでは、神の力を借りる破邪系の魔力を込めることで、インウィデアにも剣は通用するだろうとのことだった。そこで出番となるのが、正義の魔法少女である。
「フローラ様、感謝いたします」
セバスチャンはフローラに礼を述べると、そのままインウィデアに向かって駆ける。それと同時にフローラも次の行動へと移るべく、インウィデアの側面へと回り込んでいった。
「舐めおって!」
インウィデアは地を蹴り、その爪をセバスチャンに向けて大きく開いて、襲い掛かった。インウィデアの背後に浮かぶ漆黒の槍も、セバスチャンに向かって次々と射出される。対するセバスチャンは剣を振るって跳び来る槍を弾きつつ、インウィデアを迎え撃たんとスピードを上げた。
両者の距離が急激に近づき、双方が交差すると思われた瞬間。セバスチャンが急に後ろへと跳んだ。
バッ!
「!?」
その動きに一瞬だけ戸惑いを見せたインウィデア。その瞬間を狙って、ユキトは念動力を使い、インウィデアの足元の石の破片を素早く動かす。
「!!……なにを?」
その意図を図りかねる行動に、インウィデアの注意が足元へと逸れた。そこに――
バッゴオオオオオオン!!!
空中から舞い降りたファウナが、インウィデアの頭に叩きつけるように踵落としを炸裂させた。なお、先程のナックルが靴の踵部分に装着されているので効果は充分だろう。
インウィデアは床に叩きつけられ、床は大きく円形に陥没した。真上から見れば、広間の半分程度を覆う円状の亀裂が発生しているはずだ。インウィデアの白い仮面の破片が空中に飛び散る。
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