第15話 トラップ!ダンジョン探検!
翌日、ユキトはファウナと連れだって森へと向かっていた。
今日のユキトのカバンには、昼食用に宿の食堂で購入したパンとペットボトルに飲料水をつめたものが入っている。
「抱えて走る?」
道中、ユキトの速度に不満を覚えたファウナがユキトを抱えて走るという案を出したが、ユキトは丁重に却下させてもらった。
ファウナがユキトを肩車するつもりだったのか、お姫様抱っこするつもりだったのかは、残念ながら聞きそびれた。どちらにせよ、今のファウナの能力ならば余裕だろうが、ユキトとしては男としての矜持に関わる。
それ以前に、恐らくは自動車よりも早いであろうファウナに肩車されたまま走られたりすると、下手なジェットコースターよりもスリルがあるだろう。枝などが直撃したら、オルグゥに会う前に死んでしまうかもしれない。
いや、加護の力で致死ダメージを一度だけ回避できるわけだが、無駄遣いもいいところだ。
そのまま1時間半ほどかけて、ファウナがオルグゥの姿を確認したという森に到着する。
2人の目の前に広がる森は、そこまで巨大な森ではないが、それでも中を捜索するのは骨が折れそうだ。
ファウナに森の広さを尋ねてみたが、聞いた感じではだいたい1平方キロメートルくらいだろうか。といっても、話で広さを推定するのは難しい。2~3倍くらいの誤差はあるかもしれない。
植生は普通の広葉樹と針葉樹の混成のように見えるが、森の中は薄暗く、高い木々の根元には茂みが広がっている。木々には蔦が絡みつき、謎の鳥類の声が響く。
人が通ることもあるのか、細い道が森の中に続いているが、その道ですら雑草に覆われつつある。ユキトのイメージしていた「森」よりも、ずっと薄暗く、不気味であった。
「ここに踏み入るのか……」
「嫌ならここで待ってる?」
悪戯げな表情でファウナが尋ねてくる。
「いや、行く」
ここで怖気づいたと思われるのも癪だとばかり、ユキトは同行を主張した。いざとなればユキトには変身もあるし、一度なら致死ダメージも回避できる。恐れることはないとユキトは自身を奮い立たせる。
「じゃあ、行きましょ」
ファウナは軽い感じで森へと踏み入っていく。慌てて後をついて行くユキト。道もどきの上を雑草を踏みしめながら進んでいく。
「オルグゥ以外にも魔物が出るのか?」
ユキトは、気をつけるべき対象について確認しておこうとファウナに尋ねる。
「ロートゥは巣を2つ潰したからほぼ残っていないと思うけど、カゲビトはいるかもね」
「カゲビトってあの不気味な……」
「見た目は不気味だけど弱いわよ。っていうか、ユキト、あいつを真っ二つにしたんでしょ」
確かにユキトはカゲビトを真っ二つにしているのだから、今更カゲビトを怖がってもしょうがない。
むしろ、カゲビトがユキトを怖がるのが筋であるが、それでも現代日本人のユキトとしては、魔物というこちらに強い敵意を持つ存在にまだまだ慣れることはできそうにない。
「まぁ油断するよりはいいかもしれないけどね」
ファウナとそんな話をしながら、茂みをかき分け、草を薙ぎ、10分ほど森の深部へ向かって進んだときだった。
「静かに」
急にファウナが手をかざしてユキトの発言を制止した。その目は真剣に森の奥を見つめている。ユキトもファウナの目を追い、森の奥の茂みに目を凝らす。
鬱蒼と繁茂した木々が折り重なり、昼でも暗い森の奥深く……何か大きな生物が移動しているのか、木々の間の茂みが大きく揺れているのが分かる。オルグゥだろうか。
距離はかなり離れているが、ユキトはごくりと唾を飲む。脇の下にジトっと汗がにじむ。カゲビトも見た目は恐ろしかったが、オルグゥははるかに強力な魔物だという。ユキトが緊張するのも無理はない。
一方のファウナは自身の気配を殺したまま、森の奥で揺れる茂みを凝視していたが、その茂みの隙間から一瞬だけ魔物の影を捉えたようだった。
「オルグゥね。仕留めてくるから、ユキトはここで待ってて。いざとなったら変身を」
そう呟くと、ファウナは茂みを揺らしている存在へ向かって走りだした。
「え? おい……」
後に残されたユキトが声を上げたときには、既にファウナの姿は見えなくなっていた。
「全く……即断即決だな」
戦闘に身を置くものとしては望ましい決断力であるが、後に残されたユキトとしては、その思考のスピードには戸惑うところがある。平和な日本暮らしをしてきた身としてはまだ慣れない。
一方のファウナも、一人で旅をしてきたこともあって、誰かを守りながらの戦闘はあまり経験していない。クエストとして旅商人の護衛をしたこともあるが、その時は本格的な戦闘に巻き込まれなかった。
そんなわけで、ファウナとしては、ユキトをかばいながら戦うよりも、一人でさっさと片付けた方が早いという結論に至ったのであろう。
ユキトはファウナが消えていった森の奥を見つめながら考える。
何らかの生物がいた場所まで、かなり距離があったが、ファウナは無事にオルグゥを捕捉できただろうか。
チート的な加護により、非常な敏捷さを得ているファウナであるから、問題はないと思うが、木々の影になり、茂みの揺れもファウナの姿も確認することはできない。
数分が経過した。周囲には、風によって葉がこすれる音と、種類も定かではない鳥類の鳴き声が響くのみである。
ファウナからは、いざとなれば変身しろと言われたが、仮にオルグゥが出てきたとして、変身しただけでどうにかなるものだろうかとユキトとしては大いに不安である。
不安があると人間は落ち着かなくなるものだ。ユキトもその例に漏れず、あたりをきょろきょろと挙動不審気味に見回していた。不意打ちを避けると言う意味では正しい行動である。
尤も、オルグゥは気配を隠すことなどできない魔物なので、近づいてきたら足音ですぐに分かるのであるが。
「ん、なんだあれ?」
辺りを見回していたユキトがそれに気付いたのは偶然だった。
この地には森が広がっているわけだが、土地自体は完全に平坦というわけではない。数メートル程度の隆起や川なども散見される。
そんな中でユキトが見つけたのは、小さな窪地とその壁面に開いた洞穴であった。窪地は周囲より2メートルばかり低くなっており、周囲が緩い斜面となっている。一部のみが垂直な壁となっており、そこにぽっかりと穴が開いていた。洞穴の入り口は大人の背丈程度である。
ユキトはファウナが走って行った森の奥に再度目を向けるが、やはり特に動きは見られない。好奇心も手伝って、周囲を警戒しつつも、窪地に近づいてみることにする。
「うん、魔物はいないな」
ユキトは窪地の中を伺って見たが、低い草が茂っている程度で、特に魔物が潜んでいる様子もない。ユキトが窪地の斜面を途中まで下ると、ちょうど正面の壁に洞穴の入り口があり、その中が伺えた。
どうやら中は小部屋のような構造になっているようだ。その部屋に何やら棒状のものが見える。
「あれは……剣?」
洞穴の入り口から見えたのは伝説の剣のように、石に突き立った剣のシルエットであった。光量が足りないため、はっきりは確認できないが、少なくとも剣であることには間違いはなさそうだ。洞穴の入り口から2~3メートルほどの位置である。
だが、洞穴の中には魔物が潜んでいる可能性がある。取りに行くのは危険だろう。ファウナが戻るのを待ち、相談して、行動を決めるべきだ、というのはユキトにも分かっている。分かってはいるが、単独で伝説の剣を抜いておき、ファウナが戻ってきたときに、すごい、と褒められたいというカッコつけ欲求がユキトに湧いていた。
(2~3メートルの位置だし、変身してから入れば不意打ちを受けても大丈夫だろ……)
もちろん、トラップという可能性も頭に浮かんだ。浮かんだというよりも既に脳内ではフラグが立っているような気もしたが、大丈夫だろうとユキトは自分に言い聞かせる。ファウナが戻る気配はまだない。ユキトに慎重さが戻る気配もない。
「変身っ!」
ユキトは慣れた掛け声とともに甲冑姿へと変身する。その姿でカバンを肩にかけているのが、絶望的に甲冑に似合っていない。
だが、この姿であれば、入口を潜ったとたんに魔物に襲われても、致命傷を受けることはないだろう。一見したところでは魔物の姿は見えない。入口のすぐ横に潜んでいるかもしれないが。
ユキトはじりじりと洞穴に近づくと、まず足元の小石を洞穴に投げ入れた。小石は放物線を描いて飛び、そのまま何事もなく洞穴の地面に転がった。続いて、ユキトは腰の剣を引き抜くと、剣先から洞穴内部にそろりそろりと侵入させ、軽く振り、何事もないことを確認する。
「よし、異常はないな」
ユキトはそう呟くと、意を決して頭を入口に突っ込み、すぐに左右を確認する。もちろん、入口の影に魔物が隠れている事を恐れての行動である。だが、心配した魔物の姿は内部になく、窪地と同程度の狭い空間が広がっているだけだった。
どうやら、洞窟内の天井の一部に亀裂が入っているようで、その隙間からわずかに外の光が差し込んでおり、うっすらと中の様子が確認できた。
中央には、年代物と思われる剣が柄を上に向け、石で作られた台座に刺さっている。いかにも伝説の剣でございますという形状である。
「後は剣が引き抜けるのかが問題だな」
物理的な問題で剣を引き抜けなかった場合、ファウナに頼めば余程の事が無い限りは問題ないだろう。加護付きのファウナの力を持ってすれば、重機を使うよりも確実だ。
逆に魔法とか封印とかの類によって引き抜けないのであれば、諦めるしかないだろうが。
そんなことを考えながら、ユキトは内部に足を踏み入れる。
だが、洞穴内部に足を踏み入れた瞬間、足裏に感じていた地面の感覚がすっと消失した。
ユキトが、しまった!!と思ったときには既に遅く、典型的な落とし穴によってユキトの身体は地下深くへと落下していった。
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「ああああああぁぁぁぁ」
バギッ!!!
鈍い破壊音が響き、ユキトは落とし穴の底に叩きつけられた。
落下の衝撃がユキトの全身に響いたが、打ち付けた箇所が少し痛かった程度で、骨折などはしていないようだ。流石はヒーローの装備である。
冷静に考えれば、石に刺さっている剣など怪しすぎるわけだが、もはやトラップに引っかかった後である。今頃考えたところで、どうしようもない。
「痛てててて……」
ユキトは腰をさすりながら身体を起こし、周囲を見回して、そこでギョッとした。落下してきた地面には、石筍と呼ぶべきだろうか、いわゆる岩のツララが上方に向けて数多く配置されていたのだ。しかも先端は悪意を感じる鋭さである。
この岩ツララの上に落ちれば串刺しは避けられなかったであろう、と思いきや、ユキトが落ちてきた位置にもどうやら石筍が生えていたようで、ユキトに押しつぶされて粉々に砕けていた。流石はヒーローの装備である。
「変身してなかったら即死だったな」
ユキトはゴクリと唾を飲み込み、串刺しの自分を想像し、ここが死と隣り合わせの世界であることを噛みしめる。
ユキトが落ちてきたところは丸い小部屋のような空間で、床からは先が尖った石筍が何本も生えている。
落ちてきた上方を見上げてみたが、とても登れそうにはない。洞穴の入り口から差し込む光らしきものは見えなかった。落ちてきた縦穴が途中で少し曲がっているのだろう。
幸いにして肩からかけていたカバンも無事だったようだ。これも運が悪ければ、石筍に突き刺さっていたところだ。不幸中の幸いである。
カバンの中の豆さえ無事であれば、ユキトの能力で事態を打開する手も出てくるだろう。
「さて、どうするか」
ユキトは小部屋の中を見渡すと、右側の壁面から奥へと通路が伸びている。横幅が2メートル程度の通路だが、通路の壁にポツリポツリと淡い明りが灯っている。
(蝋燭かな? 蝋燭があるってことは、人がいるんだろう)
だが、近づいてみるとその明りは蝋燭ではなく、壁に埋め込まれていたのは握りこぶし大の光る鉱石であった。
この世界では灯鉱石と呼ばれる鉱石で、魔力を光に変換する性質がある。
その灯鉱石が、蝋燭のように一定間隔で通路に並んでいる。蝋燭でこそないが、人工的なものには違いないだろう。そう考えたユキトはその通路を進んでみることにする。もちろん変身を解くような真似はしない。
通路に明りが並んでいるとはいえ、その間隔はかなり広く、光は淡い。必然的に足元は真っ暗だ。
通路と言ってもほぼ洞窟のようなものであり、足元は悪いので、ユキトはかなり気をつけて進む必要があった。
ユキトがしばらく進んでいると、通路の先の明りの下、ユキトから20メートル程度先に何か黒い影が見える。少し小さいが人のようにも見えた。
(人!? じゃないな……)
こちらを向いたそのシルエットには見覚えがある。カゲビトだ。影のようにまっ黒に塗りつぶされた顔に、ニヤリと赤い口が笑いを刻む。
(魔物が出るってことは……まさか、ここってダンジョンの類か!?)
ここがダンジョンだと考えれば、あの剣はうっかり者を誘き寄せる餌で、落とし穴でうっかり者を串刺しにするトラップだったということだろう。ユキトはまんまとそれに嵌まったわけである。
(実に巧妙なトラップだった)
嘆いていても仕方ない。弱いとはいえ相手は魔物だ。
ユキトは腰の剣を抜き、カゲビトとの戦闘に備える。
鞘から解き放たれた剣は、うっすらと青く輝いている。照明としては弱いが、暗い洞窟の中ではわずかな光源でも役に立ちそうである。
カゲビトはゆっくりとこちらに近づいてくる。
だが次の瞬間、カゲビトの背後の闇から、ぬっと巨大な影が姿を見せた。
3メートル程度の人型の生物だ。身体の厚みや腕の太さから見て、強力な筋力を持っていると判断すべきだろう。
表情ははっきりと見えないが、その額から犀のような太い角が伸びている。随分と存在感がある角だ。巨大な身体には何らかの動物の皮が巻かれており、原始的な服としているようだ。
「……オルグゥ」
ユキトはファウナから聞いていたその名を口にし、意識せずにゴクリと唾を飲み込んだ。
カゲビトの後ろからオルグゥと思しき巨体も、ゆっくりとユキトへ向かってくる。元々そう広くない通路はオルグゥの巨体で完全に塞がれており、脇を駆け抜けるようなことはできそうになかった。
せめて、通路の途中に分岐でもあれば良かったのだが、ユキトが落下してきた小部屋からこの位置までは一本道だ。ここで退却してもあの部屋に追いつめられるだけである。
「死んだかもなぁ」
気がつけば、剣を握る手にもベタっとした汗をかいている。スーツ内なので柄がすべるようなことがないのは救いだ。
心拍数も上昇しているが、本人はそれを自覚するどころではない。まずは目前の脅威に対処する必要がある。
「まずはカゲビトを……」
ヒタヒタと足音を立て、暗闇の中を真っ赤な半円形の口が近づいてくる。かなり不気味だが、その後方の巨大な影から感じるプレッシャーに比べれば、軽いものだ。既に倒した経験がある相手でもある。
ユキトはカゲビトが充分に近づくのを待ち、カゲビトに向かって一歩踏み込む。そのまま、青い光を纏った剣を斜めに振り降ろした。カゲビトは棍棒で剣を受けようとしたが、棍棒ごと切り裂かれ、いわゆる袈裟切りを受けた形となった。
「ブ、ブブブ……ブブ……」
不気味な呻き声をあげてカゲビトは前のめりに倒れる。肩から斬り裂かれた一撃は、完全に致命傷となったようで、そのまま動く気配はない。これでカゲビトの心配はなくなった。あとはオルグゥである。
「グルルルル」
先行したカゲビトがやられたのを見て、巨体の主はうなり声のようなものを上げた。地鳴りのような低く太い声だ。
(さぁ、来るか? できれば来ないで欲しいけど)
ユキトは剣をしっかりと握り直し、オルグゥから目を逸らさないようにして、向き直る。何か加護をとも考えたが、そんな余裕はなさそうだ。
ズン……ズン……
巨体がユキトの方に音を立てて向かってくる。一歩ごとにその巨体の重みを示す低い音がユキトの腹にまで響く。
(こ、これに斬りかかるのは無理だろ……)
この狭い通路内で先に攻撃を受けるのが不利というのはユキトにも分かる。回避するスペースがないからだ。
だが、先に攻撃を仕掛けようにも、身体が動くかというと別の話だ。正直、暗い中を3メートル前後の巨大な怪物がこちらに向かってきている様子は恐怖以外の何物でもない。
そのようなわけで、ユキトの身体が動いたのは、オルグゥがかなり接近してからだった。冒険者としては失格だが、現代日本人としては仕方ないことだ。動けただけでも褒めるべきだろう。
だが、ユキトが斬りかったと同時にオルグゥの巨大な腕がうなりをあげ、ユキトを横から薙ぎ払った。攻撃をまともに受けたユキトは、斜め後方に吹き飛ばされ、壁に激突する。
ドゴッ
鈍い音が通路に響く。ユキトの視界が大きく揺れ、壁にぶつかった反動のまま、通路の真ん中に倒れ込む。そのまま動く気配はない。
「グルルルル」
満足そうなうなり声を響かせ、オルグゥが倒れた獲物に近付く。
だが、オルグゥにもう少し知恵が備わっていれば、倒れたユキトが剣を手放していないことに気付いたであろう。倒れた獲物の様子を伺おうとその顔をユキトに近づけるオルグゥ。それが命取りとなった。
「このメタルスーツすげぇな」
のんびりしたセリフとともに、スーツと同じくチートな性能を持った剣がオルグゥの首を簡単に斬り飛ばしたのであった。
閲覧ありがとうございます。
舞台は いざ、ダンジョンへ!
8/27 文字数調整のため、いくつかの話を分割したため話数がずれました。(ストーリーには影響ありません)