第144話 没倒!永生の灯が消える時……!?
活動報告でも述べましたが、がっつりと風邪をひいてしまい、更新が大変遅れました。申し訳ありません。季節の変わり目ですので、皆さまもお気をつけて。
ユキトと暇の戦闘は一方的であった。暇の戦闘スペックは、上位から中位の冒険者と同程度であり、この世界の基準でも決して弱くはないのだが、ユキトにダメージを負わせるには遠く及ばない。今も拾った冒険者の遺品と思われる短剣を手に切りかかってきたが、ユキトが腕で受けるだけで短剣は簡単に刃毀れしてしまった。
「その装甲ってさ、この世界の武器で傷つけるのは無理なんじゃないの? オリハルコンの剣とか使えばいけるのかもしれないけど……いや、それでも怪しい気がするね」
自身の攻撃を白く輝く装甲で弾かれた暇は、肩をすくめながら愚痴を述べる。
「確かにユキトのあの鎧って何で出来ているのかしら」
「あの未知の素材、鉄や青銅とは比べ物になりませんわ。伝説の金属だと思うのですけれども」
暇に加えて、ファウナとフローラまでもが言葉にしたように、宇宙警察のメタルスーツの防御力は常軌を逸している。この防御を貫通して、装着者にダメージを与えるには、最低でも中位竜程度の攻撃力は必要だと思われた。
それ以外の手段として、スーツの継ぎ目等の防御力が劣る部位を狙うという手もあるが、宇宙警察の加護によってユキト自身の身体能力も大幅に向上しており、そう簡単に継ぎ目を狙えるものではない。さらに言えば、宇宙警察のメタルスーツは継ぎ目であっても、相当な防御力を誇り、宇宙の悪党が付け入る隙を小さくしているのだ……と宇宙警察大百科にはそのような記載がなされていた。
「ファウナやフローラに比べたら、この程度の防御力はチートと呼ぶには弱いだろ」
「え……そう言われるのも何か複雑な気分なんだけど?」
ユキトとしては、惑星レベルの破壊力へと達し得るファウナやフローラに比べれば、自身の防御力は取るに足らないと考えている。戦いを見守っているファウナは不服そうであるが、概ね間違っていないだろう。
とは言え、ユキトの保有している攻撃手段は多彩だ。宇宙警察の武器であるビームサーベルを模した淡く光る剣、超能力者の加護による各種超能力、忍法火遁の術、その気になれば巨人に変身して交差させた手から光線を発射することもできる。
だが、暇を滅する手段にはなりそうもない。かつてユキト達が戦った恐るべき再生力を持つ怪物グリ・グラト。暇は一時期その怪物に取り込まれていたわけだが、その怪物を消滅させたアルマイガーGの一撃を以てしても、この男は死んでいなかったのだ。
「直接、内部を破壊しても無駄なんだろうなぁ……一応やってみるけど」
ユキトはそう呟きながら、左手を暇に向けると、念動力を発動する。狙いは暇の脳だ。ユキトから放たれた力が、空間を渡っていき、暇の脳に直接圧力を与える。
「うぼぁ!?」
ユキトの前に立つ暇は奇声を上げると、瞳を高速で震わせて、一瞬だけその動きを停止させた。
脳は豆腐に例えられるほどの柔らかさであり、非常に脆い臓器だ。それゆえに頭蓋骨や髄膜によって守られているのである。果たして、ユキトからの念動力を受けた暇の脳髄は簡単に掻き混ぜられることになった。同時に脳を包んでいた硬膜も破れたようで、彼の鼻からは漏れ出た髄液がボタボタと落ちていく。実にえげつない攻撃である。もちろん、普通の人間であれば即死だ。
「……ちょっとちょっと、酷いことをするなぁ。これエグイよ。お子様向け番組だったらカットされる攻撃だよ!?」
しかしながら、暇は何事もなかったかのように抗議の言葉を発している。やはり、即座に脳を破壊された状況から回復してしまったようだ。ユキトとしても予想の範囲内だったようで、特に驚いた様子はない。
「お子様向け番組だったら、お前の存在そのものがカットされるぞ。教育に悪いからな。
それにしても、やっぱり内部を直接攻撃しても効果なしか。まぁ、グリ・グラトを倒した時は、お前の脳とか内臓とかも全部消滅してただろうから、このくらいでどうにかなるはずもないとは思っていたが」
軽い口調で述べるユキトだが、今のユキトの持ち駒では暇を殺す手段がないのも事実である。勿論、この男を一時的に遠ざけたり、無力化したりすることはさほど難しくない。ファウナに頼んで、このホールの外――遥か彼方へと吹っ飛ばしてもらえば、この場に戻ってくるまでに相当な時間がかかるだろう。歪んでいる空間内にでも放り込めば、年単位で彷徨う可能性すらある。
だが、ユキトはこの場で暇に止めを刺しておきたかった。その動機は、一言では言い表せないが、同郷の者の始末は同郷である自分の手でつけたいという感情が中心にあることは間違いない。
(どうすれば、こいつに止めを刺せる……? そんな加護を作るにはどうすればいい? 俺が読んできた漫画やラノベ、アニメでは不死身の敵の典型的な倒し方ってどんなだっけか?)
ユキトは自身の記憶の中から、漫画やアニメ中に登場した『不死身の敵』がどのように倒されたかを検索していく。ただし、加護のモチーフにするためには、ある程度の人々に認知されている必要がある。知る人が少ないマイナー作品のマイナー展開からでは、加護を生成するのは難しい。
「それにしても、君の加護は随分と便利だよね。ボクらの世界の虚構をモチーフにして加護を生成できるって無茶苦茶だよ。ボクもいろんな異世界を回っているけど、なかなかそんな便利な力は得られないよ?」
ユキトの考えていることを見透かすかのように、暇は加護を付与する能力について触れてきた。ユキトは暇が自身の能力を思った以上に把握していることに驚きつつも、暇から情報を引き出そうと会話を継続する。
「そういえば、いろんな異世界を回ってるって言ったな。それがお前の能力か?」
「ああ、そうだよ。『異界漂流』っていう異世界間をランダムに移動する能力なんだけど、この能力はどの世界でも使えて便利なんだよね」
「どの世界でも? 普通は違うのか?」
暇の口にした「どの世界でも」という言葉に違和感を感じたユキトは、さらに質問を重ねる。
「良い質問だね。実はある異世界に入った時にもらえるチート的な能力の多くって、その異世界限定ってケースが多いんだよ。能力の処理系がその世界に依存している場合が多いからなんだけどね」
ユキトには暇の台詞を確かめる術はない。ここは黙って聞いておく他はないだろう。ユキトの沈黙を「続きを促している」と解釈したのか、暇は話を続ける。
「まぁ、異世界ってのはチート能力とか無双体験とかハーレム展開を餌にして、他の世界から人間を誘い込むっていう側面があるからね。自分の世界に留まらないヤツに能力を与えっぱなしにする意味がないんだろうね」
『異世界はダンジョンの上位版である』――アウリティアとユキトが辿り着いていた仮説を、暇はあっさりと肯定して見せた。それなりに重要な事柄ではあるが、相手の話に動揺して、ペースを握られるのも面白くない。ユキトは暇の述べた異世界ダンジョン説に無関心を装いつつ、話を進める。
「じゃあ、お前もこの世界に来た時には、この世界限定の能力をもらったのか?」
ユキトは探りを入れるつもりを含めて、暇の能力について尋ねてみた。ユキトの考えでは、暇は鉄壁の防御を持つボロウを殺した能力を保有しているはずだ。尤も、それを素直に答えるとは思えない。だが……
「うん、もらったよ。『三枚の御札』っていう能力なんだけどね。目で見たり、体験したりした能力を3回まで使えるんだ。
えーと、君の能力を1度使わせてもらったから、残り2回か。君の能力の1回目はあのベロン? いや、ボロン? とにかく、そんなヤツを殺すのに使っちゃった」
暇はあっさりと自分の手札を公開して見せた。もちろん、それが真実であるとは限らないわけで、ユキトとしては話半分で聞く必要がある。
「俺の能力を見せた覚えはないが?」
「初めて酒場で会ったとき、君と別れた後で支払いを忘れたことに気づいてね。慌てて戻ったら、たまたま君がボロウ対策に能力を使うところを目撃したんだ。偶然って怖いねぇ」
確かに暇は酒場での支払いをユキトに押し付けて退散しているが、この男が支払いのためだけに戻ってくるような性格ではないことはユキトも十分に理解している。暇は最初から、ユキトの能力を確認する目的で尾行し、そしてユキトが加護を付与している瞬間を目撃したのだろう。
もちろん、全て出まかせであり、暇はインウィデアからユキトの能力の詳細を聞いているだけという可能性もある。
「見ただけで俺の能力の内容も分かるものか? 俺の能力は、傍から見ても何をしているかは分からないはずだぞ」
「この『三枚の御札』の便利なところは、行使しようとする能力の詳細が把握できるってところなんだよ。そんなわけでボクは君の能力の詳細を知っている」
そう述べると、暇はニヤリと口を歪めてユキトに問う。
「で、この時間でボクを殺せる加護は思いついたかい?」
「…………」
暇の言葉を受けて、ユキトは沈黙している。
(俺の能力の詳細を知ったうえで、殺せるかって尋ねてきたか……もしかしたらコイツが本当に望んでいることは……)
ユキトは1つの仮説を立てる。もし暇が望んでいる展開が、ユキトの思ったとおりなのであれば、加護を与えるべき相手は暇だ。
問題は2点。暇が本当にそんな願いを持っているのかという点が1つ。そしてユキトの考える展開が、加護を付与できるほどの「よくある展開」なのか……という点が1つだ。
「試してみるか」
ユキトはそう呟くと、暇に向かって加護を付与する構えを取る。
「ん? ボクに対して何か加護を与えようというのかい?
ははぁ、なるほどね……でも、残念。死ぬのは君だよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
そう述べるが早いか、虚井 暇はシジョウ ユキトに向かって走り出した。先ほどよりも遥かに早いスピードだ。まさか力を隠していたのだろうか。しかもそれと同時に、虚井 暇が負傷していた時に湧き出す黒い塵のようなものが、暇の体から滲むように染み出てきた。
『我を世に縛りし呪詛よ……その禍々しき力を剣として我に示せ』
虚井 暇の言霊を受け、彼の体を発生源とする黒塵あるいは黒煙のようなものが、風で短刀を生成した時と同様、彼の手中へと凝集する。ブラックホールのように深く黒く密度を高めたソレは、次第に黒く長い剣を形作っていった。
『ちっ、その剣はヤバそうだな!』
シジョウ ユキトはそう叫ぶが早いか、自身に向かって走ってくる虚井 暇に向け、念動力を最大出力で放つ。彼を自身に近づかせない算段である。空間が大きく歪み、所々で次元が裂けているのが目視できる。
だが、虚井 暇はすんでのところで完成した黒剣を構えると、シジョウ ユキトの渾身の念動力を剣身でガードした。
ギギギギギッ
空間が軋む音が響き、虚井 暇の体は2メタほど後方へと押し込まれていく。だが、黒い剣は折れることもなく、ユキトの念動力を防ぎ切ってしまった。これにはシジョウ ユキトも驚きを隠せない。
『この剣でなら……その装甲も斬り裂けると思わないか?』
かっこいい暇はそう述べると、シジョウ ユキトへ向かってニヤリと笑みを浮かべ、更なる手を打つ。
『三枚の御札をシジョウ ユキトの能力として発動! 我に異世界転生の主人公の加護を与えよ!』
異世界かっこいいランキング1位の虚井 暇の放った力ある言葉を受けて、異世界転生モノの主人公をモチーフにした加護が、彼に対して付与された。
『なっ!?』
この事態を前に、シジョウ ユキトも思わず声を上げる。まさか虚井 暇が異世界転生モノの主人公の加護を付与するとは思っていなかった。この加護は非常にまずい。いわば、勝利が確定するチート加護ではないか。
『この異世界において、この加護を持てば、負けることはないからね』
そう言うと、ウルトラハイパー恰好良い暇は」
「……おい」
「その手の黒剣を大きく掲げて……」
「おい」
「えー、今良いところなのに」
「死ぬのは君だよおおお」と叫んだ後から、まるでラノベを朗読するかのように延々と勝手なストーリーを語り出した暇に対して、ユキトはようやくツッコミを入れた。このまま喋らせていたら、ユキトが倒されるシーンへと続いたのだろうか。そもそも、サイコパス的な立ち位置の暇に対して、主人公の加護が付与できるのかは非常に怪しいところだ。
「さて、お前が勝手な展開を朗読している間に俺も試してみたんだが、これでどうだ?」
暇のおふざけには付き合えないとばかりに、ユキトはバッサリと彼の身体を剣で斬り裂いた。今までであれば、すぐに回復する傷である。
「全く、人が楽しく妄想しているとこ……ぐぶっ……あ……れ」
「そうか。効いたみたいだな」
不死なるはずの暇はそのまま地に倒れ伏したのだった。
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週末前にあと1回は更新したいところです。