第143話 対決!ユキトVSイトマ
前回のお話
ユキト達は最深層にたどり着き、アウリティアとイーラはインウィデアを逃さないように結界を張る。
一方、インウィデアは暇に対して、ユキト達を迎え撃つよう指示を出した。
岩肌が渦を巻き、上方には森が波打ち、足元の道が左右に揺れている。色調は時間とともに位相を変え、紫色をした植物は次の瞬間には、血のように赤くなっている。
「マスター、こちらへ」
幸いにして、アルマには空間の歪みを補正した正しいルートが把握できているようだ。彼女について行けば、間違いないだろう。
はぐれないように前を行くメンバーの衣服を掴み、ユキト達は古いRPGのように一列になって進んでいく。
そんな歪んだ空間を進むユキトらの前に、大きな部屋が姿を見せた。部屋というよりもホールと表現すべきかもしれない。
ユキト達は油断せずに慎重に内部に足を踏み入れる。その空間は材質不明のツヤのない黒い壁で囲まれ、様々な色に淡く輝く四面体が無数に室内に浮かんでいた。ひょっとすると、この四面体が迷宮群落を形作っているダンジョンコア達なのかもしれない。
そして……そのホールの真ん中付近に、黒い瞳と黒髪の容貌を持った男が立っていた。ユキトの見知った顔だ。
「やぁやぁやぁ、お久しぶり。シジョウ君。インウィデアの指示でここを通すわけにはいかないんだ。帰ってくんない?」
「やっぱり暇か……」
虚井 暇。薄笑いを浮かべる彼が上半身に纏っているのは、使い古された金属製の軽装鎧だ。その表面には大きく抉れた爪痕が複数見え、その幾つかは完全に金板を貫通していた。察するに、ダンジョン内で魔物の犠牲になった者から剥ぎ取ったものだろう。
一方で、その下半身にはズタボロになったブレー、いわゆるズボンを身に着けている。薄く蔓草文様が浮かび上がっており、その独特の意匠からして、エルフ族のもののように思われた。
そのブレーに目を止めたユキトは、暇に対して厳しい口調で問いかける。
「お前、タニアスの付近でエルフを殺して服を奪わなかったか?」
森で発見された服を剥ぎ取られたエルフの死体。アウリティアからもたらされた情報だ。ユキトはそれを暇の仕業だと推測していた。案の定、ユキトの台詞を聞いた暇は、その顔に驚きの感情を見せる。
「へぇ、そんなことまで君の耳に入っているのかい。
うん、そうだよ。なにせボクは死なないという特技を持っているのだけど、服までは復活しないんだ。そうなると、全裸ってのもボクの品性に関わるじゃない? だから、仕方なかったんだよ。
ん~、それとも、ボクに全裸でいろとでも言うつもりかい。それは酷いよねぇ。
……で、帰ってくんない?」
まるで軽犯罪に対する言い訳のように、極めて軽い口調で強盗殺人犯は言葉を並べた。その表情には、僅かばかりの罪悪感も感じ取ることはできない。そして、男はこう付け加えた。
「そのエルフは運が悪かったんだよ。で、帰ってくんない?」
「運が悪かった……ってアナタ」
暇の言葉にファウナが怒気を込めて反応する。幼いころにから人間の中で育ったため、他のエルフとは関わりがない彼女だが、流石に同族を気軽に殺害されて面白いわけがない。
「運が悪かったのさ。だから、この服の持ち主は死んでしまった。悲しいことだけど、仕方ないことだ。
世の中はそういうものじゃないか。そもそも生まれてくるとき、ボクたちは運を試されている。金持ちの家に生まれるか、困窮する家に生まれるかで人生は大きく変わる。
特に女性だったら、美醜の差異が残酷なほどに効いてくるのはどの世界でも同じだろう。醜く生まれた者の悲しみは、美しき者には分からない。
お嬢さんは美人さんだし、後ろの彼女も……お? その恰好、セーラールナ……いや、プリティークリアっぽいね。懐かしいなぁ。薄い本も持ってたよ……で、帰ってくんない?」
ファアナの怒りを受けて、人生観のようなことを語っていた暇だったが、フローラの姿を見ると、全く関係ない事へと話題をスライドさせた。魔法少女の格好に気を取られたのだろうが、元から真面目に会話する気が無いのかもしれない。
「ユキト、こいつぶっ飛ばしちゃっていい?」
ファウナは口元を引き攣らせながら、ユキトに確認する。彼女も暇が不死身であるとは聞いているはずだが、一発殴っておかないと気が済まないのであろう。
「えー、ボクをぶっ飛ばすって、そんな酷いこ……ブゲェッ!!!」
ドォン!!!
ユキトが返事をするよりも早く暇の身体が吹っ飛び、ホールの端の黒い壁に打ち付けられた。暇はそのままズルリと床に崩れ落ちる。元々傷ついていた軽装鎧も、その衝撃で大きくひしゃげていた。
普通の人間が相手だったのならば、これで終わりだ。ファウナは手加減したのだろうが、あの勢いで壁に激突したならば、全身の骨折は免れないはずである。
だが、相手は不死だと公言している。その言葉の通り、彼は何事もなかったかのようにムクリと立ち上がると、口元の血をぬぐった。
「いやいや、これはすごいね! 動きすら見えなかったよ。ドラなんとかボールとかの加護かな? それにしても、君たち帰ってくれそうにないね」
フラつくこともなく立ち上がった暇は、手を左右に大きく広げてファウナの力を賞賛した。その声には些かの怒りも混じっていない。純粋に感動している様子であるが、ファウナにとっては薄気味悪さを感じさせる態度だった。
「ファウナ……ここからは俺がやる」
暇の様子に対して怒りと戸惑いを覚えるファウナに対し、ユキトはそう声を掛けると、ホールの端に立つ暇に向かって歩き出した。
「ユキト……大丈夫?」
「あんなヤツでも同郷だからな。俺がどうにかしたい」
自分でもなぜこういう気分になっているのか、ユキト自身にも分からない。
この異世界において、同郷の人間が狼藉を働いていることに、どこか責任を感じているのかもしれない。もしくは同郷の人間である自分自身の手で終わらせてやろうという優しさの類かもしれない。とにかくユキト自身にも明確ではなかったが、少なくとも暇を手にかけるのは自分であるべきだとユキトは思っていた。
「ふむ」
自身の方へ向かってくるユキトを確認し、暇は小さく頷いてみせる。
「漫画やラノベだと典型的な展開だね。まさにシジョウ君が主人公って感じだなぁ。
それにしても君は運が良かったね。異世界に飛ばされても、すぐに死んじゃってる人の方が圧倒的に多いんだから」
暇はそんな言葉を並べて、向かってくるユキトを迎えた。
「俺が運が良かったってのは同意するけどな」
ユキトは改めて『変身』を行い、頭部を含めた全身を宇宙警察の鎧で固める。ダンジョンを進む間は、顔を出していたので、慎重を期した形だ。
かつて王都で『まろうど』達を全滅させた実績がある暇だが、その戦闘力は人間の域だったとユキトも聞いている。その一方で、無敵と言われていたボロウを死に至らしめたのも、暇であったと思われる。油断すべきではない。
「じゃあ、死んでもらおうかな」
近づいてくるユキトを前にして、暇はそう呟くと、一気に走り出してユキトとの距離を詰める。その速度は普通の冒険者よりも速いが、宇宙警察の力を得ているユキトから見れば、対処可能な範囲だ。
「風の刃よ、我が手にきたれ」
暇が走りながら呪文を唱えると、つむじ風が巻き起こり、その手に凝集していく。風が集まって密度を増し、そこに透き通った短刀が生成される。
暇は走る勢いのまま、風の短刀をユキトに向かって振るう。
だが……
キシュン!!
ユキトの抜いた淡く光る剣、いわゆるビームサーベルもどきが暇の握る風の刃を切り飛ばした。切り飛ばされた風の刃の切っ先は、解けるようにつむじ風に戻り、虚空に還っていく。
「ひえ〜」
暇が真剣味の足りない声を上げるが、この隙を逃すほどユキトは異世界生活が短くはない。
「喰らえっ!」
ユキトは風の刃を振り払った体勢から、そのまま袈裟斬りへと繋げ、剣を振り下ろした。宇宙警察により底上げされている身体能力を持ってすれば、なんという事はない芸当である。
しかも、避けられないように超能力の念動力を使って肩を押し、相手の重心を崩すことも忘れない。
ザンッ!
風を切る音もなく、光る刀身が暇の身体に吸い込まれると、そのまま抵抗なく暇の身体は肩から斜めに切断された。
確実に致命傷となる一撃である。
しかし、それと同時に黒い塵もしくは煙ようなものが暇の傷口から血液とともに吹き出してきた。どう見ても禍々しい雰囲気を持つ、その黒い塵は、そのまま暇の傷口を包み込むと、接着剤か何かのように彼の身体を繋げてしまう。そこには傷跡すら残っていない。
「実際に目にすると、気持ち悪いな」
背中にぞわぞわするものを感じながら、ユキトが呟く。暇が死なないとは分かっていたが、復活の様子を見るのは初めてだ。その様子は思っていた以上に禍々しい。
ユキトの感想に、暇はニッと口元を歪める。
「ま、これは呪いの類だからね。気持ち悪くても仕方ないさ。しかも、異界の主神が全力で掛けてきた由緒正しい呪いだし」
「呪われるようなことをしたんだろ?」
「いや、その主神が作った世界をうっかり壊滅させただけだよ。逆恨みだ。
でも、世界の住人らが苦しみ抜いて死ぬような終わり方になったのは残念だったね。彼らは実に運が悪かった」
「……やっぱりお前はどうにかして滅ぼしておかないといけないみたいだな」
暇と会話をしながら、ユキトは死なない存在を滅することができる加護がないかを考える。
普通のアンデッドならば、太陽の光や聖なる力が有効なのだろうが、暇の不死性はそういう類のものとは異なるようだ。暇の口に塩を詰めて縫っても意味がないだろう。
(さて……不老不死を持つ敵の典型的な最期と言えば、出てこられない空間とかに永遠に封印されるって展開だが……でも、封印は破られるまでがお約束だもんなぁ)
ユキトは悩みながら、再び暇に向けて剣を構える。
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