第142話 到達!目的地はすぐそこ!
前回のお話
暇はインウィデアさんの仲間になった。
迷宮群落は無数のダンジョンが融合して生まれた稀覯の存在である。
そのためであろう。同じ階層内であっても、岩壁の洞窟に古民家風の迷宮が接続していたり、古代遺跡の壁の向こうに無数の鳥居が並んでいたり等、ダンジョンとしての統一感というものがまるでない。火炎で覆われた通路の手前が水源地帯であったため、通路への扉を開けるとともに多量の水が流れ込み、通路を遮っていた炎が消えたという冗談のような例もある。
だがその一方で、無数のダンジョンが融合したのであれば、無数に存在するはずのダンジョンコアが発見されたという報告はない。
ダンジョンには必ずダンジョンコアが存在するものだ。
この世界に生まれたばかりのダンジョンコアは、最初に小部屋のようなダンジョンを生成し、そこに魔物や動物を誘い込む。そこに入り込んだ魔物や動物はダンジョンコアと同化することで、ダンジョンマスターとなり、その性質や嗜好、知識などがダンジョンに反映されるのである。例えば、ダンジョンマスターとなった魔物がリス系であれば、大木をくり抜いたような内壁のダンジョンになったりするのだ。
また、ダンジョンがある程度育った後は、同化したコアから再分離するダンジョンマスターもいるのだが、その場合はガーディアンと呼ばれることが多い。
これは以前にユキトがフローラから習った知識であるが、迷宮群落が無数のダンジョンが融合した結果として生まれた迷宮ならば、ダンジョンコアの1つや2つは道中で発見しても良さそうなものである。
「どこかにまとまって存在いるってことかな。もしくは、一番大きなコアが他のコアを吸収しているのか知れない」
ここまでの道のりでダンジョンコアの1つも見つからないことに対して、アウリティアはそのように推測していたが、実にありそうな話である。
一方で、ガーディアンと思われる魔物は、何匹も迷宮群落内を闊歩しており、実はユキト達も何度か遭遇している。
通常、ガーディアンはダンジョンコアから分離した時点で、コアの持つダンジョンの管理権を失っているのだが、それと引き換えに強化された能力を持ち、ダンジョンのボスとして君臨しているケースがほとんどである。即ち、ガーディアンはダンジョン内の普通の魔物よりも明らかに強いため、ガーディアンか否かを区別することは容易い。
「まぁ、それもぉこちらの火力が圧倒的に強い場合はぁわからないけどぉ」
フローラの火球で消し飛んだ魔物を見つめながら、ストレィが呆れた口調で呟く。圧倒的なオーバーキルが基本のユキト達の前では、ガーディアンか普通の魔物かの区別はつかない。等しく即死、消滅するのみである。先程出現した直立歩行する竜のような魔物も、出番は大変に短かった。
こう述べると、あたかもファウナとフローラだけが活躍してきたようであるが、実はストレィも大いに役に立っている。ここまでの道中に通った、一切の光が閉ざされた暗黒の空間において出現した魔物=人間の記憶に巣食おうとする情報生命体を、ストレィは見事に撃退していた。
記憶の整理は夢の役割ということで、ユキトがストレィに付与していた『夢魔の加護』が活躍したわけだ。
「で、いかにもここから先が最終階層……って感じねぇ」
そう呟いたストレィの前にはマーブル模様の空間が広がっている。色調が変調した背景が、渦を描くように歪んでおり、アニメなどで超空間や異空間を描写する際に使われるような光景であった。明らかにここまでのダンジョンとは雰囲気が違う。
「この先が目的地ってことでいいのかね」
ユキトはその空間を眺めながら、アウリティアに意見を求める。1パーティに1人は欲しい、困った時の極魔道士様である。
「ああ、俺もここまで潜ったのは初めてだが、この先が迷宮群落の中核だろう。探査魔法にも反応がある」
捻じれた空間に向けて、探査魔法を放っていたアウリティアは、ユキトの問いをあっさり肯定した。どうやら、ダンジョンの冒険も大詰めのようだ。
「いよいよね」
「ユキト様……遂に辿り着きましたわね」
ファウナとフローラも緊張感を漂わせている。フローラの横に立つセバスチャンは、前を向いたまま、鞘に納めている剣の柄をそっと撫でた。その柄の中には、昔の想い人からもらった小さなお守りが入っている。
そんなセバスチャンの過去は別にして、インウィデアについての詳細はユキトからパーティメンバーに伝えてある。放置しておけば、ユキトの命を狙いに来ることは間違いない。しかも、そのために国を1つ犠牲にするくらいは厭わないような存在である。グリ・グラトも犠牲者の1人と言えるだろう。
「よし、行くか」
ユキトがパーティメンバーを見渡して、声を発する。だが、意外なところから待ったがかかった。
「待て。妾とアウリティアはこの場に残ることにしたいのぅ」
イーラは自身の杖を指でなぞりながら、ユキトに視線を向けた。ここに来て、まさかのボイコットだろうか。
「前回、あやつには逃げられておる。今回はアウリティアと2人で強固な結界を張って、あやつの転移を完全に封じようと思うてな」
イーラの意図は明確であった。今回は絶対にインウィデアを逃がさないつもりなのだ。
前回、グリ・グラト戦の直後にインウィデアと戦った際には、イーラとアウリティアの妨害もむなしく、インウィデアは転移で姿を消したのだ。
「さっき休憩を取った時にイーラと話したんだ。俺とイーラでしっかり準備して結界を張れば、いくらインウィデアでも簡単には転移できないはずだ」
確かにこの地で再びインウィデアを追い詰めても、再び逃げられては意味がない。それを封じることは非常に重要な役目であった。だが、イーラはインウィデアに対して意趣返しをしたかったはずだ。その点は確認しておく必要があるだろう。
「でも、いいのか? イーラはインウィデアに騙されて利用された借りを返したいんじゃないのか?」
ユキトがそうイーラに問うと、イーラはニヤリと妖艶な笑みを浮かべつつ、首を横に振る。
「妾は前回、あやつの仮面を砕いておるしのぅ。それにあやつに利用されてお主を襲ったのじゃから、お主に手を貸すことで借りを返すのが筋というものじゃ」
イーラの言葉を受けて、ユキトは「わかった」と答えると、再びマーブル模様の空間へと向き直った。イーラがそう言ってくれるのであれば、ありがたくインウィデアの逃走防止に力を注いでもらうことにする。
「じゃあ、アウリティアとイーラには、インウィデアが逃げられないような結界を頼む。ファウナ、フローラ、セバスさん、ストレィ、アルマは俺と一緒に来てくれ」
ユキトの宣言とともに、最強の軍団が迷宮群落最後の階層へと足を踏み出した。
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「遂にシジョウ卿が着いたようだな……。そしてアウリティアとイーラめ……この空間を断絶させおった。先に転移を封じられたか」
迷宮群落の中核と呼ばれる場所。一見するとただの洞窟内の空間に見える。その中心に立つインウィデアが、ユキト達の動きについて忌々しげに呟いた。
「へぇ、思ったより早かったね。ボクがダンジョンでもう少し迷ってたら、シジョウ君に先を越されたか、ダンジョン内で鉢合わせしてたかもなぁ」
インウィデアの目前に立つ男が明るい口調で応じる。
「貴様が露払いしてくれるのであろう? 期待しているぞ。さぁ、さっさと持ち場につけ」
言葉とは裏腹に全く期待していない口調で、インウィデアは暇をユキト達の方へと向かわせる。ここに辿りつくためには歪んだ空間を通過する必要があるのだが、ここまで到達したパーティならば難無くクリアしてしまうことだろう。あとは暇なる者がどの程度役に立つかだ。
(門をもう少しだけ開ける必要があるかもしれんな……まぁ、僅かな時間であれば、神々が気づくこともないだろう)
インウィデアは瞑想をしながら、今後の計画について考えを巡らせる。
元管理者であるインウィデアの力の源は、神の世界にある。そのため、インウィデアが自身の力を回復するためには、神の世界から力を得る必要があった。
だが、神の世界と地上をつなぐ門は、インウィデア自身の手によって閉じられている。かつて、神々の戦争を引き起こしたインウィデアは、その戦いに敗れて地上へと逃れる際に、門の管理権を奪って、地上と神の世界を分断したのであった。
しかし、その門には神々が通れない程度の僅かな隙間が開けられており、インウィデアはその隙間から力を得ていた。ユキト達との戦いで大きく力を削がれたインウィデアがこの地に潜んでいるのは、ここに門があるためである。
門の隙間を大きくすれば、インウィデアが得られる力も大きくなるが、神々に気付かれる可能性も上がるだろう。いや、門の向こう側で気づかれる程度ならさほど問題ない。肝心なのは、神が通れない程度に抑えておくことだ。上位神が地上に降り立てば、インウィデアの力では到底太刀打ちできない。
(だが、大きな力を持つ神ほど、門が広く開いていなければ地上には降り立てん……門の管理権を得た時点で我の安寧は約束されているのだ)
インウィデアの仮面がゆっくりと笑みを持ったものへと切り替わった。
決戦が近い。
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